2011年度国家予算承認とオランダ病(2010年11月25日)

国家大ホラル(国会)は、2010年11月25日、2011年度予算案を「急いで」承認した(注:12月1日までに採択しなければならない規定があるから)。2011年度予算は、「赤字予算」で、その赤字額はGDPの9.9%に相当する(ウヌードゥル新聞1010年11月29日付および電子版)。

モンゴルでは、この「赤字予算」をめぐって、議論が持ち上がっている。

そのいくつかを要約すると、

ロジャー・ヴァン・デン・グリンク(世銀)は、インフレ高進、トグルグ価の上昇、輸出への悪影響(農産物、加工品部門)を指摘し、1960年代のオランダのようになる、という。

С.デンベレル(モンゴル商工会議所所長)は、国家予算赤字額の増加はよくない、2012年の国家大ホラル(国会)選挙のために選挙公約実現の必要性があった(注:「人間開発基金」から各人に2万1000トグルグ支給、という政策について)、起業家の活動に向けるべきであった、インフレ高進が予想される、とする。

ビャンバスレン(元首相)は、この予算採択は国家大ホラル(国会)の無責任さの表れである、という。

Д.ジャルガルサイハン(経済学者)は、国家予算赤字額はGDPの約5%に押さえるべきである、均衡予算が望ましい、という。

Б.ルハグバジャブ(モンゴル銀行)は、先進国では国家予算赤字額が5%以下である、2011年度予算は危険であって、元来は、2.5%にすべきであった、インフレは12〜13%になるであろう、外資は慎重な行動をとるだろう、2008年末〜2009年初の事態の再現となるであろう、という

パルメシバル・ラムロガン(IMFモンゴル駐在代表)は、インフレの危険性大であり、マクロ経済が不安定化し、ビジネスにマイナス要因となる、トグルグ価が減少する、IMFとのスタンバイ融資終了後の予算額の上昇下降という数年来の事態が再現するだろう、その結果、貧困層にしわ寄せがくるだろう、という。

Н.ドルジダリ(「オープン社会フォーラム」代表)は、この予算採択は経済への政治の介入である、投資は必要であるが、国家予算からの現金支給によって需要が増えるが、供給が少ないため、中国からの輸入が増え、その結果物価上昇を招く、などと述べる(ウヌードゥル新聞1010年12月2日付より)。

さて、この赤字予算は、選挙公約(注:「国民一人あたり150万トグルグ支給」)を実現するために歳出額が増えた。そのため2011年度にはインフレ率が12%前後になるであろう。現在、貿易収支は黒字で、石炭・銅などからの収益が増大した(注:世界市場価格の上昇のため)。来年度予算は、この鉱物資源の世界市場価格の継続的高騰を前提に計上されている。だから、これらの世界市場価格が下落すれば、何らかの措置を講じなければならなくなる(注:国債発行などの)。また、トグルグ価の対ドル価比率は上昇している(2009年度が1ドル約1600トグルグに対し現在は1280ドルであり、ドルの価値が減じ続けている)。

この事態は、「オランダ病(голланд θвчин, The Dutch Disease)に似ている側面がある。

「オランダ病」というのは、英エコノミスト誌が名付けて広まったとされており、1)「資源の輸出によって通貨の為替レートが上昇して工業品の輸出が廃れ、国内製造業が廃れてしまう現象」で、2)「オランダでは1960年代に天然ガスが発見され」、「1973年に発生した第一次石油危機の後、エネルギー価格高騰に伴う天然ガス売却収入の増大が起こり、この収入を原資に高レベルの社会福祉制度が構築された」。しかし、3)「天然ガス輸出拡大によって通貨ギルダーの為替レートが上昇し」、4)「同時に労働者賃金の上昇による輸出製品の生産コスト上昇も加わり、工業製品の国際競争力が急速に落ちたことから経済が悪化」した。5)「経済の悪化に伴い、経済成長下で増大させた社会保障負担が財政を圧迫し、財政赤字が急増した」(「オランダ病 - Wikipedia」、および「「日本経済新聞マネー・マーケットonline:コラム−キーワード」より。番号は筆者による。なお、'The Dutch Disease and Its Neutralization: A Ricardian Approach' by Luiz Carlos Bresser-Pereira[i.e. The Dutch Disease and Its Neutralization.pdf]も参照)。

上述の世界銀行専門家ロジャー・ヴァン・デン・グリンクが指摘する「オランダ病」がモンゴルで「広がる」のであろうか。

確かに、1)、2)、3)の「(地下鉱物)資源輸出によって」、「通貨(トグルグ)の為替レート」が上昇している。これに伴って4)「労働者賃金」が「上昇」した(30%ほど)。また、5)社会保障負担が財政を「圧迫」(注:モンゴルでは選挙公約実現のため)し、「財政赤字」が「急増」する危険性がある。

しかし、モンゴルでは4)「労働者賃金の上昇による輸出製品の生産コスト上昇」は存在しない。そもそも、(地下}資源開発のための労働者が不足している。このため「鉱山法」にモンゴル人労働者比率をわざわざ80%、というように書き込まなければならなかった。これは、鉱山開発が中国人労働者によって行われていることの反映である(注:建設部門など他の部門も同様)。

また、モンゴルでは基礎インフラが存在しない。これらの部門へのモンゴル人雇用が緊急の課題である。すなわち、「労働者賃金」が基本的には存在しない。

こうした国モンゴルでは、モンゴル人労働者育成→雇用による国民所得上昇はあり得ても、「生産コスト上昇」は今のところあり得ない。

だから、現時点(2011年度)では、世銀専門家の意見は杞憂であろう。

それよりもむしろ、国家予算歳入が鉱物資源の国際市場価格に影響され、国内加工生産が行われないことこそが問題であり、これは、「オランダ病」ではなくむしろ、「植民地経済」的であるといえよう。(2010.12.5)

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