俺と藍染隊長は少しの間を置き、対峙した。
少し離れた場所から雛森が気遣わしそうに俺達を見つめている。
「最初に確認するが今までに霊圧が暴走するような事はあったかい?」
「いいえ、初めてです」
「そう。では今回の事は例外的な事象なのだろう。・・・余ほど心の底に篭った念が強かったのだろう」
「・・・・・・・」
「日番谷君、君の氷輪丸は天候を支配する力がある。そしてその力を持つ以上、そのことに責任を持た
なければならない。・・・解かるね?」
「・・・はい」
「本来なら、君の理性が自身の感情に負けて霊圧が暴走する事態になるなどは許されないんだよ」
「・・・はい。−−申し訳ありませんでした」
藍染隊長の、厳しいが、もっともな言葉に俺は自分の未熟さを思い知り、瀞霊廷に害をなしてしまった
後悔の念と共に頭を下げた。
「まだ幼い君にこんなことを言うのは酷かもしれないが、日番谷君、君が本当に短期間で卍解を極めた
いと望むなら、より一層の感情の制御が必要になる。−−−その覚悟があるかい?」
「はい!」
「泣きたい時に泣けず、どんなに辛く、苦しい時にもそれを表に出すことが出来ないんだよ。・・・それだ
けじゃない、−−人から見れば随分と冷たい人間として見られてしまうかもしれない。それでも?」
「かまいません!」
俺にとって他人の評価など、どうでも良かった。−−冷めた性分なのは元々なのだろうし・・・と、少し寂
しく思いはしたがそれだけだ。なにより大事なのは早く隊長として市丸を迎えに行く事だけだった。
「・・・・・君にその覚悟があるのなら、斬魄刀を抜きなさい」
「はい」
俺は力の入らない身体を叱咤しながら鞘から氷輪丸を引き抜いた。
漸く春の暖かさを取り戻した空から顔を覗かせた日の光を浴びて、氷輪丸の刀身が眩しく煌く。
「君は今まで何の苦労も無く斬魄刀を始解し、具象化にまで至る事が出来た。でも君は本当にその斬
魄刀の名を知りえているんだろうか?」
「−−−え? ・・・それはどういうことでしょうか?」
斬魄刀の解放はその刀の『名』を知ることから始まる。逆に言えば『名』を知らない限り解放する事は出
来ない筈だ。
「・・・・・氷輪丸か・・・良い名だね。・・・だがこの斬魄刀の名はそれだけではない」
「−−!」
俺は思いもよらない藍染の言葉に驚愕した。そんなことは今まで考えたこともなかったのだ。
「心を澄まして斬魄刀と語らってごらん。−−戦いの中で!」
そう云うなり、藍染は自身の斬魄刀を抜き、俺に切りかかってきた。
殺気は込められていないとはいえ、隊長格が繰り出す早く、重い剣に、俺は忽ちに防戦一方になる。
「さぁ、早く探求しなさい。今度君が倒れたら、僕は問答無用で君を四番隊に運ぶよ。そして今後一切
君の鍛錬には手を貸さない」
「・・・くっ!」
体力的にも、そして精神的にも限界にきていた俺は無意識の内に己の斬魄刀に助けを求めていた。
( −−名を教えてくれ。・・・お前の名を! ・・・俺にはお前の力が必要なんだ!)
これ程切実に何かに縋ったのは生まれて初めてだった。
俺はいつしか目を閉じ、霊圧だけで藍染の攻撃を受け止めていた。
( −−頼む。・・・俺にお前の名を呼ばせてくれ!)
強く、強く念じたその瞬間、突然、地震にも似た揺れを感じて慌てて目を開いたが、足元の地面になん
ら変化はなく、俺への打ち込みを中断した藍染を見やれば、眉を寄せて空の一角を睨んでいる。
その時になって、俺は地面が揺れているのではなく、大気が振動しているのだと気が付いた。
「やれやれ、何もこんな時に出てこなくとも良いのにね」
口調は穏やかだが、剣を構えた一瞬の後に高まった藍染の霊圧と殺気は俺の背筋を粟立たせる程の
ものであり、それに呼応するように空間の一部がバリバリと裂け、そこから息を飲むほど巨大な虚が姿
を見せた。
「−−大虚!」
雛森の悲鳴に、あれがそうなのか、と俺は氷輪丸の柄に最後の力を込める。
「ここは以前から虚が出没するので有名だったが、今日はまた思わぬ大物の登場だ。・・・雛森君、日
番谷君を連れて避難しなさい」
「はい」
「待って下さい! 藍染隊長」
俺は叫ぶと同時に、藍染の言葉に従って俺の方へ駆け出そうとした雛森を霊圧を使って止めた。
「−−日番谷君?」
「シロちゃん・・・?」
「・・・・・俺に任せて下さい」
俺は氷輪丸のもう一つの名を知らない。だが、呼べる筈だ。
(−−俺の魂に応えてくれ、氷輪丸!)
俺は深く息を吸い込み、吐き出した。そして目の前の倒すべき相手を見つめる。
虚は死神に戸魂界へと導かれず、取りこぼされた者の魂が堕ち、心を無くし、一時の苦痛から逃れる為
に他の魂魄を喰らうと云う。−−大虚はその幾百の虚が折り重なって生まれると聞いた。滅ぼさねばな
らない相手とはいえ、不思議と憐憫の情を感じた。−−−今、解放してやろう。・・・そしてお前達は新た
な生命として生まれいずるのだ。
「−−−卍解! 大紅蓮氷輪丸!」
ごく自然に解号を口上するや否や、俺は氷の翼をその背に負った。
(−−飛べる。−−俺は飛べる筈だ!)
強い確信を持って大地を蹴り、大虚の正面まで一気に飛翔した。
大虚がその大きな五指を伸ばして俺を掴もうとするのを旋回して避け、氷の龍と化した右手を上げ、氷
輪丸を振り下ろす。二撃目を繰り出す力は今の俺には無い。この一閃に命を掛ける!
「−−覇ぁぁぁ・・・!」
自分で放ったとは思えぬ程の水と氷の牙が大虚を襲い、その身体を真っ二つに切り裂いた。
「やったわ!・・・・・シロちゃん!」
感激も露な雛森の前に舞い降りて、俺はこの日初めて笑うことが出来た。
「ごめんな。心配かけた・・・」
ぱんぱんという拍手に振り向けば、藍染がにこやかな笑みを浮かべている。
「お見事様」
「−−−ありがとうございました」
藍染に深く礼をすると共に背に負った氷の翼が砕け散るのを最後の記憶として、俺はそのまま意識を
手放してしまったのだった。
「雛森君、『天挺空羅』で瀞霊廷全土に伝令を、・・・日番谷冬獅郎を発見した旨と、そして彼の卍解を
五番隊隊長、藍染惣右介がその目で確かに見届けた事を伝えなさい。私は彼を四番隊に運ぶ」
「はい! お願いします!」
気を失った俺を抱きとめた藍染の指示に、雛森は嬉々として従った。
『・・・・・さま・・・天・・・・・様! ・・・お気づきですか・・・?』
『・・・あぁ・・・。−−−天后・・・か。−−面倒を掛けたな』
『余り無茶をなさいますな。もう少しでこの戸魂界での貴方様の御身体が壊れてしまうところだったので
すよ』
『・・・すまぬ』
『例え貴方様が日番谷冬獅郎としての命を無くしても、本来の貴方様ご自身にはなんの差し障りもござ
いませんが、そうなれば封印は破られ、貴方様のご所在が大現尊神の知れるところとなりましょう』
『・・・・・ああ。−−あいつには、ヤマには悪い事をしてしまったな』
『・・・えっ?』
『やっと俺にも解かったんだ。人を想うというのがどんなことなのか』
『・・・・・恋を、なさったのですか?』
『あぁ・・・そうだ。−−−笑ってくれ天后。・・・・・二千年も生きて、俺は初めて恋を知った!』
日番谷冬獅郎の閉じた瞼から溢れ出る涙を、四番隊隊長、卯ノ花 烈が白い指先で拭った。
『・・・それ程にお心にかなった者がおりましたならば、お側に召されては如何ですか?』
『−−−確かにそうする事も出来よう。そして俺はあいつに永の若さと超常の力を与えてやれる。だが
それはもはや恋とは云えまい。・・・俺は日番谷冬獅郎ではあるが、日番谷冬獅郎は俺ではないのだ
からな。俺はあいつを−−市丸ギンを愛玩物などにはしたくない』
『・・・・・・・』
『この恋は俺にとって最初で最後の恋となろう。・・・・・俺はこのまま深く眠ろう。次に目覚めるのは日番
谷冬獅郎としての命を終えた時だ。・・・そなたには迷惑をかけるがどうか見届けてくれ』
『御心のままに我が主よ。・・・ですが、どうか最後などとはおっしゃいますな。数多の神や人が貴方様を
愛しております!』
『・・・・・』
意識のない日番谷冬獅郎の唇が僅かに笑みを形作ったのを合図に、四番隊の救急治療室に存在して
いた思念は跡形も無く消え去ったのだった。
見慣れ無い一室で目ざめた俺の前に優しく微笑む女性が立っていた。
「良かったこと。気が付かれましたね」
「・・・・・あの・・・」
「私は四番隊隊長の卯ノ花 烈。・・・日番谷さん、卍解おめでとうございます」
「・・・ありがとうございます。−−−ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
起き上がろうとして、余りの身体のだるさに身動きもままならない俺を、卯ノ花隊長がそっと制した。
「そのままでお聞きなさい。無理をしてはいけません。あなたは丸一日意識が無かったのですよ。あな
たの身体は莫大な量の霊圧の放出と疲労の為に大変消耗しています。暫らくはこの四番隊で静養しな
さい。いいですね」
「はい」
「それと二度と無茶な鍛錬をしないと私に約束して下さい」
「・・・それは・・・・・」
流石に返答に困った俺に卯ノ花隊長は諭す様に言葉を続ける。
「日番谷さん、護廷隊に属する者の任務は常に死を身近に感じながらのものです。。それでも臆せず虚
との戦いに赴く事が出来るのは、自分の後ろに絶対的な力を持つ隊主が控えてくれていると信じてい
るからです」
「−−−!」
突然、俺の脳裏に潤林安まで同行した十番隊の死神達の顔がちらついた。・・・俺を待っていると云っ
た三人の、期待に満ちた瞳の輝きの意味が漸く理解出来た。
「あなたは隊長になるのでしょう?」
「はい。なります!」
「ならばご自分の身体を自愛するのも大切な事だと覚えておいて下さい。あなたに何かあればその下
に居る何百人の者が、どれ程心を乱す事になるのかを忘れないで下さい」
「はい。お約束します」
きっぱりと告げた俺に卯ノ花隊長はにっこりと微笑んだ。
俺は殆ど本能的な閃きで、この人が自分の味方であることを知った。浮竹にも藍染にも感じなかった安
堵感が心を満たす。
「さぁ、それではもうお休みなさい」
布団の上掛けを直してくれる、優しい白い手の持ち主に感謝の笑みを返し、瞳を閉じた俺は直ぐに深い
眠りの底へと誘われて行った。
ようやく四番隊からの退院を許されたのは六日後のことだった。
一週間ぶりに自分の部屋へ帰って来れた俺は、まっすぐ床の間へと足を向ける。そしてその黒檀の柱
の傷を何度も指先なぞった。やがて、堪らない愛しさに負けて唇をよせる。
( ・・・・・俺、お前に一歩近づいたんだぜ、市丸 )
柱にくちづけるなどおかしな事だと頭の隅では解かってはいても、衝動的にどうしてもそうしたかったの
だ。
それからの日々は、あっという間に過ぎて行った。
入れ替わり立ち代り現れる隊長達に教授を受け、俺の隊主としての気構えや知識は自分でも納得の
いくレベルに達し、入学から五ヶ月を経過する頃には、他の隊長達に肩を並べられると密かに自負出
来る段階にまで来ていた。
その反面、俺の前にただの一度も姿を見せようとしない市丸に対して、不安と焦りが芽生えてきてもい
た。
( −−−もう、待てない!)
ある日そう決断するや、俺は山本総隊長に面会を求め、一番隊の隊舎の門を潜ったのだった。
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