第二話




―――その少年は白銀の髪をしていた。





「ほな藍染隊長、ボクはそろそろ霊術院へ行って来ますわ」

午前中の業務が終わり、自隊の隊長である藍染と自分の後輩に当たる雛森と共に昼食を摂

っていた市丸は、食事が終わるとそう云い置いて席を立った。

昨夜、藍染と約束した通りに日番谷冬獅郎を獲得する為にである。

「あぁ。霊術院の方には君が訪れる旨を告げてあるからよろしく頼むよ」

食後に雛森が淹れた香ばしい茶に目を細めながら藍染が軽く頷く。

「・・・えらい楽観してはるようやけど上手くいくとは限りませんよ」

自分の意に染まない仕事を押し付けられた市丸が面白くなさげに呟いたが、藍染は「大丈夫

だよ」と泰然とした態度を崩さない。

それにひとつ小さな溜息を吐いた市丸がさらに続ける。

「上手いことその子が五番隊に入隊したかて、ボクは後のことには責任は持ちませんよ。入隊

後の事は藍染隊長と雛森ちゃんとでちゃんとやって下さいよ」

市丸の念押しに藍染は「分かっているよ」とくすりと笑い、雛森はコクリと強く頷いたのだった。





「真央霊術院かぁ・・・。何年ぶりやろなぁ・・・・・」

かつては自分も学んだ母校の廊下を歩きながら市丸は一人ごちる。

午後からの授業がある教室に向かうのであろう学生達が、悠然とした歩みで通り過ぎる市丸

を目にし、ハッとしたように足を止め、慌てて頭を下げる。

市丸もいちいちそれらに応え、その都度軽い会釈を返したが、内心では苦笑も返していた。

(ボクは人さまに頭を下げられるような人間やあらへんのやけどなぁ・・・)



霊術院の事務所に顔を出し、用件を告げれば、かの日番谷冬獅郎は自室の方で自分の来訪

を待っているという。

「ご案内致します」という事務官にやんわりと断りをいれ、日番谷の部屋の場所だけを聞いた

市丸は依然とゆったりとした歩みで面談先に向かったのだった。





「五番隊副隊長の市丸です。日番谷はんは居てはる?」

日番谷の自室の前で声を掛ければすぐに中から応えがあり、襖がさっと開かれた。

(―――――えっ?)

市丸は襖が開かれた瞬間、我が目を疑った。

そこに立っていたのはまだ十歳くらいと思しき少年だった。

(ええ〜〜〜〜〜っ! こ、この子が日番谷冬獅郎?)

藍染からまだ歳若い少年だと聞かされてはいたが、今自分の目の前に立っているのは少年と

いうより子供そのものだ。

(こ、こんな小さい相手に色仕掛けなんて通じるかいな!)

藍染を頭の中で蹴飛ばしながらも、市丸は尚もしげしげと日番谷を見詰める。

(しかしまぁ・・・なんて―――)


綺麗な子ぉやろ!


ふんわりとした白銀の髪にいかにも意志の強さを感じさせる大きな碧の瞳。

少し摘んだだけのような小さな鼻の下に形も色も申し分のない可愛い唇。

それらを子供特有の丸みを残しながらも見事に美しい輪郭線が締めている。

幼いながらも行く末が偲ばれるような美麗な子だった。

内心、感嘆の溜息を漏らす市丸に対し、一方の日番谷の方でも市丸の姿形に見入っていた。

初めて市丸を目にする誰もがまず感じるのは、男なのか、それとも女なのか判別しかねる中

性的な不思議な魅力だったが、日番谷とてそれは例外ではなかった。

それでも視線を下に移せば、死覇装の上からでも判る豊満な胸がある。

(・・・お、女の人、だよなぁ・・・・・?)

そう思って慌てて視線を上に戻せば、端正に整った美しい顔の中で真紅の瞳が自分に微笑

み掛けていて、日番谷は一瞬で頬を紅潮させた。

そして市丸が少し首を傾げて笑ったことで僅かに揺れた真っ直ぐでサラサラとした髪は、自分

と似た色合いではあるものの、これほど艶やかに綺麗な髪は見たことがないと思い、頬の熱さ

に加えて胸の鼓動が早くなるのを自覚する。

もともと他人の容姿に頓着を持たない日番谷が、誰かの瞳や髪を美しいと思うこと事態が初体

験だったのだ。

(わぁ・・・なんや知らんけど赤くなってもうて、可愛えなぁ)

暫し、二人で無言で見詰め合った後、日番谷の反応に気を良くした市丸が口を開いた。

「こんにちは、日番谷はん。ボク、五番隊の藍染隊長の名代で来た市丸ギンです。お部屋に

入れてもらえるやろか?」

遠慮がちなその問い掛けに、日番谷の細い肩がピクンと跳ねる。

「は、はい。 すみません! どうぞお入り下さい」

さも慌てたようなその一言で、市丸は日番谷が見かけほど子供ではないことも、現世でちゃん

とした躾けを受けた子であることも見て取り、日番谷に気付かれぬようにひっそりと口角を上げ

たのだった。



「うわぁ・・・懐かしいわ、この部屋!」

部屋に通されてすぐの市丸の言葉に、日番谷が「えっ?」という表情をする。

「ふふっ・・・。実はボクも昔この部屋を使こうてた時期があるんよ」

「そ、そうなんですか」

「うん。もっとも一年間しかおらへんかったんやけど、何もかも昔のまんまでなんや嬉しいわ」

部屋を見渡した後に再び自分に微笑み掛けた市丸に、日番谷がホッと肩の力を抜いた。

今朝の食事の席で、霊術院の教官から、護廷隊の副隊長が自分に面談を求めたと聞かされ

た時は、正直厄介だという感情しかなかった。

自分の中では既に六番隊への入隊が決定しており、その他の隊長格と話をするなど時間の

無駄でしかないと思っていたのだ。

市丸の姿を目にするその時まで・・・。

「あの、どうぞお座り下さい」

市丸が庭に面した障子を開け、小さいながらも手入れが行き届いた庭に目を細めている間に

茶の準備をしたらしい日番谷が上座の席を勧めてきた。

「うん、おおきにな。・・・けど堪忍や、ボクは床の間を背にした上座って堅苦しくて好きやない

んや。やから、こうしてもええやろか?」

市丸は上質の欅の卓を挟んで、上座に敷いてあった座布団を庭に面した場所に移動し、そこ

に腰を降ろしてしまった。

そうされてしまえば否応なく日番谷もまた下座に敷いてあって座布団を市丸の前まで動かし、

その上にちょこんと座ったのだった。

改めて市丸の前に茶托に乗せた茶を饗し、顔を上げた日番谷の目に、庭に群生している見事

な彼岸花を背に自分をはんなりと見つめている市丸が移り、またしてもトクトクと心臓の鼓動が

速さを増すのを自覚してキュと唇を噛み締めたのだった。



「ボクがここへお邪魔したのはキミをボクの五番隊に勧誘しよう思てのことや」

向かい合って直ぐの市丸の言葉に、日番谷が云いにくそうに口を開いた。

「そのことでしたら大変申し訳ないのですが、俺、いえ、自分は六番隊にお世話になろうと決め

ているんです」

本当に申し訳なさそうにそういう日番谷に市丸がうんうんと頷く。

「朽木はんとは正式に書面での契約を交わしてしもたん?」

「いえ、学園長を通じて俺が入隊の意志があることをお伝えしただけです」

「ほんなら仮の契約を交わした訳でもなく、口約束だけちゅうことやね」

「えっ、でも、自分は・・・・・」

思わず膝を進めて慌てて否定しようとする日番谷をやんわりと片腕を上げて制し、市丸が続け

る。

「あんな、日番谷はん、ボクも自分とこの隊長さんの命令でここへ来たんよ。話だけでも聞いて

貰われへんやろか?」

「あ、・・・はい。―――それは勿論、聞くだけでしたら・・・」

藍染の云っていた通り、なかなかの頑固者であるらしいが、その反面情に脆い処もあるらしい

と踏んだ市丸の読みが当たり、日番谷は姿勢を正して市丸の話を聞く体勢に入った。

「藍染隊長はキミを五番隊の三席として迎える云うてはるけど、朽木はんとこはどないやの?」

「はい。朽木隊長は俺を自分の副官に、副隊長にするとおっしゃいました」

小さな胸を精一杯張って誇らしそうに応える日番谷に、やはりそうきたのかと市丸は深く頷く。

現在の六番隊の副隊長は老齢である為、予ねてから護廷隊を辞したいという意志をあきらか

にしていたが、隊長の朽木白哉自身がまだ若く、隊を纏める経験が不足しているのを憂慮した

総隊長の思惑で、ずっと脱退が先延ばしにされていたのをこの程やっとお許しが出たという訳

であろう。

それにしてもいかに天才の呼び声が高いとはいえ、大した抜擢だと思わずにはいられない。

四大貴族筆頭とも言われる朽木家の当主であり、謹厳実直を絵にしたようなあの朽木白哉が

いかにこの目の前の少年を気に入ったかが偲ばれて、市丸は内心肩を竦めた。

(・・・やれやれ、この子を五番隊の攫ったあかつきにはボク、朽木はんに怨まれそうやなぁ)

しかしそれも已む無しである。

「そうかぁ・・・副隊長かぁ、それは大したもんやなぁ」

ここは本気で感心している市丸に、日番谷も嬉しそうに「はい」と応える。

実際には五番隊も六番隊と同じ条件を提示しようと思えばそれは可能だった。

何故なら市丸は近く五番隊の副隊長から三番隊の隊長へと登るということが内々に決定して

いるからである。

しかしこれは護廷隊の極秘情報に類され、一介の院生に過ぎない日番谷へは漏らせない事

柄であった。

それに加えてこの少年ならば自力で上へと上り詰めるであろうという確かな予感がある。

「ボクも副隊長やから云うんやけど、副隊長いうんは只単に組織のナンバー2というだけでなく

隊長の懐刀でもあり、隊の要でもある。失礼なことを聞くようやけど、日番谷はんはその見か

け通りの歳という訳やあらへんよね?」

老婆心を装って尋ねれば、日番谷は十歳の折に現世で事故死し、この尸魂界へ来て三年経

つという。

(そやったら今は十三、四歳というところかぁ・・・。多感なお年頃やね。外見がまるっきりの子

供でも中身が思春期ならイケるかもしれんなぁ・・・それでも初体験にはちぃっと早いかもしれ

へんけどな)

内心でほくそえみ、何気なさを装って市丸は自分の襟元に手を伸ばした。

「もう彼岸やていうのにまだ暑い日が続くなぁ・・・。ちょっと失礼してもええやろか?」

そう云いながらも日番谷の返事を待つことなく自身の襟元を寛げる。

黒い死覇装の内側から、いきなり張りのある瑞々しい白い乳房が半分程も露になり、それを

目にした瞬間、日番谷は瞳を見開いたまま固まったのだった。



                                              続く

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