作 井 英 人
富山漢方バイオパーク構想

〜世界的な癒しのクラスターの形成に向けて〜



 2003年の2月に、富山県が提案した「とやま医薬バイオクラスター」が、文部科学省の知的クラスター創成事業の実施地域に選定されましたが、その後、富山医科薬科大学和漢薬研究所の済木育夫教授や、()富山県新世紀産業機構、富山市など関係者の皆さんと語り合ううちに、富山に漢方とバイオの滞在型の研究開発拠点を作ったらどうかという話が盛り上がり、関係者による研究会の開催等を通じて議論を深めました。その議論の内容も含め、「漢方バイオパーク構想」として、富山県政策情報誌「でるくい」No.18(2003年10月)に提案しました。

 1 富山バイオバレー構想について

 現在、富山県では新産業の創出を図るため、富山県の三百年余の薬の伝統や富山医科薬科大学の和漢薬や最先端の医薬研究の蓄積を活かし、産学官の共同研究を促進することにより、バイオ分野の研究機能や産業の集積を構築する「富山バイオバレー構想」を推進しています。また、富山市では、バイオやIT等の分野での研究開発型・新事業創出都市を目指して「富山市ハイテク都市基本構想」1が進められています。

このバイオバレー構想の一環として、現在、文部科学省の知的クラスター創成事業により、富山医科薬科大学を中心として、次世代の免疫診断治療システムや漢方方剤テーラーメード治療システムの開発など、医薬バイオとエレクトロニクスの融合をめざした産学官の大型共同研究プロジェクトなどが進められています。

 「クラスター」の語源はぶどうの房という意味ですが、「クラスター理論」で著名な米国の経済学者マイケル・E・ポーターによると「クラスターとは、特定分野における関連企業、専門性の高い供給業者、サービス提供者、関連業界に属する企業、関連機関(大学、規格団体、業界団体など)が地理的に集中し、競争しつつ同時に協力している状態を言う。」と著書の中で述べています。2 いわばクラスターとは、イノベーション(技術革新)の源泉と言えます。世界的には、米国カリフォルニア州にあるスタンフォード大学を中心に、ハイテク・ベンチャー企業が集積し発展して来たシリコンバレーが顕著な事例でしょう。

前述の知的クラスター創成事業は、大学等の公的研究機関の研究成果をもとに、地域に特色のある新産業を創出するという事業であり、日本版シリコンバレーを創るというものです。これまでの日本の産業政策は、各地域が競って安い土地や水・電気などを売り物に企業団地を造成し、企業誘致を進めてきました。それもインセンティブとしては重要な要素ではありますが、今や我が国の企業の多くが、安い労働力等を求めて中国や東南アジアに生産の拠点を移しつつあり、産業の空洞化が進みつつあります。

この危機的な状況を打破するためには、私は、地域の大学や県立試験研究機関を核として産学官が連携して新技術を創出し、その周辺から新商品や新事業が生まれてくる仕組みを作っていくことが極めて重要であり、本県が知的クラスター創成事業の実施地域に選定されたことは非常に意義があると考えています。富山県では、現在この事業を中心として、メイド・イン・トヤマの新技術や新商品が世界に出ていくよう、関係者が一丸となって頑張っています。

2 漢方バイオパーク構想とは

 漢方バイオパークは、バイオバレー構想の中核となる漢方とバイオをテーマとしたいわゆるサイエンス・パーク4です。和漢薬やバイオ研究等の研究の蓄積や医薬品産業の集積、豊かな自然等を活かし、富山医科薬科大学の周辺に漢方やバイオ関連の研究施設や関連施設の集積地を構築します。また、県内や国内外の病院、伝統医学関係の
機関、県内産業と連携することにより、富山県内に心と体を癒す世界的な癒しのクラスターを形成することをめざすものです。

 このパークのコンセプトは、次の3つです。

東洋医学と西洋医学の融合
○関連機関の集積とネットワークの形成
5つの“い”(生命、医療、癒し、憩い、生きがい)の場を求めて


          漢方バイオパーク」のコンセプト図

(1)東洋医学と西洋医学の融合

 近年、がん等の生活習慣病や子供達に多いアトピー性皮膚炎など、西洋医学だけでは治療の難しい病気が増えています。このため、欧米を中心として、伝統医学等を活用し体の持つ本来の自然治癒力を引き出す補完代替医療(Complementary and Alternative Medicine の研究が進んできており、アメリカの国立衛生研究所(NIH)において、1998年に国立補完・代替医療センター(National Center of Complementary and Alternative Medicine)が設置されるなど、積極的に研究に取り組まれているところです。

 伝統医学について富山県では、富山医科薬科大学の漢方の優れた研究蓄積をはじめ、県でも1999年に国際健康プラザ国際伝統医学センターを開設するなど、我が国をリードする研究が進められています。伝統医学の特徴は、その人が持つ自然治癒力を高めるという点であり、西洋医学における手術や抗生物質などのように劇的な治療できませんが、その人に応じた治療が可能であり、副作用も少ないという長所がありますが、
一方、治療にはやや時間がかかることや漢方医が少ないという問題点もあります。現在、バイオ分野では個人の遺伝子を解析し、その体質に合った治療を行うテーラーメード治療や創薬の開発が世界で進められていますが、済木教授によると、漢方ではまず漢方医が患者の体質や症状を表す「証」もとに、患者に合った漢方の処方を行うということで、漢方は古来よりテーラーメード治療を実践してきたとのことです。

 また、昨年度から全国の医学部の教育に漢方(和漢薬)の講義が必須科目となったことや、知的クラスター創成事業で現在、ノーベル化学賞を受賞された田中耕一さんが原理を開発されたタンパク質分析装置を活用して、一般の医師を支援するための漢方方剤診断治療システムの開発を進めているなど、県民にとっても漢方はますます身近なものとなっています。

 このような伝統医学の進展を背景に、このパークでは、漢方等の東洋医学と先端的なバイオ技術等による西洋医学を融合させることによりイノベーションが次々と生じることが期待できます。また、基礎研究から臨床研究、実用化までできる場にしたいと考えています。

(2)集積とネットワーク

 研究開発や新産業の創出を促進を図るうえで、非常に重要なことは集積とネットワーク化を図ることです。昨年、富山県試験機関研究員交流集会での講演のためご来県いただいた東京大学医科学研究所の新井賢一所長は、現在、「東京ゲノム・ベイ計画」3を提唱され推進の中心的な役割をされていますが、氏によると東京湾にはイノベーションを生む場所の条件として、次の6つが揃っていると述べています。

国際レベルの研究拠点の存在頭脳集積拠点同士のネットワーク
頭脳集積拠点間の移動が1時間以内で可能
ベンチャー・キャピタルの存在
ハブ(拠点)空港から30分以内のアクセス
住んで遊んで楽しい環境

 これらの条件は、本県でも十分当てはまる可能性が高いと言えます。私はそれら以外に、関連機関がパーク内に集積しており、歩いてもそう遠くないところにあるということは、産学官共同研究やその成果の産業化を効率的に進めるうえで、極めて重要なポイントと考えています。拠点的な集積が形成されると、その周辺にはさらに関連企業や施設が集積されてきます。また、漢方等で治療に訪れる方にとっては、医薬大をはじめ関係施設が隣接しているということは、様々な面で負担の軽減になります。

 さらに、このパークを拠点に県内の国際伝統医学センターなどの県立試験研究機関
や、国内のみならずアジアや欧米等海外の研究機関や医療機関等とネットワーク化を図り、研究や人材の交流を行うことも大変重要なことです。

                漢方バイオパークのネットワーク図

(3)5つの“い”(生命(いのち)、医療、癒し、憩い、生きがい)の場を
   求めて

このパークは次の5つの“い”を育む場です。

生命(いのち)   …生命の大切さを学ぶことができます。
医療(いりょう)   …漢方とバイオ医療の研究開発を進めます。
癒し(いやし)   …人の心と体を癒します。
憩い(いこい)   …憩いを求めて人が集まります。
生きがい(いきがい)…生きがいを求めることができます。
 この5つを可能とする施設を、パーク内やその周辺に作っていくコンセプトとしま
す。


3 パーク内の施設
 
 このパーク内の中核となる施設の概要を次のとおり提案しますが、知的クラスター創成事業等により研究機関で開発された技術を移転する関連企業の研究所や製造工場等の誘致を期待しています。

1)漢方ゲノム研究所

 漢方薬のヒトへの効果について、タンパク質や遺伝子レベルでの基礎研究から新しい漢方処方の臨床研究までのいわゆる漢方のトランスレーショナル・リサーチ5を行う研究施設です。ここには、漢方のヒトへの効果をタンパク質や遺伝子レベルで研究する漢方プロテオミクス部門と、世界の薬用植物の薬効について遺伝子レベルで研究し、薬用植物の遺伝子データベースを構築する薬用植物ゲノム研究部門で構成されています。

(2)免疫応用医学研究所

 現在、知的クラスター創成事業の中核となっているヒトの免疫反応を利用し様々な感染症等の病気の診断や治療をめざそうという研究は、今後、システム開発のみならず抗体治療法による個人にあった創薬が期待され、その応用価値は計り知れないものがあります。この研究所は、免疫反応を遺伝子レベルで解析する免疫基礎部門と、抗体医薬の開発や臨床研究を行う免疫治療部門で構成され、世界トップレベルの免疫研究が進められます。

(3)インキュベート施設

 産学官共同研究で生まれた成果を実用化レベルに持っていくとともに、大学発や企業発のベンチャー企業を育成するためには、是非ともインキュベート施設が必要です。インキュベート施設では、安い料金でレンタルできる実験室や事務室を整備する必要があります。また、研究者が打ち合わせや会議を行う大小の会議室も整備する必要があります。現在、富山市では、2002年度に策定された「富山市ハイテク都市基本構想」に基づき、産業支援施設の整備が検討されており、この漢方バイオパーク構想が生かされることを期待しています。

(4)中長期滞在施設

 研究施設の一番の特徴は、富山医科薬科大学と連携した漢方治療のため、安い料金で家族とともに滞在できる中長期滞在施設を併設していることです。この施設で温泉や鍼灸等の伝統医学を利用することができれば、湯治施設として温浴効果も期待でき、漢方の効果を一層上げることも期待できます。

 昔から「医食同源」と言いますが、県内の農林水産業者と連携し、患者や家族の皆さんに農薬使用の少ない農産物や健康に良い食材を提供していくことにより、患者の健康維持や農林水産業の活性化も期待できます。パーク隣接地に農園を開設して、長期滞在の方には、軽い農作業で収穫物を自分で食べることにより、体や心に良い影響を与えること期待できます。また、この中長期滞在施設には、医薬大やパークに滞在する研究者や留学生も宿泊することができれば良いと思います。 

(5)その他施設


 薬膳料理の専門レストラン、ハーブ等健康茶や漢方アイスクリームの喫茶店、漢方専門薬局などが出店することにより、いろいろな漢方関連商品の開発も期待でき、さらに大人から青少年まで富山の医薬品や漢方を学び親しむことができる富山のくすり資料館や漢方の博物館を整備することにより、産業観光施設として県内外の観光バスも立ち寄れる場所になることでしょう。
  
 
 また、パーク周辺には、ここで生活する人が増えてこれば、ショッピングセンターや住宅地、学校などが必要となり、1つの町が形成されていくでしょう。富山が気に入
り、ここに定住する県外の方も出てくるかもしれません。

4 周辺の条件整備

 その他、漢方バイオパークの周辺条件を整備するために次のようなアイデアもいただきましたので、ご紹介いたします。

(1)アクセスを向上させるため、
  @富山市内とパークを往復するシャトルバスの運行や、
  A富山大学
まで伸びている路面電車をパークまで伸ばしてはどうか。

(2)富山医科薬科大学には、薬用植物園や民族薬物資料館など貴重な植物や標本を収  集した学術的に世界に誇るべき優れた大学施設があるが、さらに一般開放ができる  よう充実整備を進めてはどうか。

        

                      漢方バイオーパークイメージ図

5 その実現に向けて
 この漢方バイオパークの実現のためには、地域の主体的な取り組みが重要であり、その上で、国や民間資本の支援が必要であると思います。もし、我が国でこのようなサイエンス・パークを作ろうとすれば、富山医科薬科大学や医薬品企業が集積する富山県が最も適地であり、競争優位を保つことができると考えられます。このパークに、民間企業の研究所やベンチャー企業が立地することにより、産学官共同研究や商品開発の加速が期待できます。漢方バイオパークは、世界中から研究者や関係者が集まり、癒しのクラスターの拠点となっていくことでしょう。さらに、このパークを中心として、漢方とバイオの香りがする町が作られていくと思います。今後、本構想の実現に向け、さらに国内外のクラスターやサイエンス・パークの事例調査等も行いながら検討を深めたいと考えておりますが、多くの皆様からのご意見やご支援を賜りますよう、お願いします。

 終わりに、本稿を作成するに当たり、ご意見ご指導をいただきました富山医科薬科大学和漢薬研究所の済木育夫教授、財団法人富山県新世紀産業機構の東保喜八郎参与・科学技術コーディネータ、高柳登科学技術コーディネータ、小橋恭一科学技術コーディネータ、上野実主任研究員、真栗一也研究員、イメージ図を製作していただきました鬼原広実さん、富山市工業政策課窪池成人主査、富山県商工企画課齊藤尚仁副主幹、富山県庁写真クラブの林義雄さんをはじめ、ご協力をいただきました関係の皆様に、心から感謝申し上げますとともに、今年3月、共に夢を語り志半ばにして病のため亡くなった故品川元秀君に本稿を捧げます。

<参考文献>
1「富山市ハイテク都市基本構想」(平成15年3月、富山市)
2 マイケル・E・ポーター著「競争戦略論U」(ダイヤモンド社)
3 新井賢一著「東京ゲノム・ベイ計画」(講談社+α新書)

<注釈>
4 サイエンス・パーク:大学やベンチャー・ビジネスなどを集めた研究・開発型の  都市や施設
5トランスレーショナル・リサーチ:基礎研究の成果を画期的な医薬品等の開発研究  に結びつけるための橋渡しとなる基盤的な技術開発のための研究


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