
モンゴルの「影の内閣」(2006年05月03日)
2006年5月2日、市民の意志党は、民主党との「影の内閣」結成を破棄した。翌5月3日に、同党は、「健全な社会のための市民運動」と共同行動をとる、と発表し、市民の意志党書記長М.ゾルグト国家大ホラル(国会)議員とЖ.バトザンダン「健全な社会のための市民運動」代表とがそのための署名をした。彼らは、「民主的な市民社会形成」、「汚職追放」、「政府監視」、「報道の自由に関する法律の制定要求」、「臨時選挙実施」をめざす、という(ウヌードゥル新聞2006年05月04日付)。
このモンゴル版「影の内閣」は、2006年1月末、市民の意志党が提唱したものである。同党党首С.オヨンが英国リーズ大学留学の経験があり、その時にその存在を知ったのであろう。
最近では、2003年04月17日、英国保守党の影の内閣副外相リチャード・スプリングが民主党の招きでモンゴルを訪問中して、講演、民主党員との対話集会、政府役員との会談などを行ったことがある(ウドゥリーン・ソニン新聞2003年04月21日付)。
こうして、市民の意志党(党首С.オヨン、副党首Ц.ガンホヤグ、書記長М.ゾリグト)は、民主党執行委員会(С.バトウール、З.エンフボルド、С.ランバー)と「影の内閣」を作ることを提案したのであった(ウヌードゥル新聞2006年02月04日付)。
この「影の内閣」は、10省からなり(注:М.エンフボルド現政権のそれに対応している)、首相にС.バトウールが就任予定であった。その主要な目的は、「政府活動の監視」にある、とされた(ウヌードゥル新聞2006年02月04日付)。
そのため、国家大ホラル(国会)に、「民主勢力派」(オヨン、ゾリグト、エルデネブレン、バトトルガの提案)が27人で結成され(ウヌードゥル新聞2006年02月10日付)、彼らが「影の内閣」結成の中核になる。
だが、民主党は国家大ホラル(国会)議員のみで「影の内閣」を構成するよう主張していて(注:ゴンチグドルジが反対しているといわれる)、その「組閣」作業が進まない。これに業を煮やした市民の意志党は、単独で「影の内閣」設立に動き出した(ウヌードゥル新聞2006年02月11日付)。
市民の意志党指導部は、4月11日、「影の内閣」結成とその「閣僚名」を記者会見で発表した(ウヌードゥル新聞2006年02月11日付)。
そして、「影の内閣」は、その最初の行動として、4月18日、自然環境省が決定した、「松の実輸出の禁止措置」に反対を表明した。それは、突然の政策転換であるとの理由からであった(注:ウヌードゥル新聞2006年02月19日付。この問題は、国家大ホラル(国会)で審議され、ニャムドルジ議長の提案で、現在、モンゴル人によって保存されている「松の実」に限って、輸出を認め、来年度から禁輸にするという修正案が承認された)。
以上の経過をたどって、上述の事態となったである。
その背景として考えられるのは、第一に、市民の意志党は、「現政府の監視」という立場に立ち、それがモンゴル人の支持を得ていると考えている。これは大いに評価していい。
第二に、同じように野党化を宣言している民主党は、その裏で、М.エンフボルド政権を解消させ、人民革命党と連合政権を再結成しようという動きも見せている。この政党は既得権保持と官職を求める傾向が強く、エルベグドルジ前政権時のうま味が忘れられない。正攻法を押す、市民の意志党との共同行動は、民主党の行動を制約するものとなるだろう。だから、民主党は「影の内閣」に参加しなかった。
第三に、「健全な社会のための市民運動」は、「健全な社会のための党」を創設し、2008年の国家大ホラル(国会)議員選挙に参加しようとしている。そのために政治基盤がほしい。また、
スフバートル広場でのデモ集会が二つのグループに分裂し、ガンバータルが率いる「急進的革新」運動は、「鉱山法」改正のために、政府との作業グループに参加した。この部会への参加を拒否した、バトザンダン、マグナイらの「健全な社会のための市民運動」は、別の政治運動への参加が必要となった。このため、市民の意志党による「影の内閣」に参加した。
さて、その「影の内閣」の行動綱領であるが、問題もある。
まず、「民主的な市民社会形成」という主張についてであるが、これは「ポスト共産主義」の基盤となっている、東欧諸国に範をとっている。オヨン、ゾリグトはチェコ留学、バトザンダンはハンガリー留学(マグナイは英国留学)、ということで、東欧での政治・現代史の流れがその構想の中にある。だが、モンゴルは東欧諸国と違って、歴史的背景として「小経営」の基盤が脆弱である。そのため、「社会主義」への移行が比較的容易に進んだ。東欧はその逆であった。であるから、モンゴルに東欧の歴史の経験を持ち込むのは無理がある。
次に、「報道の自由に関する法律の制定要求」および「臨時選挙実施」は、「健全な社会のための市民運動」の主張を採り入れたものであろう。前者はともかく、後者が実際に起これば(その可能性が極めて低いとしても)、「健全な社会のための党」が選挙に参加することになる。ところが、「選挙法」改正により、新たに結成された政党が1年間選挙に参加できなくなった。現在、「健全な社会のための党」は結成を宣言しただけで、最高裁判所に登録手続も行っていない。従って、2008年以前に選挙が行われた場合、この「政党」は参加が難しい。
こうした問題は含まれるものの、このモンゴル版「影の内閣」の今後の成り行きは注目していい。(2006.05.07)
