ようこそ 剣岳百景 剱岳周辺の里(早月川流域、新川平野、越中の海)
サンタクロースさんの景色
サンタさんがやって来ました ( 12/24 )
サンタクロースは北欧の伝説かと思っていましたが、私が小さい頃(幼稚園ぐらいの時)、富山にもやって来るようになりました。
サンタさんもいろいろで、ごくろうさんです。
11月 すすきの景色(上市川、滝)
1月 積雪の景色(大岩、剱岳、ポスト)
12月は重い空模様がつづく。日が暮れるのも早く、一年で最も寒さが身にしみる。時々降る雪は、まだ湿り気があり、
積もっても真っ白に輝くことは少ない。この世の終わりかと思うような景色の中で一年が終わろうとする。クリスマスは
それをパッと明るくしてくれる。新しい始まりを予感させてくれる。ろうそくの炎はこころに希望をともす。
初冬の 木の葉
さくら どうだんつつじ かくれみの
はかなきは こがらしにちる このはかな
そこはかとなく わがたどりしみちを ふりかえる
ゆうぐれて いくあてもなく ひとりたたずむ
夕焼け 小焼けで 日が暮れて 山のお寺の 鐘がなる おててつないで みなかえろう からすと いっしょに かえりましょ
子供が かえった あとからは まるい大きな お月さま 小鳥が夢を 見るころは 空には きらきら 金の星
【 低山、里山の様子 】
〔 桝形山、石動山、天空平、御殿山、三角山、一刎一夜城址の山 〕 氷見市北部の山々 2011年12月上旬
桝形山(マスガタヤマ)は、石川県との県境にある砦跡。阿尾から県道18号で荒山峠を越え、石川県側の林道を七尾市・石動山方面に進むと、
右手にトイレのある駐車場がある。山頂までは階段状の遊歩道。山頂は四角く盛りあがっていて、木も切ってあり眺めがよい。荒山峠は
12月から春まで通行止めと案内してあったが、積雪がないので車が行き来していた。荒山城址。
石動山(セキドウザン)は、石川県側にあり、かつて山岳宗教寺院群があった。今は当時の寺院を復元したりして整備されている。
参道を奥社に登る。ここは尖ったような山頂で、雲海になっている富山湾の上に遠く太刀山(立山)の峰峰が連なっていた。祭神は
伊須流岐比古(イスルギヒコ)。下りは途中から石動城址を経由して登り口の鳥居に戻った。
天空平は、県道18号の国見集落から、案内板にしたがって県境付近まで急なしかし舗装された坂道を車で登っていくと、信じられない
くらい広い所に着いた。道路はこの先、未舗装になり、ひょっとして行き止まりかも。その向こうに県道325号が走っているのだが・・・。
天空平に上がる道路の両側は雑木林なので、冬のトレッキングやクロカンスキーにいいかも。
御殿山(ゴテンヤマ)は、県道18号の森寺集落にある城山で、畠山氏が築城し湯山城といわれていた。現在は森寺城址となつている。
森寺の公民館から、案内道標に従って、狭い谷間の舗装道を奥へ行くと、竹薮の横に小さな駐車場があった。ここから遊歩道を
歩き、二ノ丸跡に出るとその広さに驚かされた。大きな井戸跡もあった。二ノ丸を少し盛土したのが本丸。最高地点の
御殿山三角点は二ノ丸から北西に延びた細長い尾根上を踏み跡沿いにたどって行ったところにあった。
三角山(ミスマヤマ)は、県道18号線の指崎集落から丘陵越えで南の稲積集落へ至る峠の東にある山。峠越えの道は二車線の立派な道。
砦跡ともいわれている。頂上付近以外は杉林であり、山頂には新しい三角点があるが見晴らしはない。道のない急な山だった。
一刎一夜城址の山(ヒトハネイチヤジョウ)は、西山を目指していたときに偶然見つけた山。指崎集落から丘陵越えで南の稲積集落へ至る峠から
丘陵上を北西方向に林道が延びている。舗装された広めの道である。途中、氷見あいやまガーデンやセイズファーム(SAYS FARM)があった。
この先は、舗装してあるが狭くなる。古い5万分の1地図だったので、西山を通り過ぎて道が右に直角に曲がり、その左下方へは舗装されていない
林道が分岐しているところまで行ってしまった。この曲がり角の手前右に石版に刻んだ一刎一夜城址の説明が立っていた。作業道を
登ると杉を植えたばかりの小さな空地に着き、そこから踏み跡を行くと笹で覆われた狭い山頂に着いた。西山の三角点は今の2.5万分の1
地図で見るとよく分かる。稜線の一部が削り取られた箇所のすぐ北西地点になる。
〔 風吹山、滝尾山、高塚山、竹里山、蛭子山、長山、潟山 〕 氷見市周辺の山々 2011年12月中旬
風吹山(カザフキヤマ) : 氷見市の稲積から目谷、味川を通り吉懸(ヨシガケ)へと上がっていった。集落に車を止めて、集落入り口から西に入っている
未舗装の林道を行く。山の道も田も何もかも雪で白い。高圧送電線が横切っている先で、右方の林に入って、直接高みを目指す。林床のササは
すべて雪で丸く曲がっているので、その上を雪と共に踏みつける。まだ雪は柔らかいが、それでも無積雪期に比べるとずっと楽だ。山頂は雑木林だが、
南西方向にある三角点の周辺は公園になっていて、炭焼き窯もある。氷見方向が大きく刈り開けてある。積雪20〜30cm。
滝尾山(タキオヤマ) : 早借集落の入り口に最初の鳥居がある。そこから車1台分の狭いコンクリート道を歩く。元は参道であったのだろうか。山頂の
神社は新しく、周辺も建替えの時に切り崩したようになっていた。延喜式内社、速川神社である。一応、最も高いところに登ってから戻って来た。
高塚山 : たまたま通った泉集落の南の丘陵に説明板があり、この山頂に古墳があると地図で示してあった。ゲートボール場のやや西から山道が
上がっていたので、案内標に導かれていくと、杉林の山頂部が円墳になっていた。直径40mほどで、急な側面を登ると平になっていた。
竹里山(チクリサン) : 中尾集落の白山神社から右手の舗装林道を歩いて上がっていった。峠手前の急な竹林を登り、雑木林の尾根をたどってアンテナの
ある山頂に出ると、刈り開けられていて、阿尾から氷見市にかけての海岸線がよく見え、なかなかの眺めであった。千久里城址でもある。帰り、尾根筋に
付いている作業道を下ってきたら、先ほど歩いた林道脇にあった小アンテナのところに降りた。林道はここでヘアピンカーブになっていて、さらに林道を
下ると竹里山の岩屋堂の案内柱があり、そして白山社の裏に出て、中尾集落に戻った。
蛭子山(エビスヤマ) : 加納小学校の裏手の小山。案内板があつたので、登り口はすぐに分かった。中腹に幾つもの穴が並んでいて、これが加納横穴古墳群で
あった。さらに粘土質の滑りやすい急な道を上ると三角点に出たが、山腹の杉が高く伸び視界を遮っていた。その奥へ行くと木の間から阿尾城址が見えた。
長山(ナガヤマ) : 上日寺のいちょうの巨木をみて、更に奥へ行くと墓地があり、最後に奥ノ院の御堂があった。この左の急な斜面を上がり、杉林に
おおわれた山の上に出た。雪が積もっている頃だと、朝日山公園の方から来れそうだ。
潟山(カタヤマ) : 朝日貝塚の裏手の朝日丘と言われている所だろうか。杉の雑木林で覆われていて、周辺は住宅街に囲まれおり、特に西側は
山頂近くまで家が並んでいた。
〔 御影の山、東山 〕 魚津市小川寺の山 2011年12月下旬
御影の山(ミカゲノヤマ) : 天神山の北東の小川寺集落には千光寺という古刹がある。ここから一本道の舗装道路を谷に沿って行くと、最奥の御影集落に着く。
神社の背後にある254mの山に登った。地形図を見ていて何となく行きたくなったのだ。残念なことに赤松の雑木の山で見晴らしはなかったが、集落には幾つかの
美術工房があった。山名については村の人に聞いても分からなかった。積雪30cm、0℃。
東山(ヒガシヤマ) : 位置からすると、この東山、 片貝川と魚津市街地を望むには格好の場所であると思い、雪が積もった時に訪ねることにしていた。
御影より一つ下流の日尾集落から、南の山中に向かう舗装の林道を進んだ。積雪30cm、ツボ足で行くのにちょうど良い。辺りはずっと杉林で少し残念。
途中、林道から旧道が三角点の方へ延びていたが、入口付近だけが明瞭で、後は杉林の中に続く踏み跡であった。山頂は赤松の雑木林で広い。
魚津方面が見える隙間もあるにはあったが、そこからは北風に押された雪が吹き込んで来ていた。

では、また。