10月下旬の出来事(2003年10月25日)

モンゴル(ウランバートル)は、2003年10月下旬は気候が安定し、過ごしやすい、いい天気だった。そのせいではないだろうが、世間を揺るがす事件や出来事もなかった。だが、人間生活はそれとは無関係に進んでいく。その中でモンゴル的特徴を示す出来事を列挙しよう。

・10月20日。土地所有法施行後、ウランバートル市で、7449世帯が土地を取得した。これは全体の12.5%に相当する(ゾーニー・メデー新聞2003年10月20日付)。これについての市当局の説明(=言い訳)は、(1)申請書類の不備のため、(2)税金(5万9000トグルグ)を払わなければならないため、(3)不法占拠の土地があって、これらを確定し、占拠者を排除する必要があるため、としている(ゾーニー・メデー新聞2003年10月20日付)。つまり、政府の政策は正しいのだが、市民がそれに対応しないのだ、と述べ、土地の私有化が進まないのは、市民のせいだ、と言わんばかりである。そうではない。モンゴル国民は土地私有化に、反対、あるいは無関心なのだ。これはモンゴルの歴史をねじ曲げるものだから。
(追補)2003年10月末時点で、全国で1万人、すなわち国民(世帯)の0.2%が土地私有証明書を受け取ったという。つまり、土地私有化はほとんど進んでおらず、その理由は、国民が土地私有化の「意義」を知らないからである、とゾーニー・メデー新聞(2003年11月10日付)は報じている。国民は。「意義」などあるわけがない、と考えているのである。(2003.11.13)

・10月20日(月)深夜。ウランバートル市ハン・オール区役所に強盗が押し入った。犯人は1階の窓から侵入した。ジジュール(守衛・ガードマン)は気が付かなかった。コンピュータP4マシーン、コンピュータ用紙、製本機が盗まれた。この種の事件は今年たびたび起こっている。犯人は捕まっていない(ウヌードゥル新聞2003年10月23付)。この事件は、現代モンゴル生活裏事情の一つの典型である。その背景には、資本主義国の悪影響で、拝金主義がはびこっていることがある。例えば、1年前、ヘンティー・アイマグの会計課第4センター長が1億1200万トグルグを横領して逃亡した事件がある(ゾーニー・メデー新聞2003年10月23日付。[追記。ウヌードゥル新聞2003年10月30付は、ハス銀行ヘンティー・アイマグ元支店長としている。どうもこちらの方が正しいようだ。ちなみに同新聞は、国立病院中央会計課会計係による横領・逃亡事件も紹介している。(2003.11.01)])。話を戻すと、先のコンピュータも、ブラック・マーケット(=ザハ)で売られることであろう。それにしても、現在、ウランバートルではコンピュータが不足している。そのため、インターネット・カフェが非常に多い。大学もそれを経営しているくらいだ(筆者の大学も。もっとも、LAN使用料未納で、利用不能だが)。また、本の価格が高いため、本屋の経営が成り立たない。そこで、本は、やむなく、コピーをし(もちろん違法)、製本をし、使用される。だから、製本機は役所・学校には必ず常備されている。これも需要が非常に多い。

・10月21日。オブス・アイマグでは、252のホルショー(協同組合)が活動していて、その数が全国一である。そして、「トヤ・オブス」ホルショーの理事長が日本で研修を受けた(モンツァメ通信031021)。日本とモンゴルでは、協同組合の成立事情は全く違う。日本では、特に農業協同組合創設・育成は、農家の経営を安定させ、その余剰労働力を産業労働者に転化させようという、日本における資本主義化政策そのものであった。モンゴルでは、逆に、社会主義下での農牧業協同組合(ネグデル)の矛盾(国家調達の強化による搾取率の高度化と、組合員の創意工夫度の鈍化)が、1990年代初頭の「家畜の民営化」を導いた。だが、その結果、個人牧民経営の脆弱化を招いた(ゾド=雪害などで)。その欠点を補うべく、協同組合の再興がはかられている。このように、歴史的由来が全く違うものに、日本の経験など参考にならないばかりか、有害ですらある。こういうものは即刻止めさせなければならない。

・10月21日。市民の意志・共和党は、同党政治評議会の決定を受けて、「三角同盟」結成に向けての協議に参加することを決めた。そのメンバーとして、党首オヨン、書記長ガンホヤグ、副党首С.オトゴンバヤル、政治評議会委員Т.エルデネビレグ、監査委員会委員長Д.バータルゾリグが参加する。それに際して、同党は、「互恵、平等、徹底討議」を原則とすべきである、と主張する予定である(ウヌードゥル新聞2003年10月21日付)。この正論に押されたか、あるいは、選挙対策上なのか(後者であろう)、「祖国・民主同盟」のエンフサイハン(民主党党首)とエルデネバト(民主新社会党党首)が、ダルハン市で密かに会談し、選挙立候補者数割り当てついて話し合って、合意した模様である(ウヌードゥル新聞2003年10月23日付)。筆者は、先に、市民の意志・共和党書記長ガンホヤグに対して、この同盟には参加せず、独立して選挙戦を戦うべきである、と言ったのだが、事態は、「三角同盟」結成の方向に進んでいるようだ。ただ、選挙献金1000万トグルグという立候補資格は、どうやら市民の意志・共和党の、「互恵、平等、徹底討議」という道理ある主張が受け入れられ、うやむやになったかのようだ。
(追補)ところが、上のエンフサイハンとエルデバト二人による、選挙立候補者数割り当てに関する合意事項は、ウランバートル・ポスト新聞電子版2003年11月06日付によれば、民主党50人、民主新社会党21人、市民の意志・共和党5人ということだったようだ。これには、市民の意志・共和党は、原則的にいって、同意しないだろう。実際、同党は声明を出し、それに反対した(ゾーニー・メデー新聞2003年11月05日付)。(2003.11.10)

・10月22日。バヤンホンゴル・アイマグで、非銀行系「カプモン」ХХКが世銀の「維持可能な生活」計画入札で落札し、3000万トグルグを小規模営業者に対する融資を開始した(ゾーニー・メデー新聞2003年10月22日付)。世銀の数少ないモンゴル国民の側にたった政策の一環と言うべきである。何しろ、モンゴル経済が「発展」するとすれば、個人経営者(小経営)の強化・確立こそが肝要だからだ。

・10月22日。ウランバートルに新たに転入してくる人たちが、住む場所を要求することが多くなっている(ゾーニー・メデー新聞2003年10月22日付)。ウランバートル転入は日増しに増えている。その人口は、80万人と言われているが、そんなに少なくはなかろう。人によっては、すでに100万人を超えたという人もいる。100万都市と言えば聞こえはいい。だが、市長エンフボルドは、首相エンフバヤルの随員として、現在、スウェーデン、英国などを訪問している。さらに、11月には、東京で開催される、モンゴル支援国会合にも出席予定である。そんなことをしている「暇」があるのなら、「100万都市」のモンゴル市民の生活向上のために、緊急の課題に従事すべきである。

・10月22日。「ダルハン・セレンゲ送電所」(ダルハン、セレンゲ・アイマグに電気を供給する)民営化で、ハスボー社(その子会社7社のうち、3社が送電事業を行っている)が落札した(ウヌードゥル新聞2003年10月23日付、ゾーニー・メデー新聞2003年10月23日付)。この民営化がうまく機能するかどうかは、予断を許さない。これに引き続き、ウランバートルの送電事業の民営化が控えている。

・10月23日。「バス3」社の民営化の結果、新経営陣と従業員が対立し、ストライキになった。このため、バス運行がストップした。代行バスが投入されたが、学生割引がないため、学生が通学できなくなっている(モンツァメ通信031023)。これに対し、新経営者側は、従業員によるストライキの存在を否定し、若干の運転手が9月分給料支払いを要求して、3月22日から仕事に就いていないことを認めた。一方、市道路局は、無届けでバス運行がストップしたため、市の方針に従って、市民の利益のため代行バスを出した、と説明した(ゾーニー・メデー新聞2003年10月24日付)。つまりは、ストライキが行われたわけである。そして、少なからぬ市民の生活に影響があったわけである。これもまた、民営化の失敗、あるいは少なくとも、民営化に伴う混乱の、また一つの例である。

・10月23日。モンゴルでは、現在、3人に1人が融資(借金)を受けている(モンツァメ通信031023)。確かに、モンゴル国民のなかで、「ゼール(融資)」という単語は、日常生活にしみこんでいる。これは返済義務を負っている、ということなのだが。

10月23日。最低賃金が3万6000トグルグになる(ゾーニー・メデー新聞2003年10月23日付)。むろん、これでは生活できない。だから、「ゼール(融資)」が国民生活に浸透しているのだ。

・10月24日。国民芸術家・詩人バボーギーン・ルハグバスレンの「夢のゴビ」芸術作品のコンサートがブヒー・ウルグー(相撲会館)で開催された(モンツァメ通信031023)。ルハグバスレンは「芸術家」に広く自己の作品(詩)を供給しているためか、アルディン・ドー(民謡)からロック、ポップの「芸術家」たちまで、その数50人ほどが出演した。筆者も、見てきた。アリオナーとかいうロック・ポップ歌手も初めて見た。人気のある歌手のようで、結構迫力があった、ととりあえず言っ
ておこう。(2003.10.27)

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