
モンゴル政府財務相の緊縮財政案(2008年10月7日)
2008年国家大ホラル(国会)議員選挙は、人民革命党が勝利した。勝利した人民革命党は、敗北した民主党と連合政権を結成した。人民革命党党首のС.バヤルが首相、民主党党首のアルタンホヤグが第一副首相に就任した。この方策は、経済混乱に陥っている中で結成されたビャンバスレン政権(1990〜1992年)と同様のものであった。
このС.バヤル連合政権では、主要閣僚として、人民革命党が外務相、法務内務相、官房長官をとり、一方、民主党は財務相をとった。
これは、本来の与党である人民革命党が外交政策と国内治安対策を担当し、民主党が財政政策を担当することを意味するだろう。
人民革命党は社会民主主義を志向し、民主党は初期資本主義ないし「小さな政府」を志向する。本来は水と油なのであるが、モンゴルに直面する緊急的課題を解決するため、С.バヤルは連合政権を選択したのであった(注:詳しくは
以前の「モンゴル時評」参照)。
今回の「モンゴル時評」は、経済財政政策を採り上げる。
前述の通り、財務相にはС.バヤルツォグトという民主党の若い議員が就任した。彼は、『ウヌードゥル新聞』紙上で(注:この新聞は比較的中立の立場をとる)、А.バトスフ・モンゴル国立銀行総裁、チョローンバト・国家大ホラル(国会)議員(元モンゴル国立銀行総裁)と共に、『ウヌードゥル新聞』記者のインタビューに答えている。
С.バヤルツォグト財務相がいう。
インフレ率を12%に下げるため、2009年度予算は緊縮予算をとり、歳出額削減を行う。現在、就労者の取得した金額の50%を政府が徴収して、(その金額を)社会保障費に回している。すなわち、経済成長に寄与しない部分に使っている(注:社会保障費が経済成長に寄与しない、というのは暴論であるが、世界「援助」機関および政府ではそうのように見る。そうではなく、民生の安定こそが経済成長の機動力である)。
バヤルツォグトの発言に対し、チョローンバトは、公務員給与額(30万トグルグ)が民間部門労働者の給料額(25万トグルグ)を上回っている。これは市場経済ではあるべきではない、と補足した(注:もっとも、チョローンバトは、現在、金融引き締め政策を行えば、経済活動が衰える、とも述べている)。
さらに、А.バトスフは、「財政赤字」、「給料引き上げ」、「資本投下額増」がインフレをもたらした、と述べて、財務相の見解にに賛同した(以上、ウヌードゥル新聞2008年10月7日付)。
バヤルツォグト財務相による財政運営方針に基づき、財務省は、以下のような法案を提示した。すなわち、
国家予算は、現時点(2008年9月)で、1780億トグルグの歳出超過になっている(注:通年では歳入増)。そのうち、杜撰な計画の700億トグルグの資本投下を見合わす。そうして、国家予算赤字のGDPに占める割合を現在の2.5%から0.5%に下げる(ウヌードゥル新聞2008年10月7日付)。
政府資本投下額は、主として、地方の学校校舎・寮の修繕などに向けられている。
さらに、カシミア買い付け価格下落を補償するため、305億トグルグの補助金交付にもバヤルツォグトは反対している(注:この法案は国会を通過した)。
これに対し、国家大ホラル(国会)人民革命党議員会派は、財務省の緊縮予算案に反対を表明した(ウヌードゥル新聞2008年10月7日付)。
これは、人民革命党が「政府による経済調整」を志向し、一方、民主党が「政府の市場経済干渉に反対していること」に由来する。
このように、経済政策が水と油の両党が連合政権を結成した結果、今後の財政運営はうまく機能するのかどうか危ぶまれる。С.バヤル首相の手腕が問われるところである。
一方、この「財政緊縮予算計画は、IMFが2000年にモンゴル政府に勧告していた」(チョローンバト談)。ところが、国家予算歳出超過が続いてきた。
バヤルツォグト財務相の緊縮予算案は、このIMFプランに準拠したものとなっている。
今後の事態の推移が注目される。(2008.10.12)
