男は独身で、大卒後就職して四年になる。大都会の中で、人間関係に疲れ、憧れていた女性からは
意外な側面をみせられ、裏切られるような形で失恋する。自信も喪失し、やや退廃的な生活に流されていた。
そんな春先に、人事異動により県外へ転勤となる。転勤先は、富山県の馬場島
というところである。
午後三時頃、富山駅に着く。JRから立山地方鉄道に乗り換える。
電車の中から窓の外をボーッと眺めていたが、
「寺田、寺田…」
と車内放送があってからの眼前の光景を見て、「はっ」となった。
「なんだ、これは…」
夕暮れ前で赤々とはしているが、まだ明るい光の中で杉の木や田園が輝いている。
そして、その上のはるか前方に、まだほとんど真っ白に雪をまとった山々が連なって立っている。その中心に、
「あいつが主役だ!」
とはっきりわかる山がある。鋸刃
「信じられない。こんな山が日本にあったのか。あんなところに人間が登れるはずがない。」
そんなことを考えながらも、ずっと窓外の風景に釘付けになっていた。
いくつか駅を通り過ぎ、この電車はあの主役の山の真下へ向かっていることがわかる。あまりに険しく、
ものすごい迫力で眼前にそそり立っているので、まるで映画の世界にでもいるのではないかと錯覚するくらいであ
る。

「愛橋、愛橋、次は終点馬場島です…」
乗客はまばらで、時間帯の関係もあってか老人と通学生がほとんどで
ある。電車が止まり、ドアが開き、幼稚園児を数人引率しながら若い女の先生が乗車した。自然とそちらの方に目
が引き付けられ、なんとはなく眺めていた。園児との元気な会話や笑顔が車外の風景にやわらかく包まれている。
とにかく、まぶしいくらいに明るい光のようなものを身体全体に感じた。
「あのう、ここ空いてますか?」
「えっ」
問い掛けられたことばの内容を考えるよりも、まず、驚いてしまったというのが正直な気持ちであった。
映画やテレビであればスクリーン内の人物が自分に問い掛けてくることは絶対にない。そんな感じで傍観していたの
で、他愛のないことばを掛けられただけであったが驚いてしまったのである。 

後に、あの山の名前が「剱岳
裏側を下った所に、「仙人池」という池がある。
そこに映る逆さの剣と一緒に眺めると言語を絶する世界がある。高山植物帯であるため、
鬱陶