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第1章 闇の中で

 生暖かく、気持ち悪く甘酸っぱい、どろどろとしたものが、我慢する間もなく喉を通り過ぎたかと思うと、 チャボチャボチャボと歩道の乾いたアスファルトの上に吐き出された。  それで終わったわけではなく、今度は、量こそ少ないが、さっき以上に後味の悪さと胃袋全体から搾り出すような苦痛を伴って、 「ウエッー」と嫌な液体が口から垂れ流された。

都会  周囲には、色とりどりのネオンや看板が光ったり点滅しているようであるが、 暗闇(くらやみ)の中で渦巻(うずま)く実態の ないもののように見える。もともと、そこに書いてある文字を読もうという気もないのだが、たとえ読もうとしても、 とても読めた状態ではないようだ。そのうえ、不快な頭痛までする。
 ところが、不思議なことに、普段は気にも()めないのに、こんな時に限って、マンホールからでも (ただよ)ってくるのか、下水のようなくさい(にお)いが異様に鼻につく。 通り過ぎる車の排気ガスまで気にかかる。 おまけに、8月の真夏日の中で、エアコンかクーラーか知らないが、どの建物にも外付けされて 扇風機のようなファンが回っており、ますます熱い空気が(まわ)り中から流し込まれてくる。 目が回っているのに、まるで、お湯が蛇口(じゃぐち)からあふれ出るような排気の映像だけは、 はっきりと視覚できるようだ。

青  ふらふらと歩道を歩いていると、前の方から3、4人の若い男が話しながら歩いてくる。 しかし、三四郎には、その男たちの顔も服装も実際には3人いるのか、4人いるのかも、見てはいても 全く知覚されていなかった。男たちは、三四郎を見て、顔を見合わせるように、それまでしていた話を 中断させて沈黙した。その時、三四郎には、 漠然(ばくぜん)意地(いじ)の悪い目の輝きと笑いを ほんの頭の片隅(かたすみ)に感じただけであった。
 
「おい、こいつ()(ぱら)ってるぜ」
 
 男たちのうちの誰かが言ったかと思うと、三四郎の足や腹などに、「熱い」と言った方があたっているような 痛み?を立て続けに感じ、うずくまっていた。幸いなことに、男たちは、一人2〜3発づつ(なぐ)ったり ()ったりすると、また、話しながら去っていった。
 アルコールのせいもあってか、あまり痛いとも苦しいとも感じなかった。 男たちが、本当に残虐非道(ざんぎゃくひどう)な人間ではなかったからかもしれない。 それなりに、ストレスでも発散させたものか。とんだ迷惑な話ではあるが、 みじめで、ぼろぼろの姿をさらしているはずの三四郎は、逆に、なにかさっぱりとしたものを感じていた。

 ところで、ここに(いた)るまでの経緯(けいい)は、 大まかにはこれから述べるとおりであった。
 
 三四郎は、第一子が長女、第二・第三子が長男・次男ときて、最後に四番目の三男坊として仙台市で生まれ育った。
 この「三四郎」という名前は、もともと、柔道好きの父親がつけたものらしいが、 母親の方は、どうもわざとらしい感じで嫌だったらしい。
 
 仙台市の高校の中では、進学校は男女共学ではなく、男子校と女子高に(いま)だに分かれている。
 男子校では、仙台一高、二高、三高、女子高では、宮城一女、二女、三女と分かれており、 成績のランキングでも一高から順番に三高まで学力差があるというから、他県などに較べるとユニークな高校のシステムかもしれないが、 お隣の福島県でもそんな感じだというし、 おまけに、一番の進学校などは下駄(げた)()いて通学していると 聞いていたので、特に変わっているとも思わずに、どこもこんなもんなんだろうと気楽に考えていた。 三四郎は、わりと普通という感覚で、仙台二高を卒業し、一年の浪人生活の(のち)、 地元仙台で大学生活を送った。
 大卒後は、第一希望の関東電力になんとか入社することができた。

台風一過、明け方の富山市街の街灯り  幼稚園のことはあまりよく覚えていないが、 小学生の頃には普通に(あわ)(あこが)れというか 恋心は(いだ)いていたように思う。
 (あと)で思い返してみると、クラスメイトの女の子の中では、 頭のよいタイプの子に()かれたようである。 ある若い女の先生などに対しても、その大人っぽさに(まぶ)しさを感じていたようにも思われる。
 
 中学、高校などを通じても、積極的に男女交際などをする友達も多い中にあって、異性に対する関心は大いにあるのだが、 気軽に話しかけたり、楽しく会話するなんてことができずに、そういったことに関して、むしろ、 苦手(にがて)意識があった。 どう見ても、晩生(おくて)と言わざるを得ない。
 
 しかし、さすがに大学生ともなり、大人へと移行していく過程で開放的な気持ちになり、 悶々(もんもん)と内に(こも)る気持ちは吹き出し口を 求めて暴れだし、防ぎ続けることはできなくなってくる。
 いろんな出会いややり取りも多くなるが、まだまだ気が遠くなるほど未熟で経験の少ない三四郎にとって、 甘酸(あまず)っぱくもほろ(にが)い一つのエピソードを紹介しておく。

 


      

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