―――最初から誰も天に立ってなどいない・・・

 

―――――神すらも! 

 

 

 

 私が虚圏へと身を移して暫らくして、自らが創生した破面達と護廷十三隊の死神達が全面

戦争へと突入する日を迎えた。

 

「・・・藍染さん」

「ギンか、外の様子はどうだい?」

 虚夜宮の王座に腰掛けている私の元へ、ギンがその優美な姿を現した。

「ボクに聞かんかて判ってはるやろに・・・」

「―――そうだね」

 あきれたように柳眉を寄せるギンに苦笑を漏らす。

 私の作り出した軍勢は善戦しているとはいえ、既に膨大な数の破面達が死神の斬魄刀によ

って浄化され、散っていった。十刃ですら、何名かが掛けてしまっていた。

「あまりよろしゅうないなぁ。ボクはどないしたらええです?」

「うん?」

「外へ出て戦え言わはるんでしたらそうします。藍染さんはその間に撤退されますか?」

「撤退?・・・私にこの虚夜宮から逃げ出せと言うのかい」

「せやかてもう時間の問題や。大体この虚夜宮で開戦したこと自体間違いやもん」

 流石に護廷隊の隊長を勤めていたギンの指摘はもっともだった。だが、私にとってこの戦

いの場は、この砂と虚無と作られた城ででしか、ありえなかった。

 脆く崩れ去ることが判りきっていながら、面々と作り上げた私の王座でしか・・・。

「私はここを離れないよ。ギンも行かなくて良い。うっかり松本君や吉良君と出会ってしま

ったら困るだろ。外のことは要に任せておけば良い」

「はぁ・・・」

 肩を竦めるギンにクスリと笑いが漏れる。

「何が可笑しんです?」

「いや、何故お前は私に大人しくここまで着いて来たのだろうと思ってね」

「・・・言わはる意味が判りませんが」

「お前がその気なら、私を背後から切るチャンスは数え切れないほどあったのにね」

「・・・・・藍染さん・・・」

「日番谷冬獅郎と共にいる為に、そうしたいと思ったことはないのかい?」

 我ながら自虐的なことを尋ねている自覚はあったが、問い掛けられたギンは珍しく怒りを

露にしたのだった。

「ボクを見くびらんといて下さい!」

「ギン」

「ボクはあんたの道具やけど、それは自分で決めた道や。一旦、そう決めた以上、主人に牙

剥いたりせえへん!・・・それに、他の誰よりも可愛がってもろうた自負がある。ボクが藍

染さんを裏切るということは自分自身を否定するんと同じや」

 きっぱりと言い切ったギンに、『あぁ、似ているな』と、私は眼を細めた。脳裏を掠める

のは白銀の髪と翡翠の瞳を持つ少年だった。

 自分で決めたことは例えどんなに困難であろうと、翻すことなく遣り遂げようとするその

覚悟。日頃、あまりにもひょうひょうとしてつかみ所の無いお前のそんな本質が、たまらな

く私を惹きつけたのだ。

「悪かったよ。ギン。この通り謝ろう」

「・・・・・判ってもろうたらそれでええんです」

 素直に詫びれば、ギンも大きく息を吐いて怒りを静めた。

 そんなギンに軽く両手を広げて見せれば、躊躇なく私の膝に腰を降ろす。

「重くないん?藍染さんの膝に乗るんは随分と久しぶりや」

「そうだね。だが私はお前の身体の重みもぬくもりも、しっかりと覚えて起きたいんだよ」

 男にしては身の細い身体を緩く抱きしめて言葉を続ける。

「もうすぐお前を求めて私の待ち人が来る。だが私は彼にお前を渡す気はないんだよ」

「・・・・・藍染さん。昔、藍染さんが自分を切って欲しい言うたお人は『あの子』なん?」

「そうだよ。よく憶えていたね。もっとも残念ながら彼の方は私のことなど綺麗さっぱり忘

れていてね。少なからず傷ついたんだが、でももしかしたら今は思い出してくれたかもしれ

ないんだよ」

「・・・それ、どうゆうことです?」

「知りたいかい?そうだね。彼がここへ来るまでにもう暫らく時間があるだろう。その間に

お前に御伽話を聞かせてあげよう」

「御伽話?」

「そう、私が現世で生きていた時に出会った、美しく、優しく、気高く、そして残酷な神様

の話を・・・」

 私は二百年近く前の天一神との出会いを、余すところ無く、ギンに語って聞かせたのだっ

た。

 

 

 

 私の一人語りを只黙って聞いていたギンは、話終えた私を自分の腕でしっかりと抱きしめ

、囁くように口を開いた。

「・・・藍染さん、その神様は藍染さんのことが好きやったんよ。だからこそ、自分のもの

にはせえへんかったんや」

「判っているよ。彼がどんなに私に期待を掛けてくれたのかは充分に理解している。だけど

ね、ギン、私が欲しかったのはそんな期待ではなく、ただ一つの言葉だったんだ」

 

 自分と一緒に来いという、ただ一言の言葉が・・・。

 

「・・・・・その『天一神』は、ほんまに冬獅郎やの?」

「そうだよ。驚かないんだね」

「冬獅郎にはどこか人とは隔たったところがあったやん。けど、あの子が何者であれ、ボク

にとっては只一人の『神様』や!」

「そうだね。そう云っていたね」

 

『藍染さん、ボクなぁ、「神様」に出会えたんや』

 数十年前、そう云って私に笑いかけたお前は本当に幸せそうだったね。

 

「彼はもうすぐここに現れる。ただ彼が日番谷冬獅郎としてお前を求めてやって来るのか、

それとも天一神として私を裁きにやって来るのかは判らないがね」

「・・・ボクは冬獅郎にボクの業を終わらせてもらおう思うてました」

「残念ながらそれは許してあげられないよ。ギン」

「ほな、どうされますの?―――藍染さんがボクを殺しますの?」

「いや、そんなことはしない。だが、私に出来る限りの悪あがきはするつもりだよ」

 私はギンを立ち上がらせると、懐から崩玉を取り出した。

「これを使うのはこれが最後だ」

「藍染さん、一体何しはるつもりです?」

 私の呟きにギンが警戒を露にするが、私は頓着なしに、己の全霊力を込めたそれを王座の

横の壁に向けて投げつけたのだった。

 

 

 

 崩玉は壁に当たった瞬間に砕け散り、それを代償として壁面に暗い暗い孔が穿たれた。

 ごうごうと耳鳴りのような風の音と共に、深い異空間がその不気味な口を開いた。

「最初、崩玉は私自身の虚化の為に使うつもりでいたんだよ。科学者が自分の身体を実験に

使うようにね。十二天将の最強神とはいえ、もしかすれば、適わぬまでも彼に手傷くらいは

負わせらせるかもしれないと思って、―――彼の心に人間如きに遅れを取ったという傷を残

せるかとね」

「・・・・・」

「でも、何よりもお前を彼に渡したくないという思いが強い。だからギン、私はお前をこの

異空間の孔へ突き落とすつもりだよ。彼の手が届かない処へね」

 私の狂気を含んだ笑みをギンは静かに見つめ返し、やがて緩く首を左右に振った。

「藍染さんにそんなマネさせられへん」

 ギンはゆったりとした歩みで私の横を通り抜け、異空間への入口へと近付いた。

「ギン、お前・・・」

「・・・・・ボクが現世でどんな扱いを受けて生きていたか、そしてどんな死に方をしたの

か、誰にも云うたことはない。―――これからも云うつもりはない。けど・・・」

異空間の入口を見つめながら、ギンは儚いほどの笑みを浮べた。

「ボクは死神になってからは幸せやったと思う。・・・あんたの道具とはいえ、人の一生分

以上の長い間、藍染さんに大事にしてもろうたんやもん。幸せやった!」

「ギン!」

「さよなら、藍染さん。――――いつか、藍染さんの願いが叶うとええなぁ・・・」

 はんなりとした笑顔を私に向けたのを最後に、ギンは暗い穴の中へと身を投じた。

それを目にした瞬間、言葉も発せられない程の恐怖に似た喪失感に、私は人の子として最

後まで手の中で握り締めていた、唯一の大切なものを失ったことを悟った。

 

ギン、お前は、私の道具などではなかった!

 

 

 

 

 

――――来る。近付いている。貴方の気配・・・。

 

バキン!という轟音を共に鋼鉄のドアを打ち破り、氷の翼を背に負った少年が姿を見せた。

「ようこそ、お待ち申し上げておりましたよ。・・・天・・・」

「やめよ!俺の名は日番谷冬獅郎だ!」

 王座から立ち上がり、出迎えた私の言葉を白銀の髪をした少年が遮った。

「・・・やはり、記憶は戻っておられましたか」

 私は、天一神、いや、日番谷冬獅郎と暫し見つめあった。

 言の葉では言い尽くせぬ、様々な思いが胸中を満たした。

「藍染、お前、市丸をどうした?」

 やがて、私から視線を外し、横に穿たれている異空間の孔に眼を転じた少年は、不安を押

し隠したような声で聞いてきた。その問いに、私は静かに応えた。

「あなたのお察しの通りですよ。ギンは私がこの手で、この孔の中へ落としました」

「何故そんな真似をしたんだ!」

 「私はあなたにあの子を渡したくはなかった。絶対にそれだけは嫌でした」

 そうだ。この虚圏に身を移してからは、もはや人の形をとっている必要はなかったのだ。

破面達の創造主にして、この虚圏の帝王たる身に相応しい妖形へと進化しても良かった。・

・・それを阻んでいたのは単にギンへの情だけだった。

「・・・・・ギンを助けに行かれますか?」

「勿論だ!」

「・・・・・ではその前に私を切り捨ててお行き下さい。今のあなたの力なら簡単の筈です」

 そう。そして全てが終わりになれば良い。これだけのことを仕出かした私の魂魄は人とし

ては勿論のこと、虫や花としても、二度と輪廻の輪に組み込まれることはないだろう。

 

遠い昔、あなたに置き去りにされた時からずっと自身の終焉を決めていた。

 

あなたの刃で、永遠の死を望んでいた。

 

だがそんな私に向けられたのは大紅蓮の白刃ではなく、悲しげな貌だった。

「藍染。俺と出会わなければ、お前はそんな『鬼』にならずに済んだのか?」

 何故、今更そんなことを尋ねるのか。

「分かりません。ですが、もしそうであればなんとなさると云うのです?」

 凝った想いは人を『鬼』へと変える。

 恋の鬼、嫉妬の鬼、欲望の鬼・・・。

 だが総じて云えるのは誰もがなりたくてなった訳ではないということだ。『鬼』にならず

ば生きられなかった。ただそれだけの事なのだ。

 そして一旦『鬼』となったからには自身ではどうしようもないのだ。ただ暁の闇の中を突

き進む以外、道はないのだ。

 救いの道はありえない。

 しかし、そう思い込んで歩んできた私に対して、白銀の髪をした少年は信じられない言葉

を発したのだ。

「償おう!俺の全てで持って。だから、頼む。市丸を探す俺の旅にお前も同行してくれ!」

「―――!わ、たしも・・・共に?」

 耳を疑った。自身の頭の中で、本能が理性を打ち砕く。

――――そんなことが、本当に許されるというのだろうか?

 私の心からの疑念は大きく頷いた日番谷冬獅郎によって打ち消された。

「そうだ。俺に付いて来てくれ、藍染」

 

小さな両腕が開かれる。

 

あれは私を迎え入れる為に開かれたものなのか?

 

だとすれば躊躇う理由は何もない。

 

「―――来い! 惣右介!」

「はい!」

 

 あまりの歓喜に身体が弾けそうだった。

 

床を蹴って、少年の胸の中へと身を躍らせた瞬間、私の身体は虹色の光に包まれ、少年の

腕にしっかりと抱かれた。

そして少年が翼を広げ、飛翔するのをこの上なく嬉しく感じる。

 

 

 

これから、旅が始まる。

 

おそらくは想像を絶する苦難の旅が。

 

だか、私の心は今、至福に酔いしれていた。

 

 

――――あぁ・・・なんと長い日々だったのか。

 

 だが、今、ようやく、私の真実(ほんとう)の願いが叶ったのだ!




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