初恋 ( 最初の恋 そして 最後の恋 )
「どうぞ、今日からこちらのお部屋をお使い下さい」
真央霊術院の事務官らしき男に案内されるまま襖を開けたその部屋は、到底入学したての院生
に貸与されるべきでない豪華さで、俺は不覚にも不快感を露にしてその男に喰って掛かった。
「特別扱いは止めてくれ! 俺は皆と同じ相部屋で構わない」
俺の八つ当たりをまともに受けてしまったその男は一瞬たじろぎ数歩後方に下がったが、元から
責任感が強いのであろう、なんとかその場で踏みとどまり、ゴクリと唾を飲み込んでから教え諭
す様に俺に語りかけた。
「・・・ご無礼を承知で申し上げますが、貴方は『特別』なのです。・・・・・本来ならこの霊術院で学
ぶべき事はもう無い程の力をすでにお持ちなのです。−−戦闘に携わるだけなら、恐らく護廷隊
の副隊長でも貴方には適わないかもしれません。・・・そんな貴方と一体誰が相部屋になどなれる
でしょう?」
「・・・・・・・」
つまり俺に個室を与えるのは俺自身の為で無く、他の院生を守る為の処置という事か、しかし!
「俺が個室なのは了解するがそれにしてもこんな広くて立派な部屋はいらない。俺一人で住むの
に続き部屋まであるなんてどうかしてる」
六畳一間で充分なのにと、再び睨み付ければ、困ったように嘆息された。
「・・・護廷隊の未来の隊長に粗末な部屋を宛がうのは真央霊術院の名折れです」
( -----隊長になんてなるもんか! )
内心で舌を出し、これ以上この男にごねても仕方ないと判断した俺は草鞋を脱いでその部屋に足
を踏み入れた。
十二畳の畳の部屋が二つあるその部屋は、驚くべきことに風呂や厠まで付いていて、心底俺を唖
然とさせた。その呆れ顔を別の意味に取ったらしい男は慌てて取り付くろうように説明してくる。
「あの、ご心配には及びません。このお部屋は日番谷様が授業に出ておられる間に係りの者がき
ちんと掃除をいたします。もちろん、風呂や厠もちゃんと・・・」
長々と続きそうな説明を俺は手を振って止めた。・・・ったく俺のプライバシーはどうなるってんだ!
部屋を出るときは鍵を掛ける代わりに結界を張る事を心に決めて、俺は床の間の二本の柱の内
の一本を指さした。
それは見事な一対の黒檀の柱の右側に、小刀で付けた様な傷跡が何故か目に飛び込んできた
からだった。
「なんか彫ってあるな。・・・市・・・・・丸・・・ギ・・・ン・・・・・人の名か?」
振り返って確認した俺に、男は幾分顔色を悪くして応えた。
「は、はい。・・・もう何十年も前になりますが、以前この部屋をお使いだった方が戯れに彫られた
ものでして、あの、お気に障るようでしたら柱を取替えさせていただきますが・・・」
あくまでこちらの顔色を伺おうとする男に、その必要はないと告げると明らかにホッとした表情を見
せた。それはまぁ当然の反応だろうな。床の間の柱を取り替えるなんて簡単には出来ない事だし
それ以前に黒檀は貴重で高価だ。それを解かっててこんなマネをしたとしたらその『市丸』とかは
ロクな奴じゃねぇ。
「それでは私はこれで下がらせて頂きます。何かございましたらご遠慮なくお声をお掛け下さい」
「ああ・・・お疲れさん。−−−ありがとう」
礼儀として角を取って謝意を告げると、どうした事が男の顔が赤く染まった。
「・・・あ、あの、い、市丸様のことですが・・・」
「うん?」
「この部屋で一年お過ごしになられた後に五番隊に入隊され、即、三席におなりになられました」
「へぇ〜〜っ」
「今は三番隊の隊長を務めておいでです」
( なんだと! )
自慢気に言われた言葉に対して、眉間に皺が寄ったのが自分でも解かったが、どうすることも出
来ず、「失礼いたいます」と退出して行く男の背を黙って見送った。−−ったく、そんな男が隊長を
務める護廷隊なんてロクなものじゃない。
霊力を持て余し、その力が善い方向に活かせるならと死神としての道を選んだ事を俺は早くも後
悔した。−−いや、弱音を吐くならその後悔は今日の朝からずっと続いているのだ。
俺はそれまで背に負っていた氷輪丸を壁に立て掛けると、手入れの行き届いた畳に寝転がり、慌
しかった一日を振り返った。
真央霊術院の試験会場は未来の死神を夢みる老若男女でごった返していた。
そんな中、氷輪丸を背に負って現れた俺はちょっとした騒動を引き起こしてしまった。
「おい、そこの小僧、ダメじゃないか、試験会場に刀なんて持ち込んじゃ!」
受付に向かう途中で試験管の一人らしい死神に叱責された俺は渋々その男に向き直った。
「すみません。でも、これは俺の斬魄刀だから置いてくる訳にはいかなかったんです」
「斬魄刀? 何を馬鹿な事を言うんだ。まだ死神ですらないくせに! いいからその刀をこちらに
寄越せ。それが嫌なら試験は受けられないと思え!」
その横柄な態度にむっとする。−−−これは後から雛森に聞いた話だが、霊術院へ入学するの
は簡単な事ではなく、例え在学中優秀な成績を収めていたとしても必ずしも護廷隊に入隊出来る
とは限らないのだそうだ。だから試験官としてこの日会場にいる死神は席官でない平隊員でさえ
受験者からは憧れと尊敬の目で見られるのだと言う。俺と応対した男もそんな視線を受けて気が
大きくなっていたのだろう。
問答無用とばかりに、危うく氷輪丸を取り上げられそうになった俺は慌てた。
「待ってくれ。本当なんだ」
こうなっては論より証拠と、仕方なく俺は氷輪丸の柄を少し引き上げて念じる。
「−−−氷輪丸!」
たちまち冷気がそして霊気が溢れ、俺の周りを取り囲む。そして翼を広げた龍がその姿を現した。
「あ、・・・あ・・・・あぁ・・・ば、卍解!」
「はぁ? 何言ってんだあんた」
大した開放ではなかった筈なのに、それを身近で感じた死神は腰を抜かしたように蹲り、動けなく
なったらしい。
「おい、大丈夫か?」
流石に心配になって声を掛けた俺の耳にバタバタと走りよる数人の足音が聞こえた。
「・・・・・なんなんだ一体?」
あっという間に殺気も露に俺を取り囲み、斬魄刀を抜いた死神達を睨み返す。
その中の一人が警戒しながら俺に近づき告げた。
「抵抗するな。大人しく連行しろ!」
その言葉に呆れ果てた俺はありったけの肺活量で叫んだ。
「ふざけんな! 俺はただの受験生だ!」
その後の事はもう思い出したくも無い程に喧騒な騒ぎだった。
無理やり連行されたのが牢屋ではなく、立派な家具が置かれた部屋だったのは幸いかも知れな
いが俺はその部屋で半日近く、軟禁状態に置かれてしまった。
最初は腹を立てて流魂街の家に帰ろうとしたが、この部屋から一歩でも外に出れば霊術院の入
学を許可しないと脅され、出された食事の美味さに少し感動し、退屈であろうからと差し入れされ
た本の面白さに夢中になっていた俺は、将来住むであろう瀞霊廷の最深部である中央四十六室
で、自分自身が議題に上げられ、激論が飛び交っていようなどとは夢にも思っていなかったのだ。
「・・・・・ばあちゃん、心配してなきゃいいけどな・・・」
窓から見える夕焼け雲にぽつりと呟く。と、部屋のドアがノックされ、思わず背筋を正してしまいそ
うな位重厚な声が問うてきた。
「失礼してよろしいかな?」
「は、はい。 どうぞ!」
ソファから立ち上がった俺の前に現れたのは太い杖を手にした老人だった。
もちろん只者でないのは直ぐにわかった。例え、その人が死覇装の上に純白の羽織を纏っていな
かったとしてもそれは同じだったろう。
「日番谷冬獅郎殿じゃな・・・。わしの名は山本元柳斎と申す。−−−護廷隊の総隊長を務めてお
る」
「・・・・・お名前だけは存じています。・・・この俺に何用でしょうか?」
相手の目を真っ直ぐ見て聞いてみた。俺はまどろっこしいのは性に合わない。何より思わぬ大物
の登場に驚きよりも好奇心が勝る。元からこうゆうやり取りは嫌いじゃない。
山本総隊長はふむ・・・と頷くと俺に腰を降ろすように薦め、自身もソファに身を委ねると、これは面
接試験であると告げてきた。
「−−面接試験・・・ですか?・・・・・ あなたのお眼鏡に適った場合、又、適わなかった場合、俺
の処遇はどうなるんです?」
俺の質問は総隊長を少し驚かせたようだったが、こちらの真剣さは充分に伝わったらしく、ゆっくり
と頷き慈しみが感じられる程の声で告げられたのは、到底信じられないような内容だった。
「日番谷冬獅郎、お主の霊術院の入学はすでに決定致しておる」
「・・・あ、ありがとうございます!」
ひとまずホッとして肩の力を抜く。 良かった。 これでばあちゃんと雛森を安心させてやれる。
「そして一年後の卒業も決まっておる」
「−−−はぁ? って、霊術院は確か六年制じゃ・・・」
「飛び級での卒業は過去にいくつか例がある。・・・一年で卒業した者も前例がおる」
「・・・そうですか」
とにかく霊術院を卒業すれば死神への道が開ける。安心した俺の頭の上にとんでも無い言葉が
がつんと落ちてきたのは次の瞬間だった。
「問題は隊長職が勤まるかどうかであったが、ふむ、知力、胆力、人となりにはまったく欠点はな
いようじゃな。・・・むしろ、お主の幼さを考慮すれば抜きん出ていると言っても過言ではあるまい。
−−気に入った! 後一つ憂慮されるは人を動かす経験であろうがそれはおいおい身に付くであ
ろうからな」
一人でふむふむと納得している総隊長を目の前にして、俺の頭の中は真っ白だった。
( このジジイは今何と言った? )
「あ、あのぅ・・・隊長職って、誰が・・・?」
「もちろん、お主じゃ」
「ふざけんな! 糞ジジイ!」
満足気に返された応えにブチ切れた俺は、拳を震わせて本日二度目の罵声を吐き出したのだっ
た。
そして今に至るという訳だ。
本来の合格発表は十日後で、入学式はその五日後だと聞かされた。そしてその半月の間何故か
流魂街へ帰る事は許されず、ばあちゃんの元へは護廷隊の方からその旨知らせが行くと教えら
れた。納得はいかないが、承諾するしかなかった。どのみち霊術院に入学してしまえば、決められ
た休みの日しか家に帰れないのは雛森を見て解かっていたことだ。
しかし本当に嵐の様な一日だった。
俺は霊術院に入学を許可された喜びと、近い将来に隊長に抜擢するという護廷隊の突飛な決断
に揺さぶられ、精神的には疲労困憊だった。
そして、その止めが『市丸ギン』という訳である。
「・・・マジ、護廷隊ってヤバイんじぁねぇか?」
誰にともなく呟いた俺は、目を閉じるとほぼ同時に深い眠りの淵へと誘われていったのだった。
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