
「大同盟」政府綱領が国家大ホラル(国会)で承認(2004年11月05日)
この政府綱領は、7章27部からなるものである。その政策の骨子の第一は、「4万戸のアパート建造」である。また、ウランバートル市の未利用地に技術センターを建設し、一戸建て住宅を建築する。ゲル地区に温水を供給する。建設費は主として、外資による。そのための証券市場発展に関する法整備を行う。この結果、10万人が就業機会を得る、という。この政策は、「祖国・民主」同盟と人民革命党の選挙公約をあわせたものである(ゾーニー・メデー新聞2004年10月29日付、ウヌードゥル新聞2004年10月29日付)。
ただ、この政策は、まさに骨子に過ぎないのであって、4万戸のアパートをどこに造るかが不明である。「土地所有法」(2003年05月01日)が施行され、土地の私有化が進行する中で、ウランバートル市内にはアパート建設のための適当な土地は少なくなっている。「祖国・民主」同盟の選挙公約によれば、ゲル地区に建設することになるが、そうすればゲル地区に住む人々は立ち退きを迫られる。「祖国・民主」同盟は、優先的にゲル地区居住民に入居させる、と言っている。入居料はどうするのか。
また、建設費は、私的資本から調達するという。モンゴルには「私的資本」は萌芽的であるから、存在しないに等しい。そこで、外資が導入される。そのための「証券市場」の「整備」が計画されている。本来は、「整備」してから政策を実施するものである。だから。、当分、外資は参入しないだろう。
モンゴルでは、このように「計画」をたててから、そのための具体的な方策を決める。であるから、途中で放棄され、「絵に描いた餅」になる場合が多い。実際、ウランバートル市内でも、建設途中で投げ出された物件が数多く見られる。
政府綱領の骨子の第二は、かの「子供に1万トグルグ支給」という「祖国・民主」同盟の選挙公約をめぐるものである。
11月3日、国家大ホラル(国会)の2つの常任委員会(経済委員会、国家安全保障委員会)で、政府綱領が審議され、支持された(ゾーニー・メデー新聞2004年11月05日付、ウヌードゥル新聞2004年11月05日付、ウドゥリーン・ソニン新聞2004年11月05日付)。
(追補)そして、この政府綱領は、11月5日、国家大ホラル(国会)総会で承認された(ゾーニー・メデー新聞2004年11月06日付)。
この結果を受け、11月4日、エルベグドルジ首相、エンフバヤル国家大ホラル(国会)議長、オヨンおよびルンデージャンツァン同副議長、エンフサイハン「祖国・民主」同盟本部長(民主党党首)、オラーン副首相(人民革命党)、エルデネバト国防相(民主新社会党党首)たちが記者会見を行って、その内容を明らかにした。
それによれば、「(子供に)1万トグルグ支給は不可能なため、18歳以下の子供が3人以上いる家族で、かつ貧困な家族に対し、2005年1月から、子供に1人につき3000トグルグ支給する」(エルベグドルジ)。そのため、「国家予算から200億トグルグを支出する」(エンフバヤル)。
なお、人民革命党の公約(「新婚家庭に50万トグルグ支給」)は実行されない。
まず、この政策は期限が不明である。首相が交代する2年間だけなのか、あるいは、4年間継続するのかがはっきりしない。
また、「1万トグルグ支給」から「3000トグルグ支給」に減額された。「民主党機関紙」ともいうべきウドゥリーン・ソニン新聞は、「祖国・民主」同盟の選挙公約が実施される、と手放しで礼賛している(注:どういう訳かこの新聞では、第1面の続報が第2面に続くとあるのにその記事が見あたらない)。
だが、その他の新聞は手厳しい。すなわち、この選挙公約は「空しい約束」だった(ウヌードゥル新聞)。また、1万トグルグから3000トグルグに支給額が減額したように、「祖国・民主」同盟の声価が下落するだろう。1万トグルグ支給の公約で議員に当選した人々は国民に謝罪すべきである(ゾーニー・メデー新聞)。
「子供に1万トグルグ支給」というのは、元来、実行不可能な政策である。その原資をどこから手当てするかという問題もあるが、もしこれが実施されると、家族の購買力が強化され、物価が下落し、国民生活が豊かになる、というのは、資本主義国では可能かもしれない。だが、国内生産力が低く、民族工業が萌芽的で国際競争力がなく、物資は輸入に頼っている、という植民地型経済をとるモンゴルにあっては、かえって、物価が上昇し、インフレを誘発するだろう。
だから、この選挙公約が実施されないで、「子供三人以上」の「貧困家族」に「3000トグルグ支給」という政策に変更されたことは、その性格が「児童福祉手当」のようなものとなったことを意味する。
だが、この「貧困家族」の基準が何なのか、これまた不明である。しかも、その政策の実施が2ヶ月後に迫っている。
(追補)国家統計局2004年度統計によれば、貧困家族の基準は、西部地方が20200トグルグ、東部地方が21200トグルグ、中部地方が20600トグルグ、ハンガイ地方が20600トグルグ、ウランバートル市が26500トグルグとなっている。ただし、これを基準にするのかどうかは不明である。ゾーニー・メデー新聞2004年11月09日付参照。
さて、この政府綱領がモンゴル政治にどのような影響を与えるか。
エルベグドルジ政権は、とりあえず、崩壊の危機は回避された。「祖国・民主」同盟のエンフサイハンやグンダライは政権を打倒させるための口実がなくなったからである。
しかし、「祖国・民主」同盟支持率の低下は避けられまい。民主党党首エンフサイハンは、これを察知してか、「2004年選挙に勝利したのは(支給対象である)50万人の子供たちである」と、責任逃れの発言をしている。「子供たち」には選挙権がなく、「勝利者」にはなり得ない。
むしろ、被害を被ったのはモンゴル国民である、ということにならないようにしなければならない。それがモンゴルの政治家たちに課せられた責務である。(2004.11.07)
(追々補)「子供三人以上」の「貧困家族」に「3000トグルグ支給」、という政策は、2005年1月から実施された。以降、1〜2人の子供を持つ貧困家庭に支給されないのは不平等である、という批判が広がった。そこで、国家大ホラル(国会)は、2005年6月9日、貧困家庭のすべての子供(前者の家庭の子供33万9800人プラス、後者の家庭の子供26万200人)に毎月3000トグルグを支給する改正案を採択した(ウヌードゥル新聞2005年06月10日付)。(2005.06.13)
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