〜世界的な癒しのクラスターの形成に向けて〜
1 富山バイオバレー構想について
現在、富山県では新産業の創出を図るため、富山県の三百年余の薬の伝統や富山医科薬科大学の和漢薬や最先端の医薬研究の蓄積を活かし、産学官の共同研究を促進することにより、バイオ分野の研究機能や産業の集積を構築する「富山バイオバレー構想」を推進しています。また、富山市では、バイオやIT等の分野での研究開発型・新事業創出都市を目指して「富山市ハイテク都市基本構想」※1が進められています。
このバイオバレー構想の一環として、現在、文部科学省の知的クラスター創成事業により、富山医科薬科大学を中心として、次世代の免疫診断治療システムや漢方方剤テーラーメード治療システムの開発など、医薬バイオとエレクトロニクスの融合をめざした産学官の大型共同研究プロジェクトなどが進められています。
「クラスター」の語源はぶどうの房という意味ですが、「クラスター理論」で著名な米国の経済学者マイケル・E・ポーターによると「クラスターとは、特定分野における関連企業、専門性の高い供給業者、サービス提供者、関連業界に属する企業、関連機関(大学、規格団体、業界団体など)が地理的に集中し、競争しつつ同時に協力している状態を言う。」と著書の中で述べています。※2 いわばクラスターとは、イノベーション(技術革新)の源泉と言えます。世界的には、米国カリフォルニア州にあるスタンフォード大学を中心に、ハイテク・ベンチャー企業が集積し発展して来たシリコンバレーが顕著な事例でしょう。
前述の知的クラスター創成事業は、大学等の公的研究機関の研究成果をもとに、地域に特色のある新産業を創出するという事業であり、日本版シリコンバレーを創るというものです。これまでの日本の産業政策は、各地域が競って安い土地や水・電気などを売り物に企業団地を造成し、企業誘致を進めてきました。それもインセンティブとしては重要な要素ではありますが、今や我が国の企業の多くが、安い労働力等を求めて中国や東南アジアに生産の拠点を移しつつあり、産業の空洞化が進みつつあります。
この危機的な状況を打破するためには、私は、地域の大学や県立試験研究機関を核として産学官が連携して新技術を創出し、その周辺から新商品や新事業が生まれてくる仕組みを作っていくことが極めて重要であり、本県が知的クラスター創成事業の実施地域に選定されたことは非常に意義があると考えています。富山県では、現在この事業を中心として、メイド・イン・トヤマの新技術や新商品が世界に出ていくよう、関係者が一丸となって頑張っています。
2 漢方バイオパーク構想とは
漢方バイオパークは、バイオバレー構想の中核となる漢方とバイオをテーマとしたいわゆるサイエンス・パーク※4です。和漢薬やバイオ研究等の研究の蓄積や医薬品産業の集積、豊かな自然等を活かし、富山医科薬科大学の周辺に漢方やバイオ関連の研究施設や関連施設の集積地を構築します。また、県内や国内外の病院、伝統医学関係の
機関、県内産業と連携することにより、富山県内に心と体を癒す世界的な癒しのクラスターを形成することをめざすものです。
このパークのコンセプトは、次の3つです。
○東洋医学と西洋医学の融合近年、がん等の生活習慣病や子供達に多いアトピー性皮膚炎など、西洋医学だけでは治療の難しい病気が増えています。このため、欧米を中心として、伝統医学等を活用し体の持つ本来の自然治癒力を引き出す補完代替医療(Complementary and Alternative Medicine) の研究が進んできており、アメリカの国立衛生研究所(NIH)において、1998年に国立補完・代替医療センター(National Center of Complementary and Alternative Medicine)が設置されるなど、積極的に研究に取り組まれているところです。
○関連機関の集積とネットワークの形成
○5つの“い”(生命、医療、癒し、憩い、生きがい)の場を求めて
伝統医学について富山県では、富山医科薬科大学の漢方の優れた研究蓄積をはじめ、県でも1999年に国際健康プラザ国際伝統医学センターを開設するなど、我が国をリードする研究が進められています。伝統医学の特徴は、その人が持つ自然治癒力を高めるという点であり、西洋医学における手術や抗生物質などのように劇的な治療できませんが、その人に応じた治療が可能であり、副作用も少ないという長所がありますが、
一方、治療にはやや時間がかかることや漢方医が少ないという問題点もあります。現在、バイオ分野では個人の遺伝子を解析し、その体質に合った治療を行うテーラーメード治療や創薬の開発が世界で進められていますが、済木教授によると、漢方ではまず漢方医が患者の体質や症状を表す「証」もとに、患者に合った漢方の処方を行うということで、漢方は古来よりテーラーメード治療を実践してきたとのことです。
また、昨年度から全国の医学部の教育に漢方(和漢薬)の講義が必須科目となったことや、知的クラスター創成事業で現在、ノーベル化学賞を受賞された田中耕一さんが原理を開発されたタンパク質分析装置を活用して、一般の医師を支援するための漢方方剤診断治療システムの開発を進めているなど、県民にとっても漢方はますます身近なものとなっています。
このような伝統医学の進展を背景に、このパークでは、漢方等の東洋医学と先端的なバイオ技術等による西洋医学を融合させることによりイノベーションが次々と生じることが期待できます。また、基礎研究から臨床研究、実用化までできる場にしたいと考えています。
(2)集積とネットワーク
研究開発や新産業の創出を促進を図るうえで、非常に重要なことは集積とネットワーク化を図ることです。昨年、富山県試験機関研究員交流集会での講演のためご来県いただいた東京大学医科学研究所の新井賢一所長は、現在、「東京ゲノム・ベイ計画」※3を提唱され推進の中心的な役割をされていますが、氏によると東京湾にはイノベーションを生む場所の条件として、次の6つが揃っていると述べています。
○国際レベルの研究拠点の存在○頭脳集積拠点同士のネットワーク
○頭脳集積拠点間の移動が1時間以内で可能
○ベンチャー・キャピタルの存在
○ハブ(拠点)空港から30分以内のアクセス
○住んで遊んで楽しい環境
これらの条件は、本県でも十分当てはまる可能性が高いと言えます。私はそれら以外に、関連機関がパーク内に集積しており、歩いてもそう遠くないところにあるということは、産学官共同研究やその成果の産業化を効率的に進めるうえで、極めて重要なポイントと考えています。拠点的な集積が形成されると、その周辺にはさらに関連企業や施設が集積されてきます。また、漢方等で治療に訪れる方にとっては、医薬大をはじめ関係施設が隣接しているということは、様々な面で負担の軽減になります。
さらに、このパークを拠点に県内の国際伝統医学センターなどの県立試験研究機関
や、国内のみならずアジアや欧米等海外の研究機関や医療機関等とネットワーク化を図り、研究や人材の交流を行うことも大変重要なことです。
漢方バイオパークのネットワーク図
(3)5つの“い”(生命(いのち)、医療、癒し、憩い、生きがい)の場を
求めて
このパークは次の5つの“い”を育む場です。
生命(いのち) …生命の大切さを学ぶことができます。この5つを可能とする施設を、パーク内やその周辺に作っていくコンセプトとしま
医療(いりょう) …漢方とバイオ医療の研究開発を進めます。
癒し(いやし) …人の心と体を癒します。
憩い(いこい) …憩いを求めて人が集まります。
生きがい(いきがい)…生きがいを求めることができます。
(1)漢方ゲノム研究所
漢方薬のヒトへの効果について、タンパク質や遺伝子レベルでの基礎研究から新しい漢方処方の臨床研究までのいわゆる漢方のトランスレーショナル・リサーチ※5を行う研究施設です。ここには、漢方のヒトへの効果をタンパク質や遺伝子レベルで研究する漢方プロテオミクス部門と、世界の薬用植物の薬効について遺伝子レベルで研究し、薬用植物の遺伝子データベースを構築する薬用植物ゲノム研究部門で構成されています。
(2)免疫応用医学研究所
(3)インキュベート施設
産学官共同研究で生まれた成果を実用化レベルに持っていくとともに、大学発や企業発のベンチャー企業を育成するためには、是非ともインキュベート施設が必要です。インキュベート施設では、安い料金でレンタルできる実験室や事務室を整備する必要があります。また、研究者が打ち合わせや会議を行う大小の会議室も整備する必要があります。現在、富山市では、2002年度に策定された「富山市ハイテク都市基本構想」に基づき、産業支援施設の整備が検討されており、この漢方バイオパーク構想が生かされることを期待しています。
(4)中長期滞在施設
研究施設の一番の特徴は、富山医科薬科大学と連携した漢方治療のため、安い料金で家族とともに滞在できる中長期滞在施設を併設していることです。この施設で温泉や鍼灸等の伝統医学を利用することができれば、湯治施設として温浴効果も期待でき、漢方の効果を一層上げることも期待できます。 その他、漢方バイオパークの周辺条件を整備するために次のようなアイデアもいただきましたので、ご紹介いたします。
(1)アクセスを向上させるため、
@富山市内とパークを往復するシャトルバスの運行や、
A富山大学まで伸びている路面電車をパークまで伸ばしてはどうか。
(2)富山医科薬科大学には、薬用植物園や民族薬物資料館など貴重な植物や標本を収 集した学術的に世界に誇るべき優れた大学施設があるが、さらに一般開放ができる よう充実整備を進めてはどうか。
漢方バイオーパークイメージ図
終わりに、本稿を作成するに当たり、ご意見ご指導をいただきました富山医科薬科大学和漢薬研究所の済木育夫教授、財団法人富山県新世紀産業機構の東保喜八郎参与・科学技術コーディネータ、高柳登科学技術コーディネータ、小橋恭一科学技術コーディネータ、上野実主任研究員、真栗一也研究員、イメージ図を製作していただきました鬼原広実さん、富山市工業政策課窪池成人主査、富山県商工企画課齊藤尚仁副主幹、富山県庁写真クラブの林義雄さんをはじめ、ご協力をいただきました関係の皆様に、心から感謝申し上げますとともに、今年3月、共に夢を語り志半ばにして病のため亡くなった故品川元秀君に本稿を捧げます。
<参考文献>