五番隊編 4
日番谷を取り囲む輪はなかなか緩もうとしなかった。
驚愕の事実を目の前で見せ付けられた者は、誰もが一時的とはいえ興奮状態になるもので
あり、それは死神としての修行を長年に渡り積んだ隊士達とて同じだった。
やむなく日番谷は藍染の許しを得て、自分に教授を請う一人一人に稽古を着けることとなって
しまい、およそ一刻の時を道場で過ごした。
それから一旦は隊舎に戻り、茶をご馳走になった後、鬼道と白打の修練場を見学し終わる頃
にはとっぷりと秋の日が暮れていたのだった。
「今日は本当にありがとうございました!」
五番隊舎前で心からの礼を述べる日番谷に、藍染は温和に微笑んだ。
「こちらこそ礼を云わなければならない位だよ、日番谷君。君のお蔭で五番隊の隊士達はより
一層鍛練に身が入ることだろうからね」
「そんな・・・」
謙遜気味に俯きながらも、嬉しさが頬を紅潮させる日番谷に、藍染はそれと判らぬ程に口角を
上げる。
「―――どうだろう・・・いっそ来年の卒業を待たずに今すぐ五番隊へ入隊しないかい?」
「えっ!」
「君はもう霊術院で学ぶことは殆どないのじゃないかい? 気を悪くしたなら謝るが、正直教
官の方々も君を持て余しているのだろう?」
「そ、それはそうかもしれませんが・・・でも本当に卒業させてもらえるのでしょうか?」
「おそらく霊術院の方に否はないだろう。後は総隊長が首を縦に振ってくれさえすれば良い。
そちらは私が上手くやると約束するよ」
「ほ、本当ですか!」
思わず日番谷は藍染の白い羽織の袖を握り締めて叫んだ。
信じられないような幸運が自分を包みこんでいるようだった。
「君に異存がないのなら明日にでも一番隊へ出向いて手続きをしよう」
この上なく優しい笑顔を向ける藍染に日番谷は夢中で頷いたのだった。
(五番隊に入隊すれば俺は上位席官として市丸と同じ部屋で仕事が出来る! いつでも市丸
の側にいることが出来るんだ!)
天にも登る心地で藍染に別れを告げ、日番谷は霊術院への帰路に付いた。
そしてその晩は嬉しさと興奮の余り一睡も出来ずに朝を迎えた。
そんな日番谷が晴れて正式な隊士として五番隊の門を潜ったのは、それから十日後の事だっ
た。
五番隊舎の中庭に整然と並んでいる隊士達を目にし、日番谷はゴクリと喉を上下させた。
二百五十名からなる一隊を目の当たりにして、流石に緊張し、思わず拳を握り締める。
「日番谷君、此方へ」
「はい」
隊長である藍染に即され、その横に並んだ日番谷に、皆の目が一斉に吸い寄せられた。
日番谷はこの十日間、毎日五番隊の道場へ足を運んでいたが、死神は原則として交代勤務
が義務づけられており、従って隊士達の中には今日初めて日番谷の姿を見た者も多い。
院生の制服を脱ぎ、小さな身体に誂えた死覇装を纏った日番谷にこの場の全ての者の視線
が集中した。
「本日、我が五番隊は望外の幸運を得た。ここに居る日番谷三席を皆に紹介しよう」
「日番谷冬獅郎です。よろしくお願い致します!」
藍染の言葉に続いて挨拶をした日番谷が綺麗な礼をするや、居並ぶ隊士達がそれに習った。
「日番谷君は暫らくの間、吉良君に付いて仕事を覚えると良いだろう。吉良君、頼んだよ。私
はこれから一番隊へ報告に行って来る」
「かしこまりました」
日番谷の紹介が終わり、皆が解散した後、自分の背後に控えていた吉良に日番谷を託した
藍染は二人を残して歩み去った。
「暫らくの間、僕が君を指導することになるだろう。判らないことがあったら遠慮無く何でも聞い
て良いからね」
育ちの良さを匂わせて優しく微笑む吉良に、日番谷はペコリと頭を下げる。
「よろしくご指導下さい」
「そんなに畏まらなくて良いんだよ。君は僕と同じこの五番隊の三席なんだから」
「いえ、ですが、吉良・・・さんは俺の先輩ですから」
「君は礼儀正しいね。一応云っておくけど、僕のことは呼び捨てにしても構わないよ。それでは
まず執務室の方に行こうか」
「はい。・・・あ、あのぅ・・・・・」
「うん? なんだい?」
「市丸・・・副隊長は今どちらにおいでなのでしょう?」
自分が五番隊に通っていた十日間の間、一度も市丸の姿を目にすることがなく、流石に今日
は会えるだろうと期待していたが、それも叶わなかった為、日番谷は市丸の行方が気になっ
てならなかった。
「市丸副隊長は任務で現世に降りておいでだよ」
吉良の応えは日番谷を驚かせた。
「―――現世、ですか! そ、それは長期の任務なのでしょうか?」
「いや、昨日受けた報告によれば早ければ明日くらいにはこちらに戻られる予定だよ」
「明日! あぁ、良かった・・・」
ホッと小さな息を吐いた日番谷に、吉良は珍しくクスリと笑った。
「君はあの人のことが本当に好きなんだね」
「えっ! い、いえ、それは・・・」
慌てて取り繕うとする日番谷に吉良は「いいんだよ」と頷いた。
「僕にとってもあの方は大切な人だから」
「・・・・・・・」
この時の、静かな決心を秘めたような吉良の横顔が、いつまでも日番谷の脳裏に残ったのだ
った。
「市丸副隊長、こちらの始末は全て終わりました」
「おおきに雛森ちゃん。ご苦労様やったね。疲れたやろう?」
「いえ、私なんかより市丸副隊長の方こそ・・・」
市丸と雛森が会話しているのは現世のとある山中だった。
「今回の討伐は足の速い虚ばかりで思いの他手こずってしもたなぁ。皆も早く瀞霊廷に帰りた
いやろう。今夜一晩様子を見て明日の朝には撤収しよう。そう伝えてや」
西に沈もうとしている太陽を見詰めてそう云う市丸に「はい」と返事をした後、雛森はおずおず
と申し出た。
「あのう市丸副隊長・・・」
「ん? なんやの?」
「先程の定期連絡の中に、今日日番谷君が五番隊に正式に入隊したという知らせがありまし
たよね」
「・・・・・うん。あったね」
「日番谷君。きっと一刻も早く市丸副隊長に会いたいと思ってますよ」
「・・・さぁ、どうやろうねぇ」
苦笑を浮かべる市丸に雛森はここぞとばかりに詰め寄った。
「今回の現世任務はほぼ終了しています。明日の朝の確認作業及び帰還に付いては私でも
充分に指揮が取れます。ですから市丸副隊長はもう瀞霊廷にお戻り下さい」
「雛森ちゃん」
「日番谷君はあなたのことを心配して、そして心細く思っているでしょう。早く戻って安心させて
上げて下さい」
相手の身になって考えられるのは雛森の何よりの美点なのだと市丸はかねがね思っており、
その度に雛森に対して尊敬にも近い念を抱いてきたが、今度もまた驚かされた。
「日番谷君は天才児だと云われてすけど、心は普通の男の子なのでしょう? だったら大人達
ばかりのところに交わるのは中々大変な筈です。だから早く帰って上げて下さい。あなたの顔
を見れば日番谷君はきっと凄く安心すると思います」
「―――おおきに、雛森ちゃん。君はホンマにええ娘やね。そんなに云うてくれるんならお言
葉に甘えさせてもらうわ」
「はい!」
「でも報告書の作成や事後処理に関してはボクの責任やからね。ボクの仕事まで取ったらア
カンよ」
冗談めかした市丸に雛森は満開の花のような笑顔で元気に返事をしたのだった。
続く
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