
祭りの後(2003年07月19日)
モンゴルではいつものように、ナーダム(民族的祝典)が7月11日から13日まで行われた。この期間は、モンゴルの人々はほとんどすべての仕事を止める。日本人が地方調査に行っても、この期間だけはモンゴル人は上の空である。こういう時は、かえって家にいるほうが得策である。
ナーダムでの呼び物の一つは、もちろんモンゴル相撲である。今年は背の高い力士と背の低い力士が最終戦を戦った(筆者は7月4日から10日まで、フブスグルへ出かけていたので、外には出ず、テレビ観戦だった)。二時間以上に及ぶ取り組みの結果、背の高い方の力士が勝った。ウスフバヤルという。一方敗れた力士はソミヤバザルといって、日本相撲の横綱朝青龍の兄であった。
このモンゴル相撲は、単に相撲をとるという意味だけではないようだ。ナーダムは、ジンギスハーンの時代以来、未来を占う神聖な行事だった。今年の相撲は、来年の国家大ホラル(国会)議員選挙の帰趨を占うものだという。というのは、奇しくも最終戦に勝ち残った力士は、背の高いほうはアルハンガイ・アイマグ出身で、ここは伝統的に人民革命党の地盤である。一方、背の低いほうはウブルハンガイ・アイマグ出身で、民主党系が勢力を持っている。そういったわけで、どちらが勝つかというのは、来年の選挙結果の占いでもあったわけだ。
ナーダムが終わって、モンゴル人は夏を楽しむ。一方、時評を書く側(筆者)は、その内容の選択に苦しむ。今回は苦し紛れに、今週の出来事を「忘備録」風に列挙しよう。
・7月14日
民主党党首エンフサイハンは、韓国与党首脳と会談し、両党間の協力について話し合った(ウヌードゥル新聞2003年07月15日付)。
*人民革命党党首エンフバヤルはロシアを訪問した。もう一人は韓国、というわけである。来年の選挙に向けて与野党とも、活動が活発化している。
・7月15日、
民営化後の法人所得税が減少している。例えば、商業発展銀行が7億トグルグ、APUが430万トグルグ、それぞれ減少している(モンツァメ通信030715)。
*民営化というのは、完全に機能する資本主義市場を前提として、市場機能万能主義のIMFがモンゴルにいわば「押しつけた」ものである。ところが、歴史伝統、慣習、市場機能の違い、などによって、モンゴルでは民営化は成功していない。このことを実証する具体例が、法人所得税の「減少」でもある。商業発展銀行も、APUも、外国企業によって落札された。それらがまずすることは、「節税」という名の脱税であろう。
IMFとの協定がモンゴルの経済的能力を越えている。例えば、ドゥルグニ水力発電所建設など(モンツァメ通信030715)
*水力発電所建設に伴う、環境汚染、その予備調査、など、課題が多い。こういった問題を先送りして、資金提供を受け、大型プロジェクトが実施される。これは典型的な悪例である。IMFはただちにモンゴルから撤退するべきである。
現在、モンゴルには私立大学が137校ある(ウヌードゥル新聞2003年07月15日付)。
*現在、政府認可私立大学が29大学である。それ以外のほとんどの私立大学は、非常勤の先生によって授業が行われている。
・7月16日
監査された金鉱業66社のうち、3社のみが自然環境保全措置を講じている(モンツァメ通信030716および030717)。エレル、エル・シ・ゴ、ウネト・メタル、ジャルガラント、モンゴル・アルトMAK、エルデス・ホールディングなどは、水源破壊,、飲料汚染などの環境汚染を引き起こしている(ウヌードゥル新聞2003年07月16日)。
*環境汚染問題が深刻化していることの具体例である。
ウランバートル市への転入者(特にソンギノハイルハン区居住者)4人に3人が健康を損なっている。社会保険料を納入していないためである(モンツァメ通信030716)
*このゲル地区は、失業問題、土地私有化問題を抱える。最近、ウランバートル市への「転入登記料納入義務」が、「国民の移動の自由」を明記した憲法に違反している、として廃止された。当然の措置である。
10年制中学3万7126人の生徒の「学力検査」の結果、不合格者は全体の12.2%(4503人)である(モンツァメ通信030716)。
*近年、教育状況が改善に向かっているとはいえ、この数値は大きい。
モンゴルにおける「地下経済」はGDPの17%を占める。世界銅価格が10%上昇しているにもかかわらず、モンゴルの銅輸出が9.9%減少した。一方、製品輸入が増加している。SARSの影響で食肉価格が上昇した(ウヌードゥル新聞2003年07月16日付)。
*看過できない問題。
IMF、世銀の「アドバイス」によって、1億トグルグ以上の法人所得を持つ企業【その規模から見て外資系】の法人所得税率40%を、28%に下げることが決定された。IMFは、政党の公約実行【人民革命党の給与・年金額二倍化公約を指す】が経済成長を鈍化させる、と警告した(ウヌードゥル新聞2003年07月16日付)。
*内政干渉。しかも二倍化によって経済成長が鈍化するかどうかは不明。ただし、これを口実に、人民革命党エンフバヤル政権は、その選挙公約を実行しなくてもいい。いずれにせよ、苦しむのはモンゴル国民である。
政府は、2004年度教育予算歳出額基準を決定した(ウヌードゥル新聞2003年07月16日付)。
*モンゴル人は、元来、教育にかける熱意は大きい。IMFなどによる予算歳出削減要求に対して、教育予算は常に10%前後を維持してきた。
「祖国・民主」同盟共同綱領が作成される一方で、「三角同盟」の覚書が、民主党と市民の意志・共和党によって作成された。これに民主新社会党が参加するよう勧告した。作業グループは、ゴンチクドルジ、ガンホヤグ(市民の意志・共和党副党首)(ウヌードゥル新聞2003年07月16日付)。
*民主新社会党が参加していないことに注目すべきである。また、この作業グループと、民主党党首エンフサイハンとが対立し始めた。「三角同盟」も前途多難と言うべきである。
・7月17日
日本の国際協力銀行のプロジェクトとして、ウランバートルの大気汚染を50%削減するための'a factory of improved coal'建設が計画されている。また、米国国際開発協会の1000万ドルの技術・資金援助による、「市場経済による安定成長」プロジェクト、「市民社会の強化と民主主義への移行支援」プロジェクト、および、「ゲル・プロジェクト」、「ゴビ・プロジェクト」、「経済政策改良、競争力強化」、「司法改革」が立案されている(モンツァメ通信030717)。
*米国のものは、アメリカナイズを強制するもので、危険きわまりない。ところで'a factory of improved coal'とは?要調査
保健法改正、および労働保健法制定の動き(モンツァメ通信030717)
*特に外資系企業(そのほとんどは中国系)における、劣悪な労働環境、労働条件の改善が今日的問題となっていて、その法的根拠を提供しようとするものである。
シンポジウム「民営化と貧困、不平等」が開催された。住宅の民営化、家畜の私有化、中小企業の民営化が、貧困、不平等に直接影響を与えたわけではないが、影響を与えたことは否定できない(モンツァメ通信030717)。
*当然のことだ。そのメカニズムの具体的な解明が必要である。
酒類醸造企業が規則違反のため(家畜内臓加工工場での醸造、登録ラベルの不正添付など)、45企業が営業停止になった(ウヌードゥル新聞2003年07月17日付)。
*これをモンゴル人のエネルギーの発露ととらえるか、法規制強化による経済活動健全化の動きととらえるかは、議論の余地がある。
国家大ホラル(国会)議員グンダライは、7月17日、自分の選挙区であるフブスグル・アイマグ、ムルン市で、祭典「開放日」を開催した(モンツァメ通信030718)。
*グンダライは、国家機密漏洩容疑で捜査対象になっている。であるから、道義的に見て、まずその疑惑問題に対処するのが先決であろう。彼の危機感の表れ。
(追補)2003年07月24日、グンダライは、上記容疑捜査対象者の「国外旅行禁止」違反により、ボヤントオハー国際空港で、国家検察庁職員によって拘束され、その後まもなく逮捕された[国家検察庁談話によれば、グンダライは、国会議員の身分を利用して、名誉毀損罪と国家機密漏洩罪の捜査取り調べに応じなかった。2003年6月30日付10/6−4197公式文書による「国外旅行禁止」違反、2003年7月24日付「刑法」89条違反、および、「国家大ホラル議員身分保障法」第10条[「国会議員が犯罪を犯して逮捕された場合、24時間以内に国会議長に報告しなければならない」]、および「刑事訴訟法」172.3.2に基づき、グンダライを逮捕した、という]。この措置は、モンゴル国民に対しては通常の犯罪捜査活動になる。そのため、民主党党首エンフサイハンは捜査請求に応じた。問題は、グンダライが国会議員であることである。彼自身も上記の「国家大ホラル議員身分保障法」第10条第7項[現行犯以外では議員は逮捕できない]に言及しているが、上記行為は「現行犯」であるから、彼の主張は当たらない。その一方で、「国外旅行禁止」条項が国会議員に適用される場合、「国会の承認」が必要になる。ところが、国会は現在休会中なので、国会議長の承認が必要だが、トゥムル=オチル国会議長、ビャンバドルジ副議長とも、公務で地方出張中である。国家検察庁は、グンダライ逮捕時に、この手続きを踏んでいるかどうか。この場合、「24時間以内」の「報告」で、国会議長が「承認」したかどうかが焦点になる[現時点で筆者には不明、またそれ以前に、「国外旅行禁止」条項が国会議員に適用されるかどうかが今後、法廷で争われるであろう]。グンダライの行動は、問題が多く、おそらく彼の政治生命はもうないと思われるが、犯罪捜査には法手続が必要なのはいうまでもない。(2003.07.26.)
(追々補)その後、25時間して、グンダライは、釈放された。国家大ホラル(国会)臨時総会開催のため、トゥムル=オチル議長がグンダライ議員の議事参加を許可したためである。その一方で、トゥムル=オチルは法によって裁きを受けるのはモンゴル国民はすべて同じである、とも述べている。穏健派の彼らしい発言である。グンダライは、何ら罪を犯していない、と強がりを言っている。さらにこれを援護しようとして、民主党のバーバルは、自分も国家機密文書を見た、と発言した(ウヌードゥル新聞2003年07月26日付参照)。彼が民主同盟連合政権(1996-2000)下で大蔵大臣をしていた時の経験を指すのであろうが、それが国家機密漏洩罪に当たる、ということがわかっていない。エンフサイハンも同様の行動をして、同容疑で捜査対象者になった。民主党というのは、「自由」を「勝手気まま」ととらえる傾向が強いので、いつもこういう行動をとる。民主党が抗議集会を開き、「グンダライ釈放」というプラカードとともに、「ニャムドルジ更迭」を掲げているが、これも本末転倒の要求と言うべきである。国会議員の身分保障の確保、という要求であれば、正当であろうが。(2003.07.28)
(追々々補)その後、ウランバートル検事局は捜査結果を公表した(ウヌードゥル新聞2003年08月15付、なお、途中経過は、このHP「ニャムドルジ法務内務相スパイ疑惑問題(2003年05月27日)」参照)。それによれば、1992年2月、Ж.アマルサナー法相の下で副大臣を務めていたニャムドルジは、公務で中国を訪問した。これはスパイ行為ではない、と判明した。しかも、この公務は、元モンゴル中央情報局長官Ж.バータルが企画した。そしてバータル自ら偽りの報告書を作成し、その後、この文書をグンダライに渡した、という。つまり、将来の政治目的ないし個人的野心(あるいは個人的怨恨)を持った情報局高官が、自作自演し、軽率にも国会議員がそれに乗ってしまった、というのがことの顛末である。なお、Ж.バータルはその本職を生かし、自宅軟禁から脱却し、逃亡中である。暗殺を恐れたからと言われる。なお、ニャムドルジは、2003年8月15日、民主党エンフサイハン指導部に公開書簡を送り、その後記者会見を行った。その席上、彼が言明したことは、エンフサイハン政権下で起こった、野党に対するモンゴル情報局による盗聴事件(その時の長官がЖ.バータル)に対して、調査チームが作られ、それにニャムドルジが加わった。その報復である、という(ウヌードゥル新聞2003年08月16日付)。これも未確認ながら興味深い指摘ではある。(2003.08.18)
・7月18日
ザブハン・アイマグ、トソンツェンゲル・ソムのイデル川に、水力発電所建設が建設される。それによって2190万キロワット毎時の電力が供給されることになる(モンツァメ通信030718)
*環境保全問題が起きること必至。
韓国でのモンゴル人労働者数は(公称)2万人で、モンゴル本国に8000万〜1億ドルの送金をしている。この額は、GDPの10%に相当する(モンツァメ通信030718)。彼らの韓国での平均給与(月額)は、1100〜1200ドルである(ウヌードゥル新聞2003年07月18日付)。
*これは、国内産業が成長していないことを意味する。
バヤンホンゴル・アイマグで、4000世帯に、日本の援助によって、太陽電池による電力供給計画が立案された(モンツァメ通信030718)。
*このゴビ地域で、日本の活動が活発化しているが、メインテナンスまで考えているのだろうか。そうでなければ、失敗に終わるだろう。
2002年、ウランバートル市の一世帯の平均月収は、16万トグルグであるが、この金額は物価上昇のため、生活費に足りない。また、光熱費、水道代が支出の20%近くを占める(モンツァメ通信030718)
*モンゴル人の生活状態がよくないことを示す。
「政府公報法」が、報道の自由を制限する、として、大統領は拒否権を行使した。これを野党(民主党、民主新社会党)が支持した(モンツァメ通信030718、およびウヌードゥル新聞2003年07月18日付)
*エンフサイハン政権による、ジャーナリズム規制に対する、バガバンディ大統領、および野党側からの異議申し立て。しかし、この拒否権行使も、国会議員勢力配置から見て、よほどのことがない限り(議決の際、与党議員の造反で国会議員投票数の3分の2を割る)、可決するだろう。もっとも、無秩序、報道倫理の欠如するジャーナリズムにも責任の一端があるが。
市民の意志・共和党は、「三角同盟」の綱領中、国会議員立候補予定者が数百万トグルグの金額を支払わなければならない、という条項に反対している。これは、立候補者が金銭によって決定されてしまうこと、賄賂が横行すること、のためである(モンツァメ通信030718)。
*民主党は資本主義路線を採っているから、この規定は当然であるが、市民の意志・共和党は「保守的傾向」を持つ。もちろん、この「保守的」というのは、モンゴル的伝統・倫理の保持、という意味である。従って、市民の意志・共和党の主張とは相容れない。そもそも、この「三角同盟」には無理がある。
来年度(2004年)予算案は、国家予算赤字額を、GDPの5.2%に下げることを目標にしている(ウヌードゥル新聞2003年07月18日付)
*これは、当然のことながら、IMFの要求でもある。問題は、この数値が、国内産業発展の結果ではなく、数値のつじつま合わせになる危険性が高い、ということである。
ウランバートル市で、16時40分から約15分間、雹を伴う雷雨によって、道路に水があふれ(洪水化し)、死者2名が出た(ウヌードゥル新聞2003年07月19付)。(追補:その後、死亡者数が10名と発表。さらに増えるかもしれない。2003.07.23)
*筆者は幸い室内にいたので、被害には遭わなかったが、被害者たちは、外出中であった。問題は、ウランバートル市へ人口が集中していること、都市計画が1980年代のもので現状に合わないこと、にある。洪水化したのは、河川ではなく、「道路」であったことに、この事態の特殊性がある。つまり、モンゴルにおける「道路」とは、一般国民が往来する「公開空き地」なのであって、都市計画による「通行路」ではない。従って、集中的な豪雨によって、この「公開空き地」は「ため池」化する。早急に現状にあった「都市計画」作成(しかも外国人アドバイザーの干渉を排したもの)が必要になってくる。(2003.07.21)
