「−−−以上、しかと皆に頼みおくぞ。−−解散!」

総隊長の締めくくりの声は終業の鐘と共に隊主会の閉会を告げ、欠伸を噛み殺しながら列席して

いた市丸ギンはやれやれと肩を揉みながら一番隊を後にしようとしていた。

「あっ、ねぇ市丸君。〜〜〜お−−い、ギンちゃ−−ん!」

いきなり背後からかけられ声に驚いて振り向けば、室内だというのに編み笠を被り、派手な女物の

着物を羽織った長身の男がにこにこと手を振って笑っている。

「なんですの、八番隊長さん。なんぞボクに用がありますの?」

怪訝な表情で首をかしげるギンに近付いた京楽春水は人を安心させる優しい目で問い掛けた。

「市丸君はこの後、何か用事があるの?」

「・・・いえ、別にこれといって無いですけど。−−どうしはりましたん?」

「うん。もしよかったら、これから僕と飲みにいかないかなぁ」

「はぁ・・・ええですけど、ボクら二人きりでですか?」

市丸ギンの数少ない交友関係の中で京楽は確かに飲み仲間として位置付けられている。

それにしても差し向かいで飲んだのはほんの数回程度だ。

疑問を口にするギンに、京楽は自分の唇に人指し指を当て片目を瞑ってみせた。

「ちょっと君に聞いて欲しい話があってね」

「・・・わかりましたわ。おつきあいします」

なんぞ内々の話かと頷いて、先導する京楽に従おうと足を進めたギンの視界の隅に、十三番隊長

である浮竹十四郎と談笑している藍染惣右介が写り、そのちらりと流して寄越した瞳が決定事項を

告げてくる。

『−−−今夜!』

(−−っ、《おつとめ》かいな、まぁここんとこお渡りがなかったし、しゃあないわぁ)

内心で肩を竦めつつ、ギンは京楽に続いて一番隊舎を後にした。





「さぁさぁ、まずは一献!」

「いえいえ、大先輩にはまずボクがお注ぎします」

京楽のなじみの店の奥座敷で砕けた調子で二人杯を重ねる。

「う−−ん、美人のお酌で飲む酒は美味しいね」

「また、京楽さんは冗談ばっかりゆうて」

名門貴族の出でありながら、肩の力を抜き切っているように見受けられる京楽はギンにとって最も

付き合い易い隊長格の一人だ。

「ところで、お話ってなんですの?」

雰囲気よく飲み始めてしばらくした頃、かねてよりの疑問を問うてみる。

「うん。市丸君は今付き合ってる娘とかはいるのかな?・・・もしいないんだったら是非会って欲しい

娘がいるんだよねぇ」

「はぁ〜〜〜っなんですのそれ」

京楽の話を要約すると、数日前に開かれた春の園遊会で、ギンに一目惚れした貴族の娘が、どう

してももう一度会いたいと恋焦がれ、泣きつかれ親が京楽に仲立ちを頼んだというのだ。

「僕の従兄弟の娘でね、幼い頃からよく知っているんだけど、気立ては良いし、それになかなか可

愛い娘なんだよ。まぁ、流石に松本君にみたいなナイスバディじゃないけどね」

「乱菊のはいきすぎや!・・・そやのうて、まさか京楽さんがボクに見合い話をもってこられるとは思

いもしませんでしたわ」

ギンは“瀞霊廷一美しい”と影で囁かれている形の良い手首をゆっくりと動かして杯を口元に運ぶ。

その動作に存分に目を楽しませながら、京楽はいやいやと首を振った。

「見合いだなんて堅苦しく考えなくても良いんだよ」

「せやかて京楽さんの親戚のお嬢さんゆうたら深窓のお姫さんやないですか、おあそびのお付き合

いなんて出来へんし、第一ボクなんかとは釣り合わんと思いますけど・・・」

「そんなことはないだろう?」

確かに護廷十三隊の隊長といえば、その権勢は四大貴族の当主に匹敵する。

事実、家名を上げたいが為に、隊長格に己の娘や妹を娶わせようとする貴族は後を絶たない。

しかしギンが云いたいのはそんな事ではなく、あくまで一人の人間としての価値観である。

京楽もそのことが解っているのだろう、杯を卓上に戻して思慮深い眼差しで見つめてくる。

「確かにキミに関しては余り褒められたモノじゃないウワサも耳に届いているよ」

「そんならなんで?」

「うん。極論から言うと僕は市丸ギンという死神の魂の善良さを信じてるってことさ」

「−−!」

今度こそ本当に驚いて開眼してしまうギンに対して、京楽は真摯な瞳を部屋の窓から見える天空

へと移した。

時は爛漫の春の夜。

満開の桜から時折微弱な風に誘われるように薄桃色の花びらがはらはらと舞い散り、その花びら

を惜しむように、藍色の空に座した朧月が光の粒子を降り注ぐかのような優しい輝きを放っている。

「キミはあの朧月のように総てが曖昧で、正体が見えない。実際問題として今に大変な事を仕出か

すのかもしれない。でも・・・」

「でも?」

「たとえどんな大罪を犯したとしても、自分の命の終わりを迎える其の時まで罪の償いをするだろう

からさ」















余りにも予期せぬ言葉に絶句するギンに、京楽ははんなりと微笑する。

「こう見えても僕は人を見る目はあるつもりだよ。じゃなかったらこんな話は持ってこないさ」

「・・・・・買いかぶりやて、京楽さん」

「そうかい?まぁ会う、会わないはキミの自由だけど、人の縁ってのは馬鹿に出来ないものだから

ねいつ何処で『運命の相手』に巡り会えるか分からないだろう?」

茶目っ気たっぷりに片目を瞑る京楽に毒気を抜かれたギンは嘆息するしか術が無い。

「それって僕が誰かに恋して心を奪われる日がくるゆうことですか?なんやあほらしいけど」

思わず鼻白らんでしまったギンに京楽はう〜〜んと苦笑いをする。

「『運命の相手』ってのは、必ずしも恋の相手とは限らないよ。・・・残念ながらね。−−でも、例

えば自分の命を賭して守りたいと思える友や、忠義の総てを捧げられる指導者に出会えたなら、

僕は幸せだと思うんだよ。−−もちろん盲目的な信頼は危険だけどもね」

前者は京楽自身の事であり、後者は七番隊隊長の狛村辺りの事を指すのだろうと、杯を傾げなら

ぼんやりと思う、そのような観点で云うのであれば、藍染惣右介は自分にとって運命の相手かもし

れないが、しかし・・・

「まぁ、出会えたなら直ぐに分かるさ、自分だけの『神様』にね。なにせ−−−心が震えるからね!」

「・・・・・・・」

きっぱりと言い切った京楽に、日頃の饒舌はどこへやら、ギンは何も言い返す事が出来なかった。





「じゃあ・・・気を付けて帰るんだよ」

「京楽さんも、今日はごちそうさまでした」

「こちらこそ、楽しいひと時だったよ。それじゃあ、また・・・」

「はい。おやすみなさい」





あれから取り留めの無い話を暫くした後、お開きとした二人は料亭の前で左右に分かれた。

京楽にしてみれば飲み足りないであろうから、その足で別の店へ行くのか、或いは馴染みの女の

元へ行くのか、それとも己が心を許す唯一無二の友の元へ向かうのか、預かり知らぬ背を見送り

ながら、ギンはぽつりと呟いた。

「前から思っとったけど、八番隊長さんは不思議な人やわ・・・」

しかし、決して不快ではない。

ギンは柔らかな光を降り注ぐ朧月を仰ぎ見て、フフフ・・・と笑う。

「さて、ボクはどうするか、って・・・・・帰らなあかんやろうな、やっぱ・・・。−−もうあの人来てそう

やし・・・ああ、めんどくさいわ、ほんま!」

誰にも言ってないが、春の時期独特の朧月はギンが特に好んでいる物のひとつだ。

輪郭さえ定かでは無い月。

全てを曖昧にしたままの、静かな月光を注がれていると気持ちが落ち着く。

本心を云えば、このまま夜の散歩へ繰り出して、自由気ままに月を見ながら歩き回りたい。しかし

主を待たせているとなればそれもままならない。

ギンは観念したかのように吐息をひとつはいて踵を反した。





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−−−君が僕の運命や−−−





金 恋 歌