真円の月から秋の草むらに静かに降り注ぐ白い光の中、その少年はこの世ならざる者の雰囲気を醸し出

して厳かに佇んでいた。



ギンは俄かには己の目の前の光景が信じられず、驚愕の表情のまま日番谷を見つめ続けた。

と、そんなギンを夢の中から連れ出すように日番谷が口を開く。

「・・・こんなに遅くなってしまってすまない。改めて名を名乗らせてくれ。−−十番隊隊長の日番谷冬獅郎

だ」

小さな頭が姿勢良くペコリと下げられたのに、ギンは慌てて庭石の上から飛び降りて、居住まいを正した。

「三番隊隊長の市丸ギンです。−−十番隊長さん、今日は就任式に出られへんで堪忍な」

「いや、大虚が出た事は聞いている。大変だったな。お前、怪我はしていないのか?」

「ボクは大事ないんよ。だだうちの三番隊の子らが何人も四番隊にお世話になってしもうたけどな」

「そうか、それは辛いな」

本心から理解と労わりの気遣いを見せる幼い隊長にギンは微苦笑を浮かべた。

(ほんま、大物やわこの子。−−流石ボクの神様や)


「十番隊長さん、就任式やら歓迎会やらで疲れてはるやろに、わざわざ挨拶によってくれておおきにな」

ギンにとって日番谷の来訪は望外の幸運だった。こうして月明かりの下で二人きりで言葉を交わしていら

れる今となってはむしろ就任式に出席出来なくて良かったとさえ思えてくる。それ程日番谷を独占している

事に喜びを感じていた。

しかしギンの言葉を聞いた途端、自信に満ちているようだった日番谷の表情に蔭りが現れた。


「−−−就任の挨拶に来た訳じゃねぇ・・・。俺は−−」

日番谷の眉間がギュッと寄せられたのを見て、ギンはハッとすると共にぞくりとしたものが背筋を駆け上り

それと同時に心臓がバクバクと波打つ。

(−−−−−あかん!)

瞬時にギンの脳裏に警戒音が鳴り響く。

目の前の少年にそこから先の言葉を言わせてはならない。−−しかし心の底ではずっと望んでいた。

有り得ない事だと自分を納得させながら、本当は待ち望んでいた。・・・この半年間ずっと。


「・・・初めて会った夜にお前云ったよな、自分を迎えに来て欲しいって。・・・だから俺はここに来た」

なんの衒いもなくあまりにもきっぱりとした言葉にギンの身体から張り詰めたものが削ぎ落ちる。替わりに

訪れたのは信じられない歓喜の渦だった。

「そ、それって・・・」

もはや相手が伝えたい事が明白となっても、まだ確かめ足りないようなギンにさらりと日番谷は告げる。

「−−俺もお前が好きだ。市丸ギン。−−初めて会った時からずっと好きだった」


秋特有の少しひんやりとした気持ちの好い風が、向かい合う二人の間を通り抜けて行く。足元では鈴虫で

あろうかリンリンとした耳障りの好い鳴声が聞こえていた。

しかし見詰め合っている二人の世界に風は無く、何の物音も聴こえていなかった。



(−−−こんな奇跡もあるんやね)

ギンは初めて生まれてきたことに、生きているということに感謝した。これから先、何があっても耐えられ

る、そんな気さえした。

−−しかし! 日番谷の想いは受け入れてはならないのだとも解っていた。

出来る事なら今すぐ駆け寄って、日番谷の小さな身体を抱きしめたい衝動をギンはぐっと堪えた。


藍染が許す筈がないのだ!

−−自分は藍染にとって他の手駒より少しだけ使い勝手の良い道具に過ぎないが、それでも道具が主以

外に思慕を寄せるなどという事は例え藍染でなくとも容認出来ない事だろう。・・・そうギンは悲しく思った。

この目の前の愛しい相手を一分、一秒でも長く生きながらえさせたいと願うなら、自分は彼に近づいては

ならないのだ。そして、彼もまた自分に近づけてはならない。さもなければ藍染のどんな気まぐれで命を落

とす事になるかもしれない。・・・それが、藍染の絶対的な力を知るギンには何よりも恐ろしかった。


だから自分は日番谷に嫌われなければならない。日番谷の方からは決して自分に近づかない様に、これ

以上無い位に酷く嫌われて、そして自分は彼に一切の無関心を貫かねばならないのだと、ギンは苦渋の

決断をした。・・・それで藍染を欺けるとは思わないが、ほんの少しでも時間稼ぎをしたかった。

−−藍染が瀞霊廷に叛旗を翻すその時までは・・・。


「・・・・・市丸・・・どうかしたのか?」

まるで石像のように動かなくなったギンに日番谷が心配そうに声を掛ける。

それに応えた市丸の貌には常日頃から瀞霊廷の死神達が見慣れている、張り付いた様な笑みが浮かん

でいた。

「なんでもあらへんよ。・・・ボクんこと好きやて? おおきにな、ほんま嬉しいわ!−−けど十番隊長さん

こないだボクの云ったコト鵜呑みにしたんやったら堪忍な、あれはキミをからこうただけなんよ。・・・まさか

キミが本気にするやなんて思わんかったわ」

「・・・・・からかっただけ・・・だと・・・」

日番谷の幼いが端正な容貌からみるみる血の気が引いていくのを、ギンは内心歯噛みして耐えた。

「そうや、ボクのウワサ聞いたことあらへんかなぁ・・・ボクな、人をからかうんが大好きなんよ。特にキミみ

たいな清廉潔白な真面目なタイプはたまらんご馳走やわ」

「・・・・・・・」

「他の隊長さん達からもいろいろ忠告されたんとちがう? 市丸には気を付けろ。市丸には近づくな。そう

云われた筈やで・・・」

俯いてしまった日番谷にとどめをさす覚悟でギンはなおも言葉を続ける。

「それなのにバカ正直にボクの云ったコトを信じてのこのこ来るやなんて、十番隊長さんはほんまにお子

様なんやね。そんなんじゃこの先やっていかれへんよ、いっそ今すぐ隊長職を辞任したほうがええんとち

がう?・・・」

「キミには荷が重いわ」と、続けようとしたギンの言葉は「市丸!」と叫んだ日番谷の鋭い声に掻き消され

た格段に跳ね上がった相手の高い霊圧に、てっきりキレた日番谷が切りかかって来るものと思ったギンは

硬く目を閉じてその時を待ったが、暫らくしても日番谷が動く気配は感じられず、ゆっくりと目を開けたギン

が見たのは、歳に不似合いな大人びた憂いの表情だった。


「−−−市丸、お前なんで嘘をつくんだ」

「・・・っ、ウソって、ボクがゆうてるのはほんまのことで・・・」

「−−いや、お前は嘘をついている」

悲しげに双眸を揺らしながらもきっぱりと言い放つ日番谷にギンは二の句が告げなくなる。

「・・・確かに俺は他の人達からお前の事を聞いた。・・・・・だがお前がもし本当に人を欺く事に無上の歓び

を感じる奴だったとしても、あの時のお前の言葉は−−あの時のお前は本当だった!」

「−−!」

「それに俺は人となりに感しては自分の目しか信じない。・・・だがもし仮にお前が人が言うように、血を見

る事を好む冷酷な奴だったとしても、お前を好きだという気持ちは揺るがない。−−でも・・・」

日番谷の大きな翡翠色の瞳から透明な雫が溢れ、すべらかな頬を伝って行くのをギンは凝視した。

「・・・俺は遅すぎたのか?・・・市丸、お前・・・心変わりをしてしまったのか?−−頼むから本当の事を言っ

てくれ」

「十番隊長さん・・・」

流れ落ちる涙を手の甲で拭き、鼻をすすり、小さくしゃくり上げる幼い仕草のまま日番谷は堰を切った様に

続ける。

「−−−人の心は変わるものだと聞いた事がある。・・・俺は、お前に会ってから三日後に卍解する事が

出来た。でも、隊長としてやっていけるという自信が付くまでに半年も掛かってしまった」

(・・・半年。−−−そうや、ほんまやったらこの子の隊長就任は来年の春の筈や!)

ギンはまさかの想いで日番谷に問い掛けた。まさか、まさか・・・!

「十番隊長さん、もしかしてキミが隊長就任を急いだのはボクん為なん?」

日番谷は小さな唇をキュと結ぶとコクンと頷いた。

「俺は自分の霊力を持て余して死神になった。だが四十六室や総隊長がなんと言おうと隊長職に就く気な

んて無かった。自分が虚と戦う事と隊員達に指示を与えて戦わせるのは意味合いが違う。俺の判断に誤

りがあれば何百人もの隊員達の命を危険に晒す事になる、そんなものを背負う気は無かった。でも・・・」

伏せられていた面が上がり、再び強い光を宿した瞳がギンを射抜く。

「お前に会った次の日に面会に来た浮竹から、お前が三番隊の隊長だと聞いた。だったら俺もお前が背

負っているのと同じものを持ちたいと思った。・・・お前にふさわしい者でありたかった!」

「・・・・・・・」

「この半年間、お前がまだ待ってくれているかどうかとずっと不安だった。・・・半年も待たせたんだ。俺に

お前を責める資格は無い。だからどうか本当の事を言ってくれ。−−俺の他に好きな奴が出来たのか?

どうなんだ、市丸!」


まさに激白といった表現がふさわしい日番谷の気迫に、ただただ気おされた様にギンは立ち竦んだまま

言葉もない。一方の日番谷はじっと相手からの応えを待っていたが、暫しの時が流れても口を開こうとし

ないギンに、諦めた様な溜息を一つ漏らすとくるりと踵を返した。

「・・・・・『無言も又肯定』・・・か、−−判ったぜ、市丸。今更のこのこやって来て面倒かけて悪かったな、

でも、お前が好きだという気持ちに変わりはない。これから先、同じ隊長格として頼ってもらえれば嬉しく

思う・・・じゃぁな・・・」

「−−−−−待ってや!」

今にも瞬歩を使って目の前から姿を消そうとする日番谷を悲痛そのもののギンの叫びが止め、あっと言う

間もなく間合いを詰めてその小さな身体をかき抱いた。


「・・・・・市丸?」

自分を抱きこんだまま、二度と離すまいとするかのように腕に力を込め続けるギンに戸惑い、日番谷は小

さく呼びかけた。


「・・・誰が・・・誰が、心変わりするゆうんや!・・・ボクが好きなんはキミだけや。未来永劫、キミだけや!」

日番谷の小さな胸に顔を埋めたまま、震える声で告げる。

「・・・・・けど、ボクはあかんのや、十番隊長さん。・・・ボクはキミの側におったらあかん、キミを傷つける。

必ずそうなる!・・・ボクは厄病神と同じや!」

ガクガクと震えながらしがみ付くギンに唖然としていた日番谷だったが、ややあって、フッと子供らしからぬ

笑みを浮かべ、ギンの銀糸を小さな手で梳きながら優しく語り掛けた。

「・・・まぁ皆から聞かされた話を総合しても、確かにお前には苦労させられそうだよな」

「−−−必ず後悔する時がくる。ボクらは幸せにはなれへんのや」

「・・・ああ、そうかもしれない。でも努力するのは無意味じゃない」

「その為にキミは命無くすハメになるかもしれん!」

ギンには何よりそれが恐ろしい。だが日番谷はそれを一蹴してしまう。

「−−俺は恐れない。この先何があってもお前の手を離さない。−−魂に賭けて誓う」

「−−十番隊長さん・・・」

もはやギンには言うべき言葉はなかった。日番谷の中には凛とした覚悟があるのだ。そして自分も、今こ

こで日番谷を離してしまうくらいなら己の喉をかき切ったほうがましだと言う想いが心を占めている。

二人とも後戻り出来ないところまで辿りついてしまったのだ。





「−−ボクのものになってくれるん?」



「ああ・・・」





自分を抱き上げて最後の確認を取ったギンに、日番谷がにっこりと微笑んだのを最後に二人の姿は忽然

とその場から消え、ただ静かな月の光だけが野原を照らしていた。


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