「新入生代表挨拶、総代、日番谷冬獅郎!」

「はい」

既に見知った顔の主任教官の覇気溢れる声に返事をし、俺は座っていた最前列の椅子から立ち上

がり、壇上へと向かった。

その後ろから、ざわめきが上がり、ひそひそと言い交わす言葉が途切れる事無く俺の背中に付いて

来る。

「・・・おい、あれが・・・・・だな・・・」

「ああ。−−−本当に子供だったんだな」

「でも試験会場でいきなり斬魄刀を具象化したって話だぞ」

「・・・・・信じられないよな、具象化出来るってことは卍解も近いってことなんだろう?」

「そうらしいな。−−死神になったって始解まで辿り着けない者が殆どだっていうのに末恐ろしい子

供だよ」

「・・・一年後には護廷隊の十番隊長だってさ」

「嘘だろ、おい!」

「本当さ、護廷隊にいる俺の従兄弟から聞いたんだ、十番隊は長い間隊長不在で困ってるそうだ。

まぁ四十六室のゴリ押しもあるみたいだが日番谷は総隊長にえらく気に入られたらしい。これは間

違いない話だぜ」

「・・・隊長かぁ・・・・・夢みたいな話だな」


( まったくもって悪夢だよ!)

かまびすしいことこの上もない噂話にうんざりしながら、俺は手にした挨拶の原本をそのまま読み上

げ、学院長に礼をして再び自分の席へと戻った。戻る途中も来賓席の貴族や護廷隊の隊長格から

品定めをされている様な視線を浴び、睨み返してやりたいのをぐっと堪えた。もう少しで長く、退屈だ

った真央霊術院の入学式が終わるのだ。そしたら、一旦は流魂街の家に帰ってばあちゃんに会うこ

とが出来る。

もう少しの辛抱だと自分に言い聞かせ、大人しく閉式の言葉を待った。





「護衛だと? そんなものは必要ない!」

流魂街の家へ帰ろうと、氷輪丸と小さな手荷物だけを持って与えられた部屋を出た俺はいきなり現

れた三人の死神に足止めを食らわされることになった。聞けば俺の護衛として潤林安まで同行する

と云う。

「俺はまだ院生でしかない身だぞ。大層な扱いは止めてくれ」

「あなたは瀞霊廷にとって大切な方です。これは当然の処置です」

「・・・・総隊長の見込み違いで、俺は隊長になんかなれないかも知れないんだぞ?」

意地悪くそう云っても、「我々は与えられた任務を遂行するだけです」とのたまって引こうとしない。

こんなところで睨み合っていても仕方ないと判断して渋々家へと向かったが、道々三人の死神を引

き連れて院生の制服を着て歩かなければならない俺は憂鬱でしょうがない。

『瞬歩』を使えば撒くのは簡単だが、後でこの連中が上官から咎められるのを思えばそれも出来な

かった。

だから道行く人達の好奇の目を振り切るように下を向いて早足で進んでいた俺の目に、住み慣れ

た藁葺き屋根の家が見えてきた時、思わず駆け出していた。

「ばあちゃん!」

がらりと引き戸を開けた俺の目に優しく微笑むばあちゃんの顔が映り、気が付けば夢中で抱きしめ

ていた。

「ばあちゃん、ばあちゃん、会いたかった!」

「冬獅郎。・・・まあ、よく帰って来てくれたこと・・・」

やんわりと抱き返されて、自分がどれ程この暖かな温もりに飢えていたかを痛感した。

雛森を除けばこの潤林安で俺を怖がらなかったのも、俺が心を許し、自分の家族だと胸を張れるの

もこのばあちゃん一人で、この人はこの狭い世界の俺の太陽だった。

「もうお昼だものねぇ、お腹がすいただろう? 今日はご馳走をこしらえて待っていたんだよ」

そう云われて視線を転じた庵の周りには俺の好物ばかりが所狭しと並べられ、いかにも美味そうな

匂いが漂っている。

「−−ばあちゃん!」

溢れ出るような感謝の気持ちは言葉では表せず、俺はもう一度ばあちゃんをぎゅと抱きしめた。

ばあちゃんはそんな俺の頭をただ黙って撫ぜてくれた。

「さぁさぁ、冷めないうちにおあがり」

「うん」

幸福感に包まれて、玄関の土間から部屋へ上がろうとした俺はふと気付いた、そういえばあの三人

の死神達はどうしたんだろうか。

確認の為にもう一度外に出れば、二人の死神が門番よろしく家の戸口に立っていた。

「・・・もう一人居ただろう、そいつはどうした?」

「はっ、裏口の警備に回っております!」

「・・・・・あのなぁ・・・」

もう溜息も出ない。この治安の良い潤林安で何を警備するとゆうのだろう。護廷隊という組織は無

駄が多すぎる。有り得ない事だがもし俺が本当に隊長になったなら徹底的に改革してやる。まぁも

ちろん有り得ない事だが・・・。

「もう良い。お前らも中に入って一緒に昼めしを喰え。もう一人の奴も呼んで来い」

「いえ、自分達はここで・・・」

「お前達は俺を警護する為について来たんだろう? だったら俺の側に居た方が守り易いんじゃな

いのか?」

「はっ、しかし・・・」

「それにいざって時に空腹で使い物にならなかったらどうするつもりだ?」

「・・・・・そ、そのような事はありません。我々はきちんと訓練を受けて・・・」

「−−−うるせえ! 命令だ!」

本当は院生でしかない身の俺だが、相手が余りにも頑固なのに面倒になって大喝すると、驚いた

事にすごすごと云う事を聞いた。

ばあちゃんはといえば、突然現れた三人の死神に対しても笑顔で向かい入れてくれたのだった。



−−まぁなんだ、昼めしを食べながらじょじょに打ち解けて話をしてみれば、この三人も結構良い奴

らで、俺にあれこれと護廷隊の事について教えてくれた。中には霊術院の教官からはとても聞き出

せないような内容のものもあって、俺はその日の夕暮れまでその三人とばあちゃんとの雑談で思い

の他愉しい時を過ごしたのだった。





「今日はお疲れさんだったな。おかげでおもしろい話が聞けて有意義だったぜ」

流魂街から霊術院へ戻り、寮の部屋へと続く廊下で三人の死神達に別れを告げる。

「自分達の方こそ日番谷様と同行出来て光栄でした」

「・・・光栄って、あのなぁ・・・」

「−−我々は十番隊の隊士なのです」

「・・・・・十番隊・・・」

「日番谷様が実力だけでなく、思いやりのある方で、本当に良かったと思っております。−−一年後

をお待ち申し上げております」

深々と礼をして去って行く三人の背中を俺は複雑な思いで見送った。

−−−お前ら、こんな子供の俺が隊長で本当に良いのかよ。

その思いは夕飯を食べ、風呂に入り、いつもの就寝時間を過ぎても胸に残り、中々寝付くことが出

来なかった。

俺はどんな物事に対しても、人より思いが希薄だという自覚がある。およそ何かを強く求めるという

心が欠けているのだろう。冷めた性分なのだと解かっていた。

だから、此処へきていきなり廻りの連中に護廷隊という組織の隊長職を期待され、戸惑っているの

だ。でもそれだけでこんなに気が重い訳ではない。隊長というのは他人の命を預かるということだ、

自分の判断の誤りがあの三人の命を奪う事態にもなりうるのだ。・・・そんなものをこの俺が背負う

のか? 他の人より少しばかり霊力が強いというだけのこの俺が・・・。

「ダメだ。眠れねぇ!」

明日からの授業の事を考えて眠らなければと焦るが、よけいに目が冴えてしまう。

俺は仕方なく、気分転換に散歩に出る事にした。


こっそりと寮を抜け出し、さてどちらへ行こうかと辺りを見廻す。この半月の間、霊術院の寮で暮らし

てはいたが、殆どの時間を書庫で過ごしていた俺は瀞霊廷の中は不案内も甚だしかった。

だから必然的に目的地のない徘徊となってしまう。それも面白くないな、そう思ったその時、ふと何

かに呼ばれたような気配がした。 《 気 》 が巽の方角に引き付けられる。

何かがある? いや、何かがいるのだろうか? 自然と胸の高まりを覚え、迷うことなく足を進めた。





俺が辿り付いた先は廻りを桜の林でぐるりと囲まれた草原だった。

春の時期独特の朧月が淡い光で照らしているその空間はまるで別世界の様で、俺の心を鎮めてく

れるような気がして、暫らく此処で休んで行こうと決めた。うってつけのように鎮座している巨石に飛

び乗って胡坐をかき、静かな月を見ているうちに少しずつ心が和いでくる。

(・・・・・死神の任務は命がけのものだ、皆、自分の精一杯で頑張ってるんだ、俺も一年後の事は考

えず、今自分が会得出来る事に努力するしかないよな・・・)

今までの迷いを吹っ切るように決心した俺の背後に、何者かが近づいて来る気配を感じた。

敵意は全く感じられず、逆に何故か胸がドキドキと鼓動を早める。一体俺はどうしたんだろうと、内心

の焦りを感じたその時、はんなりとした声が掛けられた。

「こんばんは、ええ月夜やね」

ゆっくりと振り向いた俺の視線の先に、月の雫の様に美しい男が立っていた。



世の中にこんな綺麗な男がいるなんて、今の今まで思ってもみなかった。

すらりとした丈高い体躯、長い手足、まっすぐな銀の髪。頭の天辺から爪先まで光の粒子で出来て

いるような見事さに感嘆した俺は暫らく無遠慮に相手を眺めていたことに気が付き、はっとして慌て

て侘びをいれ、その場を後にしようとしたのだが、驚いたことに、その相手から一緒に月見をしよう

と引き止められたのだった。



それから暫しの間、二人並んで庭石に座り、ただ黙って月を眺めた。−−−いや、本当は月その物

より、自分の横で月を眺めている男に見惚れていたのだ。自分でも礼に反する行為だと解かってい

たが、どうしても視線が向いてしまうのを止められない。だが、何故か相手も俺が視線を外すのを待

ちかねた様にこちらに目を転じてくるのが不思議だった。

そんな事を何度も繰り返しているうちに、遂に互いの視線がかち合ってしまった。

「・・・・・ほんま綺麗なお月さんやね」

慌てる素振りなど少しもみせず、ゆったりとした動作で当り前のように言われた言葉に吊られる様に

俺の口からもぽろりと感情がこぼれ出てしまった。

「−−−−−あんたの方が綺麗だ」

云ってしまってから流石に気恥ずかしくなり、急いでその場を去ろうとした俺の手首を信じられない

程の素早さで男が掴み、驚くべき告白をしてきた。


男は俺に恋をしたのだという。

そしていつか、自分のことを『特別』だと思える日がきたら、俺に自分を迎えにきて欲しいと頼んでき

た。

俺の両肩を掴み、必死で頼むその男の瞳が薄青緑なのに、この時初めて気が付いた。


−−−恋−−−

こんな綺麗な男がこの俺に恋・・・。

驚きはしたがその言葉を疑おうとは思わなかった。この目の前の男は真実を話していると確信出来

たからだ。

そして、今、俺の魂を揺さぶっている思い、男に告白されて初めて気付いた。この胸の動揺の訳。


−−−俺もこの男に恋をしている。

この男のことが好きなのだという想い。

・・・・・何事にも執着心がなくて、感情が希薄なのだと思っていたこの俺が、恋を、ほんの少し前ま

で存在すら知らなかった相手を愛しているなんて!

ああでも、全ての迷いが吹き飛んでいくのを感じる。・・・俺はお前を愛していると俺に気付かせてく

れたお前の為になんでもしよう。

「必ず来る。−−−なるべく早く、迎えに来る。・・・・・だからお前は何も心配せずに安心して待って

いろ」

そう云い置くと瞬歩を使ってその場を後にした。

心が、身体が、生身を感じぬ程に軽かった。


−−−俺はこの夜、長きに渡る死神としての生の中に、正しく生き甲斐を見い出したのだった。



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