
「各選挙区に2億5000万トグルグ支給」に大統領が拒否権行使(2006年12月18日)
国家大ホラル(国会)総会は、2006年12月01日、2007年度予算案を可決したが(ウヌードゥル新聞2006年12月04日付)、その予算歳出案の中で、「各選挙区に2億5000万トグルグ支給」という項目が問題となった。
すなわち、現職議員の選挙区で、現職議員主導による資本投下(注:道路舗装、校舎修理など)が行われた場合、2008年実施の国家大ホラル(国会)議員選挙において、その現職議員が有利となる。
これは、「国家大ホラル(国会)議員による集団汚職」である、として、各新聞や市民運動側が反対した。
そこで、この「各選挙区に2億5000万トグルグ支給」案は、その執行権を所管大臣とアイマグ知事に付与することで、最終的に国家大ホラル(国会)で可決されたのである。
この「各選挙区に2億5000万トグルグ支給」に対し、エンフバヤル大統領は、2006年12月18日、拒否権を行使した。
その理由は、1)予算執行はアイマグ単位で行なうべきであること、2)次期選挙は公正に行なわれるべきこと、3)国家大ホラル(国会)議員は「国民の代表」であるべきこと、というものであった(アルディン・エルフ新聞新聞2006年12月19日付)。
これに対し、国家大ホラル(国会)側は、各議員が予算執行をしないことになったので、この拒否権は受け入れられないとし、翌日の2006年12月19日、国家大ホラル(国会)特別総会で、エンフバヤル大統領の拒否権行使を受け入れないことを決議した。
この総会において、Л.ガントゥムル(民主党)とС.オヨン(市民の意志党)は拒否権行使に賛成したが、出席議員48人のうち、63.2%が拒否権行使を受諾しなかったのであった(ウランバートル・ポスト新聞2006年12月21日付、第51号)。
実は、昨年度(2006年)予算案でも、エンフバヤル大統領は、2005年11月25日に国家大ホラル(国会)で承認された2006年度予算案のうち、「議員の選挙区毎に1億トグルグ支給」に拒否権を発動していた(ウヌードゥル新聞2005年11月30日付)。
このときも、この予算案執行権を副首相に付与することで決着を見ていた。
さて、「各選挙区に2億5000万トグルグ支給」は、小手先でどういじっても、2008年選挙で現職議員に有利であることは明らかである。
また、エンフバヤル大統領は、2006年12月15日、アイマグ・首都首長及び議長と会見したが、各アイマグ知事が「各選挙区に2億5000万トグルグ支給」問題をめぐって、意見を述べた。
その中で、例えば、ザブハン・アイマグ知事П.ガンスフは、(人民革命党出身)2議員(ソドノムツェレン、トヤ)はアイマグ知事の計画に賛成したが、民主党出身議員(サンジミャタブ)は賛成しなかった、という(アルディン・エルフ新聞新聞2006年12月18日付)。
このことは、この予算執行権をもつアイマグ知事が予算執行した場合の困難性を予想させるものである。
さらに、国家大ホラル(国会)議員がその予算を恣意的に行う事態も予想される。現に、ザブハン・アイマグの一議員は、自己の経営する「卸売りセンター」に資本投下しようと計画している(アルディン・エルフ新聞新聞2006年12月19日付)。
これは、この予算が汚職の温床になることを意味する。
こうして、エンフバヤル大統領の拒否権行使は実現しなかったが、その反作用として、この「各選挙区に2億5000万ドル支給」に拒否権を行使したエンフバヤル大統領への支持率が高まっている(世論調査機関「サモーン・ドルギオ」による)(アルディン・エルフ新聞新聞2006年12月22日付)。
ちなみに、2006年度の1億トグルグから、2007年度の2億5000万トグルグへと、その「支給額」が2.5倍になった背景には、1)国家予算(2006年11月時点)が歳入額1兆1758億トグルグ、歳出額6966億トグルグで、4791億トグルグの歳入増となったこと、2)対外貿易が輸出額13億7740万ドル、輸入額13億3364万ドルで、史上初めて4100万ドルの黒字となったこと、などがある(注:国家統計局統計による)。その主な要因は、無論、銅国際市場価格の上昇と、「銅・金特別税」導入にある。
なぜこうした予算案が採択されるのかと言えば、それは、モンゴルの地方行財政構造に由来する。
行政的には、アイマグ知事は首相によって任命され、地方自治体首長はアイマグ知事によって任命される。つまり、中央集権であって地方分権が実現されていない。財政的には、地方自治体は常に赤字予算であって、その補填は上部行政体の予算歳出によってなされる(注:拙稿「地方行財政とヘンティー・アイマグ」参照)。
従って、各地方自治体首長はアイマグ知事に、アイマグ知事は首相に従属せざるを得ない。
それを変則的に解決する手段が一つある。それは、各アイマグ選出議員に赤字予算補填を陳情することである。議員側はそれを奇貨とし、国家財産簒奪と自己勢力拡大をねらう(注:ウヌードゥル新聞2006年11月30日付のエムジン記者論説で、その具体例が述べられている)。
こうした不正常な事態を解消するには、国民による監視に加えて、地方行財政を健全なものにすること、そして、究極的には、憲法改正(注:もっとも、安易に行うのではなく、国民投票が必要だが)によって「地方分権」を実現することである。(2006.12.24)
(追補)憲法裁判所も「各選挙区に2億5000万トグルグ支給案」が憲法違反である、という裁決を出したが、国家大ホラル(国会)は、2007年4月12日、この裁決を承認しなかった(ウヌードゥル新聞2007年4月13日付)。憲法裁判所の見解は、予算執行単位には、アイマグ、首都、ソム、区はあるが、「選挙区」はない、という明快なものであった。一方、国会は、相変わらず、予算執行権が所管大臣とアイマグ知事に移った、という理由で、承認しなかった。「愚かな76人」というべきである。(2007.04.22)
