五番隊編 八
湯殿での騒動から一夜明けた次の日、秋の涼やかな風が舞い込む執務室で、日番谷は自隊
の副隊長である市丸から、本日の業務についての指示を受けていた。
「流魂街への視察?」
「うん。そうや。冬獅郎はこの五番隊の三席になったんやから、護廷の任務については熟知し
とかなアカン。流魂街にはこの五番隊の詰め所が何箇所かあるよって、これから暫らくの間は
毎日違う詰め所に赴いて視察を行ってきて欲しいんよ」
「わかった。・・・いえ、判りました」
慌てて敬語を使う日番谷に、市丸は優しく微笑んで、「キミが同行させたいと思う隊士を何人
か選んでええよ」と伝える。
そう云われた日番谷は、すぐさま書類の整理をしている吉良の方に視線を向けたが、それに
気付いた市丸は軽く首を横に振った。
「あぁ、ゴメンな。イズルはダメなんよ。ここでボクのお仕事を手伝ってもらわんとあかんのや」
「・・・・・そうなんですか」
途端にしょんぼりとした日番谷を目にした市丸は、僅かな間にこの鋭利な感性を持つ少年の
信頼を得たらしい吉良イズルに対して、流石だと唇の端をかすかに上げる。
「だったら、関さんでもいいですか?」
気を取り直して、良いことに気付いたとばかりに明るい顔で聞いてくる日番谷に、市丸も今度
は深く頷く。
「うん。関クンな。勿論ええよ。けどあの子もウチへ来て日が浅いよって、もう何人か・・・」
そう云い掛けた市丸の言葉を遮るように、神崎が椅子をガタンと倒して立ち上がった。
「はいっ! はい! 俺が同行します!」
元気よく手を挙げてそう云うのに、市丸はクスリと苦笑し、日番谷は軽く眉を寄せた。
「・・・お前かよ」
「なんでそんなイヤそうな顔すんですか? 俺はあんたの可愛い愛弟子でしょう!」
「―――うっ」
愛弟子とまで云われ、日番谷はぐっと詰まった。
確かに神崎を自分の門弟と認めてはいたが、可愛いかどうかには全く自信がない。
「・・・関さんに変なちょっかいを出さねぇんなら良いけど」
仕方なくそう云うと神崎は満面の笑顔で何度もコクコクと頷いた。
「大丈夫ですって! あんたの前では良い子にしてますから」
「・・・・・・・・・」
(俺の前では、って、・・・俺が見てないトコならナニする気だ!)
ツッコミたいのを堪え、結局日番谷は関と神崎、そしてその他二名の無役の死神を引き攣れ、
流魂街への視察へと向かうこととなった。
隊長である藍染に挨拶を済まし、五人が執務室を出ようとした際、市丸が神崎に意味深な視
線を送り、神崎がそれに応えるように、精悍な表情で小さく頷いたことに日番谷は気付かなか
った。
それから暫くし、現世任務に付いていた雛森が隊士達を引き連れて帰還した。
「お帰り雛森ちゃん。さぞ疲れたやろう。ご苦労さんやったね」
自分を一足先にこの瀞霊廷に戻す為に、虚の討伐の後始末を全て引き受けてくれた可憐な
少女に対して、市丸は心からの労いの言葉を掛ける。
「いえ、そんな。たいしたことではありません」
雛森は嬉しそうにはにかんだ。
「書類はボクが仕上げるよって、キミは休んでええよ。討伐隊に参加した皆にもお休みをあげ
てな」
「はい。ありがとうございます」
「うん。それとな、雛森ちゃんにちょっとお話があるんやけど・・・」
「はい?」
市丸は内緒のお話やねん。と笑い、人気のない応接室へと彼女を誘ったのだった。
「日番谷以下四名、流魂街の視察からただいま戻りました」
夕闇の迫った隊主室で日番谷が藍染に帰還の旨を告げると、温和な声が応えた。
「お疲れ様だったね。何か問題は無かったかい?」
「はい。今日赴いた先では此処最近は虚の出現も無く、落ち着いた状況でした」
年に似合わぬ聡明さを示すように、はきはきと返答する日番谷に藍染も目を細める。
「うん。それは喜ばしいことだね。明日も違う場所に行くことになると思うけれどしっかり頼むよ」
「はい! お任せ下さい!」
藍染に心酔し始めている日番谷は、藍染の期待に報いようと張り切って声を上げた。
しかし、実際のところは視察などと銘打ってはいるものの、その内容たるや緊張感のかけらも
感じられない任務だったと、日番谷は今日一日を振り返って思っていた。
まず、出発の際に、時間の無駄だからと詰め所まで瞬歩を使おうと提案した日番谷に、神崎は
呆れたように云ったのだ。
『戦闘でもないのに体力のいる技なんて使うのはおかしいでしょう? スピードだって個人差
の激しいものだし、第一こっちの二人は瞬歩を使うことが出来ませんよ』
『えっ! そうなのか?』
神崎が親指で指差さした二人を見ると、両名共申し訳なさそうにもじもじと身体を小さくしてい
る。
『誰にでも自分と同じことが出来ると思っちゃダメですよ。あんたは特別の更に上の特別なん
すからね』
『・・・うっ・・・・・』
教え諭すようにそう云われると、確かに、自分が庇護すべき目下の者に対して思いやりを欠い
たかもしれないと、日番谷は素直に反省した。
そしてその後は、雑談に興じる神崎と二人の隊士を黙認する形でゆっくりとした歩調での行動
となったのだが、およそその三人が話す内容たるや、ほぼ猥談に終始し、お年頃である日番
谷は聞こえてない風を装いながらも耳はダンボと化していた。
日番谷の少し斜め後を歩く関だけがそんな日番谷を気遣い、時折後の三人に『いい加減にし
ろ』とばかりの非難の眼差しを送っていたのだった。
日番谷が隊主室で藍染と語らっていた調度その時、執務室の片隅で市丸と神崎がひそひそ
と囁きを交わしていた。
「それで首尾の方はどうやったん?」
「細工は流々、仕上げをごろうじろ、ってトコですかね。日番谷さんは見かけは餓鬼だけど、中
身はもう一人前になりかけですからね。手解きしてくれるという女が自分の好みなら間違いな
く断らないと思いますよ」
「ふぅん」
「それにあんたを相手にした時に恥をかきたくないって気持ちも強いみたいっすね」
「・・・・・・・」
「市丸さん、想われてますね」
「茶かすんわヤメてや。まぁ、今日はご苦労さんやったね」
「慰労の言葉なんていりませんから、例の約束、ちゃんと守ってくさいよ」
昨夜遅くのことだが、神崎の部屋を訪ねた市丸は神崎に密約を提案したのだった。
「わかっとるとよ。ボクが三番隊に隊長として赴くその時は、キミと関クンも連れていく。そして
今後一切二人を別々の隊に配属させることはせえへん。・・・これでええんやろ?」
「ええ。よろしく頼みます。・・・でも日番谷さんはあんたに惚れ切ってるってのに、あんたの方
はその日番谷さんの目を他の女に向けさせたいと思ってるなんて、ちょっと日番谷さんに同情
するなぁ」
肩を竦めて見せる神崎に、市丸は僅かに目を伏せただけだった。
「冬獅郎、今日の分の書類の提出は終わったん?」
「はい」
終業を知らせる鐘がなり、自分に近づいて来る市丸の姿を目の淵に捉えた時から、日番谷の
胸は高鳴っていた。
「ボクも今日は残業はなしや。良かったら、また一緒にご飯を食べてお風呂に入る?」
「はい! 是非っ!」
喜色満面の笑みを見せる日番谷に、市丸は「ほな、行こか」と、食堂に誘った。
そして昨夜と同じように愉しく食事を済ませ、二人は着替えを取りに一旦別れ、昨日と同じ場
所で待ち合わせた。
違ったのは、昨日と同じ様に自分と一緒に男湯に入るとばかり思っていた市丸の足が、女湯
の方に向けられたことだった。
しかも、さりげなくではあるものの、今まで自分の腰に廻されていた市丸の腕を嬉しく思ってい
た日番谷の背を強い力で押しながら、とんでもないことを口走ったのだ。
「冬獅郎、今夜はボクと一緒に女湯の方に入ろうな」
「えっ? ええっ! じょ、冗談だろう?」
驚きのあまり敬語を使うのも忘れ、日番谷は大慌てで市丸の腕の中から逃れようと試みる。
だが、すでに隊長の実力を有している市丸が、自分の腕の中に囲った獲物を逃す筈もない。
「冗談やないよ。大丈夫やって、心配しな。護廷ではキミはまだ子供の範疇なんやから女湯の
方に入ったかて何も問題はない。むしろ女の子達も喜んでキミのこと歓迎してくれるわ」
「そ、そんなことあるもんか〜〜〜っ!」
絶叫しながら必死の抵抗を示す日番谷を難なく押さえながら、市丸は悠然と女湯の暖簾を潜
り、脱衣所へと続く扉を開けて先に進んで行く。
「やめろ、放せ! 放せったら!」
漸く足を止めた市丸は、暴れまくる日番谷の耳元に唇を寄せて呟くように云う。
「冬獅郎、こんな所で暴れたりしたらそれこそキミはお子様やと皆に思われてしまうよ」
その言葉にハッとして動きを止め、恐る恐る回りを見渡した日番谷の目に、幾人もの女性隊士
達の裸体が飛び込んできたのだった。
続く
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