「―――この方とですか?」

神崎の挑戦的な視線を真っ向から受けて、日番谷が藍染に問う。

「うん。神崎君は五番隊の九席なんだけど、斬術だけなら我が隊の五本の指に入るよ」

穏やかだが、毅然とした藍染の言葉に日番谷も心を決めた。

「それならばお願いします」

神崎に頭を下げる日番谷を見て、見所に座っていた青年が立ち上がった。

「では僕が審判を勤めましょう」

「よろしく頼むよ。吉良君」

その青年・・・吉良は藍染に頷くと日番谷に向き直った。

「防具を着けるなら用意しますよ?」

「防具はいりません。それと竹刀ではなく、木刀での勝負として頂きたいのです」

「―――防具無しで、しかも木刀でですか」

それは少し危険過ぎないだろうかと吉良は危惧した。

剣の達人ともなれば木刀で相手を突き殺すことは充分可能だ。そして神崎はそれに足る実力を

持ち合わせているのだ。

吉良は迷うように神崎を見やれば、相変わらず不敵な笑みを浮かべたまま顎を杓って見せた。

「俺は構いませんよ。但し木刀だと手加減が難しくなりますけどいいんですかね?」

ちらりと藍染を伺いながらそう云うのに、日番谷はむっとした。

「手加減なんていりません! 俺もあなたに手加減なんてしませんから」

小さな身体を力ませる日番谷に、道場の中に軽い笑いが零れる。

いくら稀代の天才児と評判が高いとはいえ、ここにいる殆どの者達は日番谷が神崎に勝てると

は思っていなかったのだ。 



道場の中央に広く場所を取り、二人は相対した。

「互いに霊圧の解放は無きものとする。では、始め!」

吉良の掛け声と共に神崎は木刀を正眼に構え、日番谷は八双に構えた。

それを目にした藍染は『おや?』と思った。

数年前まで現世で暮らしていた少年が、現代の剣道の試合では使われなくなって久しいであろ

う構えを取ったからだった。

八双は剣の柄を自分の顔面のやや右に位置させる構えであり、一対一ではなく、多数の敵と戦

う時に視界を広くする為に用いられる場合があるのだが、非常に攻撃的な構えであると同時に

防御にはまったく不向きであった。

それ故、よほどの上級者でなければまず使うことがない力業といえたのだ。

(・・・これはおもしろいものが見られるかもしれないな)

藍染が内心でほくそえんだその時、裂帛の気合を発して神崎が得意の突きを仕掛けた。

大柄な身体から繰り出された壮絶な一撃を、だが、日番谷は事も無げにかわして見せた。

「―――!」

流石に神崎も、打ち込んだその場所から二、三歩で踏みとどまり、日番谷の反撃に備えて即座

に身体の向きを変えた。その次の瞬間、中断に構え直していた神崎の木刀を日番谷のそれが

叩いた。

『ぱん!』という鋭く、短い音が聞こえ、それとほぼ同時に日番谷は神崎の左腕を打っていた。

神崎の切り折れた木刀の破片が宙を舞い、やがて道場中の隅に落下するのを見届けた皆が一

斉に声を上げた為、道場の中は途端にざわめいた。

そして吉良の凛とした声が響いた。

「それまで!」

皆が木刀の破片から慌てて視線を戻せば、そこに左の手首を押さえて蹲っている神崎と、その

神崎を静かに見下ろしている日番谷が居た。

「良い勝負だったね。・・・神崎君、大丈夫かい?」

何時の間にか見所から降りて近付いて来た藍染が二人の間に立つ。

「・・・っ。大丈夫っす」

額に汗を浮かべながら、唸るように低く返答した神崎に軽く頷き、日番谷を見据える。

「日番谷君、少し質問して良いだろうか?」

「はい。なんでしょうか?」

「君は現世で剣を学んでいたのだろう? もし差し支えなければその流派の名を教えて欲しいん

だ」

「えっ!」

藍染にそう云われ、この日初めて日番谷の中に動揺が走り抜けた。

「――――俺の流派の名・・・ですか?」

「うん。是非知りたいんだ。何故なら霊術院でも八双の構えは教えるだろうが、試合の場でそれ

を使わせることはしない筈だからね」

「・・・・・・・」

藍染の言葉に日番谷は俯き、何故か顔を赤らめ始めた。

「勿論無理にとはいわないよ。でも君は今、木刀で木刀を切った。『折る』のではなく、間違いなく

『切った』んだ。それだけ見事な腕前を一体どこで身に着けたのかと思ってね」

そう云われ、日番谷はゴクンと唾を飲み込んで口を開いた。

「・・・・・剣は祖父から学びました。・・・流派の名は――流です」

肝心なところで小声になってしまった日番谷に藍染は僅かに眉を寄せた。

「ごめんよ。よく聞こえなかった。もう一度頼むよ」

日番谷はとうとう覚悟を決めたかのように、顔を朱に染め、拳を握りしめて叫んだ。

「俺の流派の名は『無敵流』です!」

道場に響いた日番谷の大音声に、その場にいた者達は度肝を抜かれた。

そして暫しの間を置いて、くすくすという小波のような小さな笑いがあちこちで起こる。

日番谷の手練の素晴しさを認めても、よりにもよって無敵流などという流派があるなど俄かには

信じがたいのだ。

日番谷自身、幾度となくからかわれることがあった為、あえて流派の名を人前に出すことは慎ん

でいたのだった。

だが藍染だけは我が意を得たりと微笑んだ。

「そうか。無敵流なんだね。・・・違っていたら済まないがもしかして日番谷家の家紋は[蔭日向二

つ巴(かげひなたふたつどもえ)]なんじゃないかな?」

「そうです。その通りです。――あなたは無敵流をご存知なんですか!」

「名前だけは何度か耳にしたよ。戦国の乱世に生まれた剣法で、一人で大勢の敵に立ち向かう

為に考案された一撃必殺の剣だとね。でも正直なところ現代にその伝承者が残っているとは思

っていなかったが」

それを聞いた途端、日番谷の大きな碧の瞳から涙が零れ、ぽたぱたと道場の床を濡らした。

「・・・俺が・・・・・俺が最後の伝承者でした。―――俺の両親は俺がまだ小さい時に亡くなって、

祖父が一人で俺を育ててくれて・・・その祖父の無念を思うと・・・・・」

日番谷は袖でぐいっと涙を拭って続けた。

「・・・俺は本当は現世で虚になりかけたんです。でも俺をこの尸魂界に送ってくれた死神がすご

く優しい人で、想いを残して執着してはいけないって、人の心を失って恐ろしいバケモノになって

しまうからと諭してくれたんです」

「そうだったのか」

現世での実習で実際に虚を見た時、あんなモノに成り果てなくて良かったと心底安堵した日番

谷は、いつか自分を魂葬してくれた死神を探し出して礼を述べたいと願っていた。

「でもやはり未練は残してしまったのか、流魂街に来た時に俺の髪と瞳は本来の色を失っていま

した」

現世での日番谷は髪も瞳も黒に近い茶色だったのだ。

「その程度ですんで良かったと考えるべきだろうね。君程霊圧が高ければ末はメノスグランデ、

いやもしかすればヴァストローデとなっていたかもしれない。その死神は随分とお手柄だったね」

藍染は苦笑し、そして表情を改めた。

「例え現世で潰えたとしても、この尸魂界で伝えていけばいいんじゃないかな」

「・・・えっ?」

きょとんとする日番谷に、藍染はその見る者を魅了するはしばみ色の双眸で告げた。

「君の今の試合を見て、弟子入りしたいと思う者がきっと何人もいるよ」

その言葉を待ちかねていたかのように、わっと人の輪が日番谷を取り囲んだ。

皆、口々に自分に斬術を教えてくれと請うてくる。

と、突然、日番谷は空中高く抱き上げられた。

「わっ! あ、あんたナニすんだ」

見下ろせば、先程自分が打ちのめした神崎が、片手一本で日番谷の胴を支えて持ち上げてい

る。小柄な少年の身体とはいえ、大した豪腕だと云わざるを得ないだろう。

「降ろせ。降ろせったら」

もがく日番谷に、神崎は長めの髪を後で束ねた顔で相変わらず不敵に笑っている。

その顔が思いがけなく若いことに日番谷は少し驚いた。

「あんたスゲェ! 惚れたぜ。―――この俺があんたの一番弟子だ! 承知してくれないならこ

のまま降ろさねぇ」

入門希望に脅しが混じるなどガラが悪いとしか云えないが、日番谷は自分の負けを潔く認めた

神崎の気風の良さを好ましく感じた。

「判った。判ったから降ろせ。ってか、あんた早く治療しろよ。痣になってるじゃないか」

生まれて初めての『門人』に照れを見せる日番谷に、人垣の輪はさらに深まったのだった。

その様子を少し離れて眺めながら藍染が吉良を横目で見る。

「君が日番谷君と立ち会ったら果たしてどういう結果だったろうね」

「おそらく負けていたでしょうね。僕が彼と立ち会っても三本に一本取れるかどうか・・・」

「おやおや我が隊の三席ともあろう者がご謙遜だ」

淡々とした吉良に藍染は片眉を上げて見せた。

「――――でも・・・」

「ん?」

「真剣での勝負であれば僕が勝ちます」

なんの力みもない自然体の発言に藍染の口角が上がる。

「よく云った。その通りだよ。・・・日番谷君には実践の経験が殆ど無い。彼はまだ虚も人も切った

ことが無いからね」

「ええ。ですが、斬術は十年修行して果たしてどうか、というものです。日番谷君があの年であれ

だけの技を体得しているのはやはり恐ろしい才能でしょう」

「うん。人間というのはつくづく不思議な生き物だね。他の者が十年掛りで得るものをたった一年

でものにする者がいるんだから」

感慨深く呟けば、丁度日番谷を囲んでの騒動が漸く治まりをみせ、一同が隊長である藍染を振

り返った。

「弟子が沢山出来たみたいだね」

「はい」

嬉しそうに頬を紅潮させている日番谷に昂然と告げる。

「彼らに君の剣を伝えると良い。―――そしてその内この尸魂界に生まれるだろう君の子にも」

「―――! お、俺の子!」

この瞬間、日番谷の中に新たな希望の灯が宿った。

そしてこの五番隊に入隊したこと、なかでも取り分け藍染を隊長に持つことが出来た喜びに打ち

震えたのだった。


                                                 続く

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五番隊編 3