やがて二人の行く手に重厚な大きな門が見えて来た時、日番谷が一護を振り向き告げた。
「先の大戦から六十年経つとはいえ、護廷隊も慢性的な人手不足でな。早速で悪いが、お前には
すぐに死神としての業務に就いてもらいたい。構わないな?」
「勿論だ! 頼ってもらえて嬉しいぜ、冬獅郎。・・・ところで俺の配属先はどうなるんだ?」
一護とすれば当然、日番谷が隊長を務める一番隊が良いのだが、護廷隊の総隊長を隊主に頂く
一番隊はエリート集団なのだと、以前、阿散井恋次から聞かされたのを思い出し、だったら望みは
薄いなと顔を顰めた。
日番谷は直ぐには一護の質問に答えようとせず、暫らくの間、じっと一護の顔を見つめ、やがて口
を開いた。
「お前の所属先は十番隊だ」
告げられた回答に一護は少し落胆はしたものの、こればかりは我が侭を云えないと直ぐに納得し
た。それに十番隊には日番谷の副官を勤めていた松本乱菊が居る筈である。まったく面識のない
隊に配属されるよりずっと良いと思考を好転させた。
「乱菊さんは元気なんだろ? 相変わらず副隊長を勤めてんのか?」
「あぁ。俺の抜けた後、十番隊は隊長不在になって長い時間が経つ。あいつには苦労を掛けたが、
これでやっと少し肩の荷を降ろしてやれる」
「えっ? それってどう云う事なんだ?」
「新しい隊長が赴任すれば、松本の重責も大分軽減するだろうからな」
「へぇ〜〜〜っ、十番隊に新隊長が来るのか! 好い奴だと良いけどな!」
さっぱりとした口調で素直に感想を述べる一護に、日番谷は突如激しい頭痛に襲われたかのよう
に己の額に手を当てて眼を閉じる。
「・・・・・てめぇは、まったく!」
「どうしたんだ、冬獅郎? 具合が悪いのか?」
突然頭を抱えた日番谷に一護は心配になり声を掛けたが、日番谷はまるで怒っているかのように
それを無視して足早に門まで辿り着き、大音声で呼ばまった。
「護廷十三隊総隊長、日番谷冬獅郎だ」
するとギギギ・・・と音を立てながら、厚い扉が内側から開かれて行く。
そのまま足を進める日番谷に続いて門を潜った一護は、そこで待ち受けていた懐かしい顔ぶれを
見て唖然とした。驚きで自分の目が信じられなかった。
阿散井恋次や朽木白哉、更木剣八や斑眼一角、その他一護が過去に死神代行として共に戦っ
た者達の多数が、その場に一同に会していたのである。
「・・・お、お前ら・・・・・」
余りにも突然な感動の再会に、言葉の続かない一護を皆が一斉に取り囲む。
「一護、久しぶりだなぁ!」
「やっと来やがったか。ったく、待ちくたびれたぜ」
皆、口々に再会を喜んでくれ、手荒い歓迎に揉みくちゃにされながらも、一護の胸に熱い物が込
み上げてきた。
( 皆、俺のこと、忘れないでいてくれたんだ。・・・あぁ、戻って来て良かった!)
そうだ、自分は戻って来たのだ。
本来望む世界で、自分らしく生きる為に。・・・現世で魂を磨き、鍛えた。
・・・その為の七十五年の人生だったのだと、今、一護は悟った。
( 俺は生きる! ―――この尸魂界で生きる! )
新たに自身に誓う一護の前に、なにやら手に白い布の様な物を捧げ持った松本乱菊が静々と進
み出てきた。
「――乱菊さん!」
懐かしさに顔を綻ばせる一護に、乱菊も嬉しそうにそして愛しそうに微笑み、手にした物を差し出
してきた。
「身丈は合っている筈です。どうぞ、御着用下さい」
「・・・え? 俺に? ・・・・・でも、これは!」
一護が絶句したのも無理はなかった。松本乱菊が一護に差し出したのは護廷十三隊、十番隊の
隊主羽織であった。
「私達十番隊は、あなた様がこちらにお越しになるのを指折り数えてお待ち申し上げておりました」
一護の前に跪き、畏まってそう告げた乱菊の視線の先には、ゆうに二百名を超える死神達が同じ
様に自分に跪いており、一護をギョっとさせた。
「と、冬獅郎〜〜〜っ!」
世にも情けない声を出して自分に助けを求めた一護に、少し離れた場所から事態を静観していた
日番谷は組んでいた腕を解き、やれやれと云った表情で近づいて来た。
「黒崎、お前自分の実力を考えて、こういう事態になるかもしれないとは少しも思わなかったのか?」
「こういう事態って、お、俺が護廷隊の隊長になるってことか?」
「そうだ」
「全然! 全く! そんな恐ろしい事、思ってもみねぇよ!」
ブルブルと首を振り、全否定する一護に、皆の間から苦笑が漏れる。
「だったら今すぐ考えろ。そして選べ。瀞霊廷の貴族としての保障された安楽な生活か、二百五十
名の隊員の命をその背に背負っての波乱の生かを、な」
日番谷の言葉にゴクリと一護の喉がなる。
自分の生きる道は既に決定している。一護の迷いは唯一つ、自分に隊長職が勤まるか否かだ。
一護は自分に跪いている十番隊の隊員達の顔を見渡した。その中の誰か一人でも不満そうな面
差しをしている者が居れば一護の胸にも不安のさざなみが立ったことだろうが、一護の眼に映る隊
員達の顔はどれもが期待と興奮に輝き、瞳は希望の光を宿していた。それを眼にした一護が乱菊
に問う。
「・・・本当に俺でいいんすか?」
「はい。あなたをお待ちしていたのです」
少しの迷いも無く切った乱菊に、一護の心も決まった。
純白の隊主羽織を受け取り、代わりに『斬月』を乱菊に預けて羽織に袖を通す。
その瞬間、十番隊の隊員の間から「おおっ!」という大きな歓声が上がった。
「似合ってるじぁねぇか、一護!」
恋次の賛辞に一護の頬が緩みかけるが、それをきゅと自分で戒め、一護は真新しい隊主羽織の
裾を翻して日番谷の前に歩み寄り、片膝を付いた。
「―――黒崎一護、汝を本日をもって護廷十三隊十番隊隊長に任命する」
「―――拝命致します!」
日番谷の重々しい勅旨に、一護は不適な程の笑みで応えたのだった。
日番谷の「これをもって就任式を閉会する。解散!」の一声に十番隊の隊員達は一斉に立ち上が
り、各自の業務へと戻る。日番谷や他の隊長格達も一護に軽い挨拶を述べて四方に散って行く。
さて、自分は何をすれば良いのやらと乱菊を見やれば、にっこりと花の様な笑みを返された。
「十番隊の隊舎内をご案内しますね」
「あ、たのんます」
乱菊の後に続いて足を進めた一護は、そこで初めて今まで自分の居た場所が十番隊の敷地内で
あった事を知った。
( ・・・え? )
何かがおかしい。何か釈然としない。
その思いは乱菊に隊舎内の各所を案内されている内にどんどんと膨らみ、最後に自分の物となる
隊主室に足を踏み入れた時、遂に堪り兼ねて乱菊に尋ねた。
「乱菊さん、ちょっと聞くけど、俺が十番隊の隊長になるかもしれないってのは、いつの時点で決まっ
てたんだ?」
「いきなりどうしたんです? 何か不満な事でもありましたか?」
きょとんとした乱菊に、一護は自らを落ち着かせるように小さく息を一つ吐いた。
「いや、そうじゃなくて。冬獅郎は最初、俺が瀞霊廷の貴族として迎えられるって云ったんだ」
「ええ。それは勿論本当の事ですよ」
「でも俺は護廷隊の死神としてあいつの役に立ちたいって云った。――冬獅郎はそれを受け入れ
てくれた。正直、天に昇るほど嬉しかった。そこまでは良いんだが、あいつは何時の間に乱菊さん達
に俺の事を知らせたんだ?」
護廷隊の組織の伝達手段など知りようもない一護だったが、自分と一緒に居た日番谷が何がしか
の連絡をしていた覚えは無い。なのに多忙である筈の自分の旧友達が一箇所に集まり、乱菊は業
務中の隊員たちを整列させて待っていた。これは一体どういう事なのか。
「・・・・・隊長、いえ、二人っきりの時は一護と呼ばせて貰うわね? 一護、あんた・・・」
「なぁ、乱菊さん、俺もしかして・・・」
「「・・・ハメられた!」」
十番隊の隊主室で乱菊と一護の声が見事にハモった。
「日番谷隊長は最初からあんたを十番隊の隊長に据える気でいたわよ。あんたが今着ている隊主羽
織だって、十日も前に仕上がってた物なんだから」
一変して本来の砕けた口調の乱菊の言葉に、一護は軽い眩暈を覚える。
「きっとあんたの頭の中なんて日番谷隊長は全てお見通しだわね。昔から賢い人だったけど、今じ
ゃ千年生きた狐よりも悪賢いんだから」
「・・・・・ハハハ・・・」
あまりな云いようだが、自分が日番谷の手の上で踊っていた自覚のある一護は乾いた笑いを浮べ
るしかない。
そんな一護に乱菊は美しい水色の瞳を向け、静かに聞いてきた。
「――そんな隊長でも、あんたの想いは変わらないの?」
「ら、乱菊さん!」
「知ってたわよ。あんたがあの人のことを好きだってことは。だってこっちが切なくなるくらいの眼であ
んたは日番谷隊長を見てたもん。・・・叶わない想いだって分かってたんだろうに、辛かったね」
「・・・・・うん。そうだな、俺の気持ちは変わんないよ。乱菊さん」
自分の想いを見抜かれていた恥ずかしさに頬を染めながらも、一護はきっぱりと告げた。
「おかしいと思うだろ? あいつには好きな相手がいて、俺がそいつに取って代われることなんて万
に一つも無いって分かってるのにさ。―――でも、俺は冬獅郎に恋してる!・・・だってあいつは綺
麗で賢くて、これから先も俺のことなんて手の平で転がして見せるだろうけど、本当は誰よりも思い
やりがあって、優しい奴なんだって知ってるから」
息を呑むほど真摯な一護の眼差しが水色の瞳に注がれた時、乱菊の中に一つの決心が芽生え
た。
「よし! 分かったわ! あんたがそこまで心を決めてるんなら、このあたしが全面的に協力してあげ
る!」
「・・・え?」
「一護、あんたはギンに取って代われないって思い込んでるようだけど、実はそうでもないのよ」
にんまりと微笑む乱菊に一護は唖然とする。
「ギンの奴は一年の内の半分は虚圏の藍染の元へ行ってて、日番谷隊長に寂しい思いをさせてる
のよ。この前なんか、隊長、真夏に雪を降らせちゃって一日落ち込んでたのよね。まぁ、あの人にも
まだまだ可愛いとこが残ってる証拠なんだけど。だからギンの奴が居ない時を狙って猛攻掛ければ
案外上手くいくかもしれないわよ」
「・・・・・それ、マジですか?」
確かに瀞霊廷に来る途中の道で日番谷の方からくちづけられはした。その時に淡い期待を持った
のも覚えがある。
「あたし、前々から思ってたのよね、ギンなんかに日番谷隊長は勿体ないって! そこへいくと一護
あんたになら安心して隊長を任せられるわ。あたしは日番谷隊長には絶対に幸せになって欲しいの
よ!」
「・・・乱菊さん、本当に俺に味方してくれるんですか?」
思わぬ強力な協力者の出現に一護は奮い立った。
「一護、日番谷隊長を幸せにしてあげて!」
「はい!」
十番隊の隊主室で、隊長である黒崎一護と、副隊長である松本乱菊は固く手を握り合ったのだっ
た。
斎場の煙突から荼毘に臥された祖父の身体が煙となって空に上がっていくのを、ぼんやりと一護
は見つめていた。
多くの友人達に恵まれ、子や孫を慈しんだ黒崎一護の葬儀は盛大なものだった。
誰もがその死を嘆き、心からの涙を流して別れを惜しんだ。
「一護、式場の方へ戻って食事を取らないの?」
後ろから掛けられた声に振り向けば、祖父の双子の妹の一人が、泣き腫らした眼をして立ってい
た。
「・・・夏梨おばさん。・・・・・うん。なんだかこの場から離れがたくてさ」
今荼毘に臥されているのは大好きな祖父の身体だけであり、魂は二日も前に日番谷冬獅郎という
美しい少年の死神に持ち去られていた。そうと分かっていても理性と感情は別物で、祖父を失った
悲しみがすぐに癒える訳ではないのだ。
「あんたは本当にじいちゃん子だったもんね。でもあんまり悲しんだら、一兄もあんたのことが心配で
成仏出来ないよ」
自分を気遣ってそう云ってくれる夏梨の言葉に一護は苦笑した。何故なら祖父は大人しく成仏な
どしないだろうことが分かっていたからだ。きっと今頃は、あの綺麗な死神に猛烈なアタックを掛けて
いるのではあるまいか? そう思えば沈んだ気持ちも少しずつ浮上してくる気がする。
「・・・なぁ、夏梨おばさん、おばさんは『死神』って信じるかな?」
一笑に臥されても構わないという気持ちで一護は聞いてみたが、返された応えにギョっとなった。
「信じるもなにも、昔、黒崎家には一時期死神が同居してたんだよ」
「な、何だって! ・・・それ、マジ?」
「うん。一兄はその死神の手伝いらしきことをやってたみたいだね」
「そ、そいつの名前、もしかして日番谷冬獅郎って云うんじゃ・・・」
「いや、違うけど、なんであんたが冬獅郎の名前知ってんの?」
「・・・・・実は・・・」
一護は祖父が他界した夜のことを夏梨に話して聞かせた。到底余人には信じてもらえないであろ
う内容だったが、一護程ではなくともそれなりの霊力を持つ夏梨は黙って一護の話に耳を傾け、聞
き終わるや否や一護の頭に拳を一つ振り下ろした。
「―――っ痛! なんだよ、いきなり。おばさん、暴力反対だぜ」
「このバカ! そういう話は早くしなさいよね。冬獅郎が一兄を迎えに来てくれたんだと知ってたら、
あたしはこんなに泣かなかったのに、まったく、もう!」
憤懣やるかたないといった夏梨に一護は首を竦める。
「夏梨おばさんも日番谷冬獅郎を知ってんのか?」
「まぁね。・・・あいつ、どうだった? 相変わらずチビで生意気そうだった?」
興味津々で尋ねる夏梨に一護はどう応えたものかと返答に詰まり、「・・・うん。確かに生意気そうだ
った」と応えるに留めた。
「そっかぁ・・・。冬獅郎が来てくれたんだ。良かったね、一兄! ・・・あぁ、安心したらなんだかお腹
が空いちゃったよ。私は皆の所へ戻るよ、お前も気が済んだらおいでね。拾骨にはまだ時間が掛か
るんだからね」
そう云い置いて斎場に隣接している式場へと戻って行く夏梨の後ろ姿は、とても七十歳を過ぎて
いるとは思えない位に矍鑠としている。それを微笑ましい気持ちで見送りながら、一護はもう一度煙
がたなびく空を仰ぎ見て、祖父の言葉の数々を思い起こした。
『・・・約束をしたんだ。――――遠い約束をな』
『一護、自分の精一杯を生きろよ!』
「・・・じいちゃん、じいちゃんも、本当に頑張れよ。敵はメッチャ手強いぜ」
一護は空に向けて親指を突き出して、微笑んだのだった。