「天一様、またのお越しをお待ちいたしておりまする」

「どうぞお気を付けてお帰り下さいませ」」               

「あぁ。牛頭大王、馬頭大王、また会おう」

 閻魔宮に来た時と同様に地獄の番人達に見送られ、天一神と私を乗せた輿は沢山の鬼達を

引き連れ、冥府を出立した。

 先を急いでいた行きとは違い、帰り道はゆっくりとしたものに感じられた。

 

「惣右介、先程は辛い思いをさせてすまなかったな」

 暫らくしての天一神の言葉に私は慌てて首を横に振った。

「そんなことはありません!」

確かに冥府では恐ろしい思いも、痛い思いもしたが、大紅蓮と呼ばれる太刀を胸に抱いて

嬉しそうにしている天一神の傍にいると、そんな苦労など何ほどの事もなかったと、今は思

えてくるのが不思議だった。

「だがお前の御陰でこうして大紅蓮が手に入った。礼を云う!・・・俺は予ねてよりずっとこ

の大紅蓮が欲しかったんだ」

 頬を蒸気させ、翡翠色の瞳を煌かせた天一神は本当に幸福そうで、それを目にしているだけ

の私まで満たされた気持ちにさせてくれた。

「よろしゅうございましたね」

「ああ。ありがとう、惣右介」

 

 輿はゆっくりと陽炎の様な道を進んで行く。

 生きた心地がしなかった行きとは違い、帰りは私も周りを見渡せる余裕が生まれていた。

 現世で乗り込んだ時には気付かなかったが、今私が乗っている輿は黒い漆を塗った見事な物

で、飾りとして彫りのある金や螺鈿で雲と竜の文様が描かれていた。

 こんな輿に乗り、しかも本物の神と同席しているなんて本当に信じられない心持だった。

 

 ふと気付けば見慣れた風景が目に入って来た。

「現世に戻って来たぞ、惣右介」

「・・・はい」

 私を安心させるようにそう云った天一神に、私は逆に不安を覚えた。

 てっきり自分を傍に召抱えてくれるものと思っていたのは浅はかな浅慮で、もうすぐこの美

しい神と分かれなければいけないのだろうか?

 私の不安を煽るように輿がぴたりと止まった。

「天一様、朱雀大路に着きましてございます」

 御簾が巻き上げられ、巨大な体躯の赤鬼が恭しく膝を付いて云った。

「ここで分かれよう、惣右介。お前は家に帰るが良い」

 天一神の言葉に私はぶるぶると首を横に振った。

「・・・惣右介?」

「お、お願い、です。・・・私を共にお連れ下さい・・・」

「惣右介・・・・・」

「―――何でも、私に出来ることなら、何でも致します!・・・どうか、お傍に――」

 私は震えながら平伏し、天一神の応えを待ったが、中々応えは返されなかった。

 やはり、なんの力も取り得も持たない人の子を召抱えてなどくれぬのだろうか?

暫らくして恐る恐る面を上げた私の目に、酷く困惑した天一神の顔が映り、私は申し訳なさ

から再び平伏した。

どう私を傷つけずに断りをいれようかと悩んでおいでだったのだ。一言「お前などいらない

」と、そう云って下さって良いものを・・・。

天一神を困らせているのだと思い、心苦しさから身を縮こまらせた私に、ややあって優しく

声が掛けられた。

「・・・惣右介、面をあげよ。そのままでは話も出来ぬ」

「は、はい・・・」

身体は起こしたものの、まともに相手の顔を見る勇気がなく、俯いたままでいる私に天一神

は不思議な問い掛けをしてきたのだった。

「惣右介、お前、この世で一番の贅沢が何か判るか?」

「・・・え?」

「ある程度の富を持つ者なら、大抵の物を買うことが出来る。大きな屋敷に住み、多くの召使

に傅かれ、美味い物を食し、美しい女を侍らすことも造作ない。そして権力も奮える。もし本

当に欲しい物が手に入らなくても、それと似たような物を金で買うことが出来る。―――人の

心さえな」

「・・・はい」

「だが、どうしても金では買えないものがある。それが何か判るか?」

「―――いいえ」

 素直に首を振った私に天一神はふっと笑って応えた。

「才能だ」

「――――!」

 示された応えに成る程と思った。

「才能だけは金で買うことが出来ん。・・・ことに何かを創造する才はな。それは人が魔に魂

を売り渡しても手に入れたいと渇望するのだ。―――この世で一番の贅沢はな、その才ある者

を傍に召抱えることだと俺は思う」

「・・・・・」

「ごくごく稀にだが、人の子として生まれながら我ら神をも凌ぐ才を発揮する者がいる。・・

・お前もその一人だ、惣右介」

「ええっ!」

 驚愕する私に更に天一神は続けた。

「自分ではまだ気付いておらぬのだろうが、お前には恐ろしい才があるのだ。ヤマが閻魔宮の

大臣を任せられると云った才が。――――この大紅蓮と引き換えても良いと云った才を、お前

は持っているのだ」

「・・・っ」

「惣右介、お前はそう望むなら、人の子の王にもなれよう!」

「・・・・・・・」

 

――――この私が人の子の王に?

 

 本当にそんなことが?

 

「本当は俺だってお前が欲しいんだ、惣右介」

「―――!」

 苦笑を伴った天一神の言葉を聞いた途端、私の心は歓喜に弾けた!

 この目の前の美しい神に望まれているのだという、何物にも替え難い誇らしさ!

 ああ、でもそれならば何故、ここで分かれようなどとおっしゃるのだろう。どうして一緒に

お連れ下さらないのか。

「・・・だが、お前は帝王たらんとして生まれてきた人間なんだ。・・・こうして大紅蓮が手

に入ったというのにそんなお前まで所望しては余りにも業腹だし、なにより俺はお前がどんな

国を作るのか見てみたい気がする。お前の王都をな」

「そ、そんな・・・」

「何時か、お前の国を見に行くよ。・・・例え今生で適わなくてもお前ならいつか自分の王国

を築くことだろうからな。だが、忘れるな、どんな国もいずれは滅ぶのだということを、そし

て人は誰しも自身の王などだということを」

 天一神の言葉が終わるのを待って、巨躯な赤鬼が私の身体を抱き上げて輿から降ろした。

「い、嫌だ〜〜〜〜〜っ!」

 私は赤鬼の腕の中で滅茶苦茶に暴れ、天一神の方に手を伸ばしたが、私の足が地面に着くや

いなや輿も鬼達も霞の様に消え果た。

「待って! お願いです。私も一緒に・・・!」

 地面に跪き、今は何も無くなった空間に空しく手を伸ばす。

 私の両目からは涙が溢れ、喉から嗚咽が漏れた。

 

――――人の子の王になどなれなくとも良いのです!

 

もし本当に私にそんな才があるのだとしたら、その全てをあなたに捧げます!

 

だから一緒に連れて行って!

 

 

――――連れて行って!

 

 

 

 

 

 はっとして夢から覚め、唐突に覚醒した私は、流れ落ちる涙を拭ってくれる柔らかな指の感

触に驚き、眼を開けた。

 そこには銀糸の髪をした、まだあどけない顔立ちの子供が私を見下ろしていたのだった。



「・・・市丸君」

「副隊長さん、泣いてはったね。悲しい夢、見てしもたんやね」

 眉を寄せる子供の細い首を私は咄嗟に片手で締め上げた。

「私の部屋の入口には結界が張ってあった筈だよ。何故、踏み込んだりしたんだい?」

「・・・ぁ・・・・・うっ・・・」

 ギリギリと喉を締め上げられる苦しさから、この子が返事が出来る状態でないことくらい判

っていた。もとより自分の泣き顔を見た彼を許すつもりは毛頭なかった。しかし・・・。

「・・・・・せ、やかて・・・ほっとかれへん・・・かった・・・・・やん」

 その言葉に不思議に指の力が抜けた。

 げぇほげぇほと咳き込む小さな身体を、床から起き上がって見つめた。

 この部屋に施された結界を破ることが可能なのは、隊長格に類する高い霊圧を持つ一部の者

に限られる。この少年、市丸ギンにはその力があるということだろう。

 そしてあの方とは違うがそれでも良く似ている銀の髪。

「・・・・・私と共に来るかい?」

 自分でも意識しないうちにそんな言葉が滑り出た。

「私のものとなって働き、命運を共にすると誓うかい?」

元通りの呼吸を取り戻した少年はじっと私を見つめた挙句、ニンと笑った。

「・・・いやや、云うたらボク、ここで死ななあかんのやろ?」

「そうだよ。よく判っているね。さぁ、どうする?」

幼さに似やわぬ賢しさも気に入り、私は口角を上げる。自分が今どんな残虐な表情をしてい

るのか充分に理解していた。しかし、目の前の少年はそんな私に恐れを感じていないようだっ

た。

「せやな、どうしようかなぁ・・・」

 まるで人事のように小首を傾げ、考え込んでいる。

「今、ここで死ぬんはいややけど、かといってずっと未来永劫、副隊長さんの奴隷やゆうんも

いややしなぁ・・・」

 ふぅと溜息を吐き出す少年を私は不思議な思いで見つめた。

「あ〜〜あ〜〜っ、こんなことなら仏心なんて出さずに、泣いてはる副隊長さんほっぽって、

はよ流魂街に帰ったら良かったわ」

「―――? 流魂街に帰る? 何故だ?」

 市丸ギンは本日付で五番隊の隊士として入隊している。今夜、私の云うままに三席を屠った

彼には近々正式に三席の辞令が降りる手筈だった。死神としてはこれ以上文句の付けようのな

い好スタートだと云うのに、それを棒に振るつもりだったのか。

「だってボクが死神になったんは敵討ちの為やもん」

「敵討ち?」

 思ってもみなかった彼の言葉に唖然とする。

「あいつ、ボクの大事な子に酷いことしよったんや。絶対に仕返ししてやるつもりで瀞霊廷か

ら出てくんのをずっと待っとったんに、用心してか中々出て来よらへん。仕方が無いからボク

が死神になって乗り込んで来たんや」

「・・・それは、今夜君が倒した三席のことを云っているのか?」

「そうや、副隊長さんは知らんかったかもしれんけど、あいつは若い女の子が大好きで、たま

に流魂街にやって来ては悪さしとったんやで」

「・・・・・」

「ホンマ、副隊長さんがお膳立てしてくれるなんて好都合やったわ。まぁ、乱菊の場合はまだ

未遂やったからあいつも簡単に死なせてやったけど、もう少しボクが来るのが遅かったら大変

なことになっとったし、乱は死ぬ程怖い目に合うたんよ。あのままやったらボクの気が収まら

んかったんや」

 云われてみれば市丸の姿を見て動揺し、真剣勝負だと自分が告げた途端、先に切りかかった

のは三席の方だった。

 そして市丸はその攻撃を余裕でかわし、神槍を抜いたのだった。

「目的も果たしたし、虚なんかとやりやう気ぃもなかったし、流魂街に帰ろ思て、隊舎抜け出

す途中でこの部屋の前で足止め喰らってしもた。なんや、とてつもない切ない気が溢れ取って

見過ごせんかった」

「・・・そうか。私もまだまだ未熟だな」

 今はもう泣き顔を他人に見せてしまった腹立ちは消え、素直に自分の拙さを認めることが出

来た。

「さっきの話やけど・・・」

 ちらりと私を上目遣いで見つめながら、市丸は驚くべきことを告げた。

「副隊長さん、ボクのこと可愛がって大事にしてくれはるやろか?」

「え?」

「ほら、道具にも色々あるやろ?少しでもひびが入れば簡単に捨てられてしまう普段使いの皿

もあれば、例え欠けても、最悪割れても、接げたり修繕したりして大事にされる椀もある。・

・・ボク、副隊長さんがボクのこと大切に使ってくれるなら、あんたの道具になってもええ

よ」

「・・・・・・・」 

彼に自分の運命を選ばせるつもりが、いつの間にかこちらが選択する立場に代わっていた。

その愉快さ、そして目の前の消してしまうには余りにも惜しい存在に、私の返答は即座に決ま

った。

「判ったよ。私はお前を大事にするよ。常に私の右にお前の座を用意すると約束しよう。今、

この時からお前は私の大切は副官だよ」

「ホンマやね?嘘ついたら閻魔さんに舌抜かれるんよ。知ってはる?」

「――――あぁ。知っているよ。・・・よく知っている」

 私はゆっくりと、細い身体を褥に押し倒した。

「・・・副隊長さん、何するん?」

「さぁ、何をするのかな・・・」

 一切の抵抗をせず、おとなしく急所の喉笛を晒す少年に愛しさを感じるまま、滑らかな頬に

くちづけた。

「ふふ・・・くすぐったい」

 くすくすと笑う少年に私も自然と眼を細めた。

「・・・ボクのこと抱くつもりやの?」

「そうだよ。契約、いや、契りを結ぶんだよ」

 しゅるりと死覇装の袴の帯を解きながら応えた私の肩に、細く白い腕が廻される。

「副隊長さんはロマンチストやね。ボク、久ぶりやから優しゅうしてな」

「あぁ。優しくするよ。――――私の可愛いギン」

 

 この夜、私は市丸ギンを手に入れたのだった。



     
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