天上の紅い華――出会い編――
第一話
「・・・出遅れてしまった」
市丸ギンがその言葉を聞いたのはうつらうつらと夢の国へと入りかける直前のことだった。
・・・リ・・・ン・・・・・リン・・・リン・・・・・・・
秋の夜半。部屋の外では鈴虫や松虫が小さな、だが高い音域の羽根音を響かせている。
「・・・・・えっ? 何いわはったん?」
柔らかな温かい肢体を背後から抱きしめ、満たされ切った思いで眠りに落ちようとしていたの
を邪魔され、市丸は些か剣呑に聞き返したのだった。
その市丸の態度に苦笑を漏らし、市丸の向かいに横臥したまま再度藍染が口を開く。
「出遅れてしまったと云ったんだよ。日番谷冬獅郎の入隊先がどうやら六番隊に決まってしま
いそうな気配なんだ」
「・・・日番谷冬獅郎? ―――あぁ・・・あの噂に高い天才児ですか」
日番谷冬獅郎は真央霊術院に席を置く学生であったが、その飛び抜けた能力故に、入学から
半年たった現在、その卒業が来年の春と決定されるや護廷隊のどの隊も色めき立ち、彼の獲
得に躍起になっていたのだった。
「今日の昼に朽木君が直々に日番谷冬獅郎と面談して、かなり大きな手ごたえを感じたと付き
添いの席官に漏らしたらしい」
「うわぁ〜〜〜っ。ホンマですか? でもその子、藍染隊長も狙ってはったんでしょう?」
「そうだよ。僕は是非とも彼が手元に欲しいんだ。―――そこでギン、君に頼みがあるんだが
日番谷冬獅郎の気を変えさせて、私達の五番隊に入隊するように勧誘してきてほしいんだ」
「ええっ。ボクがですか?」
「そうだよ」
事も無げに頷く藍染に対して、市丸が不満そうに細い眉を寄せる。
「朽木はんと気が合うようなお堅い子をボクが落せるとは思わんわ。それやったら藍染隊長が
自分で出向くか、もしくは雛森ちゃんの可憐な可愛さで迫った方がええんと違う? なぁ? 雛
森ちゃん」
市丸は自分と藍染に挟まれる形で小柄な身体を横たえている雛森 桃に話を振った。
「それはダメだよ、ギン」
藍染と市丸の会話を黙って聞いていた雛森が応えるより早く、藍染が否定する。
「雛森君がダメだと云ってるんじゃない。勿論僕が自分で彼を説得することも考えはしたが、ど
うやら日番谷冬獅郎は正攻法が通じ難いと観た」
「それ、どういう意味なん?」
「良い意味での頑固者というのかな。一旦こうと決めたことはなかなか覆さない性格らしい。だ
から今回の適任は君なんだよ」
「・・・・・それってボクに手段を選ぶなと云ってはるように聞こえますけど」
眠気が吹き飛んだギンが唇を尖らすのをおもしろそうに見て、藍染が「その通りだよ」と笑った
「うわぁ〜〜〜っ。サイアクやこの隊長はん。部下にエロ仕掛けを強要しとる。・・・雛森ちゃん、
なんか云うたってや」
それまで一言も喋らず大人しく藍染と市丸の話に耳を傾けていた雛森は、その言葉に後を振
り向きにっこりと市丸に笑い掛けた。
「頑張ってきて下さいね、市丸副隊長! 藍染隊長と我が隊の為に是非、日番谷くんを獲得し
てきて下さい」
「〜〜〜〜〜〜〜っ。違うって! ボクにやのうて藍染隊長にや!」
天然さにおいては五番隊の中でも並ぶ者がないと云われる雛森の無邪気な応援に、市丸は
ガックリと脱力し、雛森の裸体を抱いたまま寝床の中でつっぷした。
その様に珍しく声を立てて笑った藍染は、雛森の頭をよしよしと撫でながら、決定的に告げる。
「とにかく頼んだよ、ギン。君が日番谷君を連れてこれない時は吉良君を君に渡す訳にはいか
なくなる」
「ええ〜〜〜っ! なんやの、ソレ! ボクはもうイズルに話してしもたのに! イズルかてボ
クに付いて来てくれるて云うたんに」
がばりと顔を上げて抗議する相手にも藍染はやんわりとした態度を崩さない。
「そうはいっても、僕としても副隊長と三席が一度にいなくなると困るんだよ。」
「雛森ちゃんがおるやん。それにボクとイズルかて今すぐおらんようになる訳でもないし」
「だがいずれは僕の手を離れる。君達二人が抜けた穴は雛森君一人では補えない。実務の
方はともかくとして、五番隊の機動力は格段に落ちてしまうだろう」
「・・・・・・・」
諭すように話す藍染に、暫し無言で検討した市丸はやがてふぅ・・・と溜息を吐いた。
「仕方が無いなぁ・・・。ボクかて一人ぼっちで他の隊を纏めていくより、イズルがいてくれた方
がラクなんは判っとるもん。諦める訳にはいかんなぁ。―――日番谷冬獅郎をモノにしてくるよ
りしゃあないねぇ」
「期待しているよ、ギン」
やれやれといった表情の市丸に対して藍染は泰然と微笑んだのだった。
続く
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