五番隊編  九

日番谷は女性達から向けられているであろう非難の眼差しと、これから発せられるであろう批

判の声を予測して、慌てて俯き、肩を竦めた。そしてそれと同時に唇をギュっと噛み締める。

だが、暫らく経っても鋭い声は聞こえてはこず、辺りは賑やかな明るい喧騒のみである。

(・・・・・・・?)

自分の予想と異なる事態に、恐る恐る顔を上げれば、正面に市丸の真紅の美しい瞳が映る。

「なぁ。ボクの云うた通りやろ? 余計な心配はいらんねん。・・・分ったら早よう着物を脱ぎや」

「・・・ぁ」

そう云われ、思い切って脱衣所の周囲を見渡せば、どの女性達も笑みを浮かべて自分を見て

いるのだ。

「・・・お、俺、本当にここに居ても大丈夫なのか?」

穏やかな雰囲気に気を削がれたような気持ちで確認すれば、もう殆どの衣服を落としていた市

丸がはんなりと微笑む。

「当たり前やん。・・・死神は成長に個人差があるし、外見だけでは年齢も分らんやろ。せやさ

かい下の毛が生えるまでは男湯でも女湯でも好きな方のお風呂に入ってええんやで」

(・・・・・・・し、下の毛って・・・)

そう説明されても尚、日番谷は女湯に入るのは恥ずかしかった。しかし事、ここに至って今更

駄々をこねて市丸に呆れられるのはもっと嫌だった。

意を決して着ている物を脱いだ日番谷の背を市丸は優しく即して、二人は湯殿へと足を向けた

のだった。



調度食事時と重なっているというのに、湯殿は結構込んでいた。

広い浴槽を囲むようにして、いくつかのグループに分かれた女性隊士達が愉しそうに談笑して

いる裸身が目に映ると、気恥ずかしさの余り、頬が赤らむのを自覚し、下半身を隠した手拭いを

小さな拳で握り締める。

罹り湯で身体を流し、湯船に使った日番谷は漸くホッと息を吐き、自分の横にいる市丸を見詰

めた。

「んん? どうしたん? ナニか言いたげやね」

「・・・あ、いや・・・・・。その・・・俺、今日は女湯に入れてもらったけど、明日からは男湯の方に

入るから・・・」

「ええっ。なんでそないなことを云うん?」

今のうちにキチンと自分の意思を伝えておこうと思い、そう口を開いた日番谷に、市丸は明ら

かに落胆して見せたのだ。

「なんでって、護廷の決まり事の中では許されても、俺自身が納得いかないからに決まってる

だろ」

自分はもう子供ではないのだと暗にアピールする日番谷に市丸は意味深に哂った。

「そんなのはキミの役得やん」

「―――!」

「ボクなんか上半分は女の子やけど、下半分はオトコやで。でもここにいる誰もボクを咎めたり

せえへんやろ?」

「それはそうだけど・・・」

日番谷の中では市丸は完璧に女性であった為、少し慌ててしまう。

「現に女の子達はキミのことをちっとも非難してへんやん。ラッキーなことやて思って目の保養

をさせてもろたらええよ」

「そ、そんなっ!」

なにを言い出すのかと声を上げれば、市丸の繊細な指が一本、日番谷の唇に当てられる。

「公共の場で大声はアカンよ。ほら、落ち着いて周りをよく見てごらん。どの子も内心ではキミ

に興味深々なんやで」

(――――えっ?)

思いがけぬ言葉にざっと周囲を見渡せば、あからさまではないものの、無礼にならないライン

のギリギリで幾つもの視線が自分に向けられている気配を感じる。

しかもその『気』には負の感情が微塵もなく、好奇心や興味、あるいは純粋に好意と云い得て

しまえるものが大半なのだ。

(何故だ? どうして?)

訳が判らず混乱する日番谷の耳元で市丸がそっと囁いた。

「冬獅郎、キミは綺麗や」

「・・・っ」

「キミは綺麗で可愛い。女の子はみんな、綺麗で可愛いものが大好きなんや」

からかっているとは思えない真摯な雰囲気の中でそう云われ、日番谷は耳まで赤く染まる。

自分は男なのだから、本当は綺麗や可愛いではなく、カッコイイと云って欲しい。―――でも、

大好きな市丸が自分のことを認めて褒めてくれるのならば、それでも嬉しかった。

「なぁ、冬獅郎。前にボクと交わした約束、憶えてるやろか?」

しっとりとした声音に日番谷ははっきりと頷く。

約束とは勿論、日番谷が五番隊に入隊する際に市丸と交わした情事のことだ。

市丸は日番谷が自分の隊に来てくれるのならば身体を繋いでも良いと確約したのだ。

「キミがボクとの約束を守って五番隊に入隊してくれたんは、ほんまに嬉しい。せやさかい、ボ

クもキミとの約束を早く果たしたいと思うとる」

その艶っぽい内容に、日番谷はゴクンと唾を飲み込んだ。

まさかこんな場所でキワドイ話が出ようとは全く思っていなかったせいで、心臓までがバクバク

と音をたて始めた。

「でも、その前に冬獅郎・・・・・・・」

「・・・・・?」

なにかを言いよどみ、ジッと自分を見つめる市丸の真紅の瞳が揺らいでいく。それを目にした

日番谷の碧の瞳もまた微かに揺れ動く。

(―――俺の何がこの人を迷わせているんだ?)

市丸の真相には触れられないまでも、何がしかの不安定さを敏感に感じ取った日番谷は、そっ

と小さな手を伸ばし、市丸の腕に軽く触れた。

「俺に伝えたいとこがあるならちゃんと云ってくれ。どんなことでも受け止めてみせる!」

凛とした気迫に、市丸はホゥっと吐息をつく。

「キミはほんまに漢前やな。・・・うん。あのな、正直に云うとボクはキミとの初夜が不安なんや」

「・・・えっ!」

余りにも意外な返事に日番谷はつい高い声を上げてしまい、慌てて両手で口を押さえた。

「・・・ボクな、こないな身体やろ。キミを失望させへんかと心配なんや」

「――! そんなこと・・・」

あるものか! と続けようとした日番谷は市丸の憂いを含んだ瞳に二の句を飲み込んでしまう

「キミが女の子との情事に長けていれば・・・ううん、せめて何度かそういう経験があればボクも

ずっと気が楽なんやけどなぁ」

「そ、それは・・・」

迫真に迫った市丸の演技に日番谷はうっと詰まる。

実のところ、日番谷とて本心を云えば不安要素はヤマのように抱えていたのだ。

それを増長させたのが、今日の査察の最中にずっと聞かされ続けていた神崎達の猥談だった

彼らはそれぞれ自分の初体験の失敗談を面白おかしく話していたのだが、詰まる所、そういう

過ちを犯さない為には経験豊富な年上に手解きしてもらうのが一番だということだった。

「なぁ冬獅郎、キミ、この中でこの娘ええなぁという子はおらんの?」

「・・・えっ?」

突然の話題の転換に日番谷はキョトンとなる。

「キミさえ望めばここにいる誰でも優しくキミに女の子の身体のこと教えてくれるはずやで」

「そんなっ! からかうのはよせよ」

子供の姿をしている自分がそんな風にもてる訳はないと日番谷は口を尖らせたが、市丸は微

笑んで首を振る。

「ほんまのことやで。なぁよく周りを見てごらん。皆、キミに声を掛けて欲しくてそわそわしてる。

お風呂場は基本、無礼講の場所やけど、それでも下位の者からは上司に声は掛け辛いから

なぁ」

そこまで云われれば、頑なに俯いているのが却って恥ずかしくなり、日番谷は不自然にならな

い程度に顔を上げ、辺りをゆっくりと見渡した。

ほんの少し首を巡らしただけだというのに、何人もの女性達と目が合い、その殆どの者が日番

谷に対して嬉しそうに会釈したり、微笑みかけたりしてくるのだ。そうされてみて改めて自分達

が遠巻きにではあるが注目の的になっていたのだと気付かされる。

「どう? キミが可愛えなぁと思う娘はおる?」

「えっ、いや・・・」

「おらんの? おかしいなぁそんな筈はないんやけど・・・。五番隊は護廷隊の中でも女の子の

レベルが高いので有名なんやで」

がっかりしたような市丸の態度に、これではまるで自分が異性に興味が無いまるっきりの子供

のようだと感じた日番谷は少々ムキになり、浸かっていた湯船から立ち上がり、湯船の淵に腰

掛けて、今度は真剣に女の子の品定めをする。

すると程なくして一人の少女に日番谷の目が釘付けになった。

その少女はほっそりと華奢な肢体に黒目勝ちな大きな瞳をし、漆黒の長めの髪を肩に流して

仲間達と愉しそうに談笑している。

「・・・・・あの人・・・」

「うん? どの子?」

市丸も湯船の淵に腰掛けなおし、日番谷が遠慮がちにそっと指差した方向を見る。」

「・・・あの小柄で長い黒髪の人、・・・可愛いと思う」

頬を染め、呟くようにそう云う日番谷に、市丸は得たりと内心笑みを深めた。

「あぁ。雛森ちゃんやね」

「・・・あの人の名前、雛森っていうのか? 初めて見る人だけど・・・」

「うん。雛森桃ちゃんや。あの子は今日まで現世に赴いていたからキミとはまだ面識が無いん

やね」

「そうか」

「雛森ちゃんはあないに可愛い容姿やけど、この五番隊の七席やで。女の子の中では最上位

や」

「それは凄いな」

本気で感心している日番谷の肩を市丸が優しく抱き寄せた。

「雛森ちゃんはボクの大のお気に入りや! あの子に目を付けるなんて、流石ボクの冬獅郎、

見る目があるわ!」

それを聞き、市丸に褒められることが至上の歓びである日番谷は、嬉しさで胸を高鳴らせる。

と、そんな日番谷に構うことなく、なんと市丸は少し離れた場所に居る雛森に向かって大きな

声を掛けた。

「雛森ちゃん! ここへおいで!」

手を振って呼びかけた市丸にすぐに気付いた雛森は「はい」と頷く。

(えええええ〜〜〜〜っ! 嘘だろ!)

日番谷の内心の絶叫も知らず、声を掛けられた雛森はにっこり笑って仲間の元を離れ、此方

にやって来たのである。



「雛森ちゃん、彼が日番谷冬獅郎クンやよ。この度、正式に我が隊の三席として入隊を果たし

たんや」

湯船に腰掛けたまま、市丸が簡潔に日番谷を紹介する。

「はい。お噂はかねがね伺っておりました。雛森桃と申します。どうぞ宜しくお願い致します!」

手拭いで胸を隠してはいるが、それでも至近距離で裸身の女性に正面に立たれてしまった日

番谷は、焦りながらも「こちらこそよろしく」と返すのが精一杯だ。

「雛森ちゃんは冬獅郎の横にお座り。ボク達とおしゃべりしよう」

「はい。日番谷三席、失礼いたします」

(えええええ〜〜〜〜っ!)

二度目の絶叫を放った日番谷の横に雛森は躊躇なく腰掛ける。そしてすっと前を覆っていた手

拭いを下に落としたのである。

途端に雛森のすべてがあからさまに日番谷の目に曝された。

白くて張りのある瑞々しい肌。薄桃色の先端を持つ小ぶりだが形の良い双の乳房。可愛いヘ

ソの下の可愛い茂み。

思わず目が吸い寄せられ、ガン見したい衝動を必死に堪え、日番谷は慌てて視線を逸らす。

その様子に市丸はクスリと哂った。

「冬獅郎はほんまにお行儀がええなぁ」

「・・・・・っ。なにを・・・」

「雛森ちゃんはな、キミに自分の身体を見られるのがイヤやったら、キミの隣に腰掛けたりはせ

んよ。なぁ、そうやろ?」

話を振られた雛森はにっこりと頷く。

「この子の性癖はちょっと変わっててな、好きな相手に自分の恥ずかしい場所を見せたがるん

よ」

「―――! そんなの嘘だろ!」」

突然の生々しい話に日番谷は市丸の言葉を否定したが、意外なことに当の本人である雛森が

それを肯定した。

「本当のことですよ。日番谷さま。・・・私、少し変態が入っているのかもしれません。でも別に露

出狂という訳ではなくて、あくまで好きになった方の前でだけですし、全裸で隊舎内を歩いたり

はしませんので、どうかご安心下さい」

大いに茶目っ気を含んだ応えに、市丸は高い声を上げて笑い。日番谷も戸惑いながらもはに

かむ。

今、自分の目の前にいる相手は、外見こそは『少女』だが、その実、何十年という年月を生き

ている者なのだと、痛感する。そして雛森の内面が成熟した大人の女性であることは日番谷に

雛森に対しての好意を強めさせた。

やはり市丸との情事をつつがなく過ごすには、手解きをしてくれる大人の女性が自分に必要な

のではなかろうか。そう真剣に思えてきた。

「冬獅郎。雛森ちゃんは面白い子やろ」

「あぁ。そうだな」

「雛森ちゃんが気に入ったんなら頑張って口説いてごらん」

「・・・えっ!」

「護廷隊では気に入った子の部屋へ夜這いを掛けるんは暗黙の了解ごとや。・・・雛森ちゃん

の方から『今夜お部屋に来て下さい』って言わせればベストやけど、キミが『今夜部屋へ行って

も良いか』って訊いて、雛森ちゃんが『はい』って返事してくれたら万々歳やで」

「・・・・・・」

自分を焚き付けるようにそう云う市丸に対し、なんと応えてよいかと日番谷は戸惑った。

そんな日番谷に、市丸は雛森が抜けた後、こちらをチラチラと見ているグループの方を指差し、

「ボクはあそこにいる子達とちょっとお話してくるわ」と言い置くと、日番谷と雛森を二人きりにし

て向こうに行ってしまったのだった。



                                                   続く

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