
エンフバヤル首相のロシア訪問(2003年6月26日〜7月3日)(2003年07月13日)
エンフバヤル首相は、6月26日からロシアを訪問した。この訪問は、以前から周到に計画され、関係閣僚(商工業相ガンゾリクなど)による事前折衝が行われてきた。だが、その訪問がたびたび延期され、ようやくこの26日、春期国会が終了したのを受け、実施された。
この間、対ロシア負債問題の解決が難航しているので、訪問が延期されるかもしれない、といった噂が流れていた。それを裏づけるかのように、中国国家主席のモンゴル訪問、ニャムドルジ法務内務相スパイ疑惑問題などが起こった。その問題への対処も、エンフバヤル首相のロシア訪問遅延に影響を与えていたと思われる。
この訪問でのモンゴル側の課題は、(1)対ロシア負債、(2)ロシア資産のモンゴル移管、(3)エンデネト社負債、(4)関税と鉄道料金の値下げ、(5)投資促進、「世紀の道」などのプロジェクトへのロシアの参加、(6)食肉輸出増加、(7)銀行諸部門での協力、とされていた。一方、これに対するロシア側の対応は、ロシア・モンゴル友好協力条約(1993年1月20日)、「ウランバートル政治宣言」(2000年11月14日、プーチン大統領訪問時)を基にして、ロシア・モンゴルの政治関係の強化すること、とされていた(モンツァメ通信030624、およびウランバートル・ポスト新聞電子版030630)。
もちろん、事前折衝が行われていたので、(1)対ロシア負債問題を除いて、すでに署名文案はできあがっていたと思われる。
つまり、(2)ロシア資産のモンゴル移管については、モンゴルにあるロシア資産2000平方メートルが移管され、そこに住むロシア人とモンゴル人に無料で供与されることになった。
(3)エンデネト社負債については、モンゴルロスツェベトメト社(注:両社ともモンゴル・ロシア合弁企業)への負債とともに、モンゴルの負債の無効を両国が確認した。さらに、両社への二重課税は廃止される。
(4)関税と鉄道料金の値下げについては、観光部門へのロシアの参加、領事館協定についての文書の署名が行われ、それに基づいて、今後具体的な調整にはいることになる。
(5)(6)(7)については、新聞報道にはふれられていないが、事務方で折衝が進んでいると思われる。なぜなら、モンゴル側から、インフラ相、商工業相、主要な国営企業経営者、モンゴル銀行総裁が同行しているから。さらにこれに加えて、教育関係での協力(留学生数の増加=150人から200人へ)、研究学位の相互互換などが取り決められた。
さて、最大の問題は、(1)対ロシア負債である。これについては、モンゴル国内では、大別して二つの見方があった。一つは、振替ルーブルでの対モンゴル負債は、1949−1991年まで34回、総額100億振替ルーブルとされるが、これらは、旧ソ連による不当な低価格での金・銅輸出によってすでに完済されているから、返済不要である、というものである。これは、主として、オチルバト元大統領、ビャンバスレン元首相など、民主党側の見方である。この見方は、小児病的で、国際基準に達していない。
もう一つは、この問題について、16回にわたるロシアと会談を通じて、その90%を帳消しにして、残りを低利で長期返済する、というものである(ゾーニー・メデー新聞2003年06月24日付)。これは、人民革命党側の見方である。
一方、国際的な負債返済の取り決めは、パリ・クラブ原則で、これによれば負債の70%が免除される、というものである。
モンゴル側エンフバヤル首相は、パリ・クラブ原則では、モンゴルの経済能力からして不可能であるから、別の方法で返済することを主張した。ロシア側カシヤノフ首相は、合弁企業(エルデネト社をさす)の持株比率を引き上げることで負債問題を解決することを提案していたが、これを撤回した(ただし、モンゴル側が投資との関連で自ら提案することには反対しない、とした)。そして、モンゴル発展のためにロシア負債問題が障害になってはならない、という見解を表明した。
ロシア側のこの提案は、かなりの譲歩だといってよい。その背景には、1990年代に、両国の協力関係が後退していたことを受け、それを復旧させようという意図があるだろう。上のカシヤノフ首相の言明や、モンゴルはロシアにとって最大の友好国である、というプーチン大統領の談話などからもうかがえる(ウヌードゥル新聞2003年07月04付)。
また、エンフサイハン、エンブバヤルという、同一世代、同一ネームのライバル関係を考慮して(エンフサイハンは英国保守党から資金援助を得ている、ちなみにエンフサイハンのもう一人のライバルであるエルベクドルジは米国から支援を受けている)、エンフバヤルへのロシア側の信頼を表明したものであろう。
そういったわけで、この問題について、モンゴル経済に打撃を与えない形で調整するための「覚書」に両首相が署名した。今後この方針で協議が進めば、対ロシア負債問題は解決の方向に向かうことは否定できないだろう。さらに、エルデネト社の持ち株比率は、従来通り、51%対49%で継続することで合意した。
エンフバヤル首相の今回のロシア訪問は、人民革命党にとって、かなりの得点である、といってよかろう。だが、モンゴル国民一般は、生活のことで頭が一杯であって、ロシア負債の解決は、政治指導者の当然の責務と考えているから、来年の国会議員選挙での争点にはならないだろう。ただし、エンフバヤル個人にとっては、政治指導力がさらに評価されたことになり(追補:今回のロシア訪問に同行した、国家大ホラル[国会]経済委員会委員長オチルフーが語るところによれば、ロシア訪問の成功は、エンフバヤルの個人的イメージによるところが大きい、という。ウヌードゥル新聞2003年07月14日付参照)、「土地所有法」での失点を補った言うべきであろうか。
だが、モンゴル国民は、ナーダムの民族祭典に関心が向いている。(2003.07.13)
