ギンの屋敷は街中から少し離れた閑静な地に建っていた。

殊更大きい訳でもなく、貴族のように華美にあつらえてあるふうでもなく、落ち着いた佇まいでありなが

ら、気品があり、随所に趣味の良い趣向が凝らしてあるその建物は、市丸ギンの名だけを借りて、藍染

惣右介が指示して施工させた物だった。

その屋敷の庭に面した縁側で、藍染惣右介は、一人静かに杯を傾けていた。

まるで王者の如く堂々としていながら、時折自分の身の回りにはらはらと舞い落ちる桜の花びらに向け

る視線は酷く優しいものだ。

「藍染さん、お待たせしてしもうてかんにんなぁ・・・」

勝手知ったる他人の家とばかりに寛いで酒を飲んでいる藍染に、ギンは愛想良く笑い掛けた。

「かまわないよ。私も少し前にこちらに来たばかりだ」

「じゃ、お待たせついでにお湯を使うてきてええでしょうか?」

「ああ・・・湯殿の仕度は出来ているよ。私は済ませてきたし、気を使わずにゆっくり浸かっておいで」

「ほなお言葉に甘えて失礼します」

ギンの屋敷には数人の家人がいるのだが、それは主であるギンの身の回りの世話をする為というより

は、屋敷自体の維持と管理に重きを置く歩合が強い。

したがって、夕餉と湯殿の仕度を整えた後は、特にギンから声が掛からない限り、離れの使用人用の

家屋へ引きこもってしまうのだ。

人気の無いシンとした廊下を歩みながら、ギンの口元には普段は見慣れぬ自嘲めいた笑みが浮かん

でいた。





「ああ・・・やっぱりお前には白が映えるね。よく似合っているよ、ギン」

風呂から上がり、夜着に着替えて現れたギンに藍染は目を細めた。

「高価なモノのいただいて、おおきに藍染さん」

ギンが身に纏っているのは一見するとただの白い夜着にしか見えないが、その実は極上の絹で織られ

た一品であり、糸も銀糸が使われている。

藍染惣右介は己の情人がその身に白を纏うことを好み、又ギンはその意向を違わず汲んだ。

「こちらへおいで、私の側へ」

「はい。−−なんぞ酒の肴を用意しましょうか?」

濡れ縁の上に置いてあるのが酒の入った徳利と杯のみなのを見て問いかけるが、藍染は微笑してゆる

く首をふる。

「今の私にはお前さえいれば良いのだよ。−−さぁ、もう焦らさずにこちらへおいで・・・」

「−−はい、藍染さん」





「・・・・・ああ・・・っ・・・・・藍染さん・・・」

横に座すと同時にその細い腰に腕を回されくちづけられる。

藍染の身体からはほのかに沈丁花に似た匂いが嗅ぎ取れてギンをうっとりとさせる。

(・・・・・ほんま、ええ匂いやわ・・・)

相手の体臭を好ましいと思うのは、遺伝子レベルでその相手を好きだからだ・・・誰かから聞いたたわい

も無い戯言が頭の隅をかすめ、小さく笑う。

「−−そう云えば、京楽の話は何だったんだい?」

「藍染さんが憂慮しはるようなことは何も・・・だだ親戚のお姫さんをボクに紹介してくれはろうとしただけ

ですわ・・・恋っちゅうモンは何時何処で始まるか分からん、どんな縁がもとで運命の人に出会えるか分

らん、ゆうて。・・・ほんま変わったお人やわ」

ギンは京楽とのやり取りの全てを告げるつもりはむろん無く。当たりさわりの無い事実のみを話した。

しかし、至極軽い調子で語るギンに対して、愛撫の手を止めぬまま、藍染はすぅっと瞳の光を消した。

「恋・・・か、確かに恋に溺れている者にとっては、その対象は全世界の何物より手に入れる価値のある

モノだろうな」

「−−−−藍染さん?」

思わぬ言葉にギンは相手の顔を仰ぎ見たが、そこには表情と呼べるものは無く。ただ瞳のみが静かだ。

「・・・・ギン、私もね、恋とは違うが、ずっとずっと探し求めている者がいるんだよ」

「藍染さんの『運命の相手』、ですか?」

「そう。−−−私を斬ってくれる者を、だよ」

「−−!」

はっとして、柳眉を寄せるギンに、しかし藍染は何事も無かったかのように、さらさらとした銀糸の髪を梳

き、白い首筋に唇を落とした。

「驚かせて悪かったね。話題を変えよう、−−そう、ギンは日番谷冬獅郎をどう思う?」

「どう・・・って云われても、ウワサばっかりでまだ見たことも無い子ですやん。だいたい今年霊術院に入

学して、来年の卒業と同時に十番隊の隊長にするなんて総隊長さんも無茶苦茶やわ」

「それだけの力があると山本元柳斎が見抜いた故さ、実現すればお前や朽木白哉の記録を塗り替える

護廷十三隊至上最速、最年少の隊長就任となるだろうね。そしてそれはこれからも抜かれることの無い

金字塔だ」

二人が話題にしているのは、今日の夕刻に開かれた隊主会で議題になった少年の事である。

ずば抜けた霊圧をもった少年の出現に色めきたった中央四十六室は、彼を一年の準備期間の後、長ら

く空席となっている十番隊の隊主に据える事、そして霊術院での彼の指導には出来うる限り、現行の十

二人の隊長が当たるという、過去に慣例を見ない命を下し、総隊長である山本元柳斎は日番谷冬獅郎

本人と直に面談した後、これを受け入れたのである。

「・・・ボクは別に隊長になりたかったわけやないし、記録うんぬんはどうでもええんやけど、本当にそん

な逸材なんかは疑問やね。藍染さんかて会ったことはないんでっしゃろ?」

「直にはないよ。でも彼は雛森君の幼馴染で姉弟同然の仲らしい」

「・・・・・それはまた奇遇ですな・・・」

本当に人の縁なんて何処でどう繋がっているのか分からない。可憐な少女のような容姿をした五番隊の

副隊長を思い浮かべながら、世界というのは自分が思っているより案外ずっと狭いものなのかもしれな

いとギンは一人ごちる。

「まぁなるべく早くこの眼で見てくるつもりだよ。なにしろ卍解まで後一歩、始解の段階で天候を支配下

に置く斬魄刀なんて私も始めてだからね」

(なんやそれ、どんなバケモンや)

内心で思いっきり顔をしかめたギンに、藍染はフッと微笑む。

「さぁ、おしゃべりはもう終わりにしよう。−−私に安らぎをおくれ、ギン・・・」

横抱きにされ、再び降りてきたくちづけに応えるため、ギンは小さく唇を開け、藍染の首に両腕を掛けな

がら、その薄青緑の瞳を完璧に閉ざした。








夜半、眠りの淵からゆっくりと覚醒したギンは藍染の腕の中でわずかに身じろぎした。

(−−−なんやろ、なんか胸がどきどきする・・・)

そぉっと藍染の腕から抜け出して身を起こす。しかし、気配に聡い男は当然のように目を覚ました。

「ギン?」

「起こしてしもうてかんにん。なんやお月さんに呼ばれているような気ぃがしますねん。・・・ちょっと庭を

散歩して来てもええでしょうか?」

ギンは藍染といる時は自分の行動にさえ、逐一相手にお伺いをたてる。それは確認というよりは習慣に

なってしまっているのだが、藍染にしてみればもちろん悪い気はしない。

「・・・春の宵は冷えるよ、なるべく早く戻っておいで」

「おおきに、大好きや藍染さん」

ギンはすばやく藍染の頬に柔らかいくちびるを当て、上機嫌で夜着の上に羽織をはおると足取りも軽く

部屋を後にした。

それを苦笑しながら見送った藍染は、自らも身を起こし、窓辺に近づくと障子戸を開け、天空の月を仰ぎ

見る。

「−−−『照りもせず、曇りもはてぬ春の夜の、朧月夜に似るものぞなき』・・・か、本当にあの子そのもの

のような月夜だな」

冷えた空気が部屋に流れ込んでくるのにも気にせず、藍染はここでギンを待つ気なのだった。







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