
「鉱物資源を国民のものに」との主張をめぐって(2005年04月15日、10月31日追補)
ウムヌゴビ・アイマグのハンボグド・ソムにある、オユトルゴイ鉱山は、エルデネト鉱山よりも将来性があるといわれており、その推定埋蔵量は、金311トン、銅240万トンである。その採掘権は、アイバンホー・マインズ社(カナダ国籍)が持っている。
アイバンホー・マインズ社は、モンゴルの対ロシア負債返済の原資の一部となる、5000万ドルの国債を購入した、という実績を全面に出して、モンゴル政府に対し、採掘権の「自動継続契約(the stability contract)」締結を要求している。
その骨子は、契約期間が40〜50年、アイバンホー・マインズ社が利益の95%、モンゴル政府が5%を取得する、というものである。
これに対し、この協定はモンゴルに不利ではないか、との声が国家大ホラル(国会)内外で上がっている。
例えば、2005年03月25日に開かれた3回目の「健全な社会のための市民運動」による抗議集会・デモ行進指導者の一人、経済学者のН.ダシゼベグ(注:私立モンゴル大学学長)が3月29日の記者会見で語ったところによれば、アイバンホー・マインズ社との「自動継続契約」は、モンゴル国民の財産が外国人に贈与されてしまい、モンゴルは貧困からの脱出の機会を逸することになる。その利益配分を等分(50:50)するべきである。モンゴルが投下資金に不足するのであれば、他の国々から融資を受け、現物で返済するようにするべきである(エルデネト社のように)。また、採掘権を二分し、鉱物資源探査権と採掘権をそれぞれ公開入札によって売却するべきである。そうすれば、日本、韓国、中国が参入できるであろう。さらに、これらのプロセスに関与しているのは少数の政府高官(閣僚)であるから、これをオープンにする必要がある、という。
また、2005年02月02日に結成されたアイバンホー・マインズ社との契約案作成作業グループ責任者で、国家大ホラル(国会)経済委員会委員長のダミランの語るところによれば、アイバンホー・マインズ社との「自動継続契約」は慎重に審議すべきである。だが、その利益等分は現実的ではない。現行鉱山法では利益の97.5%を採掘企業が取得する(=2.5%を国庫の納入する)ことになっているのを、85%(=国庫に15%)にまで下げるように鉱山法を改正すべきである、という。
さらに、民主党選出のО.エンフサイハン議員(注:М.エンフサイハンではない)は、4月4日、鉱山法および所得税法改正案を国家大ホラル(国会)に提出し、鉱山採掘に係る条項、すなわち「免税措置期間5年」を短くすること、アイバンホー・マインズ社によるオユトルゴイ鉱山採掘による収益の50%を国庫に入れること、を主張した。(以上、新アルディン・エルフ新聞2005年02月03日、04月05日付、ウヌードゥル新聞2005年02月03日付、ウランバートル・ポスト新聞2005年04月07日付参照)。
さて、1995年1月1日発効の「鉱山法」第35条をみると、鉱物資源ロイヤリティーは1.5%、利益の12.5%を国庫に納入、となっている。さらに、1993年7月1日発効の「外資法」第20条には、免税期間を最初の5年を100%免税、その後の5年を50%免税となっている。
その限りでは、ダシゼベグもダミランも国庫収益数値が少し異なっているようだ。ただ、問題は利益の取り分を何%にするか、ということではない。
この問題が、第一に、環境問題との関連で論議されるべきであるのは当然のことである。1902年のボロー川水銀汚染が未だ解決していない(ウヌードゥル新聞2005年04月12日付)。オンギ川の水が枯れ、オラーン湖が干上がった(ウヌードゥル新聞2005年03月21日付)。また、この「モンゴル時評」でも何度か採りあげたように、牧地回復のための牧民の運動が各地に起こっている。
さらに、基本的に言えば、鉱山開発、外資導入の問題がある。モンゴルでは、資金がないという理由で、経済開発はすべて外資頼みになっている。外国資本導入によって拡大生産が実現されればよいが、国内生産がほとんどないモンゴルの現状では、拡大生産は実現されず、資源の浪費、輸入物資の消費、就業機会の矮小化、失業の拡大、海外への出稼ぎ、地下経済の拡大、いわゆる「貧困」問題の未解決、という悪循環があらわれる。
これは、経済独立が実現できず、外国資本主義企業に依存していることに原因がある。モンゴルでは、自国の能力の範囲内で経済開発を行うこと(=自生的発展)が必要である。もともと資源が豊富な国なのであるから、その発展レベルに合わせて、その資源を自国で加工し、輸出すればいい。採掘し(しかも外国企業によって)、そのまま海外に搬出するだけでは、資源の枯渇を招くだけである。(2005.04.19)
(追補)鉱物資源採掘をめぐって、典型的な事件が起こった。それは、トゥブ・アイマグ(県)ザーマル・ソム(町)ハイラースト・バグ(村)とロシアの100%資本「アルタン・ドルノド・モンゴル」社(金鉱業)との係争である。
「アルタン・ドルノド・モンゴル」社は、土地登録局から2002年に取得した4411号金採掘権行使のため、ハイラースト・バグのウグームル地区の牧地(26.7ヘクタール)から住民たちを立ち退かせるよう、トゥブ・アイマグ裁判所に訴えていた。
当該裁判所は、2005年10月11日、「アルタン・ドルノド・モンゴル」社の申し立てを認めた。
それに対し、ハイラースト・バグ(村)の住民たち2000人は、10月21日、この裁判所判決に怒って、その立ち退き命令撤回を求めて抗議集会を開いた。
このウグームル地区の土地には、ハイラースト・バグの住民のうちの3分の2が住んでおり、中学校、診療所、警察、幼稚園がある(以上、ウヌードゥル新聞2005年10月27日付、およびウラーンバトル・ポスト紙電子版2005年10月27日)。
この問題の原因は、1)土地登録局(注:ウランバートルにある)が住民の多数居住する地区であることを無視したか、未調査のままか、あるいは賄賂が介在したか、によって、採掘権を付与したこと、2)モンゴル憲法が明記している、鉱物資源の国家所有権を、鉱山法によって採掘権付与という形で外資企業に譲渡している(特別優遇措置による)こと、にある。
従って、1)住民たちは最高裁判所に上告すること、2)前述の通り、この「鉱山法」を改正すること、などが今後の課題となるだろう。
いずれにしろ、鉱物資源を自国で加工し、国内で利用し、余剰がでたら輸出する、ということがない限り、真の解決にはならないだろう。
その点に関していえば、ダルハン鉱物資源について、独・中と共同して製鉄業設立計画が立案され、2010年に製品化予定であるという(国立科学技術大でモンゴル人専門技術者養成。ウヌードゥル新聞2005年10月28日付)。
このことは、一つの前進であるが、この製品を国内消費に充てることが前提でなければならない。(2005.10.31)
(追々補)「アルタン・ドルノド・モンゴル」社に対する、トゥブ・アイマグ(行政)裁判所の10月11日の判決を不服として、ザーマル・ソム長Д.ラーフは、最高裁判所に控訴した(ウヌードゥル新聞2005年11月03日付)。(2005.11.07)
(追々々補)さらに、「アルタン・ドルノド・モンゴル」社に対し、鉱山局長名で、4411A号採掘権無効の通達が出された。先週、国家大ホラル(国会)で、この問題が議論され、多数の議員が、この採掘権を返却させるべし、という意見に賛成した。「アルタン・ドルノド・モンゴル」社は、会社設立に関し、トゥブ・アイマグ知事に認可申請を行っていなかった、という理由で、当該採掘権の取り消しが可能とみられている。これに対し、「アルタン・ドルノド・モンゴル」社長С.В.パウシェク(ロシア人)は、モンゴル国大統領、首相、ロシア連邦議会(ドゥマ)に訴える、対ロシア負債問題にも触れる、と抗議した(ウヌードゥル新聞2005年11月16日付)。この手法は、旧ソ連のKGB的なものであって、モンゴル人の怒りに油を注ぐ結果にしかならないだろう。(2005.11.20)
(追々々々補)こうした国民の怒りを背景にしてか、最高裁判所は、2005年11月28日、ザーマル・ソム長の訴えを認め、「アルタン・ドルノド・モンゴル」社の要求を無効とした(ウヌードゥル新聞2005年11月29日付)。こうして、現在の居住地からの追い立てに反対した、ザーマル・ソムの住民たちの闘争は、勝利をおさめた。
鉱山「開発」をめぐる紛争は、今後も続発すると予想される。(2005.11.30)
(補注)オンギ川(ウブルハンガイ・アイマグ)の環境汚染問題については、Монгол Улсын Ашигт Малтмал, Газрын Тосны Хэрэг Эрхлэх Газар, ШУТИС-ийн Экологи, Тогтвортой Хθгжлийн Тθв, ”Онги Голын Ус Татарч Буй Шалтгаан, Нэгдсэн Дvгнэлт”, Улаанбаатар, 2006、という出版物が発表されている。
本書は、モンゴル鉱山業のボスともいわれるП.オチルバト(注:元大統領)が参与し、金鉱採掘による環境汚染を起こしているエレル社が資金援助をしているので、環境汚染弾劾の姿勢はそれほど強くないが、とりあえず、その結論部分を紹介しておこう。
「結論」
1、ここ20年間の乾燥化、温暖化によって、モンゴルの河川が干上がった。
2、オンギ川流域では、降水量が減少したことにより、川床が干上がった。
3、オンギ川流域では、ここ21年間で、農耕地の収穫量が年平均1ヘクタール当たり4.1〜8.4キログラム減少している。
4、オンギ川の水量が1970〜2002年で減少した。
5、自然環境の変化に人的要因が加わって、否定的な影響を与えた。
6、1986-2001年に家畜頭数が増加した。
7、1989−1991、1993−1994、1996−1998年に、オンギ川では、降雨量が多く、水草が増加した。
8、オンギ川は、金採掘が始まってから、植生が破壊された。
9、オンギ川のエコシステムに与える影響は、79.6%が自然現象、16.4%が鉱山部門の活動である。
10、バヤンホンゴル、ウブルハンガイ、アルハンガイ諸アイマグでの人的影響をなくす必要がある。オンギ川で行われている鉱山採掘後の原状回復作業を行い、オンギ川で金採掘を制限・監視する必要がある。
11、21世紀末には当該地帯の乾燥化が進行するものと予想される。
12、エコロジーの悪化に対する認識が欠けている。このため、否定的な影響をなくす政策が必要である。
13、オンギ川の環境悪化を阻止する必要がある。
14、地球温暖化に対処するための短・中・長期計画を立案する必要がある。
15、人的影響を少なくするための行政的法制的方策、経済調整、エコロジーの監視、現地住民の意見の尊重などが不可欠である。
以上である。
なお、同書所収の写真のいくつかを掲げておく。
(オンギ川)
(枯れてしまったオンギ川)
(ニンジャ[個人金採掘業者]が金採掘を行っている。現在、水銀使用による環境汚染が問題になっている)
(2008.02.17)
