第六話
「さてと・・・キミも起きたことやし、ボクはお暇しよかな」
書類を死覇装の袂に仕舞って立ち上がった市丸に、日番谷は眉を寄せて切ない声を出した。
「・・・・・もう、帰ってしまうのか・・・?」
勿論市丸が何時までも此処に居られる筈がないのは重々承知していたが、それでも別れ難
かったのだ。
凛とした中にも子供らしいあどけない可愛らしさが混在する日番谷の貌に、憂いが混じれば堪
らなく人を惹き付けるモノとなる。そしてそれは市丸とて例外ではなかった。
(―――あぁ。そんな顔されたら堪らんなぁ・・・)
内心の苦笑を押し隠して提案する。
「そうやねぇ・・・。ボクも霊術院に来るんは久ぶりやし、どうせなら冬獅郎と一緒に晩ご飯を頂
いてから帰ろうか。ここの食堂の名物のおばちゃんは元気でおるんやろかなぁ」
懐かしさを漂わせてわざと軽い調子で云った市丸の言葉に、日番谷はぱっと明るい表情を取
り戻したのだった。
夕飯時の食堂は大勢の生徒と職員とで込み合っていたが、仲良く並んで食堂に入って来た
二人連れを目にした人々の間で忽ちざわめきが起こった。
元々尸魂界でも銀の髪は珍しいのだが、それが二人揃っている上にその内の一人はこの学
園きっての有名人で、もう一人は皆が入隊を熱望している護廷隊の副隊長とくれば当然の反
応だった。
「・・・なぁ、あの人、腕に副官証着けてるよな? ってことはもしかして副隊長なのか?」
「あっ! 俺、知ってる! 五番隊の市丸さんだ」
「スゲぇ! 護廷の隊長格をこんな近くで初めて見た」
そこかしこで興奮気味の声が上がっているのにも頓着せず、市丸は忙しく立ち働いている割
烹着姿の女性に気安く話し掛けた。
「おばちゃん、久しぶりやね。元気やった?」
「あら、まぁ!」
自分を見て目を輝かせた老齢の女性ににっこりと笑い、指を二本指し示す。
「お薦め定食を二つお願いするわ。ご飯は大盛りでな」
「はい、はい。分かってますよ。まぁ、本当に久しぶりねぇ」
忙しさで額に汗を滲ませながらも愛想良く笑った彼女は、定食一式にご飯を山盛りにしたトレ
イを市丸と日番谷に手渡し、その後席に着いた二人の後を追いかけて来て、お櫃を丸ごとテ
ーブルに置いて行った。
「はい。たくさん食べてね」
「おおきに。おばちゃん」
意外な事態に唖然としている日番谷に市丸が苦笑する。
「あ〜〜〜っ、霊圧が高い者はより多くの食べ物を必要とするってことはキミも分かるやろ?」
相手が頷くのを待って話を続ける。
「ボクもな他の人よりちぃっとばかし霊圧が高かったんよ。でもまぁボクの場合は生まれのせい
かもしれへんけどな。・・・一度飢えを知ったら最後までがっつくのをやめられんのやねぇ」
「・・・・・・・」
流魂街での子供時代を思い出してか、遣る瀬無い表情を浮かべる市丸に日番谷は掛ける言
葉が見つからない。流魂街でも最も安全で快適な場所に配された日番谷は本当の飢えを知
らなかったのだ。
「あの人はな、そんなボクをいつも気遣ってくれたんや」
「・・・うん」
「優しい人や」
「そうだな」
毎回当り前のように食べていた食事を前にして、感謝の念が日番谷の中に湧き上がる。
きちんと両手を合わせ「いただきます」と唱和して食べ始めた食事はこの上なく美味しかった。
何時もはぽつんと一人で座って食事を取るが、今日は自分の横に恋しい市丸がいるのだ。
市丸は日番谷が知る女性達のように殊更食べる物を小さく箸で千切ったりはせず、いっそ豪
快なくらいぱくぱくと口に運ぶのだが、その仕草は決して粗野ではなく、一種独特の優雅ささ
へ漂うもので、日番谷の目にはとても好もしく写った。
「護廷のご飯も美味しいけどやっぱり此処の味は懐かしいわ」
食事を取りながら自分に微笑み掛ける市丸に、日番谷の胸は幸福感に満たさせたのだった。
食事を済ませ、校門まで自分を見送りに付いて来た日番谷に、市丸は星が瞬き始めた空を見
上げながら「明日も秋晴れみたいやね」と嬉しそうに呟いた。
「冬獅郎。キミはもうこの学院で習うようなコトはないんやろ? だったたら気が向いた時でえ
えから五番隊の訓練場へおいで」
「えっ! 良いのか?」
「うん。ボクから藍染隊長に頼んで学園長に話を通してもらうわ」
「本当か!」
「ホンマやよ。・・・まぁ、ボクが毎回相手をすることは出来ひんやろけど、ここの教官よりウチの
席官の方がまだキミの相手になるやろ」
てっきり来年の春まで会えないのかと思っていただけに、日番谷の喜びは大きかった。
「俺、頑張って稽古するからな!」
張り切って抱負を告げる少年に市丸の頬がふっと緩んだ。
と、その時、野外の授業から遅い帰路に着いたらしい生徒達の一団が二人の横を通り過ぎな
がらひそひそと囁く声が聞こえてきた。
「おい、見ろよ! 護廷の隊長格だぞ」
「本当だ。・・・・・日番谷の勧誘に来たのか?」
「多分な。・・・ちくしょう、イイよなぁ。隊長格自ら誘いに来てもらえるなんてさ」
食堂でも気にはなっていたのだが、あからさまに市丸を眺め回すような視線に対して日番谷
は憤りを覚えた。
ジロジロ見るんじゃねぇ!
―――この人は俺のなんだからな!
声に出してはいない叫びに、それでも日番谷から発せられる怒りを感じ取ったのか、生徒達
はそそくさと学園の玄関に消えて行った。
それらを忌々しく見送り、憤慨の息を吐き出した日番谷の上に、はんなりとして声が掛けられ
た。
「冬獅郎」
「・・・っ」
ゆっくりと自分に覆いかぶさってきた市丸の唇が自分のそれと合わせられるのを、日番谷は
碧の瞳を見開いて受け入れた。そして柔らかく肩を抱かれたまま角度を変え、丹念に味わうよ
うなくちづけに意識せぬまま瞼を閉じてうっとりとなる。
・・・くゅっ・・・・と、小さな水音を残してそのくちづけが解かれた途端、ふっと身体の力が抜け
たのを不思議な想いで市丸を見上げた。
「見送りはここまででええよ。おおきにな冬獅郎」
片手を軽く上げて優美な動きで遠ざかって行く想い人の背が闇に紛れてしまうまで、日番谷
はずっとその場を動けずにいたのだった。
「さぁてと、あんまり気は進まんのやけど、一応スジだけは通して置いた方がええやろなぁ。な
んせ相手は護廷きっての堅物やからなぁ」
日番谷と別れた後、そう一人ごちた市丸がやって来たのは六番隊隊長、朽木白哉の屋敷だ
った。
四大貴族筆頭とも云われ、かつ瀞霊廷一の資産家でもある朽木家の巨大な門構えに眉根を
寄せつつ用件を告げれば、市丸とて護廷隊の重職にある身のこことて、あっさりと当主に面談
が適ったのだった。
続く
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