霊術院から遠く離れた荒野で一人氷輪丸を振るう。

俺の頭上には翼を広げた巨大な氷の龍が座し、俺の一部始終を静かに眺めている。

もうどれだけの時間をここで費やしただろうか。昼の晴天とはうって変わり、星の瞬きも見えない暗

い夜空に一人取り残された様に俺は刀を振るっていた。

( 卍解! −−−一体どうすれば卍解することが出来るのだろう・・・)

ふらふらになりながらも、俺の頭の中はそのことで一杯だった。

そんな俺の耳にばたばたと大勢の人の足音と、がやがやとしたざわめきが聴こえてきた。

「おい、こっちだ! おいでだったぞ!」

一人の男の大声に、俺の周囲にわらわらと人が集まってくる。皆、見知った霊術院の教官達だった

「お探ししました日番谷様。どうぞもう霊術院にお戻り下さい。皆、心配いたしております」

「・・・・・すまない。面倒を掛けた。・・・でも俺は・・・」

「あなたは瀞霊廷の貴重な財産なのです。そのあなたをお預かりしている以上、来年の春の卒業ま

ではあなたの身柄は霊術院が責任を負うのです。・・・どうか、お聞き取り下さいませ」

頭を下げる教官に他の者が習い、それを目にした俺はそれ以上我が侭を通すのもはばかられ、仕

方なく氷輪丸を鞘に収め、霊術院への道を歩き出した。その後をホッとした雰囲気を隠しもしない教

官達が続く。・・・実際、食事も取らず、何時間も霊力を放出して刀を振るい続けた俺は限界だった。

霊術院の部屋に戻るやいなや、敷いてあった布団に倒れ込み、泥のように眠りについてしまった。





今日こそは絶対に卍解を会得してみせる!

決意も新たに早朝の岩場に立って固く誓う。

昨夜、邪魔された失敗を踏まえて、昨日とは違う場所を選び、自分の姿が見えない様に強力な結界

も張った。

( −−待っていてくれ、市丸! )

俺は持てる限りの霊力を注ぎ込んで氷輪丸を解放した。





「おい、なんだ! 何事なんだこの空は!」

「見ろ! 雪だ、雪が降っている!」

真っ黒な雲に覆われた空に雷鳴が轟き、時ならぬ雪が強風に煽られて舞い落ちる。

瀞霊廷は突然の天災に慌てふためいていた。

そしてその猛吹雪は一昼夜収まらず、日番谷冬獅郎の失踪と共に霊術院から護廷隊へと探索の要

請がなされ、事態を重く見た護廷隊の山本総隊長は格隊長に日番谷冬獅郎の捜索を厳命したのだ

った。



「京楽隊長、緊急の仕事が無い隊長格は全て日番谷冬獅郎の捜索に当たれとの事ですが、どうな

さいますか?」

「もちろん探しに行くよ。でも七緒ちゃんにはお留守番をお願いするけどね」

「・・・・・日番谷冬獅郎は一体なぜこんな真似をしたのでしょう・・・」

「−−男の子だから、じゃないかなぁ」

「はぁ?」

訳が解からずきょとんとしている七緒を置いて、京楽は八番隊隊舎を後にした。

「・・・まぁ一日も早く卍解を完成させてギンちゃんに近づきたい気持ちは良く解かるんだけど、それに

してもこれはやりすぎだよねぇ。早いとこ見つけて止めさせないと瀞霊廷が雪に埋もれちゃうよ」

荒れ狂っているような空を見上げて苦笑した京楽の視線の先に二人の人影が映った。

「そこにいるのは誰かなぁ?」

「・・・京楽隊長?」

「惣右介君かぁ。・・・やぁ、雛森ちゃんも一緒か」

「はい。僕としては彼女には隊舎内で待機していて欲しかったのですが、どうしても云う事を聞いて

貰えなくて・・・」

「すみません。−−でも、シロちゃん・・・いえ、日番谷君は私の弟の様なものなんです。あの子が行

方不明になっているいるのにじっとしてなんておれません!」

困った表情を見せる藍染に対して、雛森 桃は必死で弁解する。

藍染に心酔していて、常日頃から何事に対しても従順なこの副隊長にしてはとても珍しい事だ。

「まぁ確かに、早いとこ見つけないと瀞霊廷もだが日番谷君の身も心配だからねぇ。しかし、この広い

瀞霊廷の一体何処を探したものやら」

「・・・・・とにかく、手分けして捜索するしかないでしょう。それでは失礼します」

礼をして藍染と雛森が足早に立ち去って行く。

「・・・手分けして探すしかないって云った割りには惣右介君は迷いのない足取りだったなぁ。・・・あ

っちは確か北東の方角か・・・・・う〜〜ん」

二人を見送る京楽の目は『瀞霊廷一思慮深い』といわれる所以のものだった。



「日番谷冬獅郎が行方不明? −−で、この最悪の天気もその子のせい、ちゅう訳なん?」

「はい。おそらくそうであろうと・・・。それで格隊長に捜索の命が出されております」

「ふ〜〜〜ん」

三番隊舎では遅くに起き出してきた自隊の隊主、市丸ギンに副隊長である吉良イズルが事情を説

明していた。

「総隊長からは緊急の用の無い隊長格は皆捜索に出るようにとのお言葉ですが、隊長はどうなさい

ますか?」

一応のお伺いをたてながらも、吉良は市丸に堂々とサボりの口実を与えたようなものだと嘆息して

いた。おそらく捜索に託けてどこかへ入り浸って暫らくは隊舎に帰って来ないのに違い無いだろう。

−−当然、書類関係の仕事は溜まる一方である。

「・・・・・イズル・・・」

「は、はい。−−行ってらっしゃいま・・・」

「ボク、お仕事するわ。書類運んで来てや」

「・・・はぁ?」

自分の耳を疑って呆然とする吉良に市丸は更に続けてこう云った。

「なんや今日は気力が充実しとんねん。今まで溜め取った分も片付けるさかい、持って来てや」


(−−この雪を降らせたのは日番谷冬獅郎ではなく、実はあなたなんじゃないんですか?)


普段の市丸を知っていれば、吉良のこの心情も充分に理解された事だろう。





「藍染隊長、本当にこの近くに日番谷君はいるんですか?」

「僕の考えに間違いがなければね。・・・人には誰しも本能というものがある。彼が自分の能力を本

気で高めたいと願ったなら、最大限に力を使える 《 場 》 をこの北東の位置に求めるだろう」

「・・・・・・・」

雛森には藍染の言葉の意味を理解することは出来なかったが、藍染に全幅の信頼をおく彼女は黙

って荒涼たる荒地が広がる岩場にまで付いて来ていた。なにより気になるのはこの場所が瀞霊廷

の中でも最も多く虚が出没する所だということだ。もし本当に日番谷が居るのなら一刻も早く無事に

連れて帰りたかった。


「−−−ここか。・・・ふふふ・・・・・確かに隊長でもなければ見つけることも、また破ることも困難な

高次結界が張ってあるよ。・・・雛森君、下がりなさい」

「はい!」

雛森の避難を確認した後、藍染は『鏡花水月』をすらりと引き抜き、鋭い声と共に一閃した。

「砕けろ、鏡花水月!」

途端に、パキンというガラスが割れるような音と共に景色が一遍する。

そこには風もない灰色の空の下、虚ろな瞳にピリピリとした怒気を纏い、氷輪丸を手にした日番谷冬

獅郎が立ち尽くしていた。

「シロちゃん!」

その姿を目にした雛森が駆け寄ろうとするのを藍染が留める。

「離してください。藍染隊長! シロちゃんが・・・!」

「今の彼に迂闊に近づくのは危険だ。身体がとうに限界を超えているのに『想い』だけが凝り固まっ

て、霊力が暴走している。・・・それにしても驚いたな。−−まさか本当に『あの方』だったとは・・・」

「・・・えっ?」

「雛森君、彼の心に呼び掛けてくれないか。君になら出来る筈だ」

「は、はい」

雛森は両手を組むと、固く目を閉じ、日番谷の意識に接触を試みた。



( −−−卍解。−−卍解しなければ・・・でも、どうすればいい・・・解からない・・・・・)

(・・・シロちゃん。・・・・・シロちゃん!)

(・・・・・雛森?)

(ああ・・・シロちゃん、早く目を覚まして、空が大変な事になっているの!)





雛森の泣きそうな声に俺の意識は唐突に覚醒した。

「・・・雛森?」

「シロちゃん、良かった。気が付いたのね!」

自力で立っていることも出来ず、崩れ落ちた俺の身体を雛森が抱きしめてきた。

辺りを見渡せばそこは一面の氷原の世界で、雪が嵐の様に舞っている。一体、何時からこんなこと

になっていたのか。

「なんとか間に合った・・・というところかな」

穏やかな声でそう言い、苦笑を浮かべた長身の男が近づき、俺に頭を下げた。

「−−−お久しぶりでございます」

「・・・えっ? あの・・・・・?」

突然の事に驚いたが、それは俺を抱きしめている雛森も同じだったらしく、唖然としている。

男の顔に見覚えは全くないが隊長羽織を纏い、雛森と一緒に居るということでその正体はたやすく

判った。

「・・・ああ。やっぱり、初めまして、と云わなければならないのか・・・五番隊隊長の藍染惣右介だよ」

俺の戸惑いに応えるように、藍染隊長は残念そうに微笑んで言い直してきた。

「日番谷冬獅郎です。・・・ご迷惑をお掛けしました」

「うん。日番谷君、早速で悪いがこの天候をなんとかしてもらえないかな、皆困ってるのでね」

「は、はい」

氷輪丸を鞘に収めると同時に霊力を制御する。すると忽ちに雪や強風が止み、暗雲が晴れ、次第に

太陽が顔を覗かせた。その太陽の高い位置から今が昼に程近い時間なのだと知れた。

「うん。それでいい。さて帰るとしようか」

雛森に変わって俺を抱き上げようとする藍染隊長の腕を、俺は慌てて拒んだ。

「霊圧が暴走して皆に迷惑を掛けたことは謝ります。−−罰則を科せられるのならそれも享受します

でもお願いです、どうか今少し、俺に時間を下さい。・・・もう少し、卍解までもう少しなんです」

「シロちゃん、なにを云うの! こんな身体で卍解なんてしたら死んじゃうわ」

雛森の瞳には涙が盛り上がっていて、俺はどれだけの心配を彼女にさせてしまったのかと後悔した

が、でもこれだけは譲れなかった。−−一刻も早く卍解したい!

「・・・どうしてそんなに急ぐ必要があるのかな? 君の力ならおのずと卍解への道は開けるだろう」

藍染の言葉に俺は激しく首を振った。

「−−待たせている者がいるんです。・・・俺はあいつに相応しい身分を得て、早く迎えに行ってやり

たいんです!」

「・・・・・それにしても急ぎすぎだと思うけどね」

藍染の苦笑に俺は奥歯を噛み締める。俺の焦りなんて、誰に話したところで理解なんてされないの

だろう。そう思うと悔しさで涙が滲んでくる。

「・・・・・・・あいつは・・・とても・・・綺麗なんです・・・」

「−−−!」

「・・・だから・・・・・他の誰にも・・・取られたくないんです・・・」

幼稚な事を云っている自覚はあった。藍染が無言なのは呆れはてたからなのだろう。でも、これが

俺の真実だった。

暫らくの沈黙の後、藍染が問い掛けてきた。

「−−『彼』を綺麗だと? −−美しいと、君は云うのか?」

藍染の云うのが誰の事なのかこの時は深く考えなかった。だだ俺は自分の恋した相手を−−市丸

を侮辱されたと取って目の前が赤く染まる程の怒りを感じた。

「おかしいですか? あいつを綺麗だと思って! 美しいと感じて! ・・・だったら笑えばいい! で

も俺はあいつをこの世で一番美しいと思っています!」

激しい剣幕で食って掛かった俺を藍染はただじっと眺めていたが、やがてゆっくりと頷いた。

「・・・よく言った!−−それで良いんだよ。日番谷君」

「・・・・・えっ?」

「自分が恋した相手を美しいと云えない男に何の価値がある!」

「・・・っ」

静かで、それでいて深い藍染の声と瞳の力に圧倒されて言葉が告げない。

その力が緩んだ後はただただ優しい光を宿す瞳が俺を見つめていた。

「仕方がないね、敵に塩を送るとしよう。・・・まだ立ち上がれる力は残っているかい?」

「・・・は、はい!」

藍染の心情は解からないが、俺に何がしかの教授をくれるらしい様子に、よろめきながらも立ち上

がる。

「雛森君は離れなさい」

「・・・・・はい・・・」

穏やかだが否を許さない藍染の声に、雛森が心配そうにしながらも俺から離れて行く。

「斬魄刀を抜く前に君に少し説教をさせてもらおう。耳が痛いかもしれないが聞きなさい」

「−−はい」

卍解の為なら−−−市丸に近づく為ならどんな苦労も厭わない。俺は氷輪丸で身体を支えながら

も決心を新たにし、藍染の言葉を待った。




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