Sweet Dreams
護廷十三隊、十番隊隊長、日番谷冬獅郎が虚討伐で負傷したとの報が護廷隊に
届いたのは、葉月も残すところ後、数日となった残暑厳しい午後の事だった。
「日番谷隊長が負傷したって本当ですか!」
「ふむ」
「―――それで怪我の具合は?」
「四番隊に搬送されて治療の途中だ。詳細は判らぬ」
隊主室に駆け込んできた自隊の副隊長に対し、冷静沈着で知られる六番隊隊長
朽木白哉はその美しい柳眉を潜めた。
「今日の討伐は日番谷隊長が手こずるような虚が相手だったんですか?」
俺にはそんなこと一言も云ってなかったのに、と、唇を噛み締める阿散井恋次
に、戦いの場では何が起こるかは誰にも判らん、と、白哉は紫の瞳を閉じて応え
た。
「阿散井、わざわざ来て貰って悪いな」
「ひ、日番谷隊長、起き上がって大丈夫なんですか?」
手ぶらで見舞いもナンだからと、近間の花屋で手ごろな花束を買い求め、四番
隊の医療部の看護施設へとやって来た恋次を、思いの他元気そうな顔をした日番
谷が出迎えた。
その日の業務が終わった途端、脱兎の如く隊舎を飛び出した恋次を、白哉が溜
息で見送っていたことなど、知る由もないだろう。
「あぁ、虚の爪がかすめただけだってのに、四番隊の連中が大騒ぎして入院まで
されられちまった」
眉を寄せる日番谷は、確かに恋次が見るところ、白い包帯が巻かれた左腕以外
に目立った外傷はない。
「仕方がありませんよ。今は卯ノ花隊長が四十六室からの依頼で長期間のお出掛
けで、その間に隊長格に何かあっては大変だっていうんで、四番隊は皆ピリピリ
してるんですから」
日番谷のベットの横の椅子に座り、先客が持ってきたらしい梨の皮を器用に剥
きながら、十番隊の副隊長である松本乱菊が慰めるように云う。
「卯ノ花隊長は最近外務が多いですよね。まぁ、日番谷隊長に大したことがなく
て何よりでしたよ。明日の朝まではここで大人しくしてて下さい。その後、変調
が無いようなら、すぐに退院出来る筈ですから」
乱菊から剥いた梨を薦められ、礼を云って一つ摘みながら、恋次よりも一足早
く見舞いに来ていたらしい檜佐木修兵が同調する。
ここに集っている三人、松本乱菊、檜佐木修兵、阿散井恋次はいずれも日番谷
冬獅郎にとって『愛人』と言って良い関係だった。そして・・・
コンコンというノックの音に乱菊が応えを返すと、開いたドアから、三番隊の
隊長である市丸ギンが長身痩躯の姿を見せた。
「こんばんは。やぁ、皆お揃いやね。・・・なんや冬獅郎、元気そうやないの」
「市丸!」
(―――あぁ・・・花が咲いたみたいだ)
市丸の姿を目にした途端、喜色を浮べた日番谷の表情に、恋次は心の中で切な
く思う。
人によって、よく笑う者とそうでない者とがいるが、人前で滅多に笑顔を見せ
ない日番谷の変化は顕著で、そして絶大な効果を持っている。
自分もあんな風に日番谷に笑い掛けて貰いたいと望みながら、どれだけの数の
者達がそれを果たせずにいるかなど、恐らく当人は知りもしないのだ。
そんな日番谷の笑みを簡単に引き出してしまう市丸は、目下、自他共に認める
日番谷の『恋人』だった。
「明日の朝まで強制入院だとさ。俺はなんともねぇって云ったんだがな」
ベットに座った姿勢で、拗ねた様に軽く頬を膨らます日番谷の頭を、ゆっくり
と近付いて来た市丸の大きな手がくしゃりとひと撫でする。
「四番隊を困らせたらあかんよ。明日の朝まではええ子にしとき」
「そうですよ、隊長。なんだったらこの怪我に託けて、暫らく休暇を取ったらど
うですか?」
乱菊のおちゃらけに、日番谷が「お前なぁ・・・と」眉を寄せ、その他の者は
どっと笑った。
普段は寒々しい程静寂であろう病室が、一転して賑やかになった。そんな中、
「休暇と云えば、阿散井、明後日はお前の誕生日だよな。ちゃんと休みの申請は
してあるだろうな?」
「あ、はい」
突然思い出したかの様に修兵に聞かれ、恋次はコクリと頷いた。
葉月の最終日は恋次の誕生日であり、予ねてより指折り数えて愉しみにしてい
た日でもあった。何故ならその日は市丸と、日番谷の他の愛人達の許可の下、日
番谷を貸切にして貰い、二人きりの小旅行に出掛ける日であったからだ。
「君と冬獅郎が行く先の宿の手配は済んどるよ。朽木隊長はお休みをくれはるん
やろ?」
「はい。それは大丈夫なんスけど・・・」
常ならばこの上なく嬉しいだろう市丸の言葉にも、恋次の顔色は冴えない。
「どうしたん?」
「いえ、あの、日番谷隊長は怪我をされているし、遠出はあまり良くないかなぁ
と」
さも残念そうに、俯きながら云った恋次の呟きに、当の日番谷が異論を唱えた。
「余計な心配をすんな、阿散井。こんなかすり傷、怪我の内に入んねぇよ。明日
には綺麗さっぱり治ってるさ」
「日番谷隊長」
自分の杞憂を払拭するかのように口角を上げて見せる日番谷に、素直に恋次は
見惚れた。
「俺は正直言って暑い中出掛けて行くのは気が進まねぇが、お前と二人きりの旅
行なんて年に一度の事だし、それなりに楽しみにしてるんだぜ」
「ほ、本当ですか?」
思いがけぬ嬉しい言葉に恋次の心は喜びに震える。
「良かったわね、恋次。じゃあ隊長、私はこれで帰りますね。明日は朝ご飯が終
わった頃に迎えに来ますから」
「ああ。頼む」
恋次の持ってきた花を花瓶に生け終えた乱菊が暇乞いを告げれば、修兵もそれ
に習い、恋次も日番谷と市丸を二人きりにすべく、礼をして病室を後にした。
日番谷と美味しい関係に居たければ、決して市丸との邪魔をしてはならないと
いうのが愛人達での鉄の規律だったからだ。
もっとも乱菊だけは市丸にクギを差すのを忘れていなかったが・・・
「ギン、云っとくけど、ベットに寝てる隊長と二人きりだからって妙な気を起こ
しちゃダメよ!日番谷隊長は怪我人なんですからね」
「そんなん云われんでも判っとるわ。ボクかて卯ノ花はんはコワイわ」
珍しく、本気で嫌そうな顔をする市丸に、満足そうに乱菊は頷いたのだった。
その夜の深夜、変調は突然やってきた!
「・・・・・ぅ・・・っ」
全身を覆う熱に日番谷の額に玉の汗が浮かぶ。
不思議と痛みは無く、だが、身体の内部が軋みをあげ、細胞が消滅し、そして
再編成するかのような、うねる様な不安定で不確かな未知の感覚に、日番谷はベ
ットのシーツを握り締め、必死に耐えた。
ベットの上には直ぐにも手の届く位置にナースコールのスイッチがあったが、
何故か日番谷の手はそれに伸びることなく、暫しの時間を彼は一人で耐えた。
そして、突然やってきた変調が静かに去った後、ゆっくりとベットに起き上が
った日番谷は己が身に纏っている病衣の紐を解き、窓からの月明かりに照らされ
た自分の裸身を見詰め、僅かに苦笑を漏らしたのだった。
「え〜〜〜〜〜っ!それ、マジですか!」
翌朝、日番谷が無事に退院したという知らせに、恋次は昼休みを利用していそ
いそと十番隊へやってきたのだが、そこで乱菊と修兵から思いがけない話を聞か
され、大絶叫を上げてしまった。
「し、阿散井、声がデカイ!」
修兵が嗜めるように人差指を己の唇に当てると、恋次は慌てて「スンマセン」
と謝り、肩を竦めたが、次の瞬間には又もや激昂していた。
「いや、しかし、本当に日番谷隊長が?」
「私だって朝、隊長を迎えに行って、本人から聞かされた時は腰が抜けるかと思
ったわよ」
乱菊が大きな胸の前で腕を組み、大層な溜息を吐き出した。
「俺だってそうですよ。よりによって日番谷隊長が・・・」
修兵が眼を眇めるのに、恋次は切迫した声で問う。
「そ、それで日番谷隊長は今どうしてるんですか?」
「昨日の虚討伐の結果報告に一番隊に行ってるわ。もう、戻って来る頃だと思う
けど」
「そんな!・・・出歩いて大丈夫なんスか?一刻も早く四番隊になんとかしても
らわなくちゃ・・・」
恋次の焦りに応えるかのように隊主室の扉が開き、後ろに市丸を従えた日番谷
が姿を現した。
「あ、おかえりなさい。隊長!・・・ギンも一緒なんて都合が良いわ」
「こいつとは一番隊からの帰り道で偶然に会った。―――事情は簡潔にだがここ
に来る間に説明しておいた」
「いや〜〜〜。世の中には信じられん事が起こるもんやなぁ」
「市丸隊長!そんなのんきにしてる場合じゃないっスよ!・・・でも、日番谷隊
長、本当にそうなんですか?本当にあんた・・・」
続きの言葉を飲み込んだ恋次に、軽く頷いた日番谷は、しかし取り立てて普段
より変わった様子は見受けられない。だが・・・!
「信じられねぇことだが、朝起きたらそうなってたのさ。見てみるか?」
云うが早いか、隊主羽織を脱ぎ、それを手近の椅子に掛けるや、その下の死覇
装や袴も次々と脱ぎ落としていく。誰も止める暇もない程の手際のよさに、皆が
唖然としている間に襦袢と下穿きだけになった日番谷は、それらをもあっさりと
取り去った。
―――――そして彼らは見た!
「「「「・・・・・!」」」」
ここに集っている者達は全て日番谷と肉体関係を持っていたが、一糸纏わぬ姿
になった日番谷を見た誰もが息を呑んだ。滅多なことでは動揺しない市丸ですら
例外ではなかった。
「――――か、完璧やね!」
「完璧、ですね!」
「完璧だわ!」
「し、信じらんねぇ・・・!」
市丸、修兵、乱菊の呟きに続き、恋次が長身をワナワナと震わせた後、絶叫し
た。
「日番谷隊長、あんたなんで女の子なんスか!」
六番隊の隊舎の窓から見える夕焼け雲をぼんやりと見詰め、恋次は明日からの
日番谷と二人だけの旅行のことを思い、心此処にあらずの体でいた。
そんな恋次に隊主席に座っている白哉から声が掛かった。
「恋次」
「は、はい」
呼ばれた恋次は、副隊長の席から急いで立ち上がり、白哉の前に駆けつける。
「お前が明日から二日間の連休を取るのは了解しているが、隊の業務は差し障り
が無いのだろうな?」
「はい。緊急時を想定した引継ぎも完了しています」
「ならば良い。例え勤務外の私用であろうと、常に六番隊の副隊長の自覚を持っ
て行動しろ。何よりお前にはその後に大任が控えておるのだからな」
己を律することに厳格な白哉は部下にも厳しい。しかしそんな隊長の態度にも
慣れっこになっている恋次は内心で肩を竦めながらも、大人しく「はい」と応え
た。
今現在、恋次の心を乱している事柄に比べたら、白哉からの戒めなど何ほどの
ことも無いのだ。
今日の昼、恋次が十番隊で大絶叫を上げた後、再び死覇装を身に着けた日番谷
を囲んで、市丸、乱菊、修兵、そして恋次の五人で深刻な話合いが進んだ。
今直ぐにでも四番隊に事情を説明して診察を受けるべきだという恋次に対して
、日番谷が首を横に振ってそれを否定した。
『確かに虚から受けた傷が元で性別が変わっちまった可能性が最も高い。が、か
といって傷自体はもう完治しているし、卯ノ花隊長以外の者に俺の身体を元に戻
せるとは思わねぇ』
『最悪の場合、十二番隊に廻されるかもしれませんね』
『十二番隊!』
修兵の言葉に恋次が唇を噛み締める。
(日番谷隊長をあいつらのモルモットになんてさせるもんか!)
そんな恋次の心情を汲み取ったかのように市丸が口を開く。
『ボクも冬獅郎の意見に賛成やね。ここはヘタに騒がんほうがええ』
『そうよね。・・・勿論、日常生活に支障をきたす様なら困るけど、今のところ
霊圧や体調に変化はありませんしね』
乱菊の言葉に恋次も渋々と引き下がった。
日番谷の身は心配だが、皆の意見ももっともだったからだ。
『ほんなら冬獅郎、卯ノ花はんが帰ってくるまでは他の者にバレんように、何時
もと変わらんように行動しいや。ボクは一応イズルにだけは事情を説明しておく
わ』
『あぁ。判った。・・・そんな訳だから阿散井、明日からのお前との旅行もこの
まま予定通りに決行するぞ』
『え、ええ〜〜〜っ!』
『なんだ、お前、女の俺と出掛けるのは嫌なのか?』
『いえ!とんでもない!う、嬉しいです!』
顔を真っ赤にしてうろたえながらも、きっぱりと言い切った恋次に皆が微笑む。
『恋次、折角の機会なんだからうんと愉しんできなさいよ』
『はい!』
その場を代表しての乱菊の言葉に、恋次は子供のように輝く表情で、大きく頷
いたのだった。
しかし時間が経てば嬉しさや期待と同じ位、不安も過ぎり始めた。
その一つは、果たして日番谷の身体が元通り男に戻れるのだろうかという心配
だった。
予ねてから、日番谷が女の子だったらどんなに可愛いだろうと妄想していたり
はしたが、実際そうなってみると心配が先にたつ。
まだ幼い外見ではあるものの、自分が知る誰よりも男らしい日番谷が、女体と
なってしまった己をどう思っているかと考えると、素直に喜べないのだ。
そして後の一つは、女の子の身体となった日番谷をちゃんと自分がエスコート
出来るだろうかという不安だった。
(女の子になった日番谷隊長との旅行かぁ・・・俺、大丈夫かな)
白哉からの注意事項も上の空に聞き流し、自分の席へと戻った恋次は再び茜の
空を見上げて、鼓動を沈めるかのように小さく息を吐いたのだった。
「な、なんか凄い処ですね」
「あぁ。そうだな」
翌日、恋次と日番谷がやって来たのは、海に面した大きな白亜の居城だった。
瀞霊廷の金持ち連中が、資金を出し合って作ったと云われているその建物は、
現世の高級リゾート・ホテルを模してあり、プライベート・ビーチがある他に、
様々なアトラクションを配備した巨大な遊園地も隣接しており、一般の市井の者
達は勿論のこと、瀞霊廷のセレブが避暑に訪れることでも有名だった。
「阿散井、お前、此処に来るのは初めてなのか?」
「はい。日番谷隊長は?」
「俺も初めてだ。松本は前々から来たがってたがな」
「ええ。子供や女の子には特に人気があるらしいですよ」
建物と周りの雰囲気に合わせる様に、ホテルの遊歩道を行き交う人々は皆、現
世の服装をしており、恋次と日番谷もまた、バカンスに相応しい現世のラフな格
好で歩いていた。
「それにしても、なんだがあちこちから視線を感じるんだが、俺はやっぱりヘン
なのか?」
困ったように日番谷に見上げられた恋次はブンブンと首を振って、大げさに否
定した。
「全然、全く、ヘンじゃないっス!」
「・・・でも、じゃあ、なんでジロジロ見られてるんだ?」
いかにも居心地わるそうにしている日番谷に、それはあんたが可愛すぎるから
です。と、云いたいのをグッと堪えた。
先刻、待ち合わせ場所にやって来た日番谷を見た恋次は、鼻血を噴かんばかり
に驚いた。
(ぎゃ〜〜〜〜〜っ!ひ、日番谷隊長、あんたなんでミニスカートなんて穿いて
るんスか!)
てっきり自分と同じ様なTシャツにジーンズといった格好で現れるであろうと
ばかり思っていた恋次の前に、夏用のつばの広い帽子を被り、白の綿ローンのノ
ースリーブのワンピースに、踵の高いサンダルを履いた日番谷が姿を見せたのだ。
「この服、市丸が選んだんだが、似合ってないのかなぁ・・・」
「そんなことありません!よくお似合いです!」
まるで妖精の様な可憐な可愛らしさに、恋次は熱を込めて肯定する。
「そうか?・・・まぁ一緒に歩くお前が嫌じゃないならいいんだが」
本当は『とても可愛いです』と、恋次は云いたい。だが、容姿が幼いというこ
とに並々ならないコンプレックスを抱える日番谷に、その言葉は禁句である。何
故なら以前、現世での合同任務で、現世の服を着た儀骸に入った日番谷を見て、
うっかりと『可愛い』と漏らしてしまい、日番谷を怒らせた経緯があったからだ。
「あぁ、それと阿散井、この旅行中は『日番谷隊長』と呼ぶのは止めろ。ここに
は一般人の他に瀞霊廷のお偉方もよく来るそうだからな。俺の身体が女になって
いるのをそいつらにバレるのはマズイ」
「判りました。・・・けど、じゃあ、あんたのこと、何て呼べばいいんスか?」
「う〜〜〜ん。そうだなぁ・・・」
「・・・・・あのぅ」
「ん?」
「もし、あんたがイヤじゃなかったら、あんたのこと『冬(ふゆ)』って呼んで
もいいですか?」
「―――阿散井、それは・・・」
日番谷を『冬獅郎』と名前で呼べるのは恋人である市丸だけの権利だが、市丸
は更に親愛の情を込めて、『冬』と呼ぶ時があるのを恋次は知っていた。が、問
い掛けられた日番谷は困惑を露にした。
「ははっ・・・。やっぱ、ダメですよね」
残念そうに俯く恋次に、「いや」と、意を決したように日番谷が云う。
「この旅行中に限り、そう呼んでくれて構わない」
「ほ、本当ですか?俺、凄ぇ嬉しいです!」
輝くような笑顔を見せる恋次につられる様に日番谷も微笑んだのだった。
ホテルでのチェックインを済ませ、フロントに手荷物を預けた二人は、まず遊
園地の方で遊ぶことにした。
「日番谷隊長、じゃなかった、冬は絶叫系の乗り物って、大丈夫なんスか?」
「絶叫系ってなんだ?」
「かなりスリリングで刺激が強い乗り物ってことですよ。俺は大好きなんスけど
、人に因っては全く駄目って奴もいるし、乗ったら最後、途中で降りられないか
ら、もし冬が苦手ならヤメといた方がいいかなぁ・・・と」
「ふん。万人向けの乗り物に俺が乗れないハズはないだろう。よし、阿散井、あ
れに乗るぞ!」
日番谷が指差した先にはこの遊園地の目玉の一つである、スパイラルコースタ
ーがあった。
大勢の人が並んでいる列に自分達も並ぼうとした二人を、係員らしき男が呼び
止める。
「スミマセンが、そちらの方、身長を測らせて下さい」
「「・・・え?」」
二人が同時に振り向き、眼を転じた先には、『百三十センチ以下の身長の方は
お乗りになれません』との但し書きの看板があった。
「・・・あぁ。安全の為に身長制限があるんですよ。冬、申し訳ないんスけど・・・」
「・・・・・わかった」
心底申し訳なさそうな顔をする恋次の手前、憮然としながらも日番谷は大人し
く係員に身長を測らせ、OKを貰ったのだった。
そしていよいよコースターに搭乗し、それが静かに動き始めるや、日番谷の身
体に緊張が走ったのを横目で確認した恋次の胸に不安が過ぎったが、それは直ぐ
さま的中した。
「ぎゃ〜〜〜〜〜!」
眼を閉じたまま叫び声を上げ、自分に抱きついてくる日番谷の身体を、恋次も
必死に抱き返して云った。
「冬、しっかりして下さい!目を閉じてたら余計コワイですから!」
その名の通り、高速で螺旋を繰り返すスパイラルコースターに、日番谷は大絶
叫を上げ続ける。
「降ろせ!降ろせ!降ろせ〜〜〜っ!」
「無茶云わないで下さい!もうちょっとの辛抱ですから!」
「ぎゃ〜〜〜〜〜!」
「・・・あ、あの、大丈夫ですか?」
「・・・・・ん」
約3分間の恐怖に耐え、よろよろとコースターから降りた日番谷を、恋次は半
ば抱えるようにして、近くのベンチまで連れてきていた。
そして、冷たい飲み物を与え、小さな背を撫でて、辛抱強く日番谷が落ち着く
のを待った。
その甲斐あってか、当初は涙目だった日番谷も、暫らくすると元の落ち着きを
取り戻し、恋次を安心させた。
「すみません。あんたがあんなに怖がるなんて思わなくて、俺の配慮が足りませ
んでした」
「・・・俺は自分からアレに乗ると云ったんだ。お前は少しも悪くない」
「でも・・・」
「まぁ、しかし、どうやら俺は『絶叫系』とやらがダメらしいな」
ヘンに強がらず、素直に自分の不得意分野を認めた日番谷に恋次の口角が上が
る。
「こればかりはどうにもならないモンらしいスね。でもこの遊園地は他にも楽し
める乗り物が沢山ありますよ」
「うん。でもお前は刺激のある奴に乗りたいんだろ?俺はここで待ってるから乗
ってくると良い」
「はぁ?何云ってるんスか!俺はあんたとデートしたいんです。アトラクション
なんか、二の次、三の次ですよ」
「そうなのか?折角遠出して来たんだから遠慮しなくても良いんだぞ」
「遠慮なんてしてません」
(第一、あんたを一人になんて出来ませんよ!)
家族連れや彼女連れだというのに、園内で擦れ違う男達の殆どが振り返ってま
で日番谷を見るのだ。自分が離れた途端、砂糖に群がる蟻のように日番谷に男達
が群がるのが判り切っている。それ程、少女になった日番谷は可憐で可愛らしい
のだ。
「そうだ、この際目先を変えて『お化け屋敷』とかに入って見ませんか?」
「お化け屋敷?・・・幼稚すぎやしないか?」
「そうでもありませんよ。現世に習って最先端の仕掛けが施してあるとかで、人
気が高いんです」
「ふ〜〜〜ん。まぁ、お前がそう云うのなら入ってみるか」
「はい。じゃあ、行きますか」
「あぁ」
立ち上がった恋次が差し出した手を日番谷は素直に握り、二人は仲良く手を繋
いでベンチを後にした。その姿を大勢の男達が羨ましそうに見ていた。
バキン!という、物凄い音と共に、身の丈二メートルを超える一つ目の大入道
が、華奢な足に蹴り倒された。
「ふ、冬、それは人形だってさっきから云ってるじゃないですか!」
「――――すまん。つい条件反射で・・・」
そう云いながらも、横合いから飛び出してきたカラス天狗に正拳を食らわす。
「冬!」
「わ、悪い。つい・・・」
お化け屋敷に入った途端、自分を脅かそうとする妖怪の人形をことごとく破壊
する日番谷に、恋次は頭を抱えた。ここはまだ出口まで四分の一程しか進んでい
ないが、その間に日番谷が壊してしまった人形は十体ではきかないだろう。
突如、暗がりから現れる精巧な妖怪の人形に対して、戦闘に慣れた日番谷の身
体は咄嗟に反応を示してしまうのだ。
今しも、一応、口では恋次に謝ってはいるものの、日番谷の眼は油断無く辺り
を覗い、どうでも臨戦態勢である。
(妖怪退治に来た訳じゃないんだけどなぁ・・・)
これ以上、お化け屋敷に損害を与える訳には行かないと判断した恋次は仕方な
く、残りの四分三の道のりを日番谷を抱き上げて歩いたのだった。
勿論日番谷からは抗議の声が上がったが、ヘタに騒ぎになってあんたの正体が
バレたら困るでしょう。との恋次の言葉に、不承不承黙り込んだのであった。