「ふぅ〜〜〜っ。お化け屋敷もダメでしたね」

「・・・・・悪かった」

 お化け屋敷から出てから、しゅんとなっている日番谷に、恋次が苦笑を漏らす。

「そんな申し訳なさそうな顔をしないで下さい。俺はあんたの以外な一面が見れ

てかえってラッキーだって思ってるんスから」

「・・・ぅ。―――実は俺は昔から行き成りの実戦は苦手だったんだ。予めこう

いうもんだと判ってたら何ほどのこともないんだが」

「そうなんですか?」

 日番谷の以外な言葉に恋次は眼を瞬かせた。

「あぁ。多分、覚悟さえ出来ていたら、次からはあの乗り物もお化け屋敷も大丈夫な

筈だ」

「成る程。でも俺としたら少しくらいあんたにも苦手なモノがあっても良いと思いま

すよ。完璧な人間なんている筈ないんスから」

 そう云って明るく笑う恋次を眩しそうに日番谷が見上げた。

 この男の屈託なさがどれ程周りの者達の救いになっているか、本人は考えた事すら

ないだろう。だが、常に殺伐とした戦場に出向く事を生業としている死神にとって、

この男の明るい気風は正しく太陽の様だと思う。

「・・・阿散井」

「なんスか?」

「俺、お前のことが凄く好きだ!」

「〜〜〜〜〜〜〜〜!ふ、冬っ!」

 突然、しなやかな猫の様な仕草で日番谷に擦り寄られた恋次は一瞬で頬を上気させ

固まったのだった。

 

 

 

 その後、近くのレストランで少し早いランチを済ませた二人は、今度はビーチの方

へ行ってみることにした。

 一度ホテルへ戻り、預けてあった手荷物を受け取り、二人して更衣室へ向かいなが

ら、恋次が確認する。

「冬、水着は持って来ましたか?」

「あぁ。大丈夫だ」

「まさかと思いますが、海パンじゃないでしょうね?」

「・・・あのなぁ、俺にだって一般常識はあるぞ。ついでに云えば、少しだが胸もある」

「良かった!」

「・・・ったく」

 

 

 

 ホテルの更衣室から砂浜へと続く出入り口で、水着に着替えた恋次は日番谷が出て

くるのを待っていた。

 長身で、野性味溢れた見目の良い恋次に、通り縋りの若い女の子が皆チラチラと視

線を送ってくる。ある者は頬を染め、ある者は熱い秋波を送り、積極的な者は直に声

を掛けてきた。

 恋次がそれらをさらりとかわして、じっと待つこと数分、水着に着替えた日番谷が

姿を見せた。

 その姿を目にした恋次は心の中で、本日二度目の大絶叫を上げた。

(うぎゃ〜〜〜〜〜っ!ビ、ビキニって、あんたマジですか!)

 多分、大人しい形のワンピース。もう少しサービスが良くても、セパレートタイプ

の水着だろうとふんでいた恋次の期待を良い方向に裏切り、なんと日番谷は上も下も

極端に布地が少ないビキニを着て現れたのだった。

 白地に大人っぽい向日葵が描かれた水着は趣味が良く、日番谷の幼さを考慮しても

驚く程良く似合い、可愛らしかった。そして、その白銀の髪には、水着と同じデザイ

ンの向日葵の髪飾りがあった。

「待たせたな。阿散井」

「い、いえ、じ、自分も、今、きたとこです、から!」

 どもり、つっかえながら、真っ赤な顔で応える恋次に日番谷は不思議そうに翠の大

きな瞳を向ける。

「どうしたんだ、お前?顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃないか?」

「いえ!大丈夫です」

「そうか?もし体調が優れないんなら直ぐに云えよ」

 心配そうに眉根を寄せる美しい顔に見惚れながら、『はい』と応え、恋次は先程同

様、日番谷の小さな手を引いて歩き始める。

 殊更に目立つその二人を、興奮も露な廻りの衆人達の視線が追っていた。

 

「その水着、乱菊さんが選んでくれたんですか?」

「いや、これも市丸が持たせてくれたんだが、おかしいか?」

「とんでもない!よくお似合いです!」

「そうか。良かった。実は少し心配だったんだ」

 はにかむように微笑む日番谷の愛らしさに、恋次の胸は幸福感で一杯だった。そし

て心の中で両手を合わせて市丸に感謝した。

 

 

 

白い砂浜にレンタルの敷物を敷き、パラソルを広げる。

 秋が近付いている空は高く、青い。

 その空の下、紺碧の海面に爽やかな潮風が渡っている。

海では過ぎ行く夏を惜しむように、大勢の人々が思い思いに波と戯れていた。

「阿散井、あれはなんだ?」

 日番谷の指さす方向には大きなシャチの浮物に乗って、楽しそうに海ではしゃいで

いるカップルがいる。

「ああ。あれ、気に入りましたか?じゃあ、俺達もあれで遊びましょう。浜茶屋で借

りれる筈ですから」

「うん!」

 日番谷の翠の瞳が嬉しそうにキラキラと煌けば、自然に恋次の心も浮き立つ。

「冬は泳げるんですか?」

「あぁ。勿論だ。それはそうと阿散井、お前、その上着を脱いだらどうだ?熱いだろ

うに」

 トランクス型の水着の上に夏用のパーカーを羽織ったままでいる相手にそう指摘す

ると、恋次はバツが悪そうに苦笑した。

「あ〜〜〜っ、いや、俺、墨入ってるんで止めておきますよ」

「そんなの気にするな。公衆浴場じゃあるまいし、刺青お断りなんてどこにも書いて

ないぞ」

「そうなんスけど・・・じゃ、お言葉に甘えて脱ぎますよ」

 日番谷が気にしないのならいいか、と、恋次がパーカーを肩から脱ぎ落とした、そ

の途端、周りからどよめきが上がった。

「な、なんだよ、あいつ。何者だよ!」

「スゲェ!」

 日番谷の可愛らしさに、そして自分が連れている女の子が恋次に好意的な視線を向

けるのを面白くなく思っていた男達が一斉に引く。

 見事な刺青も然ることながら、実戦で鍛えられた鋼のような筋肉を纏った長身の身

体は、正しく軍神のように神々しく、その場に居る者達を圧倒した。

 しかし、護廷隊内でも一目置かれている恋次にとって、そんな視線は慣れたもので

パーカーを脱ぎ終えるや、「浮物を借りてくるついでに、何か飲み物も買って来まし

ょうか?」と日番谷に笑いかけたのだった。

 そんな恋次に日番谷も眼を細める。そして・・・

「阿散井、お前、凄くカッコイイぞ!」

 恋次にとってこれ以上はない賞賛の言葉を、あっさりと口にしたのだった。

 

 

 

 

 

「あ〜〜〜愉しかった。・・・でも冬は少し疲れましたか?」

「大丈夫だ」

 ひとしきり波と戯れて夏の海を満喫した二人は、部屋で寛ごうと、ルームキィーを

受け取る為に、再びホテルのフロントを訪れたのだが、そこでスタッフから恋次当て

に届け物があることを知らされた。

「届け物っスか?」

「はい。お部屋の方にお運びして置きました」

 愛想の良いスタッフに礼を云いながらも首を捻る。

 恋次には『届け物』の心当たりがまるでない。だが、そんな当惑を余所に確かに部

屋には大きな葛篭(つづら)が二つ届けられたあった。

 不審に思いながら、その内の一つを開け、中を覗き込んだ恋次は「あっ」と声を上

げた。

 中身は現世の男性用の正装が一式、靴まで揃えて入っていた。

「こ、これって・・・」

「こっちはどうやら俺用みたいだな」

 その言葉に振り返れば、やはり現世の女性用のドレスを手にした日番谷の呆れ顔が

あった。

「市丸の仕業だな」

「ですね。―――確かこのホテルにはカジノやらダンスホールやらがあって、貴族や

金持ち連中の社交場になってるらしいっスね」

「カジノにダンスホールか?」

「ええ。誰が流行らせたのかは知りませんが、ここ十年程前からどうした訳か少し古

い時代の現世の様式を真似た社交が流行ってきてるんですよ。御陰で俺も朽木隊長の

名代で何度かそういう場に行かされました」

「ふぅん。貴族を上司に持つと大変だな。お前、ダンスとやらは踊れるのか?」

「一応ね。公式の場で恥をかかない程度に朽木隊長に仕込まれましたよ。あんたはど

うです?」

「踊れるわけない。俺が社交界なんてものに興味がないのは判っているだろう。まぁ

お前が行きたいというなら付き合うがな」

 いかにもの日番谷らしさに恋次は笑いが込み上げてくる。

「はははっ・・・。俺も社交場は大の苦手です。でも正直、そのドレスを着たあんた

は見たいですね」

「う〜〜〜ん」

「お互いにこの服を着て、レストランで食事ってのはどうです?その後、軽くバーで

飲んで部屋に戻れば良い。折角市丸さんが気を利かせてくれたんですから、着なきゃ

悪いでしょう?」

「・・・そうだな」

 流石に市丸の名を出せば効果覿面だと、恋次は口角を上げる。と、同時に少し切な

く思う。

「それから浴衣に着替えて縁日に行きましょう」

 現世の衣装の下にはなんと、畳紙(たとうし)に包まれた浴衣までが帯と下駄と共

に入っていたのだ。

「縁日なんてあるのか?」

「ええ。夕方からは毎日ホテルの前の遊歩道で屋台村が出来上がるんです。夜遅くに

は花火も上がりますよ」

「それ、良いな!」

 瞳を輝かせる無邪気な笑顔に、決まりですね。と、恋次は親指を立てた。

 

 フロントに連絡し、日番谷のドレスの着付けを頼めば、当人を見て俄然やる気が沸

いたらしい女性スタッフは、念入りに化粧までも施してくれた。

 シルクの淡いペパーミントグリーンのドレスをふんわりと纏い、ドレスとお揃いの

色の花の髪飾りを付け、ヒールの高い靴を履き、細い首に誂えたような華奢なエメラ

ルドのネックレスを付けた日番谷は、西洋の御伽噺に登場する王女のようで、甚く恋

次を感動させた。

 

「ひつが・・・いえ、冬、凄く綺麗です!・・・いや、大人っぽいです」 

 慌てて訂正した恋次に日番谷が微笑む。

「阿散井、お前もよく似合ってるぞ」

 お決まりの追従ではなく、実際、百九十センチ近い長身にタキシードを身に着けた

恋次は誰もが見惚れる程、格好良かった。

 

 

 

 このホテルは九階建てで、一階はフロントや一般向けのレストランやカフェ、土産

物売り場があり、二階から五階は一般向け客室。六階からはエグゼクティブフロアと

なっていて、高級レストランやダンスフロアなどがあり、誰でも出入りは自由だが、

正装が義務づけられている。そしてその上の七階からは特別室であり、一般の宿泊客

は足を踏み込めない造りになっていた。

 

暮れ行く美しい夕焼けを眺めながら、時間を掛けてゆっくりと美味しい料理を堪能

した二人は、ダンスホールが隣接した、クラシックが流れる雰囲気の良いバーへと場

を移した。

カウンターに座りたがる日番谷を宥めてテーブル席のソファーに掛けさせ、通りが

かったウエイターからシャンパンの入ったグラスを受け取った時、恋次の背後から声

が掛かった。

「阿散井様ではありませんか?」

「え?・・・はい」

 誰だろうと振り向いた先には、恰幅の良い紳士が、息子らしい青年を伴って立って

いた。

「私を覚えておいでではないですかな。朽木様のお屋敷で何度かご挨拶したのですか

・・・」

「あぁ。はい。存知上げております」

 愛想の良い紳士に応じながらも、恋次は内心で眉を顰めた。

 この初老の男は瀞霊廷でかなりの成功を収めた商人であり、大した財力を持ってい

たが、次なる狙いを政界に求め、四十六室や力のある貴族に取り入ろうと必死になっ

ているのだ。

 護廷隊の副隊長である自分に声を掛けてきたのも、その思惑から外れてはいないだ

ろうと恋次は鬱陶しく思う。

「お美しい方をお連れですね。お妹様ですか?」

「いえ・・・」

「おお、では何れかの姫君ですかな。いやいや、これはお邪魔してしまいました。宜

しければ、私どものテーブルへもおいで下さいませ。お待ち申し上げております」

「ありがとうございます」

 礼をして去っていく男に、同じ様に礼を返して溜息を吐く。

「・・・ったく・・・」

「知り合いか?」

「向こうが一方的に俺を知ってるだけですよ。最近多いんですよね。こんな事が」

「そうなのか?」

「ええ。この間も、見も知らない貴族から見合い話を持ち込まれてびっくりしました」

「はっはっは・・・」

「笑い事じゃないスから」

 嘆息する恋次に、又もや声が掛けられた。

「阿散井様、お久しぶりでございます」

「あ、はい・・・ご無沙汰しております」

 今度は若い娘を伴った品の良い夫妻に声を掛けられ、咄嗟に応じる。

「初めておめもじいたしますが、これは私共の娘でございます。是非、ご挨拶をと思

いまして」

「そうですか、どうぞ宜しくお願い致します」

「もし、宜しければあちらのホールで娘と一曲踊って頂けたらと存じますが・・・」

 にこやかでありながらも、少々押しの強い夫人の言葉に、しかし恋次はきっぱりと

断った。

「申し訳ございませんが、生憎連れがおりますので」

「・・・そうですか、それでは又の機会に・・・」

 いかにも残念そうな夫妻とその娘が立ち去ると、やれやれとソファに腰を降ろす。

 が、美しい音楽を聴きながら旨い酒を呑み、日番谷と会話を愉しもうと思っていた

恋次の期待を裏切り、それから次々と上流階級と目される人達から望まぬ訪問を受け

る羽目になってしまった。その多くは恋次と同年代の息子や娘を連れていた。

 その様子を遠めに見ながら、一番最初に恋次に声を掛けてきた商人が面白くなさそ

うに呟く。

「皆、あの男に取り入ろうと必死だな。やはり、あの噂は本当らしい」

「噂?どんな噂です?」

 気の弱そうな息子が問い掛ければ、商人は殊更声を潜めてそれに応えた。

「近く、あの男が護廷隊の隊長になるという噂だ」

「ええ〜〜〜〜〜っ!隊長!本当ですか、父さん」

「ふむ。護廷隊の五番隊は長らく隊長位が空席になったままだと聞く。だが最近、あ

の阿散井恋次は『卍解』とやらを極め、資格を満たしたらしい。後は隊主試験に合格

さえすれば晴れて純白の羽織を纏うことが出来る」

「凄いですね!護廷隊の隊長といえば、その権勢は四大貴族の当主に匹敵すると云わ

れているのでしょう?」

 興奮も露な息子に商人も深く頷く。

「そうだ。だが朽木家や京楽家、あるいは浮竹家といった貴族ではない隊長格は滅多

に表に出てくることはない。だからこそあの男に近づけるこの機会を逃すまいと皆必

死なのだ。お前もなんとか今の内に取り入れるように勤めるのだぞ」

 力説する商人に、息子は自信なさ気に肩を竦めた。

「・・・護廷隊の隊長なんておっかないですよ。彼の連れている可愛い女の子なら、

是非ともお近付きになりたいですけどね」

 その『可愛い女の子』こそが護廷隊の隊長であるなどとは、夢にも思わないのだろ

う息子の言葉に、商人も深く頷く。

「確かに、どこぞの令嬢なのか、末が偲ばれる程の美しい娘だったな。・・・ウチに

も年頃の娘がおれば良かったのだが・・・」

 

 残念極まるような男の呟きに反して、恋次は訪問客への対応に苦慮していた。

 何故なら、恋次の断りに大人しく引き下がる者ばかりではなく、半ば強引に日番谷

から引き離して連れだそうとする者まで現れ始めたからだ。

「阿散井様、私とお散歩に参りませんか?気持ちの良い海風が吹いておりますわよ」

「いえ、折角なのですがご遠慮致します」

 白哉にクギを刺されていたのを思い出し、慇懃に礼を返すが、日番谷との大事なひ

と時を邪魔されて、恋次は不愉快でしょうがない。

 大胆に胸の開いたドレスを纏ったその女性は、自分の美貌に余ほどの自信があるのか、

日番谷を無視した状態で盛んに誘い、離れてくれる様子がないのだ。

 どうにも困っていると、それまで事態を黙って静観していた日番谷がスッと立ち上

がった。

「阿散井様、私、気分が優れません。お部屋に帰りたく存じます」

「―――!判りました。お送りします。・・・そういう訳ですので失礼します」

 我が意を得た恋次は、非難がましい女性の視線を無視し、日番谷の細い腰に手を当

て、出口へと即した。

「ふぅ。助かりましたよ」

「ふふっ。お前、モテモテだったな。少しは残念なんじゃないのか?」

「バカなこと云わないで下さい。マジ、困ってたんスから!」

 そんな二人が部屋へ戻ろうとエレベーターを待っている所へ、先程の商人が息子を

従えて急ぎ足で追いかけてきた。

「阿散井様、どうかお待ち下さいませ」

「何か御用でしょうか?」

「お部屋へお戻りになられるのですか?」

「ええ。・・・もうすぐ花火も始まるでしょうから」

 早く日番谷と二人きりになりたくて、やや冷たく云った恋次の言葉に、だが、商人

は相好を崩した。

「でしたらお二方共、是非、私共の部屋にお越し下さいませ」

「あなたの部屋にですか?」

 怪訝な顔をする恋次に、男は切り札を見せるように頷いて云った。

「はい。私はこのホテルの最上階の特別貴賓室に滞在しております。より高みからの

花火見物はお連れの姫君にもお喜び頂けるかと存じますが」

「・・・最上階の特別貴賓室、ですか」

 恋次が確認するように云った丁度その時、チンという音と共にエレベーターが到着

を知らせ、四人は中へと乗り込んだ。

 このホテルの七階と八階は一般の客室の面積の倍の広さがある特別室で、全室オー

シャンビューとなっており、調度品も選りすぐりの最高級の物ばかりが置かれていた

が、更にその上の九階はたった二つしかない特別貴賓室で占められていた。

 エレベーターが七階を過ぎ、八階を過ぎると、商人の顔に笑みが零れる。

 最上階に到着し一同が降りると、男は先に立っていそいそと自分の部屋へと案内した。

「ささ、どうぞ、遠慮なくお入り下さいませ。花火が上がるのを待つ間、特上のワイ

ンなどご用意いたしますので」

 にこにこと上機嫌で部屋の扉を開ける男に苦笑して、恋次と日番谷はその部屋を素

通りした。

「あ、阿散井様、どちらへ?」

 慌てて後を追ってくる男に内ポケットからルームキィーを取り出しながら、恋次が

にやりと笑った。

「お隣さんだったんですね。折角のご好意ですけど、花火は自分の部屋で見ますよ。

眺めは変わりませんからね」

「―――――!」

 信じられないものを見るように絶句して口を開ける商人の目の前で、日番谷を中に

即した恋次はバタンと扉を閉めたのだった。

 

「あの顔、傑作でしたね。いい気味だ」

 先程からの鬱憤が少し晴れた恋次は、上着を脱ぎながら日番谷に笑い掛けた。

「最初は贅沢過ぎると思ってたんですが、あの男と同じ部屋を取ってくれた市丸隊長

に心底感謝しますよ」

 明日、護廷隊に戻ったら、市丸によくお礼を云おうと心に決めた恋次に、日番谷が

異を唱えた。

「同じじゃないさ」

「・・・え?」

「同じじゃない。これを見てみろ」

 日番谷が恋次に差し出したのは、部屋のテーブルに置かれたホテルのパンフレット

だった。

「―――えっと、俺達が今居るのが『碧眼(へきがん)の龍、左翼に坐す』っていう

部屋ですよね。なんか凄いネーミングだけど、・・・で、あっちが『紅き瞳の鳳凰、

右翼に舞う』ってこっちも凄いけど・・・」

 パンフレットの部屋の案内をぶつぶつと呟きながら読んでいた恋次は、唐突にある

ことに気付き、あっと声を上げた。

 この特別貴賓室はホテルの九階部分を二つだけの部屋で占めており、展望露天風呂

の他に、広いプライベート・ガーデンも有していたが、その事を併せて、二つの部屋

の面積の比率が6:4と記されていたのだ。

「この部屋の方が向こうより俄然広いってことじゃないですか!」

「そうだ。ここを創った奴は余程、上下をはっきりさせたい見栄っ張りらしいな。部

屋の名前にさえそれが現れてやがる」

「えっ?それってどういうことです?」

「阿散井、お前、『右に出る者がいない』っていう譬えの意味が判るか?」

 ドレスを脱ぎながら眉根を上げてからかってくる日番谷に、馬鹿にしないで下さい

と意気込む。

「俺だってそれ位知ってますよ。『並びなき者』って意味でしょう?」

「ああ。じゃあ、昔、宮中で帝の左右に侍った左大臣と右大臣とじゃ、どちらがエラ

かったと思う?」

「ええっ!同じ大臣に差があるんですか?」

「そうだ。―――応えは左大臣の方が官位が上だ。正面に額ずく民衆や臣下から見れ

ば帝の左側、帝から見れば右に坐した。そしてそれ以上身分の高い臣下がいないが為

に『右に出る者がない』と云われたのさ」

「はぁああ〜〜〜っ。成る程」

「継いでに云えばそれはこの国に限ったことじゃない。不思議なことに西洋の宗教世

界でも右側が高位とされているらしい」

「はぁ〜〜〜」

 恋次がしきりに関心している間にドレスを脱ぎ終えた日番谷は、はや、浴衣に袖を

通して、お前も早く着替えろと笑って恋次を即したのだった。

 

 

 

 ホテルの前で開かれている縁日は、沢山の人で盛況に賑わっていた。

 市丸が送ってくれた浴衣を着た二人は、輪投げや射的、型抜きなどを愉しみ、たこ

焼きや焼きそばやカキ氷を食べ、夏の祭りを満喫した。

「冬、そろそろ花火が上がりますよ。部屋へ戻りますか?」

「そうだな」

 調度その時、バン!という大音を共に、星が瞬く夜空に光の大輪の花が咲いた。

「急ぎましょう」

「あぁ」

「たっまや〜〜〜!」「かっぎや〜〜〜!」と呼ばわる人々の間をすり抜けてホテル

に戻り、最上階のプライベート・ガーデンのベンチに腰掛、二人は色とりどりに工夫

を凝らした沢山の花火に眼を愉しませたのだった。

 やがて最後を締めくくる巨大な金色の花火が打ち上げられると、辺りは急に静まり

返ったようにシンとなった。

 

「・・・花火、綺麗でしたね」

「ああ、そうだな」

「疲れましたか?」

「少しな。お前は?」

 問い掛けた日番谷の頤が持ち上がったのを逃さず、恋次が唇を合わせる。

「・・・ん。阿散井・・・」

 最初、啄ばむようだったそれは徐々に深く重なり、互いの舌が絡み合う。見る者が

いれば息苦しさを感じたかもしれない長いくちづけ。

「あぁ・・・冬。―――あんたとこうしていられるなんて夢みたいだ」

 やがてくちづけを解き、うっとりと呟いた恋次に日番谷が軽く笑う。

「夢なんかじゃないさ」

「えぇ。夢じゃない。―――ベットへ行きませんか?俺、さっきからあんたが欲しく

てたまんないんです」

 瞳に情欲の光を宿した恋次に臆することなく、日番谷はクスリと笑って立ち上がった。

「その前にそこにある風呂に入らせてくれ。汗かいちまった」

「風呂、ですか・・・」

 日番谷の指差した方向には、大人がゆうに十人は入れるだろう、ジャグジー機能付

きの展望露天風呂がある。

「ああ。一緒に入ろうぜ」

「・・・!判りました」

 ゴクリと喉を鳴らす恋次の前で、日番谷の手が早くも自分の着ている浴衣の帯を解

こうといている。それを見た恋次が慌てて止める。

「待って下さい。俺に脱がさせて下さい」

「―――?何でだ?自分で脱げるぞ?」

「俺にやらせて欲しいんです」

 譲らぬ気概をみせる恋次に、心底不思議そうにしながらも日番谷が徐歩する。

「判った」

 好きにしろとばかりに恋次が遣り易いように下ろした両腕を軽く広げる。

 その日番谷に恭しく跪いた恋次は緊張に少し震える手で帯を解き、紐を解き、ゆっ

くりと浴衣の前を開く。

 次に浴衣の下に身に着けている襦袢の紐も解き、緊張した面持ちで襦袢の左右の合

わせを開くと、目の前に真珠のような輝きを放つ美しい白い肌が現れた。

 夜目にも鮮やかなその輝きの中央には、花弁のような可愛らしい色をした乳首が僅

かな盛り上がりの上に息衝いていて、恋次は眼も眩みそうな感覚に襲われた。

 それを無理やり振り払ってさらに視線を下に向ければ、現世の女の子が好んで身に

着けていそうな、申し訳程度に局部を隠したような小さな白い下着が眼に飛び込んで

きた。

その下着の両側の部分で結われている、頼りない程細いリボン結びを解けば、はら

りと下着が落ち、あっけない位簡単に日番谷は全裸になった。

「・・・・・っ。あ、あんた凄く綺麗だ・・・」

 感動の余り、それだけ云うのが精一杯の恋次に、大きな満月を背にした日番谷が面

白そうに微笑む。

「お前も早く脱げ。なんなら俺が脱がせてやろうか?」

 その言葉に、冗談じゃないとばかりに立ち上がった恋次は、自分も急いで浴衣を脱

ぎ捨てるや、日番谷を抱えあげて、展望風呂に向かって大股で歩き出したのだった。



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