―――あぁ・・・また夢を見ている。―――何時もと同じ夢を・・・。
――――もうすぐ、あの方に逢える!
五番隊の隊舎内の自室の床の中で、私は瞳を閉じ、頬に僅かな笑みを浮べて眠りに就いていた。
今の自分は現世の頃の少年の姿をして、夜明け近い京の町の辻を歩いている。
百年以上も昔の今日、自分はこの世でもっとも強い歓喜と絶望とを同時に味わったのだ。
当時の私は陰陽道の太祖、安部清明の土御門家の流れをくむ家に養子という名目で預けられていた。しかしそれ
はあくまで建て前上のことであり、実際は物心つく頃から人には見えぬモノを見、人には聞けないモノを聞くという
私の特異な才に目を付けたその家の主人に金で買われたというのが真相だった。
自分の陰陽師としての貧相な才をこの私が補佐するとでも思ったか、主はかなりの金子を私の親達に手渡したの
を知っていた。だが、自分はその道に進むつもりは毛頭なく、折を見て私はその家を逃げ出したのだった。
夜明け前の京の町は薄暗く、白い闇の世界に包まれている。
何処に行くという目的もないまま、修行と称して意味のない苦行を勤めなければならない馬鹿馬鹿しさに辟易して、
その家を逃げ出しては見たものの、さてどうしようかと思いあぐねていた私の耳に妙なる音色が聞こえてきたのは
その時だった。
遠くから笛や笙、琵琶の音色も聞こえてくる。一体今時分にどうしたことだろうと足を止め、樂が聴こえてくる方角を
見やった私は信じられない光景に息を呑んだ。
赤い体の者。青い体の者。角一つの者。角二つの者。目一つの者。目三つの者。
ありとあらゆる種類の百人、いやもっと多い数の鬼達が手に手に笛や琵琶を持ち、それを奏でながらこちらへと向
ってくる。
――――百鬼夜行!
私はとんでもないものに遭遇してしまった我が身の不運を嘆いたが、もはやどうにもならなかった。余りの恐怖に身
が竦み、足は地面に根が生えたように動かなかった。本能が自分の死を受け入れてしまったのだ。
やがて鬼達が私に気付き、演奏の手を止め、わらわらと近付いて来た。
「おい、小僧、ここで何をしている?」
「・・・・・」
見上げる程の巨躯の赤鬼に問い掛けられ、咄嗟に睨み付けた。
恐ろしくはあったが、どうせ助からない身なら無様な様を晒したくないという矜持があった。それに鬼が人の言の葉
をこんなにすらすらと操るということにも内心で驚いていた。
「口が利けないのか?」
「・・・違う。何処で何をしようが私の自由だ。お前如きにとやかく云われる覚えはない」
自分でも驚くほどきっぱりと告げると、その赤鬼も廻りにいた鬼達も一瞬唖然としたのが判って好い気分だった。そ
う、最後くらい他人の顔色を覗うことなく終わりたかった。
「威勢の良い餓鬼だ。それに美味そうだな」
赤鬼の背後から近付いてきた一つ目の鬼が私の顎に手を掛けようとするのを、咄嗟に交わした。
「私に触れるな!」
地面に這い蹲りながらも必死に鬼達を睨み付ける私の耳に、突然澄んだ声が聞こえた。
「何事だ。何故輿を停めたのだ。俺は先を急いでいるんだぞ」
その声に私を取り囲み、見下ろしていた鬼達が一斉に跪いた。
それを不思議に思って百鬼夜行の行列を見やれば、二十人程の鬼達に担がれた大きな御輿が目に入った。
「申し訳ございませぬ。行列の前に人の子がおりましたもので・・・」
深々と頭を垂れて申し開きをする赤鬼の声が震えている。よくよく見れば地面に額ずいている他の鬼達の身体も小
刻みに震えている。
それほどあの御輿に乗っているのは恐ろしい存在だというのだろうか。
「人の子だと? おい、輿を下に下ろせ。そしてその子をここへ連れて来い」
「ははっ!」
抵抗空しく、鬼達に有無を云わされずに引き立てられた私は御輿の真ん前まで連れてこられた。そして御輿の御
簾が巻き上げられ、中に座っていた『もの』を見た私はもう一度声を呑んだ。我が目が信じられなかった。
御簾の中に座っていたのは十歳位とおぼしき少年だった。唐風の衣装に身を包み、白銀の髪を結い上げた頭に精
巧な彫り物を施した官を載せている。だが何より際立って美しいのは、私をおもしろそうに見下ろしているその翡翠
のような瞳だった。
信じられない。この世にこんな美しい者がいるなど。いや、勿論、この少年はこの世のものではないのだろうが・・・
「お前、名はなんという?」
「・・・・・っ」
咄嗟に声が出なかった私に、何か思い違いをいたものか、その少年は表情を改めた。
「あぁ、すまん。俺は『天一』と呼ばれている。お前の名も教えてくれないか?」
「天一!」
私は驚愕し、絶句した。
およそ陰陽道を志す者で、その名を知らぬ者はいまい。
―――天一神(てんいちしん)。―――またの名を天乙貴人(てんいつきじん)。・・・陰陽道においてもっとも尊重さ
れる方角神であり、「北東」の守護者。戦闘を司る十二天将の主将であり、その際に十二天将の中央に立って指
揮をとる為に「中神」とも呼ばれ、吉凶を支配すると云われているすこぶる荒神! しかし反面、「北極星の精」であ
るとされる説や、「天女」だとされる説まである神秘の神。
確かに目の前の中世的な美しい少年は両極端さを併せ持つ摩訶不思議な雰囲気があった。
「そうだ。俺の名を知っているのか?ならば、お前の名も教えてくれ」
いきなり下手に出られたことにまごつきながらも、私は今度ははっきりと返答した。
「藍染惣右介と申します」
「うん。――惣右介だな。お前、幾つになる?」
「もうすぐ十三歳になります」
「そうか、それは兆状だ。十五を超えていたらいくら俺でも見逃してはやれんところだった」
「え?」
「まぁ命を拾いたくばお前も輿に乗れ、俺は先を急ぐ身なのだ。話は道すがら聞かせてやろう」
つまり、今ここで嫌といえば自分は鬼達に殺されるということだろう。だが、この少年は自分を救ってくれる気でいる
らしい。私には選択の余地は無かった。いや、何よりもこの少年と一緒にいたいと心が切望していた。
こんな状況にも関わらず、まるで、長い間捜し求めていた大切な者に漸く巡り合えたかのような幸福感が身体を満
たしている。この存在の傍にいられることが幸せなのだと魂が喜んでいる。そんな感じさえする。
私が輿に乗り込み、少年の横に座るとすぐに鬼達が御輿を担ぎ揚げた。
「閻魔宮に向け、ご出発!」
先程の赤鬼の大音声に私はぎょとなった。
「閻魔宮?」
この御輿は地獄に向うというのだろうか。
私の動揺を悟ったらしい少年、いや天一神はそっと宥めるように私の背をその小さな手で撫でた。
「怖いか?」
「は、はい」
背を擦る小さな手の暖かさに、素直に応えれば、天一神は溜息をついて頷いた。
「そうか、まぁ無理も無いな。だが、百鬼夜行に出会った者はすべからく『ヤマ』への供物として閻魔宮に連れてい
かねばならぬ仕来たりなのだ」
「・・・『ヤマ』とは閻魔王の御名ですか?」
「そうだ。お前達の世界では大現尊神とも呼ばれているな」
「はい」
「お前は一旦閻魔宮まで連れて行くが、年若い者に限り俺の裁量で現世に戻してやることが可能なのだ。但し、地
獄にいる間は一切の食物を口にしてはならない。もしお前が飢餓感に負けて一口でも黄泉の食べ物を口にすれば
現世へは二度と戻れぬと思え」
「・・・はい」
「うん。―――それにしても・・・」
「・・・・・なんでしょうか?」
天一神の世にも美しい瞳でまじまじと見つめられた私はどぎまぎして顔を赤らめた。
「惣右介、お前、変わった相をしているな」
「変わった・・・相・・・・・ですか?」
「あぁ。何千人に一人。いや、何万人に一人の相だな」
「えっ!」
思ってもみなかった事を云われ、驚愕する私に天一神はさらにとんでもない事を告げたのだった。
「ヤマはお前を欲しがるだろうな。だがお前は自分の事を人の子だとは云わず、正体を聞かれれば『ひとでなし』だ
と応えろ。多分それで上手くいく筈だ。いいな惣右介」
「―――はい」
何がなんだかわからぬまま、私の当惑を他所に輿は何時の間にか地獄の門扉を潜っていたのだった。
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暁闇(あかつきやみ)と暁光(ぎょうこう)