「・・・・・なぁ、まだ怒ってるん?」
「・・・・・・・・・なんのことですか」
ツンケンドンな態度を崩さずに朝食の給仕をする冬獅郎に市丸は重い溜息を吐いた。
「怒ってるんやね。昨日のことはさんざん謝ったやないか、この位で許してくれへんやろか?」
自分の顔色を伺いながらそう云う市丸に、今度は冬獅郎の方が嘆息する。
昨夜、あれ程ダメだと念を押したにも関わらず、結局風呂場でコトを始めてしまった市丸に、冬
獅郎は大層腹を立てた。
そしてそれまでは曲がりなりにも良好だった態度を急変させたのだった。
風呂場での行為を終え、夕食の席についた市丸は、身体全体から冷気を発しているような冬
獅郎に対して、流石にマズいコトをしたと反省し、ひたすら下手に出て謝り続けた。
だが一旦拗れた関係はおいそれとは元に戻らず、冬獅郎の態度は一晩経っても変化なく、今
朝に至るまでずっと頑ななままだった。
「なぁ、冬獅郎。ボク、今日はお休みやさかい、一緒に街へ行こうか? キミの欲しい物、なん
でも買うたるよ」
ひたすら機嫌を取ってくる市丸に、冬獅郎はシニカルな笑みを頬に浮かべた。
「別に欲しい物なんて無いですよ」
他人行儀に丁寧語を使う冬獅郎に、市丸は尚も食い下がった。
「だってキミ、藍染隊長からはお手当て貰ってへんのやろ? 雛森ちゃんがそう云うとったで」
「・・・・・三食たっぷり食べさせてもらって、温かな寝床をもらって、虚に襲われる心配もない。
これ以上何を望むっていうんですか。第一藍染さんの屋敷で俺が出来る仕事なんて限られて
るんだ。給金なんてとても貰えないですよ」
「せやかてキミだって欲しい物の一つや二つ、あるやろう? ―――そうや、新しい着物なん
てどうやろか?」
市丸は冬獅郎のツギのあたった着物を見て、良いことを思いついたと提案したが、当の冬獅
郎は首を左右に振った。
「俺は良い物を着たいと思っているわけじゃないです。お客の前に出る仕事をすることも無い
から着る物は屋敷にいる人のお古で充分です」
「・・・・・・・・でも、何か一つ位あるやろう? とにかく、朝ご飯を食べたらボクと一緒に街に出
掛けよう。ええな!」
「・・・・・判りました。着いて来いとおっしゃるならお供しますよ」
床の間を背にして座っている市丸から少し離れた場所に自分の膳を据えた冬獅郎は、どうに
でもしてくれと云わんばかりの投げやりな応えを返したのだった。
瀞霊廷の中でも取り分けにぎやかな通りを歩きながら、市丸は自分の斜め後ろを歩く冬獅郎
を振り返った。
「何処か行きたい場所や、見たいモンがあったら遠慮なく云いや」
盛んに自分を懐柔しようとする市丸に、冬獅郎は辟易しながらも大人しく頷く。
そして素直に後に従っているうちに、前を行く広い背中を見て心底不思議に思う。
何故、この男は自分などをこうも構うのかと。
市丸は護廷隊の隊長という名誉と地位を持っており、冬獅郎は何一つ持ち合わせがない非力
な子供である。
しかも、霊力がないにも関わらず食物が無ければ生きていけない不都合な身なのだ。
今までコレほど冬獅郎に関心を持ったのは雛森桃くらいだった。
その雛森を解して知り合った市丸ギンは、当初から冬獅郎に猛烈といって良いくらいの興味を
持ち、側に置こうと躍起になった。
冬獅郎にはその情熱が理解出来ず、ひたすらその手をかいくぐり、逃げている状況がもう随分
続いている。
「なぁ・・・藍染隊長のお屋敷で何か困ったことや不都合なことはないん?」
「・・・・・特に何もないです」
「本当にそうなん? まさかと思うけど、イジメられたりしとらんよね?」
「そんなことはありません。みんな良くしてくれます」
「じゃあ、仲の良い子とかはおるん?」
「・・・藍染さんの屋敷に子供は他にいませんよ」
答えるのも面倒になって、眉間に皺を寄せる冬獅郎を目にし、市丸が明るい表情を見せる。
「あぁ、その顔! その顔がいつもの冬獅郎や!」
さも嬉しそうな市丸に、冬獅郎はバツが悪そうに慌てて俯く。
「なぁ。お願いやからいつもの冬獅郎に戻ってくれへんやろか。キミに丁寧語で喋られたら堪
えるや。ボク、昨日のことは悪かったと充分反省したし、その証拠に今日一日、なんでもキミの
云うことを利くって、約束するから、このへんで勘弁してくれへんか?」
胸の前で手を合わせる市丸に、冬獅郎が唇を噛み締める。
この男は例え自分にどんな非道なことをしても、許しを請うような立場では無い筈なのにと。
「―――あんた、この俺に本気でそう云ってるのか?」
「勿論や!」
「死神の隊長のあんたが流魂街の浮浪児だった俺に頭を下げるのか?」
「そうや。これ、この通りや。許したって」
長身の腰を折って頭を下げた市丸に、冬獅郎は途端に居心地の悪さを覚えた。
往来のこととて、道行く人々が何事だろうとちらちらと此方を伺っているのも気に掛かる。
何時までもこんな処でこの男に頭を下げさせては置けない。
「判った。もう、判ったから頭を上げろ」
「ほな、許してくれるん?」
「あぁ。だからこんな処でみっともないマネは辞めろ。あんた、自分の立場ってものを少しは考
えろよ」
「あはっ。それ、イズルにもよう云われるんや」
「・・・ったく、吉良さんも苦労だよな。こんな隊長を持ってさ」
悪びれなく首の後ろをポリポリと掻いてみせる市丸に呆れながら、冬獅郎は自分の中の氷の
塊が少しづつ溶けていくのを感じていた。
怒りを継続させているのも、意外とエネルギーを使うものだ。どのみち自分は今日一日、この
男の側を離れられないのだ。ならば、気安い態度を取っている分だけラクだと冬獅郎は思う。
「そしたらこれは今日のボクらのデート代や」
「えっ?」
市丸は瀞霊廷には珍しいであろう二つ折の皮の財布を冬獅郎に手渡した。
「今日一日で使うおあしは全部キミがその中から支払うんやで。余った分はキミのお小遣い
になるからそのつもりでおってな」
「・・・・・・」
そう云われて、恐る恐る財布の中身を開いて見た冬獅郎は高額紙幣が二十枚以上も入って
いるのを見てギョッとした。
「お、おい、あんたいつもこんなに持ち歩いてるのかよ!」
慌てふためく冬獅郎に対して市丸ははんなりと笑ってみせた。
「流石にいつもはそないに持ち歩いてないで。今日は特別や。何しろキミとの初デートやもん。
男は好きな子にはなんでも買うてあげたいものなんや」
「・・・・・・・・・」
思わずだまり込んでしまった冬獅郎の手をそっと握った市丸は、「さぁ、何処へいこうか?」と
愉しげに告げたのだった。
続く
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既望 二