(続)国家大ホラル(国会)、混迷深まる(2005年01月20日)

モンゴル政治が「混迷」から「混沌」へと、混迷度をさらに深めている。まず、時系列的に整理しておこう。

1月10日、オヨン辞任に反対する前「祖国・民主」同盟議員30人は、国家大ホラル(国会)総会での審議拒否を通告した(ウヌードゥル新聞2005年01月12日付)。

1月12日、国家大ホラル(国会)エンフバヤル議長の部屋に、民主党のバヤルツォグトら10人の議員が訪問し、脱党し人民革命党に入党する希望を表明した。エンフバヤルはこれを取り合わなかった(ウヌードゥル新聞2005年01月13日付)。

1月13日、民主党新党首ゴンチグドルジは、大統領選挙に立候補しないことを表明した(ウヌードゥル新聞2005年01月14日付)。

1月15日、人民革命党小会議が開催された。そこでは、新グループの「伝統ー革新、民主主義ー倫理」グループが提起した、「党組織問題」が話し合われ(ウヌードゥル新聞2005年01月15日付)、С.バヤル(駐ロシア・モンゴル大使)を書記長、オラーン(副首相)を政府担当書記長、イデブフテン(前人民革命党会派代表)を議会担当書記長、Ё.オトゴンバヤルを党問題担当チーフにそれぞれ任命した(ウヌードゥル新聞2005年01月17日付)。

1月18日、ゴンチグドルジ、バヤルツォグトら民主党、民主新社会党、市民の意志・共和党の約10人の議員は、エンフバヤルと会談し、人民革命党国家大ホラル(国会)会派に参加することを申し入れた(ウヌードゥル新聞2005年01月18日付)。

1月19日、これを知ったエンフサイハン、バトウールたちは、国家大ホラル(国会)民主党会派結成を呼びかけ、代表にバトウール、国家大ホラル(国会)副議長候補にグンダライを推薦することを呼びかけた。一方、同日(1月19日)、人民革命党エンフバヤル指導部は、会議を招集し、ゴンチグドルジらの申し入れを検討し始めた(ウヌードゥル新聞2005年01月20日付)。

1月20日、国家大ホラル(国会)総会が開かれ、オヨンの自らの意志による副議長辞任が承認された。また、バトウールたちの民主党会派結成は不法であるとして、承認されなかった(ウヌードゥル新聞2005年01月21日付)。

1月20日、民主新社会党(1998年12月結成)は、党名を祖国党に改称した(ウヌードゥル新聞2005年01月21日付)。

すなわち、この時点での政治状況は、各党、国家大ホラル(国会)各会派が内部分裂、混乱を進行させてことを示している。

この政治状況の中心にあるのは、今年実施の大統領選挙とエルベグドルジ政権存続問題である。

その一方で、1月12日11時、約100人の高齢者たちが年金額(3万2000トグルグ)改定を求め(注:1995年以前に年金生活に入った人々と、1995年以降の年金生活者の受給する金額に相当額の差異があることを指している。いずれにしろこの金額では生活困難なことは明白である)、政府官邸に集合した。

彼らは、「エルベグドルジを出せ。エンフバヤルを呼んでこい」、と要求した。

そこで、守衛たちはやむなく、ルハムスレンたち4人の代表を官邸に招じ入れた。その一人、С.バトスフの語るところによれば、「私たちは年金額改定のために1ヶ月以上たたかっている。社会保障労働相の約束が実行されていない」、「物価上昇している」。

首相、議長と会えないなら、道路を封鎖するとして、彼らは、政府官邸の西側の道路を13時まで1時間にわたって封鎖し、14時に解散した。

「外は寒い。道路、広場が凍り付いている時に、高齢者を集会させておく訳にはいかない。事故が起きた場合は、この集会を組織した年金受給者連盟の責任である」、とバヤルサイハン社会保障労働相は述べ、今年4月1日から改定すると回答した(ウヌードゥル新聞2005年01月13日付)。

こうして、「財政、金融、商業独占グループが国家を指導している」(ニャムドルジ法務内務相)、といわれる中で、その指導権争いがさらに深刻さを加えていき、その一方、貧富の差の拡大が進行し、高齢者、若者、低所得者層の怒りが鬱積していく。(2005.01.26)

(追補)上記の「高齢者たちによる年金額改定要求」に対し、エルベグドルジ首相は、15年前、民主化運動を燃え上がらせた1990年2月頃の「火」が少しは残っていたのであろうか、2月2日、国立オペラ劇場で開かれた年金生活者集会に出席し、年金額改定は7月1日からではなく、2月1日から行う、と語った(ウヌードゥル新聞2005年02月03日付)。

だが、集会出席者の中には、その実行を疑う人々もいた。これは、先のバヤルサイハン社会保障・労働相との交渉では、4月から実施するということになっていたのに対し、エルベグドルジは7月1日といったことから生じた疑念であった。

この疑念をうち消すべく、バヤルサイハンは、年金生活者28万6百人すべてに対し、年金額を改定した、と述べ、彼らの疑念を封じた(ウヌードゥル新聞2005年02月04日付)。(2005.02.08)

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