満たされきった想いで眠りに付き、目覚めた翌朝は暖かな春の日差しが降り注ぐ晴天だった。

寝床から起き上がり、庭を照らす白い朝の光を見つめながら、昨夜の出来事を夢の様に思い出す。


『−−ボクな、待っとるさかいに、いつまでもここで、君のこと待つさかいに、その時がきたら、もう一

度ここに来たってや!』

美しい男の必死な表情を思い出して頬が緩むのを自覚するが、幸福感は尽きる事無く俺の身体を

支配してしまう。

本当に、この世の全てが美しく、かけがえの無い大切な物なのだと感じてしまう程、俺の心は浮き立

っていた。

ああ、何故あの時すぐに返事をしなかったのか−−自分も同じ様に相手を想っていると告げたなら、

きっと花のような笑顔が見られたことだろうに・・・。

それを少し残念に思い、早速今夜にもあの場所へ出向いて男に自分の想いを伝えようと決心した俺

は、身支度を整え朝食を摂るべく食堂へと足を向けた。



( まったく、どいつもこいつも人をもの珍しそうに見やがって! )

朝食を摂っている間中、院生達の集中砲火の様な視線を浴びていた俺は到底こいつらと一緒に授

業を受ける気にはなれないでいた。幸いな事に俺は院生でありながらも特別待遇らしく、自身で受

ける授業の自由選択を許可され、そして、瀞霊廷の禁踏区意外の出入りも許されていた。

半月の間に霊術院の書庫のめぼしい本は読みつくし、瀞霊廷の表の歴史うんぬんは完璧に頭に入

れている自負があり、興味の大半をしめる剣術も教官相手では物足りない俺は護廷隊の訓練所を

覗いてみようかと思いたった。運が良ければ席官の死神に稽古を尽けてもらえるかもしれない。

自分の思いつきに萎えていた気分を持ち上げた俺が、出掛けようとしたその時、思わぬ来客の訪れ

を知らされたのだった。





「やぁ、初めまして。・・・十三番隊隊長の浮竹十四郎だよ」

「・・・・・日番谷冬獅郎です」

俺の指導には出来うる限り現行の護廷隊の隊長が勤めるという総隊長の言葉は本当だったのだと

この時初めて思い当たった。

「いきなりやって来て迷惑だったかな?」

「いえ、そんなことはありません」

宛がわれている部屋に案内し、茶を出して受け答えをする。

いかにも温和そうな風貌の浮竹隊長の後ろには席官らしい二人が興味深そうに俺を見ている。

「う〜〜ん、山本先生から聞いてはいたけど本当にまだ小さいんだね」

「・・・はぁ・・・・・」

本来だったら腹の立つ言葉だが、何故か目に前に座っている浮竹隊長からは俺をからかって侮蔑

している感じは一切なく、純粋に慈しみの情が流れこんでくるようで素直に応対出来たのには自分

でも不思議だった。

「俺は生来身体が弱くてね、だから本当なら君の剣の稽古なり鬼道の特訓なりに付き合ってあげた

いところなんだが、四番隊の卯ノ花隊長からきつく止められているので悪いがそちらは勘弁して欲し

いんだ。その変わり隊主の行うべき業務関連に付いて責任を持って教えると約束するよ。だから解

からない事があればなんでも遠慮なく聞いてくれ」

「・・・はい。ありがとうございます」

隊長になどなりたくはないが、いかにも人の良さそうな浮竹にそれは言えず、それから昼までの数

時間を講義という形で部屋で過ごす事になってしまった。

しかし、護廷隊という組織を知る上では浮竹の話は非常に参考になり、何時しか夢中で聞き入って

いた。そういう面では浮竹は理想の教師だった。



「・・・浮竹隊長、もうお昼ですよ。・・・そろそろ隊舎にお戻りにならないと・・・」

「そうです。お食事を召し上がって、薬をお飲みにならないと・・・」

「その後でちゃんと午睡をなさらないと・・・」

「また熱を出して卯ノ花隊長に叱られますよ」

正午を知らせる鐘が鳴ると、浮竹の後ろに座していた二人が競い合う様に声を掛け、浮竹はやれや

れと苦笑する。

「清音も仙太郎も過保護過ぎるよ。だがまぁ日番谷君も疲れたことだろうし、今日はこの辺にして帰

るとしよう。・・・・・日番谷君、他に質問はないかなぁ?」

優しい眼差しに即されて、俺は躊躇いながらも昨夜出会った男の事に付いて尋ねてみる事にした。

護廷隊には三千人の死神が居ると聞いているが、あれだけ特徴がある男なら名前を知る事が出来

るかも知れないと思ったのだ。

「あの、お聞きしたいことが一つあります。もしご存知なら教えて頂きたいことが・・・」

「うん。なんだい? なんでも聞いてくれ」

「昨日知り合ったばかりの死神なのですが、長身で銀の髪をしている死神の名にお心当たりはあり

ませんか?」

「長身で銀の髪? 死神なのは間違いないのかい?」

「はい。それも相当の霊力を持っているようでした。・・・多分席官クラスだと思います。−−失礼を承

知で申し上げればあなたの後ろにおられるお二人より強い力を感じました」

自信を持って云った言葉に浮竹の背後の二人ははっとして互いに顔を見合わせ、浮竹は今までの

温和な雰囲気を四散させたように眉間に皺を寄せている。−−俺は相当非礼な事を言ってしまった

のだろうか・・・。

暫らくの間気まずい沈黙が続き、どうしようか思い始めた時、浮竹がようやく口を開いた。

「−−日番谷君、俺の後ろにいる二人は我が十三番隊の三席なんだよ」

「えっ! 三席?」

これには正直驚いた。この二人が三席の実力だと云うのなら俺が昨夜心を持っていかれたあの男は

一体・・・・・。

「この二人以上の力、となれば後はおのずと隊長格に限定される。そしてその中で君が言った条件

に該当するのは一人だけだ」

浮竹の言葉にごくりと喉がなったのが自分でも分かった。そんな俺を浮竹は痛ましいものでも見る様

に尋ねてきた。

「日番谷君、単刀直入に聞くが、君は『市丸ギン』になにをされたんだい?」

(−−−−−市丸ギン・・・)

それがあの美しい男の名なのだろうか・・・。

と、何かに記憶を呼び戻され、はっとして黒檀の柱に目を向ける。

浮竹も俺に釣られるように振り向き、柱の傷跡を見て改めて顔をしかめた。

「・・・あぁ・・・・・これを付けた時は彼もまだ幼くてね、ほんの出来心だったんだろう。・・・昨日君と会

った時に何があったかは知らないが、彼は隊長としての資質は十二分に持ち合わせているんだよ。

ただ、時たま困った言動をして周囲を混乱させることがあるが、それは・・・」

「隊長!−−−あいつは隊長なんですか?」

浮竹の言葉を遮り、叫んでいた。

( 隊長! あいつが隊長! )

「・・・そう。市丸ギンは護廷十三隊、三番隊の紛れも無い隊主だよ」

浮竹の言葉に頭の中が真っ白になりかけた。

「市丸君は護廷隊の隊長の中では六番隊の朽木隊長と並んで最も若い隊主なんだよ。君の存在が

なければ史上最年少の隊長は市丸君のままだったろう。・・・その栄冠を君に取られるのが面白く

なくて君をからかったりしたのかもしれないが、俺が彼に代わって謝る。・・・どうか市丸を許してやっ

てくれないか? この通りだ」

いきなり浮竹に頭を下げられて心底慌てた。

「浮竹隊長、頭を上げて下さい。違うんです! 誤解なんです。−−俺達はただ一緒に月見をしただ

けなんです」

「・・・・・一緒に月見を? 本当かい?」

「はい。その時になんて綺麗なんだろうと思って、それで名前が知りたかっただけなんです」

疑わし気な浮竹を納得させようと、勢いでよけいな事まで云ってしまい、後悔したが既に遅かった。

浮竹は固まったまま、信じられない物を見るように俺の顔を凝視している。その後ろに控えている二

人の三席も口を開けたまま唖然としていたが、三人の中でいち早く立ち直ったらしい、小柄な女性の

三席が浮竹の袖をくいくいと引き、声を掛けた。

「浮竹隊長、しっかりして下さい。大丈夫ですか?」

「・・・あっ・・・ああ。−−−それじゃ日番谷君、俺達はこれで失礼するよ」

「・・・・・はい。今日はありがとうございました」

俺は赤らめた顔を見られたくなくて、浮竹達が部屋を立ち去るまでずっと頭を下げていた。

やがて、三人の気配が遠ざかると、そのままぱたりと畳に倒れ込んで目を閉じる。

まさか、あいつが『市丸ギン』だったなんて! そして一隊を率いる隊長だったなんて思いもしなかっ

た。−−−あぁ、これでは到底、今夜告白しに行くことなんて無理だ。

人を好きだと云うのに地位などは関係ないとはいえ、自分から迎えに行くと約束した以上、己が相手

に相応しい存在でありたいと願うのは男の性だ。市丸が隊主だというのなら、自分も同等の地位を

得て胸を張って迎えに行きたい。


-----隊長になろう。


いや、なれないまでも、出来うる限り精一杯の努力をしよう!

そう決心するのに時間は掛からなかった。

−−−その第一歩が『卍解』だ! 俺は畳から飛び起きると氷輪丸を手にし、部屋を後にした。





「・・・・・あの子、市丸隊長の事が好きなんですね」

十三番隊の隊舎に戻る道すがら云われたセリフに浮竹は深い溜息を付いた。

「−−清音、俺はどうしたら良いのかなぁ・・・」

と、その時、深刻そのものの浮竹を励ますように明るい声が掛けられた。

「どうしたんだい? 難しそうな顔をしちゃって」

「京楽!」

浮竹達の前にトレードマークの編み笠を被り、女物の着物を羽織った八番隊隊長の京楽春水が微

笑みを浮かべて現れた。

「日番谷冬獅郎に会ってきたんだろう? しかしその顔を見る限りかなりの難物なのかい?」

茶化すように云う京楽に浮竹はとんでもないと首を振った。

「いや、彼自身は聡明で努力家で礼儀正しくて、文句の付け様のない素晴らしい子だったよ。今から

護廷隊に入隊するのが待ちどおしい位だ。・・・ただその、困った事が一つあってだな・・・」

言いよどむ浮竹に京楽は興味深そうに小首を傾げる。

「僕でよければ相談にのるよ。もちろん他言無用でね」

「・・・・・・・実は・・・」



「え〜〜〜〜っ! それ、マジなの?」

「しっ、声がでかい!」

行き付けの料理屋の奥座敷で驚きの声を上げた京楽を浮竹が咎める。

「いや、しかし、う〜〜ん。びっくりだね」

「俺だって彼の目の前で固まったさ」

「ははは・・・。うん。でも、良いんじゃないの? 誰に恋をしようとそれは自由だよ」

「・・・・・相手があの市丸でもか?」

「ふふ、あの市丸君に目を付けるなんて玄人好みというか、将来が楽しみなおませさんだ」

「笑い事じゃないんだがなぁ・・・」

結局のところ見守ってやるしかない現状に浮竹は先程よりも大きな溜息を吐き出したのだった。 


   

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