
民間企業の大学敷地略取に対し、学生が抗議した(2003年04月22日)
ウドゥリーン・ソニン新聞(2003年04月24日付)の伝えるところによると、モンゴル国立大学第4号館(経済学部)の運動場に、学生スポーツ施設を建設することになっていて、その「くわ入れ」が、自然環境大臣バルスボルドと教育文化科学副大臣エルデネスレンの出席で行われた。ところが、この建設予定地0.25ヘクタールに、「グン・エンフ」という民間企業が、自社建物を建設するために、学生スポーツ施設を「詐取」した。
それに対し、2000人の学生は、反対運動を起こし、会社側と衝突する事態となった。4月21日と22日、300人の学生が抗議集会を開いた。会社側ガードマンは学生側に犬を放った。
4月22日、学生連合とモンゴル国立大学学生連合が合同で、ウランバートル市長に陳情し、仲介を依頼した。「グン・エンフ」社側は、許可証を所持している、と主張している。
このモンゴル国立大学(政府庁舎のはす向かい)に隣接するところに、筆者の宿舎がある。筆者の隣には、かつて文学・言語学者リンチンの居室があって、現在は普通の家として使われているが、彼のレリーフが通りから見えるところに彫り込んである(この際はどうでもいいことだが)。比較的、治安がよく、夜間は車もほとんど通らない。ところが、この4月21日頃から妙に軒下がざわざわしている。酔っぱらいが増え、治安が悪化したのか、と思って、見てみると、4〜5人の若者たちがたむろし、話し声がする。
4月24日早朝、ウドゥリーン・ソニン新聞を新聞スタンドで購入し、上述の衝突があったのを知った。たぶん、この「酔っぱらったような声」は学生たちの議論する声であったのだろう。
そこで、早速、その場所(筆者の宿舎から歩いて1〜2分のところ)に出向いてみた。途中に、学生連合の建物があって、学生たちが立っているのが見えた。早朝(9時頃だが)だったので、モンゴル国立大学第4号館(経済学部)は学生でいっぱいだった。そのそばを通り抜け、
運動場と思われる場所に入った。学生たちはいなかった。なるほど、その敷地の東側部分を、板その他で覆って、人々が土地を掘削して(土台と地下部分用であろう)、その部分に水がたまっている。犬が盛んにほえ、ガードマンらしき人物がいるのが見えた。
しばらくそこらを歩き回り、帰ろうとすると、高級車に乗った人物がこの場所から出て行った。推測するに、当該企業の社長なのであろう。
さて、教育施設を簡単に企業に払い下げてしまう政府当局、および企業の理不尽な行動に対する、学生の抗議は、理があることは明らかである。だが、許可証を盾にこの企業は建設を強行するであろう。
こうした「国有資産の費消」は、恒常的にモンゴルでは起こっている。新しいところでは、СθХ(アパート居住者協会)理事長の背任事件がある。これは、Ц.ツェレンバダムなる人物が、理事長の職を利用し、不正にアパートの財産を自己のものにした事件である。この人物は、アパート居住者から本来は400トグルグの「リフト機」使用料を、700トグルグ徴収し、その差額を不正に自分の懐に入れた。また、守衛に5−7年休暇を与えない。住民たちの集会を開かせない。協会費用を不正に流用し、自分の娘をロシアに2500ドルで留学させた、などの行為を働いた(ウドゥリーン・ソニン新聞2003年04月25日付)。
さらに、民主党前党首ドルリグジャブは、エルデネト社社長時代に、レンジ・ローバーのほか、中国観光費用2万4197元(2000年8月)、モスクワ旅行の際の810ドル分の備品(2000年4月28日)、携帯電話、などを私的流用を行った(ゾーニー・メデー新聞2003年4月24日付)。
もちろん、こうした行動の最大のものは、1998年に起き、結局、エルベクドルジ政権を崩壊させた、「復興銀行合併事件」である。詳細は、このホーム・ページの「1990年代モンゴルの政治と経済」を参照してほしい。
実は、こうした行為は、民主同盟連合政権(1996−2000年)での、私有化(民営化)政策のもとで、急速に広がっていった。上述の「グン・エンフ」なる会社は、某銀行から融資を引き出し(16以上ある銀行は現在では盛んに融資広告を新聞に掲載している。年利は23.5%もの高率である。高利貸しに近い)、政府の許可証を入手し、建設を強行した。
しかも、この5月1日の「土地所有法」施行をにらんで、あわよくば、無料で(「土地所有法」第7条1項の規定では、0.07ヘクタール、となっていて、余剰分0.18ヘクタールは本来は有料となるが、あわよくば無料にしようとするかもしれない。かつて述べたように、民主党オチルバトはそのように主張していた)、この大学敷地を略取しようというのである。
いやはや、モンゴルに来て2週間で、こうした事態を目にしてしまった。問題は、モンゴル国民が(私たち外国人を含めて)これにどう対処するか、である。(03.04.27)
(追補)同じ状況の事態が再び発生した。ゾーニー・メデー新聞(2003年06月18日付)の伝えるところによると、モンゴル国立大学学生連合は、6月18日、記者会見を行い、ザローチョード・ホテル南側にCHT社がコンピュータ学院を作る名目で、0.75ヘクタールの土地に、5月15日に、囲い柵を作った。CHT社は市長当局から2001年4月26日に使用許可を取得した。これに対して、モンゴル国立大学側が反対している。モンゴル国立大学の学生数は1万500人くらいで、校舎が手狭になっている。このため、この土地に校舎を建設する申請を出していたが、CHT社はこれを拒否した。学生連合は、今後、さらに別の手段で逃走を継続することを宣言した。
CHT社は、実際、コンピュータ学院を設立するかもしれない。だが、本来の目的は、一部を学院にして、残り全部をアパートにすることにあるだろう。何しろ、現在、ウランバートルでは、アパート不足は深刻だから(アパート居住者は全市民の約半数といわれている)。著者の勤務する大学の敷地内にも、別の大学が入っている。しかも居住者付きで。最近もまたもう一つ建物が建てられつつある。こっちの方は反対運動は起こっていないけれども。
これらは、賄賂の介在なしには起こりえない事態なのである。(2003.06.20)
(追々補)さらに同様の事態が発生した。今度は教育大学の敷地でのことである。2003年9月16日、「モンゴル・ウルトゥー」ХХКは、当該大学の敷地に、4階建ての建物(インターネット・カフェにするという)を建設しようとしている。これに対し、学生、教職員は反対して、抗議集会を開き、建物建設停止を求めた(ウネン新聞2003年09月17付)。ウネン新聞は、さすがに、両方の言い分を伝えているが、会社側は正式の許可証をとっているとして、そのコピーを記者に示した。大学側は、法律では幼稚園・学校の敷地の15−20メートル以内には他の目的の建物を建設することが禁止されている、と主張している。法律の不備と賄賂の介在が考えられる。(2003.09.19)
(追々々補)”СиЭЙЧТи”ХХК(株式会社)は、2005年7月22〜23日にかけて、モンゴル国立大学学生寮1号館と2号館の間にある空地で、ビル建設のための整地を始めた。これに対し学生寮従業員たちが反対している。この建設会社は大学名を不法に使用して許可証を取得した。そして、建設資材を少しずつ搬入した。同様の例として、上述のГYнーЭнх(グン・エンフ)ХХКによる大学敷地略取。ノムホン・ダライン・グールХХКによるモンゴル国立大学1号館東側にビル建設(ウランバートル・テレビ、シヒホタグ大学)。オドコン・ホールディングХХКによる経済学部西側にビル建設、などがある(ウヌードゥル新聞2005年07月29日付)。(2005.08.26)
