「よぉ、お邪魔してるぜ、冬獅郎」
「またお前達か・・・」
連日催されている隊主会から十番隊へ戻り、執務室の戸を明けた途端明るい萱草色の髪が目に飛
び込んできた。
「お邪魔してます。冬獅郎君」
「―――日番谷隊長だ」
黒崎一護の連れである瞳の大きな娘に微笑み掛けられ、俺はぶっちょう面を装って訂正を入れた。
「細かい事は気にすんなよ、冬獅郎。 大きくなれねぇぞ」
「余計なお世話だ。・・・あとの二人はどうした?」
「茶渡と石田は四番隊に挨拶に行ってる。あいつらは本当に世話になったからな」
「そうか、そう云えばお前達は明日現世に帰るんだったな」
「あぁ、色々とありがとな、冬獅郎」
「ありがとう。冬獅郎君」
「・・・俺は何もしていない」
「そんなことねぇだろ。乱菊さんから聞いてんだぜ、ルキアの処刑を止んのに骨を折ってくれたって」
「・・・・・・・」
「お前が忙しい身だってのは分かってるけど、もし都合がつくなら明日見送りに来てくれよな」
「・・・・・ああ」
俯いたまま返事を返した俺の肩を、「じゃあな」と軽く叩いて、黒崎は井上織姫を連れ立って執務室を
出て行った。
その気配が遠ざかったのを確認して俺はポツリを呟いた。
「―――――違う。俺はただ市丸に罪を犯させたくなかっただけなんだ・・・」
「現世への先見隊の引率を俺に?」
「ふむ。どうかのう?日番谷隊長」
「勿論お引き受けいたします」
「そうか、では頼んだぞ」
「はい」
山本総隊長の呼び出しに、何事かと一番隊に駆けつけた俺に告げられたのは現世への派遣任務だ
った。
個人的にも黒崎一護にもう一度会いたいと望んでいた俺は二つ返事で引き受けた。
俺が黒崎に会いたいと思ったのはあいつが尸魂界にいる間、度々俺の脳裏に見知らぬ映像や声を
聞いていたのが、黒崎が現世に帰ってからは不思議とその現象がピタリと止んだのを不審に感じた
からだった。
もともと滅却師としての修行を積んでいたという石田雨竜はともかく、茶渡泰虎や井上織姫は黒崎に
出会うまで己の超常の力には気付いていなかったという。ならばやはり黒埼一護には他者に影響を
及ぼす何がしかの力が備わっていると考えるべきだろう。
俺は松本、阿散井、斑目、綾瀬川、そして朽木ルキアを伴って空座町へと降り立った。
「貴方は幼く、貴方の卍解は恐らくまだ未完成だ・・・」
破面と対峙し、勝利を収めたものの、投げかけられた言葉は俺の胸に深く刺さった。
そうだ、次に藍染との決戦に臨む機会が在ったとて、今の俺の戦闘力では以前同様返り討ちに遭う
のが目に見えている。現時点で急速な進歩を遂げることが出来る可能性はただ一つ、黒崎一護が
持っている力、人の内に眠れる本来の『力』を覚醒させる能力に掛けるしかない。だが、どうやって
・・・?
思い迷っている俺の元に、井上織姫が破面に拉致されたとの知らせが入ったのはそれから暫らく経
ってのことだった。
―――あぁ、また夢を見ている。
霧の中、輿のような物に乗せられて俺は何処かへ運ばれて行く。
どこへ行こうというのか、ここは一体何処なのか。
自分のものでないように重い腕を動かして正面の御簾を持ち上げた俺はふと見覚えのある風景を
凝視し、必死にその記憶を辿った。―――そして唐突に思い出した。
―――そうだ、ここは!
「・・・えっ? 一緒に京都に行ってくれって?」
「そうだ。・・・井上織姫のことがあるのに無理を云って済まないが、頼む! 黒崎!」
恐らくは井上織姫を救出する為に虚圏へ向かう仕度を整えているのであろう黒崎に、俺は必死で食
い下がった。
「どうしても、お前と一緒じゃなきゃダメなんだ!」
他人に対して、これ程懇願するのは生まれて初めてだった。
困惑も露だった黒崎も、なりふり構わない俺の必死さが伝わったのか、やがて気を引き締めた顔で
頷いてくれた。
「分かったぜ、冬獅郎。もう遅い時間だがこれからすぐに行くか?」
「済まない。恩にきる!」
感謝の念に深く頭を下げた俺に黒崎が笑い掛ける。
「よせよ、冬獅郎。 俺達ダチじゃねぇか」
「・・・・・え?」
「俺達、友達だろ!」
( ・・・ともだち・・・ )
急に温かなものに包み込まれたように感じて思わず泣きたくなった。
俺と黒崎は現世の移動距離を短縮する為に一度瀞霊廷に行き、そこから再び穿界門と通って京の
街へとやって来た。
夏の夜明けは早い、白み始めた暁の空を見上げて小さな吐息を漏らす。
「ここは京都のどの辺になるんだ?」
「朱雀大路と五条大路が交わる辺りの筈だ・・・」
興味深々に辺りを見回す黒崎に応え、俺は辻の中央に立った。
「これからどうするんだ? 冬獅郎」
「待つ。・・・無駄足かもしれないが、もしかしたら・・・」
そう云い掛けた俺は何か大勢の気配にばっと背後を振り返った。俺と同様に黒崎も背にした「斬月」
に手を掛けている。
「何か来るぞ、冬獅郎!」
「―――黒崎、この後何があっても絶対に声を出すな。そして少しでも身の危険を感じたら俺に構わ
ず逃げろ!」
「そんなこと出来るかよ!冬獅郎・・・!」
「頼むから云った通りにしてくれ。いいな、黒崎!」
急を要する焦りと背後から迫ってくる得体のしれないモノ達の不気味さに、俺はキツイ調子で黒崎に
云い含めた。
詳しい経緯も聞かずに俺に付いて来てくれた黒崎を危険な目に遭わせる事だけは絶対に避けたか
った。
やがて小さな笛の音が聞こえてきた。よくよく耳を澄ませば、笛だけではなく、鼓や琵琶、笙の音も
混じっている。それらの音は風に乗って徐々にはっきりと聞こえてくるようになった。
そして俺は見た!
無数の鬼達がそれぞれの手に鼓や琵琶を鳴らし、笛を吹きながら現れたのを・・・!
―――――百鬼夜行!
「・・・・・っ」
俺の背後で黒崎が息を呑む。
だが鬼達は辻の中央に立っている俺と黒崎には気付かず、そのまま行列をなして通り過ぎて行く。
いつまで続くのかと思える程の長い長い鬼達の行列、そしてやがて多くの鬼達の担がれた一騎の
御輿が俺と黒崎の目前を通過しようとしたその時、意を決した俺は一足飛びに地を蹴り、御輿の御
簾を氷輪丸で切り裂いたのだった。
バサリと御簾の簾が地に落ちる。
と、同時に御輿に乗っている何者かがこちらに振り向いた。
相手は唐風の衣装に身を包み、頭には繊細な趣向を施した飾りが付いた冠を載せた少年だった。
白銀の髪に翡翠の瞳を持つ、俺と瓜二つの貌を持つ少年だった。
相手と俺の視線が克ち合ったその瞬間、永遠とも思えるようなその一瞬、相手の全てが俺の中に流
れ込んできた。
その直後、御輿も無数の鬼達も煙の如く消え果たのだった。
「冬獅郎!・・・大丈夫か? 冬獅郎!」
膝を付き、項垂れた俺を気遣って黒崎が抱き起こしてくれる。
だが心配そうなその顔は涙で濡れている俺の目にははっきりと映らなかった。
「しっかりしろ、冬獅郎!」
「・・・・・黒崎・・・」
涙が後から後から溢れて止まらない。
俺は思い出したのだ、自分が『何者』であったかを・・・!
「・・・・・・・済まない、黒崎・・・」
「―――冬獅郎?」
「・・・思い出したんだ。俺には今すぐにでも井上織姫を助け出してやれる力があることを・・・」
「・・・・・冬獅郎、お前、一体・・・」
「だが、それはしてはならない事なんだ!」
溢れる涙が頬を伝い落ちる。
「―――――済まない。惣右介・・・」
俺は黒崎に抱きしめられたまま、涙を流し続けた。
ややあって、小さな子供を宥める様に俺の背を撫で続けていた黒崎が俺の耳元で囁いた。
「冬獅郎、俺にはお前の苦しみを除いてやることは出来ねぇかもしれねぇ。けど、これだけは憶えとけ
よ、何があっても俺はお前の味方だ。――例えお前が何者であっても俺はお前の友達だからな!」
「・・・・・・・黒崎・・・・・」
その言葉のなんと温かく、心に沁みたことだろうか。
感謝の言葉も口に出来ぬまま、俺は暫しの間、ただ黒崎一護に抱きしめられていた。
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