「先行するんじゃねぇ! 一人じゃ無理だ! ―――冬獅郎!」
遂に来るべき時が来た。
尸魂界の存亡を賭け、護廷十三隊と藍染を帝王を頂く破面の軍勢が運命の決戦の日を迎えた。
俺はその最中、全ての決着を付ける為に、俺の身を案じて引き止める黒崎を後に残し、藍染と市
丸がいるであろう王座を目指し、飛んだ。
「ようこそ、お待ち申し上げておりましたよ。・・・天・・・」
「やめよ! 俺の名は日番谷冬獅郎だ!」
「・・・やはり、記憶は戻っておられましたか。黒崎一護の『力』は大したものだ。―――よもや『神』
にまで通じようとは・・・しかしご自身で、しかも単騎で御出でとは意外でした。あなたの配下の『四
神』を召還するまでもなく、『天空』一人でもこの虚夜宮など一瞬で廃墟と化した事でしょうに」
玉座から立ち上がり俺を見据える藍染に俺は眉間の皺を深めた。
常に藍染に付き従っていた筈の市丸の姿が見当たらない。
そして藍染の玉座の横に、明らかに次元を捻じ曲げて作ったと察せられる黒い空洞が部気味な口
を開けている。・・・・・まさか!
俺は恐ろしい予感に藍染に詰問した。
「藍染、お前、市丸をどうした?」
「あなたのお察しの通りですよ。ギンは私がこの手でこの孔の中へ落としました」
「藍染!」
一瞬、目の前が暗くなる。但しそれは怒りの為ではなく、絶望にも似た深い悲しみのせいだった。
「この異空間への入口を創る為に胞玉の最後の力を全て注ぎ込みました。創造者の私ですらこの
入口がどんな世界に通じているのかは解かりません」
「何故そんな真似をしたんだ! お前は市丸を愛していた筈だ!」
「・・・ええ。そうです。 およそ唯一人を除けばあの子程この私が執着した者はおりません」
「だったら何故!?」
「ギンは私に従ってはくれましたが、あの子の心はあなたのものでした」
「――― !」
「あなたに出会ってからあの子はずっとあなたのものだったのですよ。ですが私はあなたにあの子
を渡したくはなかった。絶対にそれだけは嫌でした。しかし例えギンの魂を地獄に落としたとて、遥
かな昔からあなたの気を惹きたくて堪らない大現尊神はあなたが請えばギンの魂くらい容易にあ
なたに返してしまうでしょう」
「・・・・・『ヤマ』はそんなことはしない。お前はこの氷輪丸、いや、大紅蓮が『ヤマ』からの借り物だ
と知っているだろう。お前は昔俺に云ったな、天候を制御する程の力を持つ者はその事に関して
責任感を持たねばならないと・・・。そうだ、その通りだ。あいつは『ヤマ』は常に公平な裁判官だ。
だからこそ大紅蓮は天候を支配する力を有したんだ」
「・・・・・ギンを助けに行かれますか?」
「勿論だ!」
「この孔の先の世界ではあなた本来の力さえ及ばないかもしれませんよ。それどころかあなた自
身が自分を見失しないかねない。・・・大現尊神の求愛を拒む為に人の魂魄を偽って身を隠して御
出でだった今とは違い。十二天将の主将としての記憶も力も全て無くしてしまうかもしれません」
「構わない。俺は日番谷冬獅郎として市丸ギンを助けに行く」
そう、これは俺自身が何者であるかを思い出した時に自分で決めたことだ。
「その決心はご立派ですが、あなたを隊長として慕う隊員達の嘆きや失望はどうなさるのです?」
「・・・・皆にはすまぬと思う。あらゆる誹謗も市丸を助け出した後ならば甘んじて受けよう。どのよう
な償いもしよう。・・・だがなんと謗られても俺は市丸を追う!」
「―――ギンも、もはや『人』ではないかもしれません。あなたの事とて覚えていないやもしれませ
ん」
「それでもだ!」
俺の脳裏にかつての短い、だがこの上なく幸せだった時の市丸との遣り取りが蘇る。
「・・・・・なぁ冬獅郎、もしボクが、ボクの意思ではどうにもならんような所へ行ってしもたらキミはど
うする?」
「連れ戻しに行くに決まってんだろ!」
「でもな、行き先が解からんかったら、どうしようもないやろ?」
「探す! ・・・一生掛けても探し出す!」
「そうして探し出してくれはっても、冬獅郎まで尸魂界に戻れんようになったら?」
「もし、どうしても戻れなかったら、二人でそこに棲めばいい。―――お前となら俺は・・・!」
・・・・・市丸、お前、分かっていたのか? こんな日がくることを?
「どうしても行かれると云うのですか?」
「そうだ。・・・俺はあいつと始めてあった日に云った、必ず迎えに来るから安んじて待てとな。その
誓いを果たしに行く」
「・・・・・ではその前に私を斬り捨ててお行き下さい。今のあなたの力なら簡単な筈です」
「―――藍染!」
「さぞかしお腹立ちでしょうね。・・・数百年の昔、私はあなたが座を移す際の百鬼夜行に出会った
本来ならば百鬼夜行に出会った者の魂は大現尊神、即ち閻魔王の供物として冥界の所有物とな
る。だがあなたは幼かった私を哀れんで情けを掛け、見逃して下さった。その大恩に対して私は報
いるどころかあなたが唯一心惹かれた者を奪ったのですから」
「・・・・・・・」
「―――――何故、ギンだったのです。・・・・・遠い昔からあまたの神や人に傅かれても揺るがな
かったあなたの心を、何故、ギンか・・・?」
「・・・分からぬ。 あんな想いをしたのは後にも先にも市丸ギンただ一人だ」
「・・・・・・」
「俺もお前に尋ねたい。 ―――俺との出会いが、藍染、お前を歪めてしまったのか?」
「・・・っ」
「藍染、俺と出会わなければお前はそんな『鬼』にならずに済んだのか?」
「分かりません。 ですがもしそうであればなんとなさると云うのです?」
「償おう! 俺の全てで持って。 だから、頼む。 市丸を探す俺の旅にお前も同行してくれ!」
「―――! わ、たしも・・・共に?」
「そうだ。 俺に付いて来てくれ、藍染」
藍染が驚愕の表情を浮かべ、狼狽するのを始めて目にした俺は酷く自分が冷静であることを自覚
していた。
市丸、お前は必ずこの俺が助け出す。
「必ず来る。―――なるべく早く、迎えに来る。・・・・・だからお前は何も心配せずに安心して待って
いろ」
あれは始めてお前に会えた日に俺自身に誓った言霊。
「―――来い! 惣右介!」
「はい!」
腕を広げた俺の胸に飛び込んできた藍染の身体は忽ちのうちに美しい輝きを放つ宝珠と化した。
俺はそれをしっかりと抱え、異界へ通じる暗い孔の中へと飛翔したのだった。
「忘れんとってな、これから先、何があっても。 ―――キミがボクの運命や!」
超高速で異空間のトンネルを進むうちにまたもや市丸の言葉が脳裏に蘇り、涙が流れた。
違う! そうじゃねぇよ、市丸。
―――お前が俺の運命なんだ!
やがてトンネルの出口が近づき、眩しいばかりの白い光に吸い込まれながら、俺は中秋の満月の
下で微笑む市丸の美しい笑顔を思い起こした。
あの微笑を忘れない。 例え俺自身が何者であるかを忘れ去ったとしても・・・。
了
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