花がたみ~かざしの姫君~ 弐

 一方その頃、東仙 要は昨日訪れた青宮殿に再び足を運んでいた。

「では、間違いないのだね?」

「はい。今日の早朝、檜佐木がその目で確かめました」

「うん。私の思っていた通りだ」

 目を閉じ、何事かを考え込む部屋の主に、東仙も身動きしないまま、暫しの時が流れた。

「要、市丸は今日も護廷隊の中で業務に付いているのかい?まさか現世任務に就く予定とかはないだろうね?」

 ややあっての問い掛けに、東仙は否と首を振った。

「いえ、市丸は本日は休暇を取っております。確か、日番谷もそうであったかと覚えておりますが」

 他の死神とは隔絶した力を持つ隊長は、もしもの緊急時に備え、緊密な連絡を取り合っている為、休みの申

請等も一月分位ならば把握している。

「う~~~ん。二人は今日の休日をどうやって過ごすのか知っているかい?・・・屋敷の中で大人しくしてい

てくれるのかな?」

「いえ、おそらくは丸一日、瀞霊廷や流魂街への外出に費やすのではないかと」

「それはマズイな」

 眉を寄せる相手の声に、東仙自身も不穏な気配が胸を過ぎる。

「ご苦労だったね、要。もう護廷隊に戻ってくれて構わないよ」

「はい。あの、ですが隊長はこれから市丸をどうするおつもりなのでしょうか?」

 叱責を覚悟での東仙の疑問に、部屋の主はにっこりと微笑んだ。

「市丸をどうこうはしないよ。安心しなさい」

「―――はぁ」

 ホッと内心で胸を撫で下ろす東仙に、更に続けて云う。

「ただ私自身は今日一日、影ながら市丸ギンの護衛に着くけどね」

「えっ!隊長ご自身がですか?」

「そうだよ。まだ『あの方』は市丸にお気付きではないかもしれない。いや、例え知ってはいても確証には到

っていないだろう。だが少しの危険性の芽でも摘み取るおつもりなら、最悪の場合ご自分の『四君子』を刺客

として送り込むかもしれない。・・・彼らが相手ではいかな護廷隊の隊長とはいえ、危険だ」

「―――!」

常には無い厳しい言葉に、東仙は背筋に冷たい物が流れ落ちるのを感じ、絶句したのだった。

  

 

 

 

 

 ここは瀞霊廷の中でも目抜き通りに位置する場所にある、大店の小間物屋だった。

「冬。これはどうや?」

 キュと結い上げられた日番谷の髪に飾られている大輪の白菊の下に、市丸が大振りの翡翠の簪(かんざし)

を差し込むと、小間物屋の店の主がそっと手鏡を日番谷に手渡した。

「よくお似合いでございますよ。姫様」

「そうか?じゃあこれにしよう」

あっさりと即決した日番谷に、店主は温和な表情のまま「毎度ありがとうございます」と頭を下げた。

「包まんでもええよ。このまま髪に差して行くよって」

「はい。今後とも是非ご贔屓下さいませ」

 簪の代金を支払い、仲良く手を繋いで歩み然る二人を見送り、老年に差し掛かった品の良い店主は、ふぅ・

・・と吐息を付いた。

「旦那様、お高い品が売れてようございましたね」

 店の女性店員が嬉しそうに云えば、それに頷きながら、店主は「それにしても凄いもんだ」と感嘆を露にした。

「・・・凄い?何が凄いんです?」

「あまり知られていないが、翡翠という物は百以上の色があるんだよ。うちでも少しずつ色の違う翡翠の簪を

三十本程置いているが、今のお方はその中から迷うことなく、あの姫様に一番似合う物をお選びになったんだ」

「まぁ!」

「時たま、うちで簪や笄(こうがい)をお買い上げ下さるが、一体何者なんだろう」

 遠ざかる二人の後ろ姿を見送りながら、感慨深く呟いたのだった。

 

 

 

「冬に似合いの簪が見つかって良かったわ。少し前までなら涼しそうな蜻蛉玉の簪でも良かったんやけど、流

石にもう季節から外れてしもたしなぁ」

 日番谷に合わせて、自分も青鈍色(あおにびいろ=ブルーグレー)の無双に、薄紫の帯を締めて、粋に着こ

なしている市丸が上機嫌で云うのに、日番谷も「そうだな」と素直に応えた。

「・・・前から思っとったんやけど、冬は女の子の格好をするんに抵抗はないん?」

 いつも従順に自分の見立てた女物の着物を着、装飾品や小物を身に付けることに然したる対抗を見せない日

番谷を不思議に思っていた市丸が問えば、淡々とした声が返ってきた。

「女の身体になっているんだから女の装いをするのは当り前だろう。云っとくが俺に女性蔑視や男尊女卑の考

えはねぇぞ。それに・・・」

「それに、なんなん・・・?」

「――――着飾った俺を見て、お前や松本達が喜んでくれると、俺も嬉しい・・・」

 照れているのだろう、少し頬を染めて、小さな声でそう応える日番谷の可愛らしさに、往来にいるのにも関

わらず、市丸は日番谷を抱きしめたのだった。

「あぁ、冬!ホンマにキミ、愛しいわ!」

「わっ!やめろ!道の真ん中で何しやがる!」

 ギュウギュウと自分を抱きしめてくる市丸から、日番谷は慌てて身を離す。

「ふふっ。冬、次はどこへ行こうか?」

 抱擁を諦めた市丸が、それでもにこにことしながら問い掛けるのに、日番谷は赤らめた顔のまま一言、「腹

が減った」と告げた・

「そう云えばもう直ぐお昼や。そろそろご飯にしようか?」

「あぁ。今の小間物屋の前に、誰かさんが五件も呉服屋に連れまわしたもんだから、腹が減った」

「やって~~~、中々その帯に映える帯締めが見つからんかったんやもん。しゃあないやん」

 そう云って視線を移した日番谷の帯には、鈍い光沢を放つ淡い珊瑚色の帯締めが巻かれ、その中央部には上

品な質感の琥珀色の菊つなぎの切子帯留めがある。

「お前の着る物への拘りを、もう少し護廷隊の仕事に活かして欲しいもんだ」

 呆れる日番谷の言葉を馬耳東風とばかりに聞き流し、「冬は何が食べたいん?」と市丸が聞いてくる。

「特にこれが食べたいってもんはねぇな。お前に任せる」

「さよか。なら鰻でも食べに行こうか?」

「鰻か」

 少し意外そうに云う日番谷に市丸はにっこりと笑った。

「鰻の旬は夏やて思われがちやけど、実際はほぼ一年中、味は変わらんのや。でも強いて云うなら、川を下っ

て海へ産卵に向かう今時分の「秋の下り」が一番美味しいとボクは思うとる」

「そうか。なら、鰻にしよう。・・・あ、でも、敷居が高そうな店は嫌だぞ」

「判っとるよ。ボクかて休みの日に、しかも冬と一緒やいうのに、肩肘が張るような処はゴメンやて」

「だよなぁ」

 眉を寄せる市丸に日番谷も苦笑を返す。

 二人共に、護廷隊の隊長ともなれば、望むと関わらず、日頃から何がしかの付き合いをしなければならない

事も多い。その際に利用する格式ある料亭に、わざわざ休みの日まで足を運びたくはなかった。

「店構えは小さいし、綺麗とはいえんけどな、美味しい処を知っとるんよ。任せてや」

「あぁ」

 

 

 

 市丸と日番谷が手を繋いでやって来たのは、表通りから外れた裏道にある、屋台に毛が生えた様な、テーブ

ル席も無い、カウンターのみの店だった。到底子供連れや女性同伴で来る様な店ではない。

仮にも護廷隊の隊長を勤めている市丸が、なぜこんな処を知っているのだろうと不思議に思える程の店だっ

たのだ。

市丸が、少し戸惑っている日番谷を抱き上げて、木で出来た足の長い椅子に座らせると、無愛想な店主に手

を上げて合図を送る。

 すると、「いらっしゃい」の声も無く、黙って中身の入ったガラスのコップが差し出され、それを受け取っ

た日番谷はてっきりお冷だと思い、一口、口に含んだのだが、意に反し、驚くことにそれは酒だった。

「市丸、これ」

「焼酎やよ。冬の口には合わんかなぁ」

「いや、そんなことはないが、ちょっと驚いたな」

「ふふふっ・・・」

 その二人の前に、鰻の頭、カマの部分、ヒレ、肝、そして骨までもが、次々に串に刺されて出てきた。

 あまりの珍しさに瞳を輝かせる可愛い恋人に、市丸は「さぁ、お上がり、美味しいで」と慈愛溢れる笑顔を

見せたのだった。

 そして、食事の最後を、鰻の乗ったどんぶり飯で締めた二人は、大満足で箸を置いた。

「美味しかったな」

「あぁ。俺、この店、気に入った!また、来ようぜ」

「そうやね。今度は檜佐木クン達も一緒に連れてきてあげような」

「うん!」

 にっこりと笑う日番谷に市丸も微笑む。

「冬。ご飯を食べたら折角の紅が消えてしもうた。塗り直してもええ?」

「あぁ。頼む」

 自分に向かって大人しく頤を上げ、その、見る者を魅了せずにはおかない翠の瞳を閉じる日番谷に、市丸は

自分の袂から貝殻に入った紅を取り出し、それを形の良い日番谷の唇に小指の先でそっと塗った。

「うん。綺麗やなぁ」

 感動を含んだ市丸の声に、眼を開けた日番谷は頬を紅く染めて俯くが、そんな彼の目元にも僅かな分量の紅

が差されており、それが尚一層、翠の瞳の美しさを人に印象付けた。

 

鰻屋の店で勘定を払い、下駄をカラコロと鳴らしながら、ゆっくりと辺りを探索し、食後の散歩を楽しむ。

 時折見上げる空はどこまでも青く、そして高かった。

「市丸、これからどうするんだ?まさか又買い物じゃねぇだろうな?」

「違うよ。さっきの簪で今日の買い物は終わりや。・・・そうやねぇ、お腹が膨れて眠うなったことやし、お

昼寝して、それから何か甘いものでも食べて屋敷に帰ろうか。今日の夕方には阿散井クンも現世から帰ってく

るそうやし、久しぶりに皆そろってご飯が食べれるわ」

「あぁ。そうだな」

 市丸の言葉に日番谷は幸せそうに頷いた。

 

 

 

 今度市丸が日番谷の手を引いてやって来たのは、驚いたことに遊郭だった。

 真昼の事とて夜の淫靡な雰囲気はないが、ここも普通ならば子供や女性は連れてこない場所である。

 だが日番谷は平然とし、興味深そうにしながら市丸の横を歩いている。

「今日はどのお店にしよか?」

「そうだなぁ・・・」

 遊郭の店が立ち並ぶ通りを歩いている二人を、とある一軒の遊女屋の女が、二階の廊下の出窓から目ざとく

見つけ、自分の横に居る仲間に知らせた。

「ねぇ、ちょっと、あそこを歩いてくるの、市丸様じゃない?」

「あ、本当だ!『かざしの姫君』もご一緒だわ!」

 その声に、その遊女屋の女達がわらわらと一斉に集まり、市丸達に声を掛けてきた。

「市丸さま―――っ!」

「姫さま――――っ!」

 呼ばれた二人は上を見上げ、盛んに手を振る遊女達を見て微笑んだ。

「向こうからお呼びが掛かったなぁ。冬、あのお店でええ?」

「ああ。勿論だ。確かあの店には琵琶と琴の名手がいた筈だしな。お前の子守歌に丁度良いだろう」

「・・・ボク、ど―――してもお昼寝したい訳でもあらへんやけど」

 日番谷の言葉に市丸が少し複雑な気分で呟いた時、二人に気付いたあちこちの店の遊女達から盛んに声が掛

けられ始めた。

「市丸さま――っ、姫さま――っ、今日はそちらのお店にお決まりですか――?」

「今度はうちのお店にもいらして下さいましね――!」

 二人に向かって盛んに手を振り、声を掛けてくる遊女達に、市丸も日番谷も頬を緩めて手を振り返した。

「堪忍な。今度また寄せてもらうわ」

 その様子は、二人がこの花街の大した人気者なのを物語っていた。

 

「これはこれは市丸様、姫さま、ようこそのお運びでございます」

 店の主自らが恭しく出迎え、二人を奥座敷に通す。

「いつもの様に身体の開いてるお姐さん達は全部、ボクの部屋へ呼んでや」

「はい。はい。かしこまりましてございます。いつもありがとうございます」

 にこにこと愛想の良い店の主の後から、ぞろぞろとその店の遊女達が付いて来ていた。

 市丸が遊女屋に入る時は、その店の中の遊女達をほぼ全員、貸切にしてしまうのが常だった。

 そうしておいて、その全ての遊女を傍に侍らすかと云えばそうではなく、外に買い物に行きたい者がいれば

行かせてやり、自分の部屋で休んでいたければそうさせていた。

そんな市丸を不思議に思った日番谷が、何故そんな真似をするのかと、以前、尋ねた事があった。その時、

市丸は苦笑いしながらも訳を教えてくれた。

『ボクはな、流魂街の遊郭で育ったんよ。ボクのおたあさんがボクが二つか三つの時に病で亡うなってからは

、おたあさんのおった、お店のお姐さん達がボクを育ててくれんや。ボクの京弁はその店の太夫が喋っとった

言葉や。・・・ボクはな冬、ほんの少しでもボクの遣り方でご恩返しがしたいんよ』

『・・・そうか。お前を育ててくれた人達は、今もその流魂街の遊女屋に居るのか?』

『あはっ!そんな訳ないやろ。ボクが死神になってから仕送りしたお金で皆、とっくに自由の身や!』

 その時の市丸の、少し得意そうな笑顔は、何時までも日番谷の心に残っている。

 

 

 

「かざしの姫君、市丸様は相変わらずお優しくして下さいます?」

 その店の太夫が銚子を傾けながら聞いて来るのに、日番谷はコクンとはっきり頷いた。

「あぁ。相変わらずだ」

 太夫が杯に注いでくれた酒を飲み干して笑顔を見せる。

「あなた達の間で何か困っている様なことはないのか?俺たちで力になれることがあればなんでも云ってくれ」

「はい。ありがとうございます。姫様のそのお言葉だけで充分でございます」

 しっとりとした美貌のその太夫は、真摯な眼差しを送る日番谷に感謝の笑みを返す。

 日番谷を『かざしの姫君』と最初に呼んだのは実はこの太夫だった。

 

 今から二年程前、この常連の店にふらりとやって来た市丸は、驚いたことに十歳程の絶世の美少女を連れて

いた。

 慌てて応対に応じた店の主は、当初市丸がこの少女を店に預けるつもりで来店したものとばかり思っていた。

 ある程度の資産を持つ者が、家族や知人に内緒で妾を囲いたい場合に遊郭に預けるのは、よくある手であっ

たからだ。

 だが、幼いうちから自分の好みを植え付け、ゆくゆくは愛妾とする為に連れて来たのであろうという、店主

や、人事ながら眉を顰める遊女達の思惑は大きく外れ、何時ものように店の女達を貸切にした市丸は、その少

女と歌や踊りの楽しいひと時を過ごすと、何事もなく帰って行った。

 そして数週間後、再び店を訪れた市丸と日番谷に、意を決した遊女の一人が二人の関係を聞くと、それまで

一言も口を聞かなかった美少女が「俺は市丸の妻だ」と発言し、その場に居た一同を仰天させたのだった。

『・・・こんなにお小さいのに、もう奥様なのですか?』

 別の遊女が恐る恐る尋ねれば、日番谷は「そうだ」とはっきり応えた。

『俺はもう随分前から、市丸の屋敷に一緒に住んでいるんだ』

 目を見張る程美しいが、寡黙で無愛想だとばかり思っていた日番谷が、思いも掛けず受け答えをするのを驚

き、又、好ましく思った遊女達が次々と話掛け、場が賑わい、盛り上がった。

 気の良い遊女の中には余計なお節介を焼く者もいて、年長者として日番谷に諭す者まで現れる始末だった。

「姫様、男という生き物はなかなか一人の妻を護って過ごせないものです。取り分け市丸様のような方は特に

!・・・まだお小さい姫様にこんなことを申し上げてはなんなのですが、いずれ市丸様にも側女(そばめ)が

お出きになるかと思います。でも姫様は気をしっかりお持ちあそばしてですね・・・」

「うん。心配してくれてありがとう。でもうちは皆、仲が良いから大丈夫だ」

「はぁ・・・?」

「それに市丸の愛人達は俺の愛人だし。まぁ、市丸がこれ以上増やすかどうかは知らないが、今の所は皆仲良

く一緒に暮らしているから大丈夫だ」

――――――え?

 一瞬、その部屋にいる遊女達全員が固まった。

 妻と妾が一緒の屋敷で暮らしているというのも凄いが、夫と妻がその愛人達を仲良くシェアし、かつ、その

愛人達の間で争いがないなどとは、俄かには信じがたい、まさに奇跡の事態だろう。

 皆が呆然として自分を見ているのに気付いた日番谷は、どうしたのかと不思議そうに小首を傾げ、市丸は肩

を震わせて笑いを噛み殺していた。

 

 そんな二人は忽ちに遊郭のどの店でも持てはやされる様になった。

 たまに気まぐれに訪れていた市丸は、どの店でも自分が居る間は店の全ての女達を買ったくれる為、店の主

にも遊女達にも絶大な人気があったが、一旦打ち解けた後の日番谷の魅力も又、女達の高い支持を得た。

 黙って座って居れば、出来の良い美しい人形のようなのに、自分のことは「俺」、夫たる市丸のことは「お

前」と呼び、相当に頭の出来も良いのであろう、打てば響くような言葉を返してくれるのも心地良かった。

 そんな日番谷がいつも髪に差している花が、市丸自らの手によるものだと知った時、この店の高い教養があ

るらしい太夫は、日番谷を指して『かざしの姫君』と呼んだのだった。

 

「なぁ、いつかあなたに聞こうと思っていたんだが、俺を『かざしの姫君』と呼ぶのは単に俺がいつも髪に花

を差しているからという訳ではないんだろう?」

 日番谷がそう聞いたのは、二十人近い人数が居るこの部屋で、起きているのが自分と、自分の相手をしてく

れているこの太夫だけなのを見越してのものだった。

 

奥座敷に上がりこんだ二人は、暫らくの間こそ、遊女達の歌や管弦を楽しんでいたが、「ボクはこれからお

昼寝するわ。ボクがお店を出るまでは、お姐さん達は自由にしてや」と云った、市丸の一言でお開きとなった。

 しかし、自由にして良いと云われたのにも関わらず、誰一人部屋から出ようとはせず、上座で座布団を枕代

わりにして横になった市丸を囲むかのように、女達もてんで横になり、皆で午睡を楽しんでいるのだ。

 客である男達の目に留まる為にと、彼女たちが纏っている、派手な紅や緑、青、紫、萌黄などの着物がそれ

ぞれを引き立て遭い、涼やかな風が通っているこの部屋の中で、色とりどり花々が咲き乱れているかの様に美

しかった。

 

日番谷の問いかけに、この花街でも上位三位には入るという人気がある太夫は、にっこりと頷いた。

「はい。ここには現世で僧侶だった方もお見えになるのですよ。その方がおっしゃるには、阿弥陀如来の両脇

に居られる観音菩薩は人の智慧を蝋燭の光で表し、勢至菩薩は人の思いやり―――慈愛の心を供花の花で表す

のだそうです。そして、人が他者に花を手向けるのは、人が人として在るべき中でも、尤も人間らしい行為な

のだと」

「・・・・・・・」

 感動して胸を打たれた日番谷に、太夫はにっこりと笑いかけた。

「ですから、市丸様にとって、姫様は神仏(しんぶつ)も等しき方なのですよ」

「―――――!・・・お、俺はそんな大層な者じゃ・・・」

 驚き、頬を紅潮させて慌てる日番谷に、太夫は「いいえ」と首を振る。

「そうなのですよ。姫様!―――市丸様は姫様のお為に命を賭すでしょう。そして姫様も必ずそうなさる。・

・・そんなふうに愛し合える者には気の遠くなるような輪廻の中でも、果たしてどれ程の者が巡り合えるもの

でしょうか。心からお羨ましく思いますよ」

 口では「羨ましい」としか云わなかったが、その太夫から溢れ出ているものこそが「慈しみ」なのだと日番

谷には判った。

「ありがとう。そんなふうに云ってもらえて、とても嬉しい。・・・あなたに何か差し上げたいと思うが、生

憎と市丸は俺に財布を持たせてくれないし、金銭なんかでは到底あなたの思い遣りに対する礼にはならないな」

「はい。どうぞ、お気遣いなく、姫様」

「うん。ただ俺にも一言、云わせてくれ」

「え?」

「あなたは素晴らしい人だな。・・・市丸が云っていたが「太夫」と呼ばれるには、単に容色が優れていて、

芸妓に長けていれば良い訳ではないそうだな。自分の目下の者を可愛がり、世話が出来なければ勤まらないと

聞いた。そしてそれは全て思い遣りの心からきているとも。きっとあなたには、まだまだ俺が知らない沢山の

美点があるのだろうな」

「ま、まぁ、姫様」

 日番谷からの言葉に、みるみるうちに太夫の白い面が朱に染まる。

 客の前では常に泰然としている太夫が、珍しく取り乱している気配を、眠りの中で敏感に感じ取った市丸の

口元に、ほのかな笑みが浮かんだ。

 

 

 

 

 

「あ―――よう寝たわ」

「お前、爆睡してたな」

 欠伸をする市丸に日番谷が呆れたように返す。

 あれから暫らくして起き出してきた市丸は、瀞霊廷の中でも有名な甘味処から人数分のあんみつを出前させ

、それを皆で美味しく食べた後、日番谷を伴って店を出た。

 店から出る時は全員が賑やかに送り出してくれたおかげで、道行く人達の大層な好奇の的となったが、二人

は気にしなかった。

「お前、昨日の夜、俺が眠った後に起き出して、縁側でずっと何か考えごとをしていただろう?」

「気付いとったん?」

「当り前だ。・・・何か悩みがあるんじゃないか?」

 夕暮れ時の雑踏の中を歩きながら、少し心配そうに問い掛ける日番谷に、市丸は軽く笑って手を振った。

「そりゃ、ボクかて護廷隊の隊長やもん。たまには考え事くらいするわ。でも冬が心配するようなことはなん

もないよ」

「・・・本当か?」

「ホンマやよ。――――それより、冬・・・」

「あぁ。付けられているな。あの店を出てからすぐだ」

「何が目的やろね。今更ボクらの素行調査やあるまいし、暗殺目的の刺客と思ったほうがええのかなぁ」

「そうだな」

 物騒な会話の割りには、二人とも平素と変わりなく歩を進めている。

 と、いきなり、全方で大声が上がった。

 二人が近付くと、四、五人の、あきらかにゴロツキと思えるグループが二つ、互いに睨みあい、罵声を浴び

せあっている。

 なにやら聞こえてくる内容によれば、擦れ違う際に、互いのグループのリーダー格同士の肩がぶつかり、争

いに発展してしまったらしい。

 言葉での諍いは案の定、すぐさま互いが入り乱れての乱闘になってしまった。

 道の往来でのこととて、遠巻きに事態を見ていた沢山の人達が、争いに巻き込まれまいと我先にと慌てて逃

げ出した為、場は一変に騒然となった。

 その時、逃げ惑う人々の間を縫って、鋭利な小柄が市丸に投げ付けられた。

「―――甘いわ!」

 眉間を狙って投げ付けられた小柄を、余裕で二本の指の間で受け止めた市丸は、続いて投げ付けられた、真

っ黒に塗られた小柄を、自分が手にしている小柄で跳ね返した。

「一本目をかわして安心したところへ、目に見えにくい、真っ黒に塗った得物でしとめる。・・・か、ええ手

やけど、生憎ボクには通用せんわ」

 溜息交じりの市丸の言葉を合図にしたか如く、二人に向かって次々と小柄や手裏剣が飛んできた。

「市丸、これは・・・」

「うん。『驚忍の術(きょうにんのじゅつ)』やね」

 次々と飛来する凶器を弾き、又、身をかわしながら、市丸がのほほんと応える。

 『驚忍の術』は標的の周囲でわざと喧嘩等の騒ぎを起こさせ、狙う相手の気をそらし、そのスキに乗じると

いう忍法の一つだった。

「こてこての古典的な戦法なんやけど、こんな往来でやるなんて傍迷惑な連中や」

 市丸の言葉通り、今しも、日番谷の弾いた小柄が近くにいた若い男の腕を掠めた。

「市丸、ダメだ! 俺たちがここにいればいずれ怪我人が出てしまう!」

 尽きる事無く、四方から投げ付けられる凶器に、日番谷が声を上げると、市丸もコクンと頷く。

「場所変えやな。冬、走るで」

 瞬歩を使って走り出した二人の後を四つの影が追った。

 

 

 

 やがて市丸と日番谷が足を止めたのは開けた草原だった。

 背中合わせに組んだ二人を、忍者の装束に身を包んだ四人の刺客が囲む。

「・・・ボク達を護廷隊の隊長と知っての襲撃なんやね?」

 市丸の問いかけに無言の肯定が返される。

「冬。こいつら出来るわ。むしろ『驚忍の術』で相手を見くびったのはこちらかもしれへん」

「あぁ。四人が四人とも、隊長格の力を持ってるな」

 発せられている殺気から、相手の実力を悟った二人は最大限の臨戦態勢を敷いた。

「四人かぁ。・・・ホンマは冬に見物しとってもらうつもりやったんやけど、一人任せてもええ?」

「アホぬかせ! 二人寄越しやがれ!」

 この後に及んでも尚、のほほんとした口をきく市丸を、日番谷が怒鳴りつけた瞬間、抜刀した四人が一斉に

切り掛かって来た。

「おっ・・・とぉ!」

「―――この!」

 斬魄刀を所持していない二人は、相手の攻撃をかわしながら鬼道を放ち、白打で応戦した。

「破道の三十一 赤火砲!」

「破道の三十三 蒼火墜!」

 だが四人はいずれも素早く、そして相当の手錬であり、市丸と日番谷の鬼道をかわして、休みなく攻撃を仕

掛けてくる。

「破道の六十三 雷吼炮(らいこうほう)!」

 詠唱を破棄しているとはいえ、護廷隊の隊長である自分が放った威力ある雷撃をかわされ、市丸にも徐々に

焦りが現れる。

 袴姿ではなく、着流しを身に着けている為に、従来の動きが出来ず、何よりも斬魄刀で戦えないことに苛立

ち、戦いの合間に気配を覗えば、日番谷も苦戦しているのが伝わってきて、市丸の額に汗が浮かぶ。

 斬魄刀は死神の霊具の一種である為、『気』を溜めれば呼び出せないこともないのだが、二対一で戦ってい

る現状ではその隙すら作れない。

(マズイわ。人気の無い場所を選んだのがそもそもの間違いやけど、こんな消耗戦、いつまでも続ける訳には

いかんわ!)

 ならばどうするか?と、考えた時、市丸の頬に不敵な笑みが浮かんだ。

 市丸は切りかかって来た相手の刃を紙一重で交わし、素早い体術で相手を拘束し、その相手の斬魄刀を奪う

という作戦に出た。

 当然、そうはさせじともう一人が切り掛かって来たが、市丸は自らの左腕を盾にしてその攻撃に耐えるつも

りでいた。

(この腕一本、くれてやるわ! だがお前らは全員、生かして返さん!)

 市丸にとって、自分の命が狙われたということより、自分の目の前で日番谷が危険な状態になっているとい

うのに、それを助ける事が出来ずにいる自分自身に腹が立って仕方ないのだった。

 刺客の刃がまさに市丸の左腕を切り落とそうとしたその瞬間、何者かが両者の間に割り込み、その刃を自分

の刀で受け止めた。

 キン!という、高い金属音が秋の深まった草原に響いた。

 はっとした刺客が刀を引き、身を離すのと、市丸がもう一人から斬魄刀を捥ぎ取るのとが同時だった。

 瞬時に、自分と刺客の間に割って入った長身の男が、自分の味方であると直感した市丸は、自分の斬魄刀を

失い、仲間の元に逃げる相手に攻撃を仕掛けるより、日番谷の援軍に廻る方を選び、瞬歩を使って駆けつけた。

 だが、市丸が日番谷の元に辿り着く前に、突然現れた男の存在に気付いたもう二人の刺客は、日番谷への攻

撃を止め、すでにある程度の距離を取っていた。

「冬!大丈夫か? 怪我はないん?」

「ああ。平気だ。お前こそ・・・」

「ボクはなんともないよ。それより・・・」

 男の出現に、いきなり戦意を消失したらしい四人の刺客の動向が気になる。

そして、突然現れ、自分の窮地を救ってくれたこの男は一体何者なのか。死覇装を身に纏っているところを

見れば死神なのであろうが、顔に見覚えはない。なにより男から発せられている霊圧は、隊長である市丸や日

番谷をも遥かに凌いでいる程高かった。

その意中の男が口を開いた。

「皆、刀をしまいなさい。そうでなければ、これよりはこの私がお前達の相手となろう」

 静かな声だった。

 深い声だった。

 人が足を踏み入れたことのない深山の奥から響いてくるような。

あるいは底の知れない海底からの呼びかけのような・・・。

 そのあまりの美声に、日番谷はこんな時だというのにも関わらず、魂を揺さぶられるような気がした。

 およそ、人を従わせ、導く、王たるものは、こんな声なのではないかという、美しい響きを持っていた。

 実際、その、威嚇するでもなければ、恫喝するでもない男の言葉を聞いた刺客達は、即座に斬魄刀を鞘に収

め、恭しく片膝を着き、恭順を表した。

 それに頷いた男は今度は市丸に声を掛けてきた。

「市丸殿、申し訳ないのだが、その刀を私に下さいますまいか?」

 呼び掛けられたギンは一瞬躊躇したものの、刺客から捥ぎ取った斬魄刀をその男に手渡した。

「ありがとうございます。・・・『青蘭』取りに来なさい」

「はっ!」

 若々しい声が応え、腰を屈めたまま男に近付き、その手から恐る恐る自分の斬魄刀を受け取った。

 『青蘭』と呼ばれた刺客が仲間の元へ戻ると、男が四人を見渡して告げた。

「これより、市丸殿の身柄は私が預かると、宮へ戻って御方(おんかた)へ伝えなさい。暫らくの後に私自身

が宮へ出向き、事態を説明させて頂くという旨も遭わせて伝えなさい」

「ははっ!」

 男の言葉に返事をし、四人は瞬歩を使ってその場から消えた。

 

「え~~~っと、事情は判りませんが危ない処をお助け頂いて、ほんまにおおきに。―――時の氏神様のお名

前をお聞きしても宜しいでしょうか?」

 こんな時だというのに緊張感の欠けるギンに対し、長身の男は微笑で応えた。

「はい。―――王属特務総統括指令、藍染惣右介と申します」

 男が名乗った途端、日番谷の翠の瞳が最大限まで、見開かれた。

「藍染惣右介!―――元、護廷隊の五番隊隊長で、『剣聖』の藍染惣右介殿?」

「ええ」

 日番谷の驚嘆した声に、藍染はにっこりと笑い掛けたのだった。

 



                                                続く


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