既望 五

「―――皆があんたを見てるな」

「えっ?」

社への参拝を済まし、境内の夜店の間をそぞろ歩きながら、ふと発せられた冬獅郎の言葉に

市丸は小首を傾げた。

「皆が振り返ってまであんたを見てると云ったんだ」

「そう? なんでやろな」

護廷の隊長職を務めている市丸にとって、他人から視線を集めるのは日常茶飯事のコトであ

り、とりわけ私事においてのそれは殆ど意識下でシャットアウトしてしまうレベルの取るに足ら

ないことだった。

そんな、別段何の興味も示さない市丸に、冬獅郎は軽く嘆息した。

「なんでだって? あんたが綺麗だからに決まってるだろ」

「――!」

眉間に皺を寄せてそう云う冬獅郎に、市丸は思わず絶句してしまう。

唇を引き結んで瞳孔を広げた市丸に構わず、冬獅郎は境内の中にある一軒の茶屋を指差し

た。

「おい、あの店に入ろうぜ」

「・・・うん。ええよ」

冬獅郎からの思わぬ言葉に、ぼうっとなった市丸はふらふらと冬獅郎の後に従ったのだった。



「あんたさっきから何も食べてないだろ。何か腹にたまる物を喰えよ」

案内された席に着くや、おしながきを自分に差し出した冬獅郎に、市丸は目を瞬かせる。

「キミが好きな物を頼んでええよ」

「俺はもう充分食ったさ。でもあんたに立ち食いなんてさせられないからこの店に入ったんだ」

「・・・・・・」

市丸が買い食いをしなかったのは、単に自分の食欲を満たすよりも、さも美味しそう食べ物を

頬張る冬獅郎を見ている方が嬉しかったからなのだが、自分に対して気遣いを見せる冬獅郎

に、またもや市丸は頭がぼうっと成り掛けた。

「・・・なんかボク、胸が一杯や」

自らの胸元を押さえてそう云う市丸に冬獅郎は怪訝な顔をする。

「あんた何云ってんだ? もういい。俺が適当に決めるからちゃんと喰えよな」

元々短気な冬獅郎は手を挙げて店の者を呼ぶと、酒と料理をあれこれと注文する。

その様子を見ながら、冬獅郎に財布を握らせたのは我ながら妙案だったと市丸は内心で微笑

んだのだった。



二人でさんざん飲み食いし、店を出た市丸と冬獅郎は、夜店の屋台を冷やかしながら帰途に

着いた。

「おい、あれはなんだ?」

愉しげに周りを見渡していた冬獅郎が一軒の小さな出店を指差した。

「あぁ。占いのお店みたいやね」

「占い?」

よく見れば、その辺に集中して占いの店が軒を連ねている。

「易に八卦に手相に姓名判断に風水かぁ・・・。うわぁ、現世にならって水晶占いやタロットカー

ドのお店まであるで、驚きやなぁ。・・・冬獅郎、キミ、手相でも見てもらう?」

軽い冗談口調で云った市丸に対して、冬獅郎は眉を顰めた。

「俺は占いなんて信じねぇよ」

「あはっ。そう云うと思うたわ」

冬獅郎の応えなど解り切っていた市丸は口の端をニンと上げ、殊更ゆっくりと歩を進め、冬獅

郎もそれに従う。

やがて屋台の出店も途切れ、二人は藍染の屋敷の近くまで来ていた。

「今日はホンマに愉しかったわ。おおきに、冬獅郎」

「・・・・・別に礼を云われる覚えはねぇよ」

仏頂面ではあるものの、冬獅郎の丸みを帯びた声音に市丸の心は和んだままだ。

そんな二人が一本の大きな柳の木の側を通り掛かろうとした時、その木の根元に一人の老僧

が腰を降ろしているのに気付いた。

その老僧は粗末な僧衣に身を包み、旅の疲れの為か目を閉じてじっとしている。

そんな姿を見た冬獅郎はゆっくりと歩み寄り、老僧の肩にそっと手を置いて、声を掛けた。

「もし、お坊さん・・・」

「・・・・・ん・・・んんっ・・・」

目を開けた老僧に、冬獅郎は懐から財布を取り出し、その中から札を一枚抜き取って差し出し

たのである。

「ご喜捨を――」

「おっ?・・・おおっ。これはすまぬ! いや、かたじけない」

思わぬ施しに老僧は札を押し頂いてから、自分の懐へいそいそとしまい込み、そして感謝の念

を込めて改めて冬獅郎の顔を見上げたが、瞬時にそれが驚愕の表情へと変化したのだった。

「夏とはいえ野宿は身体に堪えるだろう。その金で宿を取って何か喰うと良いよ」

そう云って踵を反しかけた冬獅郎の腕を、思わぬ素早さで老僧が掴んだ。

「ま、待て。待ってくれ」

「・・・どうかしたのか?」

余りに必死なその様子に冬獅郎も動きを止め、老僧を凝視した。

「そなたの顔をよく見せて欲しいのじゃ」

「はぁ?」

きょとんとなった冬獅郎に構わず、老僧はもう一方の手で、足元に置いていた小さなランプの

ような灯を冬獅郎の方に近付け、まじまじとその顔を見詰めた。

そして、やがて感嘆極まる声を漏らした。

「―――うぅむ。やはり、『天乙貴人』か!・・・信じられぬ。このような場所で・・・」

そう云ったきり、感激に打ちのめされたように絶句してしまった老僧に、冬獅郎は困って、自分

の後ろに立っている市丸を振り仰いだ。

だが、市丸も老僧の言葉に開眼したまま身を強張らせていたのだった。

(――天乙貴人! その言葉、ボク、どこかで聞いた?)

自分の腕を掴んだまま放そうとする気配が全くない老僧と、立ちつくしたままの市丸に焦れた

冬獅郎は、仕方なく半ば無理やり老僧の手から自分の腕を取り戻した。

「坊さん、一体俺がナンだっていうんだよ?」

眉間に皺を寄せ、軽く咎めるように口を尖らす冬獅郎に、老僧も少し落ち着きを取り戻したの

か、灯を足元に戻し、居住まいを正して静かに云った。

「・・・信じる、信じないはそなたの自由じゃがわしには観相の力がある。これはわしが天から授

かった物で、一種の神通力のようなモノじゃ」

「はぁ。それで?」

「わしが見るにそなたは天乙貴人の相を持っておる。人として生まれてこの相を持つ者は極め

て稀じゃ。いうならばそなたは天に登る竜なのじゃ」

「天の登る竜? この俺がか?」

「そうじゃ。己の目指す世界のもっとも高い所に行き着くじゃろう」

「ははっ。おもしろいことを云う坊さんだな。じゃあ例えば俺が死神になったとしたら総隊長にな

れるっていうのか?」

「いずれはそうなる」

きっぱりと断言した老僧に、冬獅郎は一瞬目を瞬いたが、次には豪快に笑い出した。

市丸が今まで目にしたことがないような弾けるような笑い方だった。


                                                続く


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