２００９年大統領選挙の中の「モンゴルとIMF路線」論争（２００９年５月１０日）
大統領選挙は、投票が２００９年５月２４日に実施される。エルベグドルジ候補（民主党・市民の意志党・綠の党推薦）は、IMFのモンゴル介入を「回避」するべきである、と主張している。
これに対し、外交政策を主宰するС.バヤル首相は、エルベグドルジ候補を激しく非難し、「モンゴルとIMF」路線論争が表面化してきた（ウヌードゥル新聞２００９年５月４日付）。
ウランバートル・タイムズ新聞（２００９年５月６日付電子版）も、IMFが軽視できるほど矮小な機関ではない、として、民主党も参加しているС.バヤル政権を擁護している。
これには、少し前提があって、フレルバータル議員（人民革命党）が人民革命党機関紙「ウネン新聞」に以下のように述べていた。すなわち、
エルベグドルジは、現在、IMF援助を放棄するように主張しているけれども、彼が民主同盟連合政権時代（１９９６～２０００年）には、IMF援助を要請していた。だが、エルベグドルジは、首相としてIMFの「指導」をうまく実施できなかった。一方、２０００～２００４年のエンフバヤル政権の時、エンフバヤルはそれをうまく実行でき、モンゴル経済が上昇した（ウネン新聞２００９年４月３０日付）。
そこで、IMFによるモンゴル「援助」の最近の状況を概観してみよう（注：モンゴルは１９９１年２月１４日にIMFに加盟した。従って、１９９１年以降はモンゴルの経済政策がIMFの指導下に実施されたと言っても言い過ぎではない。）
「IMF理事会はモンゴルに２億２９２０万ドルの緊急援助を承認した（２００９年４月１日）」というIMFのニュース・レリースがある（'IMF Executive Board Approves US$229.2 Million Stand-By Arrangement for Mongolia', Press Release No. 09/110, April 1, 2009）。
その内容を要約すると、
現在、モンゴルでは、１）為替相場の流動化、２）銀行制度の脆弱性、３）極貧層の存在、などが顕在化している。
そのため、モンゴル経済安定化のための目的は、１）マクロ経済の安定化、２）銅世界市場価格の急激な低下による経済混乱の回避、などである。
このために、１）外国為替の値上がりを抑止する、２）インフレを抑止する、３）銀行政策金利を引き上げる、４）極貧層への援助を行う、などの方策が必要になってくる。
また、《補遺》部分で次のように述べている。
〈最近の経済発展目標〉として、１）経済成長率を３％から９％にする、２）財政赤字を対GDP比の６．５％にする。
そのための〈計画〉として、
１）財政政策：財政赤字を２００９年GDPの６％にする。国家予算歳出を抑制する。資本投下を遅延させる。賃金・雇用を抑制する。社会保障費を引き下げる。
２）金融政策：ドルの公開競売という新制度を導入して、外国為替制度を安定化させる。
３）金融部門：銀行の預金高を高めて、モンゴル銀行による監査を強化する。
４）社会保障部門：貧困層のための社会的保護を強化する。
これらの政策を実施するのに、アジア開発銀行、世界銀行と協力する。以上。
つまり、モンゴルの現在の経済状況は、「インフレ率上昇」、「銀行利子率の急激な高騰」、「銀行の収益率の低下」である。だから、金融調整委員会は、非銀行金融機関への監督を強化する必要性がある（'Mongolia: Financial System Stability Assessment, including Reports on the Observance of Standards and Codes on the following topics:Banking Supervision and Monetary Policy Transparency', IMF Country Report No. 08/300, September 2008）。
このように、IMFは、経済「援助」をエサに、モンゴルの実情にはあわない経済政策を提言し、モンゴル政府は、それを実施せざるを得なくなっている。
さて、冒頭の「大統領選挙」に戻る。
中道左派路線（社会民主主義）をとる人民革命党推薦候補エンフバヤル（注：現在人民革命党籍一時停止）は、IMF路線を受け入れている。初期資本主義的な無秩序・混沌状態を指向する民主党推薦候補エルベグドルジは、IMF路線に反対している。
一見奇妙なねじれを生じているわけである。
筆者は、IMF路線の危険性を指摘してきたわけで、エルベグドルジの主張は、首肯できる。だが、エルベグドルジのここ約２０年間の行動を見てみると、どこか軽躁で無節操な点があって、彼がIMF路線放棄を実行できるかどうか疑わしい。
フレルバータル議員の指摘するように、現在、口ではIMF路線反対は言うものの、以前はその反対であり、首相としてのエルベグドルジ（１９９７～１９９８年、２００４～２００６年）の実績はほとんどなく、首相辞任後、米留学を敢行し（２０００年）、帰国後、実業家をめざしたが、エンフバヤルに要請されて首相に復帰した。首相解任後（２００６年）は、エルベグドルジの怨念が国政を混乱に陥れてきた。
エルベグドルジに関して、かつての盟友（？）エンフサイハン（注：前民族新党党首、前首相、前副首相）は、おもしろいことを言っている。すなわち、
エルベグドルジの大統領選挙戦術は「（陸上）短距離選手」のようなものであり、エンフバヤルの選挙戦術は「長距離選手」のように計画的である。現在の世界経済の混乱は、現職大統領としてのエンフバヤルの人気に悪影響を与えている（ウヌードゥル新聞２００９年５月４日付）。
これは、エルベグドルジの一面を伝えている。
エルデネトールという民主党系の政治学者も、次のように述べている。すなわち、
エルベグドルジは、ヒトラーと同じ手法の、扇動的手法をもちいる「ネオファシスト」である。エンフバヤルは、大統領としての経験から大統領権限の範囲内で実行可能な選挙公約をしている（ウネン新聞２００９年７月７日付）。
ただし、これは人民革命党機関紙で述べられたものであるから、彼女の主張は割り引いて考えなければならない。
いずれにしろ、モンゴルでは、IMF路線についてもっと議論する必要があるだろう。(2009.05.10)
