五番隊編 七
揺ぎ無い決心を宿した日番谷の瞳を見て、市丸は胸の奥底がキンと痛んだ。
市丸は今だ全てを日番谷に語ってはいない。
日番谷はこのままずっと市丸と同じ隊に居られると思っているだろうが、現実はそうではないの
だ。
いずれそう遠くない時期に市丸はこの五番隊を去り、三番隊の隊主として純白の羽織を纏う事
になる。―――日番谷をこの五番隊に残して・・・。
その時の日番谷の心情を察すると眉間に皺が寄りそうになり、市丸は慌ててその考えを頭の
中から取り去った。
そして、来るべき時が来るまでは、いくら案じても仕方が無いのだと己に言い聞かせる。
「キミの気持ちはよう判ったわ。ほんまにおおきにな。・・・そしたら冬獅郎、風邪を引かんうちに
お風呂に入ろうか」
「あぁ」
市丸に自分の想いを受け入れて貰えたのだと思った日番谷は明るい返事を返した。
夕食を終えた直後のこの時間、湯殿の中は大勢の隊士で賑わっていた。
湯に浸かる為、結構な込み具合の洗い場を抜けて行く途中で、市丸は急に足を止め、日番谷
の腕を掴んでその歩みを制した。
「・・・あの子はまた・・・・・。しょうがないなぁ・・・。冬獅郎、堪忍やけど、ちょっここでと待っとって
や」
「えっ?」
自分を引き止めた市丸の意図が判らず、日番谷は大きな碧の瞳で市丸を見上げたが、市丸は
それに構わず、進路を変えて歩を進めた。
市丸が向かったのは人気の少ない洗い場の片隅だった。
そこには二人の青年が身を寄せ合って小声で何かを語りあっていた。
その二人の内の大柄な方が神崎だというのは、遠目からでも日番谷にもすぐに判った。
並外れた優れた体格と特徴的な長い髪を後で束ねているので、間違えようがないのだ。
その神崎の手がもう一人の青年の股間に差し込まれているのを目にし、日番谷はカッと頬を紅
潮させた。
「お前が五番隊に来て、どんなに俺が喜んだと思う? これからはこの俺が側に付いてお前の
ことを護ってやるからな」
「・・・・・お気持ちはありがたいと思っています。ですがお願いですからこの様な場所では控えて
下さい」
耳に吹き込まれる熱い息と、なにより陽物を握り込んでいる大きな手に恥辱を覚え、青年が身
じろぐ。
「だったら今夜お前の部屋へ行く。いいだろ?」
「―――それは・・・」
青年が言葉を濁したその時、市丸の手が、後に束ねられている神崎の髪を思いっきりひっぱっ
た。
「――っ! 誰だ! いきなりナニしやがる!」
怒声を上げて後を振り向いた神崎は、半眼となっている市丸の顔を見て、ギョッとした。
「ゲッ! い、市丸副隊長っ!」
「人の顔見てナニがゲッや」
いきなりの遣り取りに、神崎の横にいた青年もハッとして顔を上げる。
「あ、いや、そのぉ・・・・・。いえ、相変わらずイイ乳ですよね」
慌てるあまり、支離滅裂なことを言う神崎に市丸は嘆息したが、その一部始終を離れた所から
見ていていた日番谷は、神崎の横にいた青年の顔を見て、「あっ!」と声を上げた。
「キミが関くんのことを好きなのは知っとるよ。でもな無理強いはアカンって、この間云うたハズ
やで」
少し咎めるようにそう告げる市丸に、神崎はポリポリと首の後ろを掻いた。
「参ったなぁ・・・。あんたは最近女湯の方ばかり行っているみたいだから油断しましたよ」
悪びれなく、返って開き直って苦笑いする神崎に、市丸は眉を寄せた。
「関くんが藍染隊長のお気に入りやいうことはキミも知ってるやろ。その子の出世の邪魔をする
気なんか?」
「まさか。そんなつもりはありませんよ。今回のことは内密に頼みます。俺が気に入らなかったら
暫らく営倉にでも放り込んでくれて結構ですから。・・・けど、俺は本当に直登のことが好きなん
です。こいつのことを諦めたりはしませんから」
きっぱりと決意を述べる神崎に、市丸は再び嘆息しそうになったが、その時、息せき切って日番
谷がやって来た。
日番谷は神崎と市丸を間を縫って、不安げな表情をしている関直登の前に立ち、声を掛けた。
「俺のことを覚えていますか?」
「えっ!」
突然現れた日番谷に、関は面食らって目を瞬いた。
「髪の色と瞳の色が変わってしまったから判りませんか? でも、俺はしっかりと覚えています。
あなたに間違いありません。現世で死んで迷いそうになった俺の魂を救って、魂葬してくれたの
はあなたです!」
一気にそう云った日番谷に、最初は唖然としていた関だったが、次第にその端正な顔に笑みが
広がった。
「・・・・・私のことを憶えていて下さったんですね」
「勿論です。いつかきっとあなたを探し出してお礼を云いたいとずっと思っていました。あの節は
本当にありがとうございました!」
はきはきと応え、最後にペコリと頭を下げた日番谷に、関は嬉しそうに頬を染めた。
―――――これが後に十番隊の隊主となる日番谷冬獅郎と、その彼を陰日向なく支える副隊
長となる関直登の再会だった。
「・・・えっ? なんだよ、直登。お前、日番谷さんのこと知ってたのか。そんなこと一言も云わな
かったじゃねぇか」
「すみません。まさか日番谷さまが私などのことを憶えておいでとは思わなくて・・・」
驚く神崎に対して、恥らうように関が面を伏せる。
「そうだったんや。関くんが冬獅郎を助けてくれたんやね。これはボクからもお礼を云わせてもら
うわ。ほんまにおおきにな」
「そんな。滅相もありません。私はただ死神としての使命を全うしたにすぎませんから・・・」
副隊長である市丸に過剰に評価されたと思った関は、慌てて首を振ったが、市丸は柔らかくそ
れを否定した。
「そうやないやろ。虚に成り掛けた冬獅郎を説得するんは並大抵のことやなかった筈やで。キミ
のお手柄はボクから藍染隊長にちゃんと伝えておくからな」
「是非よろしくお願いします!」
関が口を開くより先に、神崎が大きな声で応える。
「こいつの斬術や鬼道のセンスはイマイチですが、交渉術は結構なものだと思うんスよね。藍
染さんにはそこのところの評価を期待してますから」
「・・・・・キミはほんまに調子のええ子やね」
「ええ。ついでにこいつが俺と付き合っても良いというお許しが貰えれば最高なんスけど」
「それはムシが良すぎというものやろ」
呆れる市丸に、「云うだけ云ってみて下さいよ〜〜〜」と神崎は食い下がった。
だが、鉄槌は意外なところから堕ちてきた。
「――――神崎・・・」
「なんですか、日番谷さん」
「今度その人に無理強いしたら、お前、破門だからな」
「ええ〜〜〜〜っ! そ、そんな〜〜〜っ!」
大の男の情け無い叫びが五番隊の湯殿の中に響き渡ったのだった。
続く
激裏TOP 6へ 8へ