D E S I R E
瀞霊廷にも冬が訪れ、朝晩は霜が降りるようになったある日の寒い夜、市丸ギンの屋敷の居間で、温か
な湯気が立ち上る夕食の団が取られていた。
「檜佐木先輩、これって、何鍋になるんスか?」
白身の魚、豚肉、茸類、キャベツにニンジンにネギに豆腐といった具財が入れられた珍しい鍋を覗き込
んだ阿散井恋次の問い掛けに、檜佐木修兵がにやりと笑う。
「今、現世でブームになってるカレー鍋だ。お前はまだ喰ったことなかったのか? まぁ、物は試しに喰っ
てみろ。絶対に美味いから」
「はい」
「檜佐木さんは本当に料理がお得意ですね」
素直にこくりと頷いて、子供のように好奇心で期待に瞳を輝かせる恋次に同調するように、吉良イズルが
感心する。
「得意というか、只、食い物を作るのが好きなんだよな。―――ん、そろそろ良いだろ」
鍋の火を止めた修兵は、れんげ型の小振りの唐津の鉢に具財を取り入れ、それをまず市丸へと提供し
た。
「どうぞ。熱いから気を付けて下さい」
「おおきに。・・・うん。ええ匂いやね。美味しそうやわ」
市丸の感想に気を良くしながら、修兵は次に日番谷へも同じ様に手渡す。
「はい。日番谷隊長」
「ありがとう。檜佐木」
市丸の横に座っている日番谷が嬉しそうに受け取り、修兵が更に恋次と吉良、そして自分の分も鉢に
入れたのを見て、市丸が声を掛ける。
「ほな、頂きましょか」
行儀良く両手を合わせる市丸に倣い、皆が一勢に「頂きます」と合唱してから箸を取る。
「うん! 美味い! 檜佐木さん、コレ、メチャクチャ美味いっスよ!」
恋次の弾けた第一声に皆が頷く。
「本当に美味しいですね。今度屋敷の厨房の者にも是非作り方を伝授して下さい」
「あぁ。いいぜ。こんなの作るのは簡単だからな」
この屋敷の全面的な管理を市丸から託され、屋敷で饗される料理の品にも常に気を配っている吉良
に、修兵が笑顔で請け負う。
十二畳の畳敷きの部屋が二間続きになっているこの居間の、一方に設けられた六人用の炬燵で、普
段着に着替えて寛いだ五人が和気藹々と鍋を突付く。
炬燵の上には程好い温度に保たれた熱燗も当たり前の様に置いてあり、みるみる内にその量を減ら
していった。
「あ〜〜〜美味い! でも、俺達がこんな美味い物喰ってるのが乱菊さんにバレたら只じゃすみませ
んね」
恋次がチラッと修兵を見れば、修兵はあっさりと肩を竦めた。
「わかんねぇぞ。乱菊さんは現世でもっと美味いモンを喰ってるかもしれねぇだろ」
それを耳にした日番谷が小さな溜息を付く。
「・・・ったく、今回の現世任務はあいつが行かなければならないようなモンじゃなかったのに」
「お聞きしたところ、十番隊の女性隊士ばかりの討伐隊を組んで現世に向かわれたそうですね」
「魂胆、見え見えやね」
吉良の言葉に市丸が面白そうに笑う。
「現世はクリスマス・シーズン真っ盛りで、街中がお祭り気分で浮かれていて、ナンパや買い物が一番
楽しい時期ですからね」
修兵の苦笑に恋次が無邪気に問い掛ける。
「俺達にも土産がありますかね?」
「さぁなぁ・・・。向こうで良い男見つけて夢中になってなきゃ何かしらくれるんじゃないか」
「だったら絶対に大丈夫です!」
笑顔でシメジを頬張る恋次に、珍しく吉良が眉を上げる。
「・・・君のその自信は一体どこから来る訳?」
「だって考えてもみろよ。普段これだけ良い男に囲まれて暮らしてたら、余程の奴じゃない限り気を引
かれたりしねぇだろ」
「「「「・・・・・・・」」」」
自分自身に其れなりの自負がある(そうでなければ護廷隊の隊長格など勤めていられない)四人は、
黙って肯定の意を告げたのだった。
酒が進み、鍋の中が寂しくなった頃、「そろそろシメにしましょう」と、修兵が鍋の中にご飯を入れ、その
上からモッツァレラチーズを振り掛ける。
「こうするとリゾット風になってまた美味いんすよ」
修兵はそれを各人の鉢に取り分け、配られた一同は再三再四の味覚の幸せを満喫したのだった。
「はぁ。美味かった。腹一杯だ」
「そうだな。少し食べすぎたかも」
日番谷が自分の腹を押さえるのに、「良いじゃないですか。成長期なんだし」と恋次が混ぜっ返し、それ
に又、日番谷が物言いたげに小さな唇をムッと結び、皆の間に笑いが漏れる。
月に何日かだけだが、使用人が作ってくれる料理とは別に、檜佐木が趣味でその腕を振るう日がある。
その日は使用人全てに昼から暇が出されるので、食事の後片付けは皆でするというのが市丸の屋敷の
暗黙のルールとなっており、主である市丸すら例外ではない。その片付けが済み、今度は各人が自分好
みの茶を淹れ、食後の平穏な時を満喫していた。
「ところで、ボクは今夜イズルと過ごすけど、皆はどうする?」
唐突な市丸の言葉に吉良がさっと頬を染める。
吉良の正面に座っていた恋次がそれを見るともなしに見て、嬉しそうに告げた。
「俺、今夜は檜佐木先輩と約束してます! あ、日番谷隊長はどうされますか? 檜佐木先輩と一緒に
俺の部屋へ来ます?」
だったら両手に花だな、とニヤケる恋次に日番谷がそっけなく首を振る。
「いや、いい。俺は読みたい本があるんだ」
「そぉスか。・・・じゃあ、気が向いたら来て下さい」
「あぁ」
「そしたらボクらはこれでお暇してお風呂を貰うわ。ついておいで、イズル」
「はい!」
紅潮した頬のまま、さも嬉しそうに市丸の後を追う吉良の後ろ姿を見送り、恋次がボソリと呟く。
「いつも思うけど、吉良のケツってカッコイイよな」
ドカ!!
「・・・・・っ、痛て! 何すんですか、先輩! あんた今、思い切り蹴ったでしょ!」
「うるさい。お前どこまで気が多いんだ」
炬燵の中で、思い切り恋次の向こう脛を蹴飛ばした修兵の眉間に皺が寄っている。
だが対する恋次は逆に頬を緩め、修兵に擦り寄った。
「あ、もしかして妬きました? 大丈夫です。今日の俺はあんた一筋だから」
にこにこと告げる恋次に、日番谷が「ふ〜〜〜ん。そうか、なら俺はやはり独り寝するとしよう」と立ち
上がり、しまったと蒼ざめる恋次と、(こいつ、馬鹿だ)とばかりに盛大な溜息を吐く修兵を置いて居間
を後にした。
「・・・あっちゃー。俺、もしかしてヘタ打ちましたか?」
「もしかしなくてもだよ。お前、馬鹿だろ?」
二人だけになった居間で確認するように聞いてくる恋次に再度修兵が呆れる。―――が、恋次の立ち
直りは意外に速かった。
「・・・・・その馬鹿と一夜を過ごしてくれるあんたはナンです?」
少しイジケたように唇を尖らす恋次に、修兵がふっと笑う。
「取り合えずは『寛大な大人』ってとこかな」
「さっき俺の足蹴飛ばしたクセに」
「なんか云ったか? 最近耳が遠くなってな」
「自分に都合の悪い事は聞こえないってコトっスか。まぁ良いです。その代り今夜は俺と燃えてもらいま
すから」
「―――ふん。お前も云うようになったなぁ。まぁ、お手並み拝見と行こうじゃないか」
二人してニヤリと笑い。炬燵と部屋の灯を落とした恋次と修兵は、市丸が恋次の為に用意してくれた屋
敷の南に位置する、通称『夏竹殿(かしつでん)』へと身を移したのだった。
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