
ニャムドルジ法務内務相スパイ疑惑問題(2003年05月27日)
国家大ホラル(国会)の元気者グンダライ議員(民主党副党首)は、何者かが送付してきた、45ページからなる「最高機密」とスタンプの押された資料を入手した。彼にはそういった種類の文書がたくさん寄せられるので、数日そのままにしておき、気になって封を開いたところ、上記資料であったという。グンダライは、彼らしく自分の属する民主党国民会議(=同党幹部会)には通知せず(ゾーニー・メデー新聞2003年05月27日付)、トゥムル=オチル国家大ホラル(国会)議長に真相を究明するよう要請した。それと同時に、記者会見を行って、その内容を明らかにした。
その内容とは、ニャムドルジ法務内務相が外国のスパイである、というものであった。同時に、この資料は、中央情報局(ТЕГ)の機密文書であることを示唆した。この「外国」とは、民主同盟連合政権時代の中央情報局長官Ж.バータルの発言によって、中国であることを人々が知った(ウヌードゥル新聞2003年05月27日付)。
そこで、5月27日、安全保障会議が開催され、国家秘密漏洩問題が討議され、ニャムドルジ・スパイ・スキャンダル問題について、中央情報局長官の報告がなされた。また、国家大ホラル(国会)特別監査小委員会が開かれ、究極的絶対多数を占める与党の、対野党議席数構成比(72議席対4議席)から見て、当然のことながら、ニャムドルジが潔白である、と結論づけた。さらに、国会は、監査委員会がこの問題につき、早急に調査、結論を出すように決議した。また、この問題を政治問題化しないことを他勢力に要請した(ウヌードゥル新聞2003年05月29日付)。
その一方で、エンフバヤル首相は、エンフサイハン民主党党首が、今国会でのグンダライの行動(注:国会冒頭演説中にエンフバヤル首相の後方からポスターを掲げた続けた行為を指す。エンフバヤルにとってこの行為はよほど腹に据えかねたと思われる)を擁護し、元中央情報局長官Ж.バータルによる国家秘密漏洩を庇護したこと(注:バータルはエンフサイハン政権下の中央情報局長官だった。後述)に対し、そのエンフサイハンを非難し、自ら国会の決議を破って、「政治問題」化させた。これについて、エンフサイハンとエンフバヤルによる批判、反批判の応酬が続いた(ゾーニー・メデー新聞2003年05月27日付)。
これと連動して、この資料を送付したという疑惑で、元中央情報局長官Ж.バータル、中央情報局付属大学教官ゲレルチョローンが拘束された(その後、釈放)(ウヌードゥル新聞2003年05月27日付)。また、中央情報局付属大学教官たちのアルヒーフ立ち入り禁止措置が講じられた(ウヌードゥル新聞2003年05月30日付)。
一方、当のニャムドルジは、記者会見で、自分は祖国を裏切ったことはない、罪を犯したのが自分なのかグンダライたちか、自分でなければ彼らだ、と言明し、涼しい顔で、汚職追放世界会議出席(5月29−31日開催予定)のため、ソウルに出発していった。
ニャムドルジというのは、モンゴル人に言わせると、もっともモンゴル人らしい男であるらしい。かつて、民主同盟連合政権時代に、攻守所を変えて、与党による人民革命党盗聴疑惑が明らかになった。その時の首相がエンフサイハンであり、中央情報局長官がЖ.バータルであった。
当時、この問題の調査のため、国家大ホラル(国会)に調査部会が設立され、その委員に、ダシバルバル、ニャムドルジ、ゾリグ、オドンバータル、が任命され、調査の結果、クロと出た。その際に、ニャムドルジへの恐喝行為があった、という(ウヌードゥル新聞2003年05月27日付)。興味を引くのは、この4人のうち、ゾリグは暗殺され、ダシバルバルは突然死し(毒殺されたとも言われているが、筆者は未確認)、そして今回、ニャムドルジのスパイ疑惑が起こったわけである。この3人に共通するのは、不正に対する厳しい態度である。硬骨漢であると言ってもいい。
「スパイ」というと、東西冷戦時代の「情報員」を連想する。この分野では、英国がスパイ小説で一つのジャンルを確立していた。G.グリーンの『ヒューマン・ファクター』、J.ル・カレの一連の作品(『ロシアン・ハウス』など名作が多い)、B.フリーマントルによる、日本で人気の高いチャーリー・マフィンを主人公にしたもの、など、筆者もその作品群に親しんでいる。これらに共通するのは、スパイである人物の、苦悩、倫理観の葛藤についての詳細な描写であった。
ところが、モンゴルでは少し事情が違うようだ。
モンゴルでは、国家機密の漏洩の方に重点が置かれている。であるから、これを漏らした、グンダライの議員生命が危ない。例えば、ウヌードゥル新聞(2003年05月29日付)は、「情報局は国家秘密保持ができていない」、という署名論説を掲載し、ニャムドルジがスパイであるかどうかは関係なしに、重要なことは、国家機密が紛失したことである。これは国益に反するし、国家的独立を損なうものである、と書いている。
もっと極端なのは、少々「オニゴー」(アネクドート)めいているが、ウネン新聞(2003年05月28日付)は、「全国のすべてのスパイよ団結せよ」という、これも署名論説を掲載している。そこでは、情報局員(スパイ)を明るみに出すことは国益を損なう行為である。スパイと名指しされ、粛清された人々として、ローホーズ、ニャムボー、ソルマージャブ、チョイノムがいる。また、当時、すべてのモンゴル人はソ連のスパイと言ってもよかった。だから、スパイと呼ぶことによって、弾圧の口実になった。そこで提案がある。(1)スパイは重要な専門家であることを法によって定めること、(2)スパイの立場を守り、労働組合を作ること、(3)特に、中国のスパイの地位を守ること、(4)スパイは得た情報による所得、および税金を明記すること、(5)不正な手段の行使を禁止すること、(6)他のスパイの情報を盗まないこと、(7)退職後の年金支給、(8)中央情報局(ТЕГ)を改組して、他の国のスパイではないことを証明するための機関とすること、こうすることによって、スパイという汚名による粛清が防止できる。スパイは「国民外交官」である。
これは、真面目なのか冗談なのかわからないくらいであるが、いずれにしろ、ニャムドルジがスパイである、ということは、ほとんど問題にされていない(事実そうではないのかもしれないが、真相が明らかになるのは今後のことである)。
こうして、2004年の国家大ホラル(国会)選挙が近づくにつれ、今後もこの種の問題が出てくるであろう。(2003.05.31)
