五番隊編  十二

日番谷が雛森と甘い時間を過ごしている調度その時、同じ五番隊舎の上位席官の一室で二

人の男が低い声で言い争いを続けていた。

「神崎さん、今日のあなたの日番谷さまに対する態度は一体何事ですか! あんな下世話

な話を上官の前でするなんて無礼にも程があるでしょう!」

「・・・直登、まぁ・・・そう怒るなって」

優しい顔立ちに不似合いな関の激しい口調は、彼の憤慨ぶりを充分相手に伝えていたが、

神崎の方はやれやれと苦笑してみせるのみだ。

「これは訳ありのことなんだよ」

「・・・・・訳あり? それは何のことです?」

食い下がる関に神崎は渋々と話始める。

「詳しくは云えねぇ。だが、依頼主は市丸さんだ」

「ええっ!」

愕然とする関に神崎は諭すように話を続けた。

「直登、よく聞け。市丸さんは近く三番隊の隊長になる。その時、俺達二人もあの人について

三番隊に移籍するんだ」

「ど、どうしてそんな・・・」

あまりの話の成り行きに呆然となる関の肩を、神崎ががっしりと抱き締めた。

「いいか直登、お前はこの五番隊にいてもこれ以上の昇進は望めねぇ。何故ならこの隊は護

廷隊の中でももっとも層が厚い部隊だからだ」

「・・・・・・・」

「この五番隊が現在護廷隊の中で最強なのは全ての隊士が認めてる。それは市丸さんがい

て、事実上は隊長が二人居るのと同じだからだ。そしてそこに日番谷さんが加わった。あの

人は今はまだ三席だが、もうすでに副隊長を勤めるだけの力量がある。例え、市丸さんと吉

良が抜けても五隊は問題なく機能するだろう。何より、ここの上位席官は粒ぞろいだ」

「・・・・・・・・・・」

黙り込んでしまった関に、神崎は優しい視線を向けた。

「直登、俺はお前が護廷隊での栄達を強く希望していることを知っている。私欲の少ないお

前がこんなにも頑張るのはきっと何か事情があるんだろうが、それはあえて聞かねぇ。俺と

一緒に三番隊に行こう。お前はこの俺がずっと護ってやる!」

神崎の想いの篭もった言葉に、関は黙ったまま目をを閉じ、そして小さく頷いたのだった。





(女の子という種族はどうしてこう集団で風呂に行くんだろう?)

湯殿へ向かう廊下を歩きながら日番谷は嘆息した。

雛森と逢瀬を過ごしてから十日余りの日が経っていた。その間、日番谷は何度か雛森の部

屋を訪れ、公私共に充実した日々を送っていたのだが、そんな日番谷を唯一悩ませている

のが毎日の入浴だった。

何しろ男風呂に入ろうとする度に女性隊士達の集団に遭遇し、半ば拉致のような有様で女

湯に連れ込まれてしまうのだ。

抵抗しようにも、相手は一人や二人ではなく必ず五人以上の集団でいる為に、狭い廊下で

振り切れないまま担がれるようにして連れ込まれてしまう。

神崎あたりに云わせると『羨まし過ぎる状況』だそうだが、正直なところ目のやり場に困って

リラックス出来ないのが実情なのだ。

(今日こそは絶対に男湯に入ってのんびりと寛ぎたい!)

かなり切実な願いを胸に日番谷は素早く男風呂の暖簾を潜った。そしてそこに思いがけない

人物を目にし、瞳を輝かせた。

「・・・あっ! 市丸・・・副隊長!」

喜びに溢れる日番谷の声に着物を脱ぎ終えたばかりの市丸がはんなりと微笑んだ。

「おや。冬獅郎、今日は女の子達に拉致られんで済んだみたいやね」

少しだけからかいを含んだ声音に近くにいた隊士達が軽い笑い声を起てる。

「う・・・うん」

頬を赤らめた日番谷がキュと可愛らしく唇を噛み締めると、市丸がすっと右手を差し出した。

「早う着物を脱ぎ。ボクと一緒にお風呂に入ろうな」

優しく小首をかしげる市丸の仕草に心拍数を上げた日番谷は「うん!」と力強く頷き、手早く

着物を脱ぎ捨てたのだった。



「・・・・・ふぅ。ええお湯やね」

「うん。・・・あ、あの・・・」

「ん? どうかしたん?」

一緒に湯船に浸かりながら、日番谷はタイミングを見計らって話しを切り出した。

「・・・俺、雛森に女の子のこと色々教わったんだ」

「そうみたいやね。良かったなぁ」

「・・・ん。そ、それで、あの・・・もう、大丈夫だと思うから、あんたの都合の良い日に部屋を訪

れたいと思うんだ」

たどたどしくも、自分の気持ちをきっぱりと告げた日番谷を市丸の紅い瞳がじっと見詰める。

数秒後、市丸はにっこりと口角を上げて頷いた。

「そうやね。そしたら明後日はどうやろうか? ボク、その日なら特に予定も無いんやけど」

「明後日だな! 判った!」

思わず湯船から立ち上がった日番谷が大きな声で叫ぶと、その声に驚いた数人が何事か

と視線を向ける。

「・・・あっ!」

しまったとばかりに自分の口に両手を当てる日番谷に、市丸はくすくすと笑い声を起てたの

だった。


 


「雛森! 雛森っ!」

「冬獅郎さま。どうなさいました?」

翌日の昼休み、息を弾ませながら自分に駆け寄って来た日番谷に、雛森は大きな黒い瞳を

見開いた。

「雛森、教えて欲しいことがあるんだ」

「はい? なんでしょう?」

「女の人ってどんな物を貰ったら嬉しいんだ?」

「えっ?」

「例えばその・・・綺麗な着物とか、髪に飾る物とかを贈られたら嬉しいんじゃないか?」

照れているのだろう、目線を落としてそう尋ねる日番谷に、雛森はあぁ、と思い当たる。

「冬獅郎さまは市丸副隊長に贈り物をなさりたいのですね」

朗らかに訊かれて、日番谷はコクンと頷く。

「俺、明日の夜にあの人の部屋に行くんだ。だからその時にあの人が喜んでくれそうな物を

何か持って行きたいと思って・・・」

「まぁ・・・!」

日番谷の優しい気遣いに、雛森は自分の胸がぽっと温かくなるのを自覚した。

市丸は日番谷の心を雛森に向けさせたいと策を弄しているが、日番谷自身はただ一心に

初恋の人を想っているのだ。

「そうですね。それでは今日の業務が終わったら私が買い物にご一緒しましょうか?」

「えっ、良いのか? 一緒に行ってくれるのか?」

碧の瞳が嬉しそうに煌くのを見て、雛森もはいと微笑む。

二人が待ち合わせの時間と場所を決めて分かれると、それを待っていたかのように、雛森の

背後に人影が現れた。

「ひ〜な〜も〜り〜ちゃ〜〜〜ん」

「きゃあぁぁぁ〜〜〜っ!」

突然の低い声音に雛森が飛び上がった。

「い、市丸副隊長! 驚かさないで下さいっ」

何の気配もなくいきなり現れた市丸に、雛森は慌てて振り向いた。

「・・・・・ボク、冬獅郎と約束してしもうた。・・・せざるをえんかった」

「・・・はぁ」

「冬獅郎は君に夢中やないの?」

「私の努力不足を責めておいでならそれは了見が違います。冬獅郎さまの中では私はあくま

で『練習相手』なんですから」

自分のことをはっきりと練習相手だと言い切る雛森に、市丸は溜息を吐く。

「こうなったらお覚悟を決めて下さい。どの道避けては通れませんよ」

可憐で華奢な美少女が腰に手を当てて姉のような口調でそう云うのに対し、市丸はもう一

度深い溜息を吐き出したのだった。



                                                 続く


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