TENDERNESS
「ここか、檜佐木? ―――なかなか良さげな宿じゃねぇか」
「ですね。・・・大人の隠れ家って感じっすね」
西へと沈みゆく真夏の太陽が最後の残照を放つ中、豊かな山間を背に、そこだけ別世界の
如く涼風を纏ったかの様な佇まいを見せる建物の前に立ち、感想を述べる。
葉月の十四日の夕刻、俺と日番谷隊長は連れ立って瀞霊廷の中でも最高級にランクされるで
あろう宿屋に足を運んでいた。
しかも女将自らが案内してくれた離れの部屋は、広い庭園に露天風呂が付いた豪華さだ。
「御用のある時は呼び鈴でお申し付け下さいませ。それまでは私共はこちらへは参りません
ので、ごゆっくりお寛ぎ下さいませ」
部屋に案内して出迎えの茶を供した後、そう断りを入れた女将が去ると、上座に腰を降ろ
した日番谷隊長は、大きな荷物を肩から下ろした俺に呆れたように声を掛けてきた。
「たかだか一泊するだけだってのに、お前のその荷物の多さはなんなんだ?」
問われた俺は、にやりと笑い返す。
「せっかく市丸隊長のご好意で、丸一日あんたを貸切に出来るんだ。だったら色々と愉しも
うと思いまして」
「・・・ふん。お前、市丸に何て云われてここへ来たんだ?」
「そう云うあんたこそ、何て云われて俺の後に付いて来たんです?」
互いの腹を探り合うように視線を交えた後、日番谷隊長は軽く肩を竦めた。
「俺は昨日、市丸の奴に『明日は檜佐木君の誕生日やさかい、一日付き合って何でも云うこ
と聞いてやりぃ』って云われたぜ。ったく、そのお陰で仕事を調節すんのにエライ目にあった」
「それはすみませんでした。俺は二週間も前に、市丸隊長から『君の誕生日に冬獅郎を一日
貸切にしたげるよって、存分に愉しんだらええよ』って云われましたよ。『少しくらい苛め
て泣かせても構わんよ』とも云って頂きましたけどね」
挑発するように口角を上げて見せれば、日番谷隊長の翠の瞳がきらりと光った。
「てめぇ、俺がおいそれと泣くようなタマだと思ってんのか?」
「勿論思ってませんよ。だからこそ泣かせがいがありますね」
「・・・・・上等だ。この野郎」
「―――好い仕事しますよ。期待して下さい」
もう一度視線を交錯させ、二人して隠遁な笑みを浮べる。
――――ああ、人生最高の誕生日の予感がする!
「取り合えず夕食までまだ時間がありますから、風呂で汗を流しませんか?」
「そうだな。貸切露天風呂なんて、滅多にない贅沢だからな」
「ん〜〜〜っ。丁度良い温度だな。気持ちいい」
乳白色の湯に浸かり、立ったまま満足そうに伸びをする小さな身体を背後から抱きしめ、
首を捻らせてくちづける。
あっさりと開かれた唇に舌を差し込み、しびれるような快感を堪能しながら、頤を固定し
ているのとは別の腕を前に回し、無遠慮に、可愛らしい性器を包み込んだ。
「・・・んっ・・・ぁああっ・・・」
唇を首筋に移動させ、舌を這わせながら性器を緩く扱けば、直接的に男の快感を刺激され
素直に細い腰が揺れ始める。
「――気持ちいいでしょう?」
耳元で囁けば、こくりと白銀の頭が頷く。
日番谷隊長は快楽に従順だ。そして時にはこちらが驚く程に大胆だったりもする。
「・・・あんっ・・・・・イイ!」
唇を離して両手で集中的に性器を責め始めた俺の耳に、悦楽に酔いしれた声が流れ込んで
くる。
「ん・・・檜佐木、もう・・・でる・・・っ」
「いいですよ。出して下さい」
日番谷隊長を立たせたまま、腰を屈めて行為に及んでいた俺は、本来なら五十センチ近く
も下にある紅潮した頬を舐め上げ、手の摩擦を早めて射精を即した。
「・・・ぁ、ダメだ。湯を汚す」
「――分かりました」
風呂の中で射精するのに抵抗をみせた日番谷隊長の身体を抱き上げ、檜の浴槽の淵に腰を
降ろさせた俺は細い足を大きく開かせ、その中央で勃起している性器を一気に喉の奥まで咥
え込んだ。
「・・・んん・・・・・っぁ」
程なくして生暖かな液体が俺の口内に注がれる。
「意外に早かったですね。最近、市丸隊長に抱いてもらってないんですか?」
汗で張り付いた白銀の髪を梳き上げながら尋ねれば、淡々とした声が返ってくる。
「ここ最近は盂蘭盆会に備えて互いに仕事が忙しくてな。男はお前が十日ぶりだ」
「成る程ね」
確かに現世はお盆の真っ最中だ。この時期は虚の出現も多く、従って護廷隊の出動も当然
多い訳で、そんな時期に隊長格が二人そろって休みを取れたのは奇跡的なことだった。
その休みの申請も、この宿の手配も、両方とも市丸隊長がしてくれたのであるが、一体ど
んな手を使ったものやらと考えさせられてしまう。
と、物思いに沈んでいた俺の顔を悪戯な光を宿した翠の瞳が覗き込んできた。
「檜佐木、お前は?」
「はぁ?」
「これだ」
日番谷隊長の艶姿に半立ちになっていた自分のイチモツを撫で上げられて、俺は我に返っ
てにやりと笑った。
「―――俺の、しゃぶってくれます?」
「ああ、いいぜ」
日番谷隊長も挑戦的に微笑み、俺達は互いの身体の位置を入れ替え、今度は日番谷隊長が
俺のモノに奉仕を始めた。
「うっ・・・・・っ、もう、サイコ―――!」
毎度、毎度、感嘆させられることに、市丸隊長仕込みのこの人の口淫は絶品だ。
瀞霊廷や流魂街の花町の太夫にだって、この人ほど上手いのは居ないんじゃないかと思う
くらいだ。
いや、それは技術云々より、俺がこの人にぞっこん参っているせいもあるのだろう。
日番谷隊長には市丸隊長という恋人がいて、俺はこの人の愛人にしか過ぎないが、それで
も好きな人が自分を喜ばせようと一生懸命になっているのを見れば、誰だってグッとくるだ
ろう。
「ん―――っ、も、出しますよ・・・ぅんん!」
飲んでくれるのが当り前とばかりに大量に放出した俺の精液を、ゴクゴクと飲み干す喉の
動きにすら感じちまう。
最後の一滴まで出し終えた俺のモノをピンク色の小さな舌が丁寧に清めてくれる。やがて
その舌が離れるのを待って、俺は日番谷隊長の左胸の尖りに、今綺麗にしてもらったばかりのモノ
をグリグリと押し付けた。
「あ・・・んっ」
敏感な粘膜どうしの触れ合いと、自分の胸に男根を擦り付けられるという視覚からの刺激
に、日番谷隊長が甘い声を漏らす。
「コレ、欲しいでしょ?」
「・・・・・」
「欲しくないんですか?」
「・・・てめぇは俺が欲しくないのかよ」
「もちろん欲しいですよ。でも今日は、あんたからおねだりされたいんです。・・・ねぇ、
強請ってみて下さいよ」
「・・・ふん」
「今日は俺の誕生日なんすよ? ねぇ、云って下さいよ」
押してダメなら引いてみるとばかりに下手に出でお伺いすれば、やがて不承不承と云った
瞳が見上げてきて、形の良い唇が小さく呟く。『檜佐木、欲しい・・・』と。
「日番谷隊長!」
感激した俺はもう一度日番谷隊長の身体を風呂の中から抱き上げると、今度は浴槽の廻り
に配された御影石の上へと移動した。
真夏の日光で温められた石の上は仄かに暖かく、日番谷隊長の身体をそこに降ろした俺は
向かい合う形になって胡坐を組んだ。
「檜佐木?」
「自分で慣らして下さい。あんたが自分でヤルとこを俺に見せて下さい」
「・・・・・またかよ・・・」
嫌そうに眉間に皺を寄せながらも膝立てた両足を広げ、日番谷隊長は口の中で湿らせた右
手の中指を、慎ましく閉じている自分のアナルへと差し込んで見せた。
「・・・ん・・・・・んん・・・っ」
身体の力を抜き、ゆっくりと、だが確実に俺を受け入れる為の場所を慣らしていく細い指
の動きをガン見しながら、少しずつ俺のモノも硬度を取り戻していく。
俺がこの人にオナニーをせがむのは別に珍しいことじゃない。日番谷隊長は自慰行為が好
きという訳では決してないが、さほど抵抗が無いのも事実で、請えば大抵はして見せてくれ
る。もっとも・・・
「・・・はぁ・・・んっ」
アナルに差し込む指を二本に増やし、眼を閉じて自分の快楽を追い始めた日番谷隊長を見
ていて、俺はいつも我慢が効かなくなってしまう。
「あ、檜佐木、―――やっ!」
結局はこの人の指を引き抜かせ、より太くて長い自分の指を挿入しないではいられなくな
ってしまうのだ。
「やぁ! ・・・やっ・・・・・あん」
二本の指を根元まで差し込み、暖かな孔内を押し広げ、敏感な箇所をグリグリと刺激すれ
ば、変声期前の高い嬌声が上がる。
その声に一層の興奮を覚え、自然と指使いも激しさを増す。
「はっ、やぁ・・・ひ、さぎ、―――も、やっ!」
「―――――俺のチンポ、欲しいっすか?」
今すぐ突っ込みたいのをなけなしの理性で我慢し、日番谷隊長のおねだりを待つのは大き
なギャンブルにも似て胸が高鳴る。
やがて、甘えを含んだ声が耳元で囁かれた。
「・・・・・欲しい。挿れてくれ、檜佐木」
―――――勝った!
降参するように潤んだ上目使いの瞳を見て勝利の快感に酔いしれた俺は、日番谷隊長の身
体を向かい合っている形のまま抱き上げ、ゆっくりと自分の上に降ろして行く。
「・・・・・んっ!」
ひくつくアナルに俺の亀頭を含ませた状態で暫らく動きを止め、やや間をおいてから身体
を支えている手の力を弱めれば、後は日番谷隊長自身の身体の重みでズブズブと俺のモノを
飲み込んでいく。―――いつもこの瞬間がたまらないのだ。
「や・・・ううっ!」
俺のモノを根元まで含んでぴくぴく震えている小さな身体が愛しくてならない。
身体の震えが治まり、日番谷隊長のアナルが俺のペニスに馴染んだ頃を見計らって、俺は
トンと軽く突きを入れた。その途端、日番谷隊長が俺の身体にぎゅっとしがみ付いてきた。
「―――ぅ・・・檜佐木!」
余りの可愛らしさにクラクラしながらも、俺は前々から心に抱いていた一つの望みを叶え
るべく、日番谷隊長の顔を上げさせ、快感に潤む翠の瞳を見つめて云った。
「・・・日番谷隊長、俺、あんたのこと名前で呼んでみたいんです。・・・ダメですか?」
「・・・・・檜佐木、それは」
「あんたが市丸さんのものなんだってことは、よく分かってます。でも今日だけ、この宿に
居る間だけ、あんたのことを名前で呼ばせてはくれませんか?」
「・・・・・」
「ずっとあんたの事を名前で呼びたいと焦がれてました。良いでしょう? ―――冬獅郎?」
この人を『冬獅郎』と名前で呼んでいいのは、恋人である市丸隊長だけの権利だ。でも俺
だって、市丸隊長に負けないくらいこの人を想ってきた。情に深い日番谷隊長に、その真摯
な想いは通じていると信じている。
ややあって綺麗な翠が優しく細められ、白銀の頭が小さく頷くのを俺は歓喜して見つめた。
「――あ、ありがとうございます!」
「今日だけだからな。・・・俺もお前のこと名前で呼んだ方が良いのか?」
「・・・・・え?」
「だから、俺もお前のこと『修兵』って呼べば良いのかって聞いてるんだ」
これは正直思ってもみなかったことだ。ったく、あんたって人は、どこまで俺を悦ばせて
くれるんだ。
「ええ! もちろん! ・・・勿論そうして下さい!」
嬉しくて、嬉しくて、返事を返すと同時に感情の赴くまま幼い身体を突き上げる。
「ん、っ・・・修兵・・・・・あぁ、修兵!」
日番谷隊長――いや、冬獅郎は何度も俺の名を繰り返して必死にしがみ付いてきてくれた
。それがまた俺の衝動に拍車を掛け、絶頂まで一気に上り詰めてしまう。
「―――あ、もうっ! ―――イキますっ!」
冬獅郎の身体を押し倒して秘所から自身を引き抜き、汗に濡れてほのかに上気している腹
の上に思いっきり射精する。それとほぼ同時に、俺のモノを引き抜いた衝撃に冬獅郎も果て
、腹の上で二人分の精液が交じり合った。
興奮の治まらない俺は、その精液を冬獅郎の腹回りから胸までまんべんなく塗りつけた。
そうしながらも少し後悔の念が湧き上がる。一度出した後だったし、本来ならもっと持久力
があると自負していたからだ。
もっと射精を遅らせて、冬獅郎を長い間愉しませてやるつもりだったのに・・・。
「すんません。俺、あんまりモタなくて・・・」
射精後の気だるげな貌にそそられながらも侘びを入れると、されるがままだった冬獅郎は
一瞬キョトンとした後、なんとやんわりと微笑んでくれた。
「そんなことねぇよ。好かったぜ、修兵」
「―――――冬獅郎!」
余りの幸福感に俺は小さな身体をギュと抱きしめた。
ああ、もう、俺はこの人に一生敵わない気がする。
その後、俺は冬獅郎の身体と髪をこの上ない宝物の様な慎重さで丁寧に洗い清めた。そし
て驚いた事に、なんと冬獅郎も俺の身体と髪の毛を洗ってくれたのだ。最初はとんでもない
と辞退したのだが、『任せろよ。俺、上手いんだぜ』と悪戯っぽく微笑まれて、俺のちっぽ
けな理性を吹き飛ばしてしまった。
もしかしたら市丸隊長とはいつも身体の洗いっこをしているのかもしれない。まったく羨
ましい話だ。
「随分と豪勢な料理ですね」
俺達が風呂に入っている間に部屋のテーブルの上に並べられていた、海の幸、山の幸を前
にして、感嘆の溜息を漏らす。
「そうだな。・・・あぁ、修兵、今日はお前がこっちに座れ」
冬獅郎に上座の席を指差された俺は、今度こそ拒否を露にした。
「まさか、そんなマネ出来ませんよ」
ない。
「今日はお前が主賓なんだ。良いから座れ」
そう云い置いてとっとと下座に腰を降ろしてしまった冬獅郎に逆らえず、仕方なく俺は床の間を背にして上
座に座ったが、なんだか落ち着かないことこの上ない。
ふかふかの分厚い座布団に肘掛まで付いた座椅子に所在なさげに正座した俺に、冬獅郎は当り前のよ
うな気安さだ銚子を傾けてきた。
「あ、頂きます!」
慌ててお猪口を差し出して燗酒を注いで貰ったが、なんだか凄く緊張する。
「なにカタクなってんだ? 足、崩せよ」
冬獅郎が不思議そうに聞いてくるから俺は遠慮なく胡坐を掻き、お返しとばかりに冬獅郎
にもお酌をする。
「・・・俺、慣れてないんすよ。こういう処。ましてあんたと差し向かいだなんて・・・」
苦笑しながら白状すれば、既に料理に箸を伸ばしていた冬獅郎は『なんでだ?』と視線で
問い掛けてくる。
冬獅郎の疑問は尤もだろう。―――俺達は随分前から身体の関係があり、これまでありと
あらゆる体位で交わりあってきた。事実、少し前まで繋がって互いの熱を共有しあった仲な
のだ。にも関わらず、俺の中でこの人を神聖視する感情はずっと頭の隅に残っている。多分
、これから先もその想いは消えることはないような気がするのだ。
どんなに傷つけ、汚し、犯しても、その輝きを消すことは無いであろう翠の金剛石。それ
が日番谷冬獅郎だ。
だからこそ、もしその瞳から涙が流されたなら、それは許されざる禁忌であると同時に、
たまらなく甘美で魅力的な堕天への誘いとなるだろう。俺はこの人を知ってからずっと手を
取り合って落ちてみたいと願っていた。
「どうした? 喰わねぇのか?」
自分の暗い欲望に没頭していた俺に、怪訝そうに眉間の皺を寄せた冬獅郎が声を掛けてき
た。
「―――頂きますよ。・・・普段食べ慣れない物ばかり並んでるから、どれから手を付けて
良いか迷ってしまって」
「好きに喰えばいいさ。ここには俺だけしか居ねぇんだ。礼儀作法に拘ることもないぜ」
俺の誤魔化しを額面道理に受け取った冬獅郎は、蟹の足の刺身を指でひょいと摘んで口に
入れた。他の奴が同じことをすればただ行儀が悪いだけの行為だが、俺の目には微笑ましく
可愛らしい動作にしか写らない。・・・つくづくイカれてるな。
「あんたは好き嫌いがないですよね?」
「そうだな。干し柿以外、大概の物は食べるな。・・・お前は喰えねぇもんがあんのか?」
「ウニだけはダメですね。あの匂いと触感は、人の食うもんじゃないと思いますよ」
「贅沢な奴だな」
呆れる冬獅郎には云わなかったが、俺は結構好き嫌いは激しい方だ。食い物の好き嫌いは
そのまま人の好き嫌いに通じるから、俺は表面上はどうあれ、簡単には他人を信用しないし
、心を許すこともない。
そんな俺に比べ、冬獅郎は一見冷淡そうに見えるが、他人を選り好みして自分から距離を
置くということは殆ど無い。それどころか、どんな人間にも必ず一つは備わっている長所に
目を向け、それを伸ばしてやろうとする指導者としての資質がある。だが逆に云えば、拘り
なく選り好みしないという性は、腹が減れば悪食もするかもしれないという懸念に繋がる。
市丸隊長が俺や阿散井恋次にこの人を許すのも、恐らくはそれを憂慮してのことではない
かと思っている。護廷隊の任務で逢えない日が続けば、冬獅郎も寂しさに負けて手近の誘惑
に乗ってしまわないとも限らない。だがその男が真実冬獅郎が好きかどうかは分からない。
身体だけが目当てのサイテーの奴だということも有り得るだろう。
だったらいっそ、自分の眼に適った者を宛がった方がマシと考えてもおかしくはない。
それともう一つの理由は、本人には自覚が無いようだが、冬獅郎に想いを寄せる男達の数
の多さだ。まだこんなに幼いうちから廻りに男が群がるなんていうのは、尋常な事ではない
というのに。
勿論、この人の実力から云えば正面切って無理強い出来る奴なんてまず居ないが、この世
にはどんな不測の事態が起こるか誰にも分からない。なにしろこの人には『雛森 桃』とい
う致命的な弱点があるくらいなのだ。
金剛石はこの世で最も高い硬度を誇り、それに傷を付けるのは容易ではないが、「砕く」
のは案外容易い。
その不測の事態が起こるのを未然に防ぎ、また事が起これば迅速に対処する為に、市丸隊
長とすれば、吉良イズルの他にもどうしても若干名の腕利きが欲しかったのだろう。
俺や阿散井ならば冬獅郎の為に命を投げ打つと、市丸隊長には分かっているのだ。
勿論この人を隊主に頂く十番隊の隊員達の殆どが、そうなのであろうとも。
だが俺にはこの人が現在持っている霊力や外見の美しさを失っても、変わらずにこの人の
魂を敬い、愛することが出来ると自負がある。
市丸隊長には、多分そのことさえ分かって貰えてる気がするのだ。
これは一つの揺るがない信頼だ。
「あんまり喰わねぇんだな。腹、減ってないのか?」
考え事に熱中して一向に食の進まない俺をいぶかしんで、冬獅郎が再び問い掛けてくる。
「そういうあんただって、腹一杯になるまで喰ってないでしょ」
「まぁな。こんな処でも何が起こるか分かんねぇし・・・」
護廷隊の隊長格として常に臨戦態勢で望めるよう、俺達は満腹になるまで物を喰うという
ことはない。腹が苦しくてそのせいで動きが鈍り、虚に遅れを取るような事があれば末代ま
での恥さらしという訳である。
「でもまぁ、お前は今日くらいは腹一杯食えよ。せっかくのご馳走なんだ。・・・なにかあ
れば俺がお前を守ってやるから」
―――この人が天性のたらしだと思うのは、こういう時だ。
当人にすれば隊長として下位の者を守るのは当然と思っての発言なのだろうが、云われた
方は即座にノックアウトを喰らって心酔してしまう。そうやって歩んできたこの人の後ろは
、きっと死屍累々なのだろう。
「せっかくのお心遣いなんすけど、この食事の後がお楽しみの本領発揮なんで遠慮しますよ」
「・・・・・お前なぁ・・・」
「俺、今日はあんたとヤリまくる気で来たんで、覚悟して下さいね!」
「・・・・・」
「泣き喚いてもヤメませんから、そのつもりでいて下さい」
「―――どうやったら、この俺がお前相手に泣き喚くってんだ?」
箸をパチンと下ろして俺を睨みつけてきた冬獅郎の瞳は、背がゾクゾクするほど強い輝き
を放っている。俺はその瞳を屈服させたくて堪らなくなる。
敬い、愛しているからこそ、貶め、手に入れたいと願う執着心と支配欲。
「―――――もう食べ終えたんなら隣の部屋に行きましょう」
俺と冬獅郎は視線を交わしたまま立ち上がり、食事が供された部屋を後にした。因みにこ
の離れは三つの部屋があり、今食事を取っていた部屋のみが廊下と繋がっており、唯一外か
ら接触出来る構造になっている。そしてその部屋と次の間は驚いた事に中から施錠が可能な
のである。