2008年選挙公約実施決定とその背景(2010年4月2日)

2008年の国家大ホラル(国会)議員選挙で、現在の政権に参加している人民革命党と民主党は、「鉱山部門から得られる収益をモンゴル国民に平等に支給する」という、社会主義的ともいうべき選挙公約を掲げていた(注:支給額は、人民革命党が150万トグルグ、民主党が100万トグルグ)。

ところが、米国から始まった世界経済混乱がモンゴルにも波及し、モンゴルの国家予算歳入不足、赤字予算拡大、輸出量減少、対ドルのトグルグ価低下、という現象をもたらした。

その結果、両党の選挙公約実現の見通しがつかなくなってきていた。

だが、ここにきて選挙公約実現の見通しが出てきた。今回の本時評では、この経過を説明したい。

「市民運動連合」(注:「選挙公約実現を求める国民連合」)は、2010年3月23日、国家大ホラル(国会)に要求書を送って、2008年の選挙公約実施を要求した(ウヌードゥル新聞2010年3月23日付電子版)。

国家大ホラル(国会)人民革命党議員会派は、各選挙区での国民の声を聞いてから、ウランバートル市に帰ってきて、2010年3月29日、会議を開き、「選挙公約の実行」、「家畜を失った牧民への家畜支給」、「『モンゴル家畜』計画の策定」、などを話し合った(ウヌードゥル新聞2010年3月30日付電子版)。

これを受け、ルンデージャンツァン国家大ホラル(国会)人民革命党議員会派代表は、「選挙公約の『150万トグルグを国民に支給』を実行する」、と発表した(ウヌードゥル新聞2010年4月1日付電子版)。

2010年4月2日、政府臨時閣議が行われた。そこで、2010〜1012年にモンゴル国民に対し、150万トグルグを支給する、という閣議決定が出された。

その形態は、1)年金保険料支給、2)健康保険料支給、3)教育費補助、4)住宅購入費補助(以上100万トグルグ分)、および5)現金支給(50万トグルグ分)である(ウヌードゥル新聞2010年4月2日付電子版、詳細は、同新聞掲載箇所を参照のこと)。

この支給計画案は、意外ときめ細かく、モンゴル社会経済上の脆弱部分に焦点を当てたものとなっている。

さて、この「選挙公約実現」の背景には、第一に、前述の「選挙公約実現を求める国民連合」の行動があることは否定できないだろう。

彼ら「選挙公約実現を求める国民連合」(Д.バトツォグト、Г.オヤンガ、Л.ツォグ、П.ボルド、Б.ハグバジャブ、Д.ガンバータル、Ш.ナンジド)は、2010年4月2日、薬指からの血判を押して、デモ集会(注:4月5日実施予定)への参加を誓った(ウヌードゥル新聞2010年4月2日付電子版)。




(注:この二葉の写真は、ウヌードゥル新聞2010年4月2日付電子版のもの)

このいささか時代錯誤的な行動は(注:モンゴル封建制末期の牧民運動における「ドゴイラン(傘状署名訴訟」」運動を想起させる)、彼らの決意の堅さを国民に示そうとしたものであるが、この行動には反対意見もあって、非政府組織「市民のための汚職のない司法」は、2010年4月5日のデモ集会に参加しない、と表明した。これは、「選挙公約実現を求める国民連合」の呼びかけが(注:「国家大ホラル(国会)解散」)政治目的であるという理由からである、という(ウヌードゥル新聞2010年4月2日付電子版)。

一方、С.バトボルド首相も、彼ら市民運動側に対し、自重するよう呼びかけた(ウヌードゥル新聞2010年4月2日付電子版)。

また、「選挙公約実現を求める国民連合」によるデモ集会について、警察側と「選挙公約実現を求める国民連合」との会談がもたれ、4月5日のスヘバートル広場でのデモ集会が法を遵守したものにするように、という警察側の要請を国民連合側は受け入れた(ウヌードゥル新聞2010年4月2日付電子版)。

第二に、世界経済混乱が一段落をし、世界的な銅需要逼迫により、銅世界市場価格が1トンあたり7830ドルに高騰している。この傾向はさらに続くであろう(ウヌードゥル新聞2010年4月2日付電子版)。この選挙公約は、モンゴル南部のウムヌゴビ・アイマグにあるオユトルゴイ銅・金鉱山、およびタバントルゴイ・コークス石炭鉱山の開発に依拠している。

モンゴル政府は、2010年3月31日、オユトルゴイ銅・金鉱山の「投資契約」を承認した(ウヌードゥル新聞2010年3月31日付電子版)。この意味は、選挙公約実現のための原資の見通しが立った、ということであろう。

もちろん、このオユトルゴイ鉱山への「投資契約」は、問題点も含まれることは、以前の時評で指摘した。

第三に、この選挙公約実現を見越し、教師たちや医師たち(注:モンゴル労働組合連合傘下の医療関係労働組合)は、2010年4月1日、「給料の2倍引き上げ」を政府に要求した。これは、前述の「年金保険料支給、健康保険料支給、教育費補助」への期待感に由来するであろう(ウヌードゥル新聞2010年4月1日付電子版)。

かのС.ガンバータル議長が指導する「モンゴル労働組合連合」もまた、専門家養成のため、オユトルゴイ、タバントルゴイ鉱山から得られる収益によって、青年たちを留学生として外国に派遣するプランを発表していた(ウヌードゥル新聞2010年3月23日))。

(補注 1)
2010年4月20日、モンゴル労働組合連合(議長С.ガンバータル)は、賃上げ、年金額増額を要求して、デモ集会を行った。その後、С.ガンバータル議長たちは、公務員給与を2倍引き上げること、年金額を今年(2010年)60%、2011年に50%引き上げること、最低労賃を80%以上引き上げること、を要求して、政府と交渉した。С.バトボルド首相、アルビン国家大ホラル(国会)社会政策委員会委員長は、1週間後に回答することを約束した。労働組合連合側は、もし要求が受け入れられないならば、ストライキを行う、とした。ウヌードゥル新聞2010年4月21日付電子版)

(補注 2)
モンゴル労働組合連合傘下の「教育文化科学労働組合」による、賃上げ要求の結果、2010年10月10日より、教師の給与が30%引き上げられることになった。なお、現在の教師の平均給与は29万8000トグルグである(ウヌードゥル新聞2010年4月27日付電子版)。

また、モンゴル労働組合連合議長С.ガンバータルと国家大ホラル(国会)議長Д.デンベレルは会談し、相互理解を深めることで合意した(ウヌードゥル新聞2010年4月22日付電子版)。

こうした幅広い国民の要求がこの「選挙公約実現」の背景にある。

最後に、この「選挙公約」実施の影響についてであるが、インフレ高進の懸念があることはいうまでもない。

だが、その一方で、モンゴル国民がモンゴル鉱山部門を自力で開発し、就業機会を拡大させて自国産業を発展させることができれば、アラブ諸国(注;主として石油産業による)並みの生活水準が比較的早期に達成されるであろうことは否定できない。それが実現できるかどうかは、当然のことながら、モンゴル人自身の努力にかかっている。(2010.04.04)

(追補)
前記「選挙公約実現を求める国民連合(АНАТХ)」によるデモ集会とその後について。

「選挙公約実現を求める国民連合(АНАТХ)」によるデモ集会を受け、С.バトボルド首相は、2010年4月4日、声明を出した。

その中で、С.バトボルド連立政権の短期目標(2010〜2012年)は、1)タバントルゴイ計画(自立した民族工業建設)、2)「国民に150万トグルグ支給」計画、3)「新鉄道」計画(インフラ拡張)、4)「無煙都市ウランバートル」計画である、とし、彼らの要求を受け入れる姿勢を示した(ウヌードゥル新聞2010年4月5日電子版)。

この情勢を見た「選挙公約を実現させる国民連合(АНАТХ)」は、名称を変更し、「国民連合」となり、「国家大ホラル(国会)解散」を要求することに戦術変換を図った(インターネット・サイトsonin.mn2010.04.05)

国家大ホラル(国会)は、彼らへの回答を伝達し、要求は政府が受け入れた、および、国家大ホラル(国会)解散は憲法の規定に準拠する(注:憲法では4年ごとに国家大ホラル[国会]選挙が行われると規定している。すなわち、国会解散はしない、ということ)、と回答した(ウヌードゥル新聞2010年4月8日電子版)。

そこで、「選挙公約を実現させる国民連合(АНАТХ)」は、戦術をさらに転換し、「ハンスト」を宣言した(ウヌードゥル新聞2010年4月8日電子版)。

この情勢を見ると、「選挙公約を実現させる国民連合(АНАТХ)」は、「血判状」まで作成して、「決死」の覚悟で始めたデモ集会の、いわば「振り上げたこぶし」の「打ち所」に迷っている、といったような状態である(注:また、オヤンガらこのデモ集会組織者たちに関する資金問題でも、いろいろな疑念があって、地方からの参加者に不満が出ているいる)。(2010.04.12)

(追々補)国家大ホラル(国会)議長デンベレルは、2010年4月14日、「選挙公約を実現させる国民連合(АНАТХ)」などと交渉する議員グループを結成させた(責任者は、エンフトゥブシン行政委員会委員長)(モンツァメ通信2010年4月15日電子版)。

ウランバートル警察は、2010年4月14日深夜12時ごろ、衰弱しているハンスト参加者を強制的に病院に収容した(ウヌードゥル新聞2010年4月15日電子版)。

その一方、結成された国家大ホラル(国会)議員グループは、2010年4月16日、「選挙公約を実現させる国民連合(АНАТХ)」の7人の代表と政府官邸で会った。

彼ら7人は、選挙公約を2011年1月1日まで実現すると約束すれば、ハンストを中止すると、述べた。

双方の妥協案として、中立機関による1000人程度のアンケートによって、国家大ホラル(国会)解散の有無を調査する案が浮上している(ウヌードゥル新聞2010年4月17日電子版)。(2010.04.18)

(追々々補)「選挙公約を実現させる国民連合(АНАТХ)」は、2010年4月22日13時にハンストを中止することを国家大ホラル(国会)と合意した(注:なお、国家大ホラル(国会)解散要求は留保した。ウヌードゥル新聞2010年4月22日電子版)。(2010.04.25)

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