五番隊編 六
「止せって! ダメだったら!」
突如聞こえてきた悲鳴のような声に、脱衣所にいた数人の隊士達は何事かと振り返った。
その視線の先に、ずるずると日番谷を引きずったままの市丸が現れたのだ。
「市丸副隊長・・・」
一番近くにいた男が驚いて声を掛ければ、市丸は常と変わらぬ涼しい表情で応えた。
「ボク、今日はこっちのお風呂に入れてもらうわ。ええよね?」
その市丸の言葉にその場にいた隊士達全員がドッと沸き立つ。
「勿論です!」
「何時だって大歓迎だって前から云ってるじゃないですか!」
喜色満面な男達を前に、市丸の腰にしがみついたままの日番谷は相変わらず焦りまくってい
る。
「あ、あんた気でも違ったのか? なんで男湯なんかに入るんだ!」
「なんでって、ボクは半分男やからね」
「・・・・・・・・・・・えっ?」
何でもないことのように告げられても日番谷は咄嗟にその意味を理解出来なかった。ただ唖
然として市丸の腰に廻していた自分の腕を解き、一歩退いて市丸の顔をまじまじと見詰めるの
みだ。
「ほら、冬獅郎、キミも早う着物を脱ぎ」
そんな日番谷を促しながら、市丸は好奇な視線の中で躊躇なく死覇装を脱ぎはじめる。
あっという間に袴を落とし、肌襦袢を取り去ると、中から真珠のような光沢のある素肌が現れ
た。
その瞬間、大きくはないが歓声のような声が彼方此方から上がる。
市丸はそれに構う事無く、見事な乳房を露にしたまま再度日番谷を振り返った。
「ほら、ナニやっとるん。早う脱ぎって云うてるやん」
だが日番谷は顔を真っ赤にしたまま硬直している。
「仕方の無い子やね。置いていくえ?」
市丸は微苦笑を漏らし、とうとう最後の一枚を取り去った。
(――――――!)
その瞬間、一糸纏わぬ市丸の全裸が日番谷の前に曝された。
日番谷は我が目が信じられなかった。まるで時間が止まったかのような錯覚の中、瞬きすら
忘れて市丸の身体を凝視する。
ややあって、擦れたような呟きが日番谷の口から漏れでた。
「・・・あ、あんた・・・・・」
「うん。そう。ボクな、半陰陽なんや」
驚愕の表情を浮かべている日番谷に対し、市丸はあっさりと肯定を返す。
「いきなり驚かせて堪忍な。・・・ボクと一緒にお風呂に入るのが嫌なら後で時間をずらしてもう
一度ここに来たらええよ。どないする?」
そう云われ、ハッとなった日番谷は慌てて死覇装を脱ぎ、市丸が使っている横の脱衣籠の中
にそれらを押し込めた。
「ほな、いこか」
「う、うん・・・」
身につけていた物を全て脱ぎ、手拭いだけを手に持ち、依然として顔を真っ赤にしたまま日番
谷はたどたどしい足取りで市丸の後に従ったのだった。
二人が去った脱衣所では男達が暫しの眼福に酔いしれながら言葉を交わしている。
「相変わらずイイ乳だよなぁ。市丸副隊長」
「乳だけじゃくてケツも良いよな」
「おう! 本物の女じゃなくても一度お願いしたいぜ」
「お前じゃ無理無理」
「なんだとこの野郎!」
「俺、もう一遍風呂に入ろうかな」
「あっ、俺もそうしよう」
流石に一隊の風呂場となるとその規模はそこいらの温泉施設にも牽けをとらない広さがある。
その風呂場の入口で、街中の銭湯などとは比較にならない光景に目を奪われているらしい日
番谷に市丸が囁いた。
「滑らないように気を付けるんよ。・・・あぁ、そこの洗い場が空いてるわ。こっちにおいで冬獅
郎」
日番谷は市丸に指し示されて人形のようにその後を付いていくのみだった。
椅子に腰掛けさせられ、背に湯を流されてから、初めて夢から覚めたような心持ちで市丸の
顔を見上げる。
それに苦笑を返して市丸は小さく吐息を吐いた。
「驚かせてしもうてほんまに堪忍な。キミはボクのこと、女やて思い込んでいたやろ?」
「・・・・・うん」
「ボクな、キミのこと騙してしもうた」
「・・・っ」
「キミがボクのこと女やと思い込んでいるのを知りながらその誤解を解かへんかった」
「ど、どうしてだ?」
大きな碧の瞳が心に与えた衝撃を物語るように揺れているのを見て市丸の心も痛んだ。
「ボクはどうしてもキミをこの五番隊に迎えたかった。でも、ありのままの自分を曝してキミにボ
クを受け入れてもらえる自信がなかったんや」
それを聞いた途端、日番谷の瞳に彼本来の強い光が戻ってきた。
ありのままの自分を受け入れてもらえる自信がないということは、市丸も自身の肉体に関して
辛い思いをしているのだと受け取ったのだ。
「もうボクのこと嫌いになってしもうたやろ?」
力ない微笑みに日番谷は強く首を振った。
「そんなことない! 絶対にない!」
「でもボクはこんな身体やし、キミのこと騙したし・・・」
「あんたは俺に嘘をついた訳じゃないし、俺は騙されたなんて思ってない。あんたはただ云え
なかっただけだ。それにあんたが男だろと女だろうとそんなことは関係ない!」
「冬獅郎・・・」
驚きのあまり真紅の瞳を見開いた市丸に日番谷は尚も言い募った。
「俺はあんた程綺麗な人は見たことない。―――俺はあんたのことが今でも好きなんだ!」
頬を紅潮させて一息に心情を激白した日番谷は真摯な眼差しでヒタと市丸を見据えた。
一方の市丸は意外な成り行きに珍しく心を掻き乱していた。
自分が半陰陽であると明かせば日番谷が自分に失望し、場合によっては一波乱あるのでは
ないかという予測は完全に外れてしまったのだ。
日番谷は市丸を責めるどころか、ありのままの姿を曝した市丸を綺麗だと賞賛し、そして今ま
でと変わらず好意を持っているのだと告白した。
(・・・・・なんかボク、自分に都合のええ夢を見ているみたいや)
頭の隅でそう自分を揶揄しながらも、身体の奥底から込み上げてくるこの熱い感情は間違い
なく『感動』と呼べるものだった。
(―――アカン。このボクが絆されてしまいそうや)
恋愛に関しては百戦錬磨だと自負する自分がこんな子供に・・・。
そう思いながらも心が歓びに震えている。
市丸はコクンと息を飲み込み、用心深い程の慎重さでもう一度小さな声で尋ねた。
「・・・ほんまに冬獅郎はボクのことが好きなん?」
「あぁ。俺はあんたのことが本当に好きだ」
還ってきたのはあまりにもきっぱりした応えだった。
続く
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