その日、秋特有の高い青空に、護廷十三隊の一つ、十番隊に水仙を模した隊旗が掲げられた。
それを仰ぎ見る十番隊の隊員達の顔は、これ以上無い程の晴れがましさに輝きに満ちていた。
長きに渡り隊長不在の不安に耐え忍んできた苦労が遂に報われ、待望の隊主を向かえられる日がやって
きたのだ。−−それも、予定して待ち望んでいた時よりも半年も早い任官なのである。
瀞霊廷はこの日、朝からこの話題で持ち切りで、護廷隊の隊員達も寄ると触るとこの話に終始した。
「・・・なぁ、今日、十番隊に新隊長が来るって本当か?」
「おお!二、三日前から十番隊は就任式の準備で大わらわだとさ」
「マジで?・・・確か日番谷冬獅郎が隊長職に就くのは来年の春の筈だろ?なんでこんなに早いんだよ」
日番谷冬獅郎の名は真央霊術院に入学した当初から、下位の平隊員、席官を問わず、瀞霊廷の三千人
の死神達に知れ渡っていた。それは日番谷が一年後に隊長職に就くであろうと目されている事もあったが
何より死神達の興味を引いたのは、霊術院に入学するや、僅か三日という短期間で卍解を会得したという
恐るべき事実にあった。
「これはウワサなんだけどさ、なんでも日番谷が総隊長に強く要請したらしいぜ」
「・・・でも総隊長の一存じゃ隊長になれねぇだろ?」
「ああ、だから隊主試験を受けさせてくれって頼んだんだと、もしダメなら現行の隊長の誰か一人を一騎打
ちで倒すとまで云ったらしいぜ」
「ひぇ〜〜〜っ、スゲェなおい!」
「やっぱり卍解をものにした以上少しでも早く隊長になりたかったって事か?」
「さぁなぁ・・・とにかくそんな訳で急遽隊主試験が執り行われて、満場一致で認められたんだとさ。それがつ
い何日か前の話だ、まぁ首を長くして日番谷を待ってた十番隊にしてみれば望外の幸運だろうな」
十番隊は確かに日番谷を待ち望んでおり、隊舎を忙しなく行きかう隊員達の胸には希望が満ち溢れ、どの
顔も喜びに満ちている。その中でもとりわけ辺りに光を放っていたのが、十番隊副隊長として隊主不在の
隊を長年に渡り纏め上げてきた松本乱菊だった。
自らが見出し、死神への道を薦めた幼い少年に、よもや渇望していた自隊の隊長として再び会いまみえる
など一体誰が想像出来ただろう。これで浮かれるなという方が無理な事だった。
「隊長は間もなく隊主会からお戻りになられるわ。全員、出迎えの仕度は整っているわね!」
「はっ!つつがなく終了しております!」
乱菊に声を掛けられた席官の隊員も興奮の色を隠せずに頬を上気させている。
「松本副隊長は日番谷隊長にお会いになった事がおありだと伺いましたが、率直に言ってどんな方なんで
すか?・・・噂では年端もゆかぬ少年の姿をしておられるとか・・・」
興味しんしんと云った声で問いかけられた質問に、乱菊は嬉しさを隠し切れない貌でうふふと笑う。
「確かに見かけは子供よ。紛れもなく・・・ね。−−−でも、中身は凄いわよ!きっと皆驚くわね!」
その余りにも自信たっぷりな乱菊のもの言いに、唖然となった隊員はただ「はぁ・・・」としか応えられない。
「そう云えば、隊主会の始まる少し前に三番隊の受け持ち地区に大虚が出現したのはご存知ですか?」
「−−!本当なの!」
突然思い出したかのように云われた言葉に、今まで太陽のようだった乱菊の表情がさっと曇る。
「はい。相手が相手だけに市丸隊長自らが迎撃に出られたそうですが・・・ご心配ですね、副隊長」
十番隊の副隊長である松本乱菊と、三番隊の隊長である市丸ギンが幼馴染の気心の知れた気安い間柄
である事は護廷隊では有名で、当然の如く、その事を知っている席官の隊員の憂慮した声に、男勝りの乱
菊も小さな声で「そうね」と応えた。
−−−が、それも束の間、心配や不安といった負の感情はふつふつとした怒りに取って変わる。
(だいたいね、普段から仕事をサボって遊びほうけてるから、天罰が当たって大虚なんかの相手をするハメ
になるのよ。少しはあいつもコワイ思いをすればいいんだわ!・・・おまけにあいつときたらあたしがいくら
薦めてもいつものらりくらりと逃げて、一度も日番谷隊長に会いに行かなかったんだもの、このお目出度い
日に隊主会に列席出来ないなんていい気味だわ!)
なんだかんだと貶しながらも、市丸の隊長としての実力は評価している乱菊は、自身を納得させるように一
人ごちて腕を組むと、フンと息を吐き出した。
一方その頃−−−
「射殺せ、神槍!」
ギンから繰り出された長い刃が一瞬にして虚の仮面を割り、その身体を四散させる。
自隊の受け持ち地区に大虚が出たと聞き、急ぎ駆けつけたギンが目にしたのは質、量共に半端では無い
虚の大群だった。もちろんこれらを差し向けたのが誰なのかなどギンには明白で・・・。
(まったくもう〜〜、ええかげんにしてほしいわ!)
次々と虚を撃破しながら、自分の主である藍染に向けて悪態をつく。
今日の夜明け前まで藍染に好き勝手に攻め抜かれた身とすれば、それも無理からぬことであり、何より今
日は兼ねてから心待ちにしていた日なのだ。
(ああ〜〜隊主会、もう終わってしもたやろな。・・・・・隊長羽織を纏ったあの子、一目見たかったんになぁ」
藍染の手前、自分から日番谷に接触するのは避けたギンだったが、流石に隊主会で顔を合わせるのは不
可抗力というものだろうと、数日前から内心でほくそ笑み、隊主会を楽しみにしていたというのに、まさかあ
の藍染がこんな嫌がらせに近い幼稚な手段に出ようとは、長年の付き合いであるギンにも思いも寄らない
事だった。
しかも、自分を足止めするだけにしては虚の数が多すぎる。これではうっかり気を抜けば命取りな状況であ
る。最も、この程度で生還出来ないような自分なら、藍染も手駒として不要だろうが・・・。
(どれだけボクを試したら気ぃすむんや、あの人は!)
腹立ちまぎれに五番隊を名指しで救援要請を出してやろうかとも思ったが、余人に見せているいつものに
こやかな笑顔で「助けに来たよ」などと言われようものなら間違いなくブチ切れる自信のあるギンは、賢明
にも理性を総動員して、目の前の敵に注意を向けた。
と、対峙しようとしていた大虚の口ががばりと開く。
「−−!虚閃だ!」
一人の隊員の悲鳴に似た声と共に、数人の隊員達がギンを庇うかのように前に飛び出そうとするのを、
「自分ら、下がりぃ!」
開眼したギンの鋭い声が隊員達の動きを止める。
「−−−卍解!」
その途端、白銀の雨ともみがまう槍芯が虚達の上に降り注いだのだった。
市丸ギン率いる三番隊が虚の大群と交戦に入ったのと時を同じくして、護廷十三隊の総本部とも云うべき
一番隊の隊舎で、二手に分かれて居並ぶ隊長達の間を、小さな身体に真新しい白い隊長羽織を纏った少
年が歩を進めていた。
その背に負う長刀は氷雪系最強の名を冠し、持ち主である日番谷冬獅郎と同じく瀞霊廷にその名を轟か
せる氷輪丸である。
なんの気負いもなくしっかりとした足取りで歩を進める少年からは凛とした気迫が感じ取られ、居並ぶ隊長
達も、自然と胸を張り、その場に心地よい静寂な空気が流れる。
中央に座す総隊長の前まで進み出た少年はそこで初めて後ろを振り返り、左右に分かれた十人の隊長達
一人一人に視線を当てていき、彼と視線が合った誰もが内心で居住まいを正した。−−そうせざるを得な
い程の強い瞳の力だった。
ただ五番隊の隊長である藍染惣右介だけがその強い光を放つ翡翠の双眸に、ほんの一瞬落胆の色が映
ったのを見逃してはいなかった。
(−−王者の瞳を持つ少年。−−−君にギンは渡さない!)
藍染の胸中など想いもよらない日番谷は、隊長達を一巡した後、総隊長の斜め前へと場を移動し、総隊長
が重々しく頷くのを待って口を開いた。
「本日より、十番隊を預からせて頂きます、日番谷冬獅郎です。−−若輩の身ゆえ、皆さんのお力にはな
れないかもしれません。しかし、決してご迷惑はお掛けいたしません!」
その余りにもきっぱりとしたもの言いに、一拍の間をおいて隊長達から感嘆の吐息が漏れる。
日番谷の人柄を知らない者がこれを聞いたなら、なんと不遜なと、眉を顰めただろうが、半年間の間に幾度
となく彼の鍛錬に付き合い、指導してきた隊長達には、この言葉はこれから先、その幼さ故にあらゆる偏
見と立ち向かわねばならない日番谷の、『決して足手纏いにはならない!』という宣言であると汲み取った
「・・・・・まったく、こんな時位『よろしくお願いします』と言うものダヨ」
相変わらず可愛くないネ、という涅の言葉に皆が微苦笑を漏らし、その場が一気に和む。それを総隊長で
ある山本が再び引き締めた。
「これでようやくにも十三の隊の隊主が揃うた。これ以後は各自一層の精進に勤め、己が役目怠るべから
ず。−−これをもって十番隊隊長、日番谷冬獅郎の就任式を閉会する!」
総隊長の言葉が終わるのを待ちかねたように、隊長達が日番谷を取り囲み、言葉を掛けてくる。だが、一
人に対して十人もの相手が喋り出した為、収集が着かない状態に発展してしまった。
「まぁまぁ皆、この後は十番隊に行ってからで良いじゃないか。きっと松本君達が首を長くして日番谷君を
待っているよ」
穏健派で知られる十三番隊長の提案に皆が同意し、人垣の輪が緩んだ。
就任式を終えた新任の隊長は、他の隊長達を従えて自隊の門を潜るのが昔からの瀞霊廷の習わしなの
だ。
その一行を出迎えた十番隊の隊員達は、あまりの晴れがましさに目を潤ませている者も多い。
背後に十人の歴戦の隊長達を従えて高台に立った少年は、きちんと整列している十番隊の隊員達に向け
て、この日初めての笑顔を見せ、厳かに誓った。
「一日も早くお前達の信頼を勝ち取ってみせる。そして二度とそれを手放さない」と・・・
堂々としたその立ち姿と、自信溢れる物言いに、一瞬で日番谷に魅せられた隊員達の間から、割れんばか
りの拍手と歓声が上がり、熱烈な思慕の情が十番隊の隊舎を包み込み、松本乱菊は嬉し涙を袖で拭った
のだった。
「はぁ〜〜〜っ、ほんま最悪の日やったわ・・・」
どっぷりと日も暮れ、中秋の満月が深い紺色の空に君臨しているのを、原っぱの巨石の上で胡坐をかきな
がら見上げたギンは溜息を吐き出した。
虚討伐から戻り、事後処理を終え、一番隊の総隊長に報告し、負傷した隊員達を見舞い、やっと帰路に着
いて自宅の風呂で身を清める事が出来たのはつい先程の事だ。
風呂から上がり、喉の渇きを覚えて、酒の入った徳利と杯一つを持って、いつもの月見の庭石へと向かっ
たのだった。
幸いにも三番隊の隊員の中から死者が出るという最悪の状態は避けられたものの、重軽傷者は多数にの
ぼり、報告の為に訪れた一番隊では、−−おそらく故意なのであろう藍染と鉢合わせしてしまい、いかにも
気遣わしげな表情で、「大変だったね、市丸君。・・・でも流石にお見事だね」などと言われてしまい、とっさ
に「あんなもん、どうということあらしません」と返したものの、藍染に対して悪口雑言がギンの胸の中で渦を
巻いた。自分の能力と従順さを試す為に自隊の隊員達の命が危険に晒されるのは許しがたい。
おまけに事後処理の合間に聞いた日番谷の隊長就任式と、それに続く十番隊の歓迎会での挨拶の件は
今や瀞霊廷の語り草にもなろうかという華々しさで、つくづくその場にいられなかった事が悔やまれてなら
ない。おかげでギンの気分は下降線の一途を辿っている。
(今度あの子に会えるんはいつになるんやろなぁ・・・)
隊舎同士が近くにあるならともかく、三番隊と十番隊では遠すぎて、偶然にその姿を目撃出来る機会など
皆無に等しい確率である。
「はぁ〜〜〜っ・・・今度隊主会が開かれるんはいつになるんやろ・・・」
「−−−大きな問題もおきてないし、当分はないみたいだな」
「さよか・・・それは残念な・・・って!ええ〜〜〜っ!」
独り言としての呟きに返事を返された事で慌てて振り向いたギンの目の前に、十番隊の隊長羽織を身に纏
い、氷輪丸を背に負った日番谷冬獅郎が佇んでいた。
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